インディーズバトルマガジン QBOOKS

第18回1000字小説バトル
Entry24

ポケット

作者 : 川島ケイ
Website : http://www4.plala.or.jp/riverland/
文字数 : 1000
「ポケットには、いろいろある」と男は言った。「たとえば、あん
たのそのポケットには財布が入ってるな。どうだ、入れた感じは?」
 僕は財布の入ったポケットに手をやった。良くも悪くもない。
「ふつう、ですけど」
「見た感じそのポケットは財布用に作られたもんだろう。快適でな
いんなら、そのポケットを作ったやつの腕が悪いんだ。財布を入れ
るためのポケットなら、ほんらいは、財布を入れると快適であるべ
きなんだ」
 真剣な面持ちで語る男の前には、いろいろなポケットが並んでい
た。とはいえ、ポケットが単体で並んでいても、ただの小さな袋の
ようにしか見えない。
「残念なことに」と男は悲しそうに言った。「腕のいいポケット職
人はきわめて少ない」

 けっきょく僕が選んだのは、金魚を入れるためのポケットだった。
ちょうど金魚がうちにいたし、デザイン自体も僕のズボンにあって
いた。
「500円だ」男はニヤリとした。「安いだろう?」
 たしかに安かった。ポケットの単価がどれぐらいのものなのか全
く知らないが、500円は悪くないと思う。なにしろ金魚が入るの
だ。仮に騙されているにしても、それくらいならば許せる気がする。
「もちろん縫い付けもサービスだ」と男は言って、履いたままの僕
のズボンの上から、ポケットを縫い付け始めた。不思議と恐怖感は
なかった。そして男は当然のように作業を終えた。僕に針は刺さら
なかった。ポケットはきれいに縫い付けられていた。
「出目金は入れるな」と男は言った。「そのポケットにはなじまな
いからな」

 家に帰り、水槽から金魚を1匹取り出して、さっそくポケットの
中に入れてみた。
 金魚がポケットの中で動いていた。実に心地よかった。金魚のリ
ズムがポケットを通じて僕に伝わり、すぐにでも泳ぎ出したい気持
ちになった。自然と手足が動いた。いままでポケットの中に財布な
んかを入れていた自分がバカみたいだった。ポケットは金魚を入れ
るべきものだったのだ、そう思った。
 しかし、少しずつ金魚の動きは小さくなっていき、しまいにはま
るで動かなくなった。僕はポケットから金魚を取り出した。僕の手
のひらの上で、金魚はピクリともせず横たわっていた。

「そりゃそうだろう」僕が男に苦情を言いに行くと、彼は平然とし
た顔で言った。「あのポケットは金魚を入れるために作ったもんだ
が、べつに金魚はあのポケットに入るために生まれてきたわけじゃ
ない」
 もっともだ、と僕は思った。






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