インディーズバトルマガジン QBOOKS

第18回1000字小説バトル
Entry25

草原の羊

作者 : 高橋英樹
Website :
文字数 : 1000
 その頃、僕はよく草原の羊の夢をみていた。なにもない草原で孤
独な羊は僕をじっとみている。寂しそうな眼をしている。羊はその
まま動かず僕もただ羊をみるだけだ。
 だけど直子と出会ってから羊の夢をみなくなった。
 大学の講義に出席せず僕はほとんど学生マンションの部屋で寝て
いた。外出するにしても近くのコンビニで生活に必要な物を買いに
出るくらいだった。直子は僕の部屋にくると机にむかって勉強をす
る。なぜそんなに勉強をするのかとたずねると、
「大学院にいって心理学を勉強したいの」
 といっていた。僕が勉強がそんなにおもしろいかと聞くと、
「こんなの、おもしろくもなんともないわ」
 といった。
 彼女は勉強のあいまに僕の横たわっているベッドに入ってきた。
そしてセックスをした。彼女とのセックスは感情のないマネキン人
形とでもしているかのような錯覚がした。まるでそれはある儀式の
ようなものであり単調な反復動作をくりかえすだけだった。セック
スがすむと彼女は服も着ずに机にむかった。長いきれいな髪、肩、
胴のくびれ、椅子からはみだしそうな臀を僕はずっとあきもせずに
眺めた。
 あまり僕が外出しないので直子は僕にいっしょに旅にでようとい
いだした。そして僕は直子と北海道に流氷をみる旅にでた。機関車
をおりた無人駅には一日にとまる何本かの機関車の時刻表がかかっ
ている小さな待合室があった。駅をでると古い木造の喫茶店があっ
たがすでに誰も暮らしている様子はなく店は閉められていた。遠く
からくる強い潮風が積もった雪を舞いあげ人間を遠ざけようとして
いる。僕たちは海にむかって歩いた。しばらくして海岸にたどりつ
くと、海の果てに流氷がきていた。海には粉雪が波のうえに落ちて
は消えていた。
「なんだかとっても寂しいところね」
 と直子はいった。
 帰りの機関車をまっているあいだに直子は待合室の壁に石で僕の
名前と直子と書いて傘の絵を描いた。
「相合傘よ」
 と直子はいった。
 しばらくして直子は僕のマンションにこなくなった。大学にいっ
て直子のことを知っている人をさがし、聞いてみると彼女は自殺し
たらしいといった。大学のなかには彼女のことをくわしく知ってい
る人はいなかった。
 僕は直子の思い出をさがしに北海道にいった。駅にはまだ直子と
僕の名前の書いた相合傘が残っていた。僕はそれを指でなぞった。
知らぬまに涙がでていた。
 そして僕はまた草原の羊の夢をみるようになった。






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