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第18回1000字小説バトル
Entry33

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作者 : 更羽
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文字数 : 1000
 遊歩道を折れて小道へ入ると、今年も紅葉が始まっている、真っ
直ぐな桜並木。左手はフェンス越しに運動場が広がっている。
 風の中に、楽器の音が聞こえてきた。トランペットがスケールを
吹いているのが一際大きく聞えていたけれど、それをクラリネット
が追い越して、届いた。曲の難所を練習していて、Cの音が出せず
に苦労している。わたしは自分が吹いているような気になって、知
らず集中した。後ろ頭がピィンと引っ張られる。美しいCの音。
 見ると隣を歩いている高崎氏は、難しい顔でタクトを振っていた。
空想の。手にはなにも持ってはいない。
 大変だな、と他人事に思った。
 わたし達は、卒業して四年目になる。お互い音楽大学の卒業に差
しかかったところで、後輩からお呼びがかかった。わたしはクラリ
ネットを教え、高崎氏は楽団自体を指導する。……どうなることか
と思う。
 高崎氏とは現役生の頃も、あまり話をした覚えがない。近寄りが
たい印象があって、部活のメンバーの中では遠かった。いまだって
別に一緒に来たわけではなく、そこの信号で一緒になってしまった
のだ。おかげで黙々と、二人で歩いている。
 タクトが止まった。
「蝉だ」
 いうなりひょいとかがんで、転がっていた蝉を拾い上げる。この
人のこういうところが、予測できなくていつまでも馴れない。
「軽いよ」
 手のひらで転がして。そのまま胸に捧げ持つようにして歩く。
 葉漏れ日が揺れている。秋になった透明なひかり。
 蝉の屍骸を一つ持っているだけなのに、葬列みたいだと感じた。
 音楽が聞えている。
 一緒の音楽室にいたのを思い出していた。文化祭の前日、自主練
習に来たのは二人だけで。だけどわたしは一音も出せずに、譜面を
見ていた。
 あの頃。どうしてわたしはあんなに自信がなかっただろう。一緒
に吹けなかった曲も言えなかった言葉も、いまでは二度と帰らない。
わたしの好きな人はもう、この人ではないのだ。

 門をくぐったところで、高崎氏は我に返ったように立ち止まって
手のひらの蝉を見た。考えているようだった。
「須見さん。これ、どうすればいいと思う?」
「どうすれば……って?」
「どうやっておくのが一番いいのかなって。花壇に入れようかと思
ったけど、虫に食われるのもどうかと思って」
「そうだね。……わたしなら、やっぱり。風葬がいい」
「そっか」
 少しだけ微笑んで。蝉は、門を支えるコンクリートの上に乗せら
れて、微かに風に揺れた。






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