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1000字小説バトル

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1000字小説バトル stage3
第5回バトル 作品

参加作品一覧

文字数
1
小笠原寿夫
1000
2
ごんぱち
1000

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喉阿修羅
小笠原寿夫

私の父の喉には、他の父親にはないものが付いている。喉仏なるものが、他人の父親には、付いているが、私の父の喉には、鬼の形相をした赤い痣がある。
「喉阿修羅や」
父は、そう言って、私を綾かした。父と二人で街を歩くと、行き交う人は、まず父の喉を見て、それから隣にいる息子である私を見る。九州の田舎に材木を積んで大型トラックで、父と二人っきりで帰ったときの話である。
「こないだお母さんとデズニランドへ行ってきたぞ」
「……お、お父さん」
「なんや」
「お父さんに前から聞きたかったんやけど」
「なんや」
「お父さんの喉に付いてる赤い奴って一体、何?」
「気になるか」
「うん。気になる」
「喉阿修羅や」
「何でよそのお父さんには喉仏が付いてるのに、お父さんだけ喉阿修羅が付いてるの?」
「それはな、トシオ。お父さんは、他のお父さんが背負ってないものを背負ってるんや」
「へぇ~、そうなんや」
「ええか。トシオ。お前のお父さんはな、愛国心と引き換えに多大なる財産を手に入れた。その見返りとして、喉に大きな痣が出来てしまったんや」
「お父さん、お父さん!」
「どうした、トシオ」
「僕も大きくなったら、そんな痣が出来るようになるんかなぁ?」
「あほなことをゆうな! 出来へん! 絶対、出来へん! それはお父さんが保証したる!」
「僕もお父さんみたいな喉阿修羅が欲しい」
「アホ、ボケ、カス! お父さん、それだけは許さんぞ。誰がなんて言おうと、絶対に作らさん!」
「うん、わかった」
「分かったら、ちょっと、のど飴でも舐めて眠気覚ましなさい。ニッキが入ってるからチクチクするぞ」
「お父さん、これ不味い」
「黙って喰わんかい。喰わんかったらお父さんみたいになってまうぞ」
「お父さん、喉阿修羅ってさぁ……」
「その話はもうやめや。デズニランドの話しよか」
「日田の九州のお爺ちゃんにも付いてるの?」
「まだそんなことゆうてんのか。日田の爺ちゃんには付いてない」
「お父さん、お父さん!」
「なんや、トシオ」
「前見て! 前見てって! ほら早く!」
前から2トントラックが、反対車線を走ってきたかと思うと、ウィンドウが白い光に包み込まれる。
「うわぁー!」
「うわぁー!」
その次の瞬間、白い光は消え、日田の田舎の緑の田園風景が周りを取り囲んでいる。
「ただいま、爺ちゃん!」
「おう、トシオよう来たよう来た」
「親爺、元気そうでよかったき」
「新太郎、ええ加減その痣、軟膏塗って治さんかい」
喉阿修羅    小笠原寿夫

スープに沈む馬鈴薯の如く
ごんぱち

 確か、小松左京だったろうか。
 少年の頃、自分を少しづつ食べて行く話を読んだ事があった。
 あれは、食べてしまった部分を機械化して補っていたのだったな。
 そんな事を、ふと、思い出した。

 十二月十一日、午前二時七分。
 交通事故だった。
 こんな時代に、二秒間の脇見で人を死なせてしまう――その点において三百年前と何一つ進歩してない――道具に、私の身体は破壊された。
 腕はちぎれ、砕けた大腿骨が皮膚から露出し、裂けた腹からはみ出した腸は、逃げようとする自動車のドアミラーに引っ掛かり、ズルズルと引きずり出された。路面に叩き付けられた頭蓋骨はばっくりと割れ、脳の七割がちぎれ飛び、対向車に踏まれてフォアグラのパテのように地面に塗りたくられた。身体を流れていた血は、側溝から流れ去り、しぶとい心臓はそれでもビクビクと動いていたらしい。
 駆け付けた救急車は、私の身体を拾い上げ、手際よく瞬間冷凍庫に放り込む。時間との勝負、掴めそうな大きさの残っている部分以外はそのまま、残りは警察に処理を任せる。そして、サイレンを鳴らしつつも安全運転で、この中町総合病院に運び込まれた。

 万能細胞で再生された脳は、残存した三割の脳細胞から記憶を最大限に引きずり出す。
 人間の記憶はエピソードとして記録されている事が多い。複雑な情報がワンセットになっている。再生された脳細胞は、ここから私の記憶を『学習』し、あるべき働きをし始める。
 僅か五年で、私の脳は再生を完了した。

 そして。

 身体も、再生した。

 何だろう、これは。
 今の、万能細胞と移植臓器と人工臓器の塊の借り物の身体。
 そして、病院の一室のタイルばりの培養槽に沈む再生された自分の身体。

 別に自我の曖昧さや、彼が自分で自分が彼で、という話ではない。

 剰りに、物体だ。

 物体にしか見えない。
 ただの死体だ。
 実物を見れば、感傷も湧くかと思ったが、自分の身体という実感が全くない。
 もしも目の前でまた同じように破壊される事があったとしても、損得は別にすれば、私は痛ましい事故を茶の間で見る善良な視聴者程度の感傷しか抱かないのだろう。
 脳の大半を機械化したせいで、人間が生命として認知出来なかったという話は、確か、手塚治虫だったろうか。

 再生された肉体から逸らし、今の自分の腕をぎゅっと掴み、そして手を見る。
 爪が伸びていた。
 移植手術は明後日。
 まあ、切らなくても、良いだろう。