第36回 1000字小説バトル

参加作品
1 サーロインステーキ 小笠原寿夫1000
2 俳句道2 石川順一1000
3 出来事 深神椥980
4 人ならざるもの ごんぱち1000

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サーロインステーキ
小笠原寿夫

「一緒になってくれへんか?」
外は、雨。彼は、フロントガラス越しに、助手席に乗る私に向かって、宙空を眺めては、そう言った。
   そうは言われてはみたものの、イマイチ実感が湧かなかった。
「え?」
「もう二度と言わへんぞ。」
彼は、そう言うと、夜闇の車のミラーを少し傾け、車のスピードメーターをチラ見した。
「まあ、お前が来ない事は、わかってるんやけどな。」
そのまま、いつもがらんとしているレストランに入り、サーロインステーキを注文した。硬くて切れない悪い肉を使ったメニューに腹を立てながら、それを頬張る彼に、あどけなさを覚えた。
「ええか?   今から大事な事を言う。結婚を突き詰めたら、墓場の事を考えろ。」
ピンとは、来なかったが、これから、亭主になる男の顔を見て、十年先、二十年先の自分たちの並ぶ姿を想像した。
まずは、私がダメになる。
そう思った。だから、目の前にいる男に、何かを伝えようと思った。ワイングラスを片手に舌が回らなかったが、必至で考え、答えを出した。
「ごめんなさい。私よりも先に逝かないで。」
素っ頓狂な答えに、彼は、目を丸くしたが、すぐに素面に戻って、
「当たり前だ。」
と言った。私たちは、レストランを後にし、彼の家に潜り込んだ。簡単なセックスを済ませ、朝、目覚めると、誰もいなかった。
「一緒になってくれへんか?」
その台詞が、耳を素通りした頃、私は、私の中にある、彼の存在を知った。
   あのサーロインステーキが、私の胃袋の内部を叩き出した。雨が鳴り止むと、私は、コーヒーを淹れ、涙が乾く間もなく、お父さんに連絡した。
「パパ、私、今、人を殺しました。」
お父さんは、一部始終を聞いた後、
「なんで、コンドームを使わなかった!」
と怒号した。
「お、お父さん、言わないであげて!」
受話器越しに、お母さんの言葉が、聴こえてくる。
「とりあえず、帰って来い!」
お父さんの言葉に、ようやく状況を把握して、私は、彼の車に乗り込んだ。一死はいけない。だけど、殺害は、もっといけない。殺人による罪については、情状の余地がある。
   そんな事を思いつつ、私は、急ブレーキを踏んだ。
   私は、お母さんになった実感をもう一度だけ、噛みしめ、それを唾で噛み殺した。私は、喜びを堪え、路肩から、国道へとカーブを描くようにハンドルを切った。
   ようやく雨が上がり、晴れ間が覗いた頃に、実家に帰ると、その彼が、小さくなり、申し訳なさそうに、座っていた。

俳句道2
石川順一

 私は過去を回想する癖がある。
 2006年8月11日(金)今日も暑い。と日記に書いてある。既に「立秋」を迎えている訳だが「残暑」「残る暑さ」「秋暑し」「秋暑」な訳だ。「暑し」は夏の季語なので私には実感はともかく「暑し」の季語はこの時の事を思うと俳句を詠む時には使えないと反射的に思って仕舞う。
 「暑し」・・・夏の気温の高い事。他に「暑気」「暑苦し」「蒸暑い」。「寒し」は冬の季語。
 「熱し」・・・真夏の盛りのはげしい炎えるような暑さの事。他に「灼くる」「熱砂」「熱風」「灼岩(やけいわ)」「炎ゆる」など。

 立読みで残暑をしばし忘れけり
 焼肉を食べて秋暑を凌ぎけり
 最もな理屈も萎び残暑かな
 肉の種が曖昧なまま秋暑かな

 私はきままに過去の思い出に浸りながら益々句作に磨きをかけたいと思った。以前の俳句の先生に
 オレンジの色の携帯電話、かな
 と詠んだら季語がありませんねえ、勿論有季定型を強制するつもりはありませんが、最初の内は有季定型で修業してから自由律や無季俳句に挑戦しても遅くはありませんよと教えさとされた事があった。なので
 懐手工場内は禁止なり
 懐手おまえの腕はよく伸びる
 工場で懐手して触らるる
 などと詠んで師匠との一体感を確保しようと努めた。
 「いいですねえ。そんな調子で詠み続ければあなたの句作の程度もグレイドがアップするでしょう。波多野爽波先生が仰って居られましたが多作多捨と言うのですかね、初学の内はあまり巧拙に拘らずに多作多捨の精神でじゃんじゃん作っては捨ててを繰り返して居れば何とか光明が見出せるものですよ」
 と優しく教えさとされた事があった。そうか俄然やる気が湧いて来た。
 十二月オレンジ色のセルフォンよ
 梅雨曇(つゆぐもり)洗濯物を出すなよな
 梅雨曇(つゆぐもり)しこたま吐いてロトシックス
 小晦日(こつごもり)卵爆弾破裂する
 師匠は俳句の初心者でもよく分かる様に赤で季語にルビを入れてくれた。
 「最後の4句目がよく分かりませんね。「卵爆弾」が実在するにしても、「卵爆弾」が「破裂する」と言うのは言葉が勿体ない気がします。爆弾が破裂するのは当たり前の事なのでその時の印象などを詠んだ方がよくは無いでしょうか」
 そう言われて私は自句を自ら添削した。
 小晦日(こつごもり)卵爆弾膝痛め
 「だいぶ良くなりましたね。因みにこつごもりと言うのは新暦では12月30日の事でして・・・」
 自信を得た。 

出来事
深神椥

「昨日また飛び降りたらしいよ」
ここではそんな言葉がたびたび囁かれる。
街の郊外に廃墟となったビルがある。
なぜかそこは飛び降り自殺者が絶えない。
薄気味悪がって、近寄る者は殆んどいない。
私もその一人だ。
暗闇に浮かぶ廃墟は何とも気味が悪いが、昼間の明るい時、草木の生い茂った中に佇む廃墟はなぜか好奇心を掻き立てられる。
そしていつしか、何かに吸い寄せられるように私の足は廃墟となったビルへと向かっていた。
 いざ、五階建ての廃墟を目の前にすると、その存在感に圧倒され、足がすくむ。
でも、それよりも好奇心の方が勝っていた。
 入り口を入ってすぐ石造りの階段があり、私は一気に五階まで登った。
なぜかそこまで疲れはしなかった。
五階のフロアに入り、広々とした室内を見渡した。
ガランとしていて殆んど物はなく、がれきのような物が散乱しているだけだった。
少しカビ臭さがただよっていた。
部屋の一番奥にある窓に目をやった時、人の姿が目に入った。
私は驚きで凍りついてしまった。
後ろ姿だったが、私には髪の短い女性に見えた。
「まさかこの人自殺しにきたのか」と思った矢先、その人がこちらを振り返った。
私はなぜか恐怖で更に固まってしまった。
逆光で顔はよく見えなかったが、やはりシルエットは女性に見えた。
私が何も言えず固まっていると、その人がこちらを向いたまま言った。
「もしニュースで、カーキのカーディガンに黒のジーンズの女性と言っていたら、私だと思って下さい」
そして、その女性はガラスのない窓に両手と片足をかけた。
気が付くと、私は部屋を出て一階まで降り、ビルを飛び出していた。
周りを何も見ないよう一目散に。

私にはその女性を止めることができなかった。
その女性がどうなったのかわからない。
ただ鳴き続けるセミの声だけが耳に残っていた。

 その夜は全く寝つけなかった。
目の前で人が飛び降りようとしているところを見てしまったのだから、当然のことだが。
 朝九時に目覚ましが鳴り、冴えない頭のままベッドから起き上がり、テレビをつけた。
「九時をまわりました。ニュースです。昨日午後二時頃、旧○×ビルから女性が飛び降りたと通報があり……」
私はハッとして、ボリュームを大きくした。
「女性は二十歳代くらい、短髪でカーキ色の……」
そこまで聞いて、私はすぐテレビを消した。
 鼓動が速くなり、手が震えた。

私は真実を知るのが怖かった。

人ならざるもの
ごんぱち

 荷車を引いていた少女が膝を付く。
「誰が休んで良いと言った!」
 主人が鞭を振るう。
 露店が建ち並ぶ通りに人は多いが、誰もが少女の音を気にも留めない。
 少女は懸命に踏ん張り立ち上がり、また、荷車を引き、進み始める。積まれた木材の量を考えれば、かなりの力だった。
「早く歩け、のろま!」
 もう一度鞭が少女を打った。
 激しい鞭の一撃故か、それとも粗末な生地が劣化していたのか、少女のシャツの背が裂ける。
 少女の背からこぼれ落ちた黒。
 闇色をした翼だった。
「汚らわしい! 賤しいフェザリオなんぞ、買ったのが間違いだ、ロクに働きやしない!」
 主人が苛立ち紛れに鞭をもう一度振り上げ、そして振り下ろす。
「え?」
 主人の手には何もなかった。
「楽しそうだな、オレも混ぜてくれよ」
 いつの間に現れたのか、少女の傍らには中年の男が立ち、その手には主人の鞭が握られていた。
「か、返せ!」
「取れれば、な」
 男は鞭を振るう。鞭の先は目で追う事も出来ない速さで主人の頭をかすめた。
「ひいっ!」
 しゃがみ込む主人の髪が、一掴み落ち、頭頂の肌が露わになる。
「オレの名はヨツヤ。これ以上、この子に酷いことをしなけりゃ、頭皮は勘弁しといてやるが?」
「ど、どうせロクに言う事も聞かないフェザリオだ、どうにでもしろ!」
 主人は荷車を引いてのろのろと逃げて行った。

 ヨツヤは娘を連れ町外れまでやって来た。
「傷は残ってないな。大したもんだ」
 自分のシャツを脱いで、少女に差し出す。
「ヨツヤ……どうして、あなたは私を助けてくれたの? 私は人間じゃないのに」
「どう見たってキミは普通の女の子じゃないか。いや、とびっきり可愛い女の子だ」
 少女はうつむいて顔を赤らめる。
「……この翼が、怖くないの?」
「キミの翼はむしろチャームポイントだ! 世間の評価はむしろ追い風さ。他の部分が優れているにも関わらず、翼という一点で劣等意識を持つが故の謙虚さや恥じらいの仕草がつまり萌えポイントの一つとなるんだ! 類似したものに『貧乳はステータスだ』というのがあるね。この表現は、確かに正しいけれど、本人がコンプレックスを抱けばこそだ。同じ理由で、巨乳もそれを本人が恥じらっていれば一転ステキな萌えポイントたり得るんだ!」
 力説するヨツヤに、少女は笑顔を向けたまま、少しづつ後じさりして行った。

「あの時の子と、今の魔王がそっくり」
「世界を救う機会をドブに捨てやがって!」