第45回 1000字小説バトル

参加作品
1 すべる話 小笠原寿夫1000
2 おいしくなければ ごんぱち1000
3 部屋の夢 iiyama996
4 春が来る前に 深神椥1252

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すべる話
小笠原寿夫

「自分の作った料理は、まずくても食える。」
よっぽど旨いものを食べていないのか、と思われるかもしれないが、これは、謙遜に使われる言葉だ。
「相手をもてなしても、もてなしきれないです。」
という意味によく使われる事が、多い。逆に、
「だけど、美味しいわよ。」
は、
「まあ、奥さん、御上手ね。」
の尊敬の意味に、使われがちである。日本語の難しさの現れは、食に喩えられるから、面白い。
「まあ、この子、茶碗になってるわ。」
でいう、茶碗とは、いくら盛り付けても、ご飯が食べられてしまう。つまり、言っても言っても、いう事を聞かない子、の事を指す。もっと他にもある。
「まっつん、もう食われへんわぁ。」
と、浜田さんが、寝言で言っていた、という、松本人志さんの語録がある。
「大満足です!」
の意味に使われているので、思わず、浜田さんが、吹き出しそうになっていた。食に変えると、日本語の表現が、如何に豊かであるか、がわかる。
「皿洗え。」は、「顔洗い直してから来い。」
「お前は、飯食うてる時が、一番面白い。」は、「食うだけが能の能無しや。」
「筍」は、「酒ばっかり飲むな。」を早口言葉で言った隠語である。

「お前が、そうやって煙草吸ってるとこ見てるわ。」と、住居施設にお世話になっていた頃のおじいちゃんに、階段から言われた事がある。おじいちゃんは、手を顎に当てながら、笑顔で、こっちを見ている。
「煙草は、脳を腐らす麻薬に近い。お前が壊れていく様を見ておいてあげるわ。」
という、喧嘩の文句に近い。喧嘩の文句も知らない、私は、ただ呑気に、煙草を吸っていた。
「何にもせんやつが、いう事いうな。」
しこたま、仕事をしてきた人間だけが、言える最上級の殺し文句。上下関係の厳しい世界に於いて、部下は、何も言わずに、謝るしかない。
お父さんに、寿司を奢って頂いたときに、お父さんは、
「たまには、教えたれ。」
と、一言。
帰り道よもすがら、おじいちゃんは、
「今日の事は、忘れるな。」
と一言。
「お前、学会続けんのか?」
と尋ねてきた。
「はい。」
とだけ、応えると、
「お前みたいなやつが、遊んでたら、国が滅びる。」
初めて、素直に喜べた瞬間でもあった。

急にお父さんが、怒り出した。
「お前はな、わしの顔に泥を塗ったんじゃ!わかってんのか!?」
まさか、あんなところに、その筋の人が、寝泊まりしているとは、私は、決して思わなかった。
散々暴れた挙句、最後に私は、住居施設を出所した。

※作者付記:
私ごときが、自己主張するのも生意気かとは、存じましたが、お世話になりました住居施設の皆様方に厚く感謝致します。住居施設は、家庭のようであり、会社のようである、住み良い空間でした。
こういった社会福祉施設が尚、一層の発展を遂げます様、心から祈っております。

おいしくなければ
ごんぱち

 ドアベルが鳴った。
 カウンターで新聞を読んでいた店主が、顔を上げる。
 店主は六〇代前半の白髪頭で、真っ白な調理着を身に着けている。
「いらっしゃいませ」
 入って来た四谷京作に、店主は声をかける。愛想が良いとは言えない顔立ちだが、口調は柔らかだった。
「カウンターへどうぞ」
 店内はカウンター席が五席、テーブル席が三つだけで、昼過ぎの今の時間に他の客はいない。
 窓辺には中東や欧州の置物があり、壁には、ビール会社の宣伝ポスターとお薦めメニュー、更にもう一枚「おいしくなければ、お代は頂きません」と書かれた貼り紙が貼られていた。
「ご注文は何になさいますか」
 席に座った四谷に、店主はカウンター越しに水を差し出す。
「あ、あのさ」
 メニューを開きながら、四谷が尋ねる。
「この、おいしくなければお代は頂きませんって、本当なのか?」
 四谷はメニューの表紙裏に書かれた一文と、壁の貼り紙を交互に指さす。
「もちろんです」
「でも、アレだろ、何だかんだ言って払わないつったヤツを常識知らずみたいな圧力かけて結局払わざるを得ない空気にさせるって、レだろ?」
「確かにその疑いはもっともです」
 店主は微笑む。呆れている風でも、嘲る風でもない、疑問を率直に尋ねる客に対する好感が伺えた。
「そのような所業でお客様の信頼を裏切った店は猛省を促したいところです。けれど誓って、そのような意図ではありません」
「ふうん」
 四谷はまだ完全には納得していない顔だった。
「これは単なる客寄せのパフォーマンスではありません。私は私なりの考えがあり、店を発展させる為の方策として行っているものです」
 店主はカウンター越しにやや身を乗り出す。
「無料になるかも知れないと思えば、お客様は通常よりも遙かにじっくりと味わって欠点を見つけて下さる。これを次の料理に活かせば、味は向上して行き、それが店の評判を上げ、発展させると考えています」
「とすると」
「はい」
「あんたの身体がムキムキだったり、今し方ドアにバイトの人が二重にカギをかけたり、カウンターに包丁が突き立てられていたりする事には、何の意味もないと?」
「もちろんでございます」

「――それで四谷、味がどうだったって?」
「最高にエキサイティングだった気がするぜ、蒲田! 最初の一口から最後の支払いまでドキドキが止まらなかった! 料理であんなに心が躍った事はないさ! 最早これは恋だね!」
「吊り橋効果か……」

部屋の夢
iiyama

 次のドアを開けると,其処は見覚えがある部屋だった.此処は確か,小学5年生まで学校帰りによく寄っていた駄菓子屋の奥座敷だ.私が6年生になる為の春休みに御婆さんが亡くなってから,シャッターが閉まったままのあの店だろう.私はその店の勝手口からこの部屋に入ってきたようだ.いつも通り,全てのドアが閉まっているので,私たちが買い食いをした店先は見られないが,それでも座敷に置かれた御婆さんが使っていた座布団と,宙から吊られ赤い布が敷かれた銭入れの笊だけでも懐かしさが押し寄せてくる.とても品の良い御婆さんだったことをふいに思い出した.少しだけ,またお話をしたいと思う.それはどうやらこの夢でも叶わないようだ.
御勝手の曇りガラスから午後の緩やかな日差しが差し込み座敷を思い出の色に染めている.懐かしさは嫌いではないけれど,此処は少し寂しい場所だ.私は座布団をまたぎ店先へ続くガラスの引き戸を開けて,歩みを進めることにした.

 ドアを開けた先は,かつて彼女とともに過ごしたアパートの一室だった.私は後手でガラス戸を閉める.その時アパートの御勝手と5畳の和室を仕切るガラス戸が,あの駄菓子屋の物と似ていたことに今更気付いた.私が大学の下宿にこの部屋を選んだ理由は,もしかしたらそんな些細な事だったのかもしれない.その部屋は,彼女の物も少なく,私の物も少なく,こたつと只教科書などが置かれた本棚と,そして実家から持ってきた箪笥が置かれた殺風景な部屋だ.思い出は詰まっているけれど,彼女も私もあまり物を持たない主義だったので極端に荷が少ない部屋だと思う.まあ,彼女が出て行ったあの日から,私の部屋から特に何か物が少なくなったりはしなかったから,彼女の方が物持ちが少なかったのだろう.彼女は渡り鳥のような人だった.1年と少し彼女と暮らしたけれど,彼女はいつか何処かに飛んで行ってしまう,此処は止り木なのだといつも思っていた.大学を卒業したあとは一度も会っていない.私は彼女がたどり着く先というものが少し気になる.元気で幸せであって欲しいと願う.
此処もやはり少し寂しい場所だ…次の部屋へ行こう.私は,ベランダへ続くガラス戸と一対の布団がしまわれた押入れの引き戸と,どちらを開けるか悩んだ挙句,ガラス戸の連続は芸がなかろうと押入れの戸を開けることにした.
次の部屋は,楽しい思い出があった部屋だと嬉しい.
夢はまだ覚めない.

※作者付記:
幼いころから,頻繁にみる夢に,あてもなく部屋から部屋を彷徨う夢があります.部屋には,誰もいないことが多いけれど,たまに亡くなった御祖母ちゃんが居たりして,一緒に御茶を飲んだりもします.
懐かしい部屋,最近云った部屋,思い出せない部屋,今の自分の部屋…全てが扉で繋がっていて,おまけに思い出も繋がっているのかもしれません.

春が来る前に
深神椥

「おー。来たか」
「お邪魔します」
ここに来るのは久しぶりだ。
「あっこれ、ザッハトルテ」
「おーありがとー」
キミが嬉しそうに受け取る。
「そこらへん座ってて。もう少しでできるから」
「あっうん」
何度も来た部屋だが、毎回部屋中を見回してしまう。
特に変化はないかな。

キッチンに立つキミの後ろ姿を見つめる。
ボクのため、いや、二人のために作っている。
それがたまらなく嬉しい。

しばらくしてキミが料理を運んできた。
「カルボナーラ、お前まだ好きだよな」
「あぁ」
「よかった。あっスープもあるから」
「あっうん」
「熱いうちに食べよ」
久々に食べる手料理。
「おいしー」
「よかった。最近作ってなかったからどうかなーって思ったけど」
「おいしいよ。このスープも」
危うく、ユミちゃんにも作ってあげたら?とか口走りそうになった。
自分からこの話題は持ち出したくなかった。

「あのさ」
「……ん?」
「その……この前話した後輩のことだけどさ」
何を言われるかドキドキしていたが、何となく予想はついていた。
「ちゃんと付き合うことになった」
ボクは視線を落とした。
「あっその後輩のコ、ユミっていうんだけど、この前のデートでお互いの気持ち言って……それで」
「……そっか。よかったね」
唇の震えを抑え、何とか言った。
「あぁ」
少し弾んだような声だった。
「お前の言った通り、冬の海もいいな」
ボクは黙って頷き、何かを払拭するかのようにモクモクと食べ続けた。

「ザッハトルテ食べよ」
カルボナーラを食べ終えたところでキミが言った。
「でもよく憶えてたな。オレが好きだってこと」
憶えてるよ、そりゃ。
「あっアールグレイでいい?」
「うん、ありがと」
男二人で紅茶とケーキ?と思われるかもしれないが、二人とも酒が得意ではなく、甘い物好きだ。
「あぁーうまい」
「よかった」
「で、お前は恋活してんの?」
急に言われ、紅茶を吹き出しそうになった。
「……またその話?」
「いやだって」
「恋愛なんていいよ」
「何だよ」
いいよ恋愛は。
恋してるからいい。

食事の片付けを終え、夜も十時を回った。
「……じゃあ帰るわ」
「えーもう?」
「明日早いし」
「そっか」
ホントはもっといたい。
でも早くこの空気から、現実から逃げたかった。
「外まで送るよ」
「……うん」
いつもは断るが、今日は甘えたくなった。

「ホントごちそう様。おいしかった」
「あれでよかったらいつでも。今度は違うもの作るよ」
そう言ってくれたことで、まだ自分はこの人に必要とされてるんだと実感できた。
「こっちこそザッハトルテごちそう様。うまかった」
「よかった」
「じゃあ今度はお前んちで」
「あぁ、うちでよければ」
自然と笑顔になれた。
「じゃあまた。寒いし気を付けて」
「うん、また」
キミがボクを見送る。

何度も振り返り手を振る。
キミは笑顔で手を振り応えてくれる。

角を曲がってキミが見えなくなった。


こんなもんだ、恋なんて。


立ち止まり、夜空を見上げた。

今日も満天の星空だ。

春ももう近いが、この時期は空気が澄んでいて、星がよく見える。


もうすぐ見られなくなるであろう冬の星座がこちらを見ていた。