第52回 1000字小説バトル

参加作品
1 さらばヴィヌス砦 サヌキマオ1000
2 ドとレとミ 野乃1000
3 interview 小笠原寿夫1000
4 コスモスゆれる 日向さち1000
5 うるう明後日 金河南1000
6 レンジで二分と三〇秒 ごんぱち1000
7 水色の鈴 待子あかね1000
8 ふと思う事 石川順一1001
9 ココロココニ 深神椥1095
10 朝のマニトウ アレシア・モード1000

掲載時に起きた問題を除き、作品内容の訂正・修正はバトル開始から終了まで基本的に受け付けません。掲載時の不備などがございましたら、ご連絡ください。

QBOOKSではどのバトルにおきましても、原則的には作品に校正を加えません。明らかな誤字脱字がございましても、そのまま掲載しておりますことをご了承ください。

バトル結果発表
※投票受付は終了しました。
さらばヴィヌス砦
サヌキマオ

「戦争は終わりましたか」
 私は扉の外に向かって声を張ってみた。返事はなかった。ただ幾人かの歌声だけが流れてくる。
 このヴィヌス砦の告解室に閉じこもって幾時になるだろう。食事を、おまるを小間使いに運ばせて、早三年は経った気がする。
「まだ一夏過ぎただけですよ、司祭様」
 小間使いが顔を見せる。手には渦巻の棒キャンディを持っている。どうしたんだそれは。表に来ている農夫の集団からもらいました。たいしたものですよ、男性五人で、口で楽器の真似から太鼓にハーモニーまで全部成してしまう。まるで神の御業です。これ、そう神の名を口にするものではない、それよりもなによりも。私はあらたまって言った。「戦争は、終わったのですか」
「最近見ないですねぇ」あらたまったのは私だけであった。
「そうか」隠していたつもりだが、口調は確かに昂揚していた。では、出ねばならぬ。この砦を出て教区に帰らねばならぬ!
 春先には、砦の内からも草原の外からも散々矢が飛んできた。それで、告解室に閉じこもったのである。これも神の与えたもうた試練以外の何物でもない。ついでに神は小間使いに「私に尽くす」という試練を与えたもうた。そうして、今試練を終えた。思い立ったが吉日と東洋の言葉では言うらしいが、我々の言葉ではこれを神の思し召しと言うのである。身の回りのものを纏めると革のコートを羽織る。
 扉を開けると確かに小間使いの言う通りに、農夫のローブを頭からすっぽりと被った男が五人、歌いながら行進しているのであった。聞きなれぬ、陽気な調子である。そこの若い皆さん、戦争は終わったのですか。終わった、終わったともなぁみんな。終わったんで死体を片付けに来た――ハァ、それはご苦労なことです、神のお導きがありますよう。
「神だって?」
 男たちがフードを取るとぬるり、と頭蓋骨が現れた。ヒィッ! 眼球なき眼窩から表情を窺うことは出来ない。
「神ったってなぁ」
「うへへへへ」
「うへへへ」
 ウーン! という呻き声を聞いたのは小間使いだけだったかもしれない。私は、失神したのである。
 文字通り、神を失くしたのである。
「うまいこと言ったつもりかよ」
「言ったつもりだろうさ、おら達だって死神だもの」
「んだんだ、この神父だか牧師だか、勝手におっ死んでくれて、手間いらずだ」
 担がれて、担がれて、ただただ死神達の歌う声だけが、がらんどうの脳に、教会の鐘のように、響き渡るのである。

ドとレとミ
野乃

鍵盤を、指が押す。
ド、レ、ミ。

弾いていたのはまだ幼い指だった。
奏でられた音で、ピアノは問いかけた。

ドー。
どうして、君はこんなところにいるの?

レー。
連絡先は?こんなところにいたら、お父さんとお母さんが心配するよ。

ミー。
みんなのところに、早く戻りなよ。

―――。

次の音は、出なかった。
その次も、その次の音も。

ピアノが奏でられたのは、ドとレとミだけだった。
ピアノは人間が気づかない音で、嘆息した。

……ほら、わかっただろう?
だからここにいるんだって。

ドとレとミ。
それだけしか奏でられないピアノに、
どんな価値があるというのだろうか。



……もう何年も前の話。
ピアノは、一人息子の3歳の誕生日プレゼントとして、とある家族の元にやってきたものだった。
幼い彼はすぐにピアノが好きになった。そしてピアノの傍を片時も離れようとしなかった。
時には嬉しそうに、時には哀しそうに、時には怒りながら、彼はピアノを弾いていた。
そんな彼のピアノは日に日に上達して、大人になった彼はプロのピアニストになった。
でも、その時彼の傍にいたのはもう、ピアノではなかった。
長い間彼に寄り添い、彼と同じ時間を過ごしたピアノは「ピアノ」として在るべき音が出せなくなっていた。
そうして彼には新しい「ピアノ」が与えられた。彼よりもいい「ピアノ」だった。
それからの年月を、ピアノは物置でひっそりと過ごしていた。
そんなある日、突然ピアノは物置から出されると「ここ」に運ばれた。
「ここ」は物達の墓場。必要なくなった物たちが「物」ですらなくなる瞬間を迎える場所だった。





その時、遠くで誰か大人の声がした。
何か、誰かを、探しているようだった。



ドー
どうして気づかないんだよ!

レー
冷蔵庫の下じゃなくて!レンジの横でもないよ!!

ミー
みつけて!ここにいるよ!!


「見つけた!」


ほら、よかったね。
みつけてもらえたよ。

その声の姿を見て、はっとする。
ピアノは言葉を失った。


「よかった、見つかって……」


そうして抱きしめられたのは、
ピアノだった。


『よかったね、ずっと探してたんだよ。』


さっきまでピアノを弾いていた幼い子が、傍でにこりと笑って、ゆっくりと消えていった。

ピアノは思い出した。
彼の幼いときの姿だった。


「おいで、一緒に帰ろう。」


ピアノは頷いた。
そしてゆっくり、言葉を奏でた。



ドー
どうぞ、こんなピアノでよかったら。

レー
練習台にもならないかもしれないけど

ミー
みんなの傍に、置いて下さい。

interview
小笠原寿夫

「五里霧中ですねぇ、えー。それは、もう天井知らずの絶望感ですよ。だって、何にも見えてこないんですもん。日々、模索してますよね。」
「そうですか。今の心境なんかを窺おうと思うのですが、いかがでしょうか。」
「今はね、大それた事は考えてない。だけど、いつか花火上げてやりますよ。でっかい奴をね。」
それを聞く限りでは、男は、何かしらやってくれそうな気は、していた。僕は男に向かって、尋ね続ける。
「この仕事をやるに当たって、心掛けている事はありますか。」
「歯磨きだね。後は、寝ること。その二つを抑えとけば、もうバッチリなんじゃない?」
「それだけで……。」
「あっ、言い忘れてた。ちょっと携帯なってるんで、出てもいいですか?」
「どうぞ。」
「あっ、もしもし。俺だけど。飛行機のチケット?それは、しょうがないね。わかった。じゃあ、再来月に又、会いましょう。」
男は、携帯を置いた。
「ごめんね。話の途中で。で?」
「クラシックパフォーマンスの件から、是非、ご意見を。」
「はい、はい。あれね。やっぱ出来る奴と出来ない奴の差は、姿勢だと思うのよね。ここのさ。」
男は、胸に掌を当てた。
「私は、どちらでしょうか。」
「いい。」
「えっ?」
「うん。いいね。そうとしか言いようがない。だから、悪いけど、やらかしてもらうよ。でっかい花火をさ。」
男は、ゆっくりと顎髭を摩りながら、指を鍵型にして、口に押し当てた。

「みてみぃ~、骸の山やで。あれが、地獄か。一遍、覗いたろ。ありゃ?一本足、二本足、三本足……。わし、四つ足になっとるやないか!手はどこや。ありゃありゃ、こんなとこに生えてる。そりゃあ、数だけは数えられるはずやで。お父さぁ~ん!」
世界が君を待っていたよ。宇宙が君を呼んでいるよ。望むなら、空も飛べるはずだ。
男には、翼が、生えていた。
「力が漲る。力が漲る。お父さん!今から、僕は、そっちに行くよ。見ててね、お父さん。」
男は、肩甲骨に力をいれ、上腕二頭筋から肘、指先に至るまで、力一杯、羽ばたいた。とその時。
「お、お父さん!」
親父の笑顔が、見えたか見えないかの所で、男も猿も、夢から覚めて、木から落ちた。
「お父さん、お父さん。僕は強い雉には、なれなかったし、忠誠心の強い犬にもなれなかったよ。だけどね、お父さん。犬にも雉にもなれなくてもね、僕は、こうやって。」
「実験台にはなれる。」
男は、そう言うと、そそくさと猿を連れて、ステージを降りた。

コスモスゆれる
日向さち

 特別親しくしていた記憶はない。しかし、保育園で過ごしていた私は彼の隣にいるのが当たり前だったらしいことが、アルバムから見て取れる。
 肥満児だった私と違い、彼はいわゆる普通の子供の可愛らしさを持って写真に納まっていた。一枚だけ残っているツーショット写真に至っては、品が良さそうに写っている彼に対し、口の周りをケチャップで汚している私が、やけに笑顔で醜さを際立たせている。
 他の男の子とだって二人で遊ぶことはあった。なぜ彼の隣ばかりに、と自問しても、小学校時代に最も仲の良い男子だった、という的外れな答えしか出てこない。かといって親に聞くのも躊躇われる。ただ、保育園時代に彼が使っていた弁当箱に限って、デザインをはっきりと憶えているのは確かだ。

 小学校六年生の時だった。私が一人で下校中に、振り向くと、同じく一人で歩いていた彼が追いつこうとしていた。その間には誰もおらず、二十メートルくらいの距離になって気付いた私は、早歩きになった。あと少しで互いの帰る方向が分かれる所だったため、彼を避けてしまえと思ってのことだ。
 それまでは登下校中に二人きりになることは珍しくなかったし、教室でも口を利いていた。気まずくなる出来事があった覚えもなく、避けようとした理由は自分でも分からなかった。
 早歩きの甲斐は無く、足音が近付いてきた。私は歩調を緩めることもできず、走って逃げるわけにもいかなかった。追いつかれたら、どういう顔をすればいいだろう。それだけを考えて歩く横で、土手を埋め尽くすようにコスモスが咲いていた。その向こうで頭を下げている稲に対し、コスモスは風に体を揺らしながらも堂々として見えた。
 抜き去る際に、彼は普段どおりの口調で、じゃあね、と声をかけてくれた。私は言葉を返せず、一緒に帰っていたつもりはないのに、なんて思いながら、遠ざかっていく彼のランドセルを見送った。

 小学校は一クラスしかなかったが、中学に進むと彼とはクラスが分かれ、通学路も別となり、話すどころか挨拶する機会もないまま三年間を終えた。そして、そのまま違う高校へ通いだし、顔すら合わさなくなった。
 成人してから、恋をするたびに彼のことを思い出す。好きになる相手との共通項が少なからず見つかるのは、彼と似ているために惹かれるのか、本能的に求めている部分だからなのか。いずれにしても、今の私にとって彼が特別な存在だというのは間違いない。

うるう明後日
金河南

 氏が、戸棚から瓶を取り出した。
 薄青く、厚いガラスの中にひとつ、赤い尾ひれと胴体が横たわっている。微動だにしないそれが巨大な金魚だということに、2度3度見て私はようやく気付いた。
「――失踪する前日の、妹さんの様子をうかがってもよろしいですか?」
 私は黒皮の手帳を開き、いつもスーツの胸ポケットにさしている細い、銀のペンを握る。
 窓の外は曇天。眼下に大きな湖が見える……2月の寒さに耐え切れるわけもなく、湖の表面はすべて氷で覆いつくされていた。
 氏が、机に瓶を置く。
 話し始めた内容を手帳に書き取りながらも、蓋の部分に目がいく。タグがつけられている……売り物? こんなものを? 氏のうしろの棚には、同じような瓶がずらりと並べられていた。
 背筋が、スッと冷える。気味が悪い。仕事でなければ、どうしてこんな。
「妹は赤い着物が好きで、よく着ておりました。あの日もそうだったと記憶しています。外に散歩に行くと言うので、ワタシも一緒に出かけたのです。そこの湖のほとりを途中まで、」
 氏が窓の外を指差したとき、先ほどとは全く別の光景が、目にとびこんできた。一面の白。吹雪だ。これには氏も驚いたようで、困ったように笑った。
「天気予報では、午後には晴れ間が出ると言っていたのですが……、車は大丈夫ですか?」
「あっ……、」
 路上駐車が悔やまれる。すぐだと思い、コートは車の中に置いてきた。まぁ少し待ちましょうかと、氏は私にコーヒーを淹れてくれた。自然と、雑談になる。
「妹さんとは、かなり仲が良かったようですね……恋人なんぞ連れてきた日には、大変だったでしょう」
「えぇ、そうなんですよ。ガラにもなく嫉妬してしまいましてねぇ……嫉妬というか、親心でしょうか。両親を亡くして、小さな頃からずっと育ててきましたから……お恥ずかしいかぎりです」
「失礼ですが、そちらの瓶は? ずっと気になっていたんですよ」
「あぁ、これは私の作品です。中の金魚はレプリカですよ。樹脂で作って、色を付けてあるんです。湖から連想したんです……まぁ実際、あの湖には、金魚なんて住んでいませんけどね」
 氏は視線を窓に移し、愛おしそうに目を細めた。
 金魚。赤い着物。湖。青色の瓶。瓶の中の、白濁した眼球。やまない吹雪……眠い。頭をふる。氏の声がぼんやりと響いた。
「……作品にすれば、永遠に愛でていられる……」
 動かず痺れる体。
 私の皮膚から、金魚が飛び泳ぐ。

レンジで二分と三〇秒
ごんぱち

 電子レンジが鳴った。
「良いみたいだな」
 蒲田雅弘は、レンジの扉を開け、耐熱容器を取り出し蓋を外す。すっかり温まった冷凍チキンナゲットから、湯気がひとかたまり立ち昇った。
「お、うまそう」
 テレビを観ていた四谷京作も、キッチンに入って来る。
「さあ、ビール、ビール――ん?」
 四谷は水切りに置いてある「四谷」とマジックで書かれたコップに手を伸ばしかけた姿勢のままで止まった。
「どした?」
 耐熱容器を持ったまま、蒲田が尋ねる。
 四谷の視線は、流し台に置きっぱなしになっている冷凍ナゲットの空き袋に向いていた。
「鶏のイラストが、付いてるな?」
 四谷は神妙な顔になる。
「ああ?」
「フォークを持って、ドヤ顔をしているな?」
「子供にも親しみやすいな」
「……恐ろしい、何と恐ろしい事だ!」
 四谷は天を仰いだ。
「こいつ、喰われる側なのに笑顔だ! 笑顔で己の屍を包むというのか! こんな残酷な表現をされて、食欲が浮かぶものか! ぼくの顔をお食べか? ああ!? ヤツは良い、代わりがあるから! だが鶏の命は一つ! 喰われればお終いだ! なのにこいつはなんだ、どうして笑っていられる!」
「四谷」
 蒲田は四谷の肩を掴んで首を横に振る。
「こいつは確かに鶏で、商品の材料も鶏だ。だが、別個体ならどうだ。鶏がよその鶏でこしらえたナゲットの前で笑みを浮かべたところで、何もおかしくはないだろう」
「あるって! すっごいあるって! 別個体だからって同種だろ! 同種の生き物の死体の前で笑顔でいられるヤツなんてあり得ないだろう!」
「戦国武将は討ち取った将の首を眺めて喜んだし、かつてのアメリカの黒人奴隷なんかも現地の部族同士の抗争によって出た捕虜を、奴隷商人に売り払ったのがそもそもだ。同種である事は残酷性を軽減する絶対条件ではないのだよ」
「言われてみれば……」
 四谷は温まったナゲットをかじる。
「つまりパッケージの鶏にとって、ナゲット原料の鶏は憎い敵だったと?」
「詳しい事情はともかく、親の三、四羽も殺されているレベルだろう」
「ならば確かにすり潰して揚げられて冷凍されても、ちいとも良心は痛まない」
「だろう」
「奴隷のように生かす必要もないから、拷問の末に各所に壊疽を生じさせながら死に至らしめるような惨たらしい方法も」
「取るかも知れないな」
「合点が行った! 道理でこんなに腐敗臭がするのか!」
「……それは普通に傷んでたんだ。すぐペッしろ」

水色の鈴
待子あかね

 リカはあたしの幼なじみで、いじめられたときや、いじめられたときや、いじめられたときに、いつも助けてくれました。
「リカ、そんなにあたしばっかりにかまっていると、リカまでいじめらるやん。だから、あたしのことはかまわんとって。もう、大丈夫やから」
「大丈夫なことないって。身体中、痣だらけやんか。そんな見たら、ほっとけへんって。ほっとかれへんって」
「あ、ありがと」

 友達と呼べる友達はリカしかいなくて、それなのに、リカとはクラスがずっと違っていました。
 ひそひそ話しが好きな女子たちの嫌いな先生の授業中、「鈴は、ゆきひろくんのことが好きです」と書かれたきれいな花柄の便箋が回覧されても、あたしはあいつらに何一つ言い返すことはできませんでした。前の席の女子から回ってきたのと同じように、後ろの席の女子に回しました。ずっと俯いて、隠しきれない空しさを抱きしめている顔を見て、みんな笑っていました。そうです、ゆきひろくんのことは、あいつらに見抜かれていたように好きでした。ただ遠くから眺めているだけで、挨拶もできないで一言も口を聞いたことがなかったけれど。
 学校に行くのが嫌になっても授業が終わって帰るときには、3年1組の前にリカが待っていてくれたから。
 リカが、「明日も一緒に学校行こう」って言ってくれて、毎日、一緒に学校に行って、一緒に学校から帰っていました。

 そんなことがしばらく続いた、高校3年の秋。
「うちな、病院に行くことになってん。来週から、一緒に学校行かれへんようなるねん。ごめんな」
「え? なんで、どうしたん、調子悪いん? どうしたん?」
「ごめんな。今まで言えんで、ごめんな。けどな、鈴はちゃんと高校卒業しいや。うちは、卒業できへんかもしれんから」
「あたしは、リカがおらへんようなったら、あかんわ。もう、あいつらにやられっぱなしで、死んでしまうわ」
「鈴、鈴は、死なへんよ。大丈夫。離れとっても、うちが、ずっとついてるからな」
「リカ?」
「うちのことは、なあんも、心配せんとって。大丈夫やで。これ、あげる。うちやと思って、持っといて」
 そういって、リカは透き通るきれいな水色の鈴をくれました。


 それから、鈴に対するいじめはなくなりはしなかったけれど、空しいながらも、リカのくれた水色の鈴をお守りにして、必死に毎日登校しました。
 そうして、無事に高校を卒業することができました、リカの写真を持って。

ふと思う事
石川順一

指に力に込められた怨念に戸惑う夕暮れ近き16時20分頃。まだタワーから帰ったばかりの私はエネルギーを温存するべく過去にさかのぼって居た。右足の甲の毛が生えている部分がだるい。けだるいと言う言葉が思い浮かぶ。何か毛根部から周囲にかけて圧力がかかって居る様な重々しい感じ。
 18時ちょっと前に鐘が鳴る。ちょっと耐えがたいほどでは無いが、最近ひところの雄々しさが戻ってきたのではないかと思える時があるような気がする。ずっとなりを潜めて居たんだ。でもそんなに私が思うほど長い期間では無くて、私自身ちょっと前まではいちいち手足をばたばたさせて音を紛らわしていたとかそういった記述と言うのか、短歌などに出会って懐かしい感を深くする(定期的なものなのでそういうことも可能。)。最近では高畠勲監督のかぐや姫のアニメ映画のニュースをやっていてはっとした。と言うのはアディーレのCMを思い出したからだ。
「私は月へ帰ります」(かぐや姫)
「まだ債務が残っておるぞ」(おきな)
「アディーレに~」(おばあさんのセリフは再現しにくい、まじで)
「月からは遠いし」(かぐや姫)
 さらに私はナチスドイツでDer Stu(uはウムラウトのu)rmer(突撃兵の意)と言う過激な反ユダヤ思想新聞を発行して居たナチ党の大幹部ユリウスシュトライヒャーを思い出した。彼の妻がアデーレだったからだ。アディーレと紛らわしい。小さい「イ」があるかどうかの違いで際どいが、極めて喚起力のある名称だ。少なくともアデーレに対しては。
 私は過去作を思い出して居た。
壁の蚊を見て居る私頻繁に歌えばソフトドリンク飲んで
「隠れ家」で月イチランチ食べ二つしか無く独りエビ天の我
隠れ家を出ればセルフのスタンドへ行けば入れ方惑ふ我等は
夕食は鶏肉照り焼き18時人は着物へ離陸をしたり
医師不足社会の病理が告げられて消化不良を起こす時かも
大物のプロデューサーが逮捕され立冬が来る偶然時かな
消えて居る多分忘れて居るのだと思えば戻る新聞配達
一仕事終りし後に深く寝る眠りの後に手話を録画し
完全を期す事自体膨大な負担を強ひる神を見出す
変革を訴えながら勝利する大統領は細身の体
秋の夜に秋刀魚を食べる幸せは無季節的なノイズを憎む

 結構雑然と詠んで仕舞った。徒然なるままに心に移り行くよしなしごとを書き付けて居るかのようだ。内容的に統一が無いのも場合によってはいいものでかも知れないと、私はふと思ったのだった(終わり)

ココロココニ
深神椥

 カラオケボックスでの一件以来、今度はオレがうわの空だ。
及川は及川で吹っ切れたようだ。
オレは未だに腑に落ちなくてモヤモヤしたままだ。

「江田?」
及川に顔を覗き込まれ、我に返る。
「あっごめん。考え事してた。何?」
「うん、あの、ちょっと聞いてほしいことがあって」
何だか胸さわぎがした。
「その、前の高校の友人が、その、この前話した先生を見かけて、少し話したみたい」
胸さわぎがしたのはやはりこのことか。
「それで?」
「うん、元気そうだったって」
及川はまだ何か言いたそうだったが、躊躇っていたので、代わりにオレが言った。
「会いたいの?」
及川は驚いた表情でこちらを見た。
オレは真顔で及川を見つめた。
「そんなことっ」
「やっぱ会いたいんだ」
及川は動揺を隠そうと、両手を前で握り合わせたり離したりしていた。
「会ってどうする」
思わず言った。
「会ってあの頃の気持ちが蘇ってそれでまた関係を続けるか?」
オレは何だかイライラしていた。
「そんな言い方っ」
「戻りたいんだろ?あの頃に」
オレは及川の顔は見ずに続けた。
「戻ろうと思えばいつでも戻れるよ。お互いの気持ちが一致すれば。でもせめて卒業まで待った方がいいと思う。お互いの為にも」
一気に話し、何だかドッと疲れた気がした。
「……江田、鋭いな」
「及川がそういう顔してたから」

オレの一方的な感情で気まずい雰囲気にしてしまった。

次の日、及川は学校に来なかった。

あの時のオレは何にイライラしていたのか。
及川にか?いや、自分にだ。

―その日曜、また及川から誘いがきた。

話があるから、と。

待ち合わせの公園まで行くと、及川がベンチに座っていた。
オレは及川に駆け寄った。
「ごめんね、急に」
「いや。この前はごめん。言い過ぎた」
「こっちこそごめん。本心つかれて何も言えなくて。でも、決めたから」
「えっ」
「先生とこれから会うんだ」
一瞬、鼓動が止まった気がした。
「その友人が先生に話してくれて。先生も会いたいって」
会わないでくれ、ただそう思った。
「キミがあぁ言ってくれて決心ついた。ありがとう」
「オレは別に」
「会って確かめたい。自分の気持ち」
そう言った及川は前だけを見ていた。
「いいんだな、それで」
及川は首を縦に振った。

行くな、その一言を押し殺す代わりに、及川を抱きしめていた。

「江田?」
そしてすぐさま及川から離れた。

「ごめん、もう行けよ」
このまま及川を行かせると何かを失うような気がした。
「うん、ありがとう」
笑顔でそう言うと、背を向け歩き出した。

 及川も、その先生も、オレも、この先どうなるんだろ。

 どうなっても、どうなろうと、オレは及川を見守り続けるだろう。

 見守っていよう、これからも、ずっと。

朝のマニトウ
アレシア・モード

1.序
 無性に恐ろしかった。
 体の中、首の後ろに悪霊が入っている。
 頸椎の上で、それは動いた。


2.破
「はい皆さん、説明するから聴きないなぁ」
 私――アレシアは首を押さえながら顔を上げる。悪霊を「祓う人」は意外と若く変な方言の女だった。ビルの室内には十名ほどの被害者がいて色んな箇所を押さえている。仲間がいっぱいで少しホッとした。
 祓う人はマンガのパネルで説明した。
「……こんな感じで悪霊は魚とか色んな形になるんよ。出たり入ったりしよるんむっちゃせっこいんえぇ。ほんでな」
 祓う人はパネルをめくった。
「死によった人もおる」
 凄惨なマンガに数名が倒れた。私は叫んだ。
「先生、早く祓ってください」
「急かされんで。順番ですぅ。あいうえお順で見るから。ほな、アレシアさん」
 魔鏡が私の周囲に並べられた。強いライトを顔に浴びせられ、くしゃみが出そうになった。
「いま映ってるから動かんといてよ」
「……はい」
「悪霊を呪術で金縛りにするよ」
 祓う人はオン、アボカドー、サワデーとか唱えている。退屈なので、そおっと横を向くと隣には「手で彫刻する人」がいた。オタクぽい丸い男は石版をかかか、しゅしゅと指先だけで彫っていて彫り跡は綺麗な鋭角だった。「十円と同じやな」金属も彫れるのか。
「すげー、弟子にして下さい」
「40サイクル、やったらいけるよ。手、見せて」
 彼は赤ちゃんみたいな綺麗な手で私の手を撫でた。
「カサカサですねー」
 がっかりして私は窓を見た。大きなものがこちらに近づいていた。


3.Q
「うわ。ゴジラだ」
 そういえば駅前でも見たのだった。すぐ写真を撮ろうとしたがカメラは以前に盗られた事もあり、しまっとこ、とロッカーに置いていた。慌ててカメラを持って戻ると、ゴジラは窓の外で待ってくれていた。
「そのカメラいいよね」学生ぽいメガネが言った。
「うん」
 愛機を構えると、ゴジラもカメラを取り出して構えた。カメラはゴジラの手には随分小さく見えた。
「あれ今度出る新型だよ。いいよね」
「……でも私はこれを愛用する」
 バシャバシャとシャッターを切ると、ゴジラもシャッターを押した。
「はーい、お疲れさま」声がして、ゴジラの中から向井理が出てきた。巨人だ。やっぱりCMの収録だった。勝手に撮ったけどマズかったかも……
「あのお、先生」
 祓う人はまだ呪文を唱えていた。
「急かされん言うとるが!」
「……はい」
 首の重さは設定ごと消えていた。

※作者付記:
こんな話を聞かされる身にもなりやがれ