第55回 1000字小説バトル

参加作品
1 分岐 ごんぱち1000
2 或るミカンの上に在る「みかん」 野乃998
3 肛門の多い料理店 サヌキマオ1000
4 希望 深神椥1000
5 短歌と繰り事 石川順一1000
6 ホテル Gossow744

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バトル結果発表
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分岐
ごんぱち

 その年も終わろうという夕暮れ、とある街角で、まだ幼さの残る少女が、マッチを売っていました。
「マッチ、マッチは、いりませんか」
 けれど、マッチは売れません。人々は誰もが家路を急ぎ、少女の前で足を止める事はありません。
 少女の腕にカゴは食い込み、指先は凍え、呼びかけ続けたせいで声はかすれています。
「ああ、さむい」
 胸の奥まで冷えきっているせいで、指に息を吹きかけてもちっとも温まりはしません。
「売りものだけど……」
 せめて僅かな暖でも、そう考えた少女が一本のマッチを手に取った時です。
「こんな貧民街との境目にあるような場所でマッチを売るなんて愚かな事だ」
 マッチを買わずに通り過ぎた男が、嘲笑って言いました。
「大通りの焚き火をしているところで売れば良いのに」
 それを聞いて少女は、大きな通りへ行きました。そこでは、今年最後の商売を終えた露天商が、ゴミを焼いていました。年の暮れのゴミをまとめて焼いているので、明るく暖かです。
 少女の凍えていた指先は温まり、頬には赤みが差してきます。
「マッチはいかがですか?」
 少し元気を取り戻した少女は、マッチを売り始めました。
 火に当たるために、ほんの少し足を止めた通行人は、ちらりと少女に目を止め、そのうちの一部の人達は、マッチはひと箱づつ買っていきました。
 火にゴミをくべながら、商人の一人が言いました。
「通行人にマッチを売るなど、愚かな事だ。貴族の屋敷では、マッチをいつも余分に買っておくのだ。貴族通りの戸を叩いて回れば、子供が折った雑な箱のマッチでも倍の値段でも売れるだろう」
 少女はそれを聞いて、貴族の屋敷が並ぶ通りにやって来ました。
「ごめん下さいまし、マッチはいりませんか」
 裏戸を叩いて声をかけると、中から使用人が顔を出しました。
「丁度良かった、二箱ちょうだい」
「ありがとうございます」
 お辞儀をして帰る少女を見ながら、使用人は言いました。
「一軒一軒回るなんて無駄な事ね。属領のドイツ人が叛乱を起こすって噂があって、国王様は軍隊に必要な物資なら何でも高値で買い集め始めているのに」
 少女は宮殿に走ろうとして、ふと、足を止めました。
 カゴに一杯あった筈のマッチは、もうすっかり売り切れていたのです。
「……売り時を見誤ったか」
 少女は舌打ちして、小銭の入ったエプロンを押さえて帰って行きました。
 生き残る人間というのは、それなりにしたたかなものなのです。

或るミカンの上に在る「みかん」
野乃

茂みの中の、
地面のすこし盛り上がったところ。
そこに、僕ら『二つ』は在った。

「みかん」の上に「みかん」が乗っている。
ちょっと遠くから見ると、僕らの姿はそう映っただろう。

だけど本当に「みかん」なのは、僕の上に乗っている「みかん」だけで、
僕は本物の「みかん」ではなかった。
「みかん」に見える様につくられた、ただの爆弾だ。

僕をつくった人は若い男の人で、彼は絵を描いたり、木を削ったりして何かを造ることがとても上手だった。
将来は芸術家になりたかったのだと、僕をつくりながらよく零していた。
並べてみれば本物の「みかん」には及ばない出来だったが、遠目に見れば気づかない完成度であった。
僕の仕掛けは簡単で、僕の上に置かれた本物の「みかん」
これを持ち上げると、ストッパーが外れて爆発する。それだけだ。

『じぶんは「みかん」だから、やっぱり誰かに食べてもらって、命の一部になりたいな』
「みかん」は僕に、そんな話をよくしていた。
僕は人の命を奪う事はできても、救うことは難しいだろうから、そうなれる「みかん」が羨ましかった。
でも、僕の上にいる限り「みかん」の願いは絶対に叶わないだろう。
僕だって、出来るならば何の命も奪いたくはない。
僕は「みかん」のことが大好きだったし、「みかん」も僕のことを好きだと言ってくれた。
この時間が、いつまでも続けばいいと思っていた。

――いいと、思っていたのに。

茂みの向こうから、子供の声が聞こえてきた。
姿が見えた。
幼い、とても痩せた兄妹だった。
兄が僕らに気づいて、指差した。
二人は喜び、こちらに向かってきた!

『きちゃだめだ!』
僕と「みかん」は叫んだ。その声は当然届かない。

そこからは、たった一瞬の出来事だった。

まず、身体ふいに軽くなったのを感じた。
どうして軽くなったのか。その理由を理解したと同時に、
僕と「みかん」は大きな音と共に、四散した。
爆風で、幼い兄妹が吹っ飛んだ。
濃い血の匂いはしなかったので、たぶん軽傷で済んだと思う。

『ごめんね』

「みかん」の声が、心に響いた。

…いいよ。
僕は、全く怒っていなかった。
むしろ、こうなることを望んでいたのかもしれない。


こんな世界になったのは、きみのせいじゃないのに。


命になりたいと言って、
命を守るために命をすてた「みかん」

そんなの、かなしすぎるのに。
どうしてきみの声は、そんなに穏やかなの?

ああ、
僕は。
生まれ変われるなら、きみのような「みかん」になりたい。

肛門の多い料理店
サヌキマオ

 料理店に肛門があるのは入ってきた客の狩人たちを排泄するためで、建物の裏側には七つから八つくらいの肛門が頻繁に蠢いていた。ちゃんと器官の数を数えたことはない。
「当軒は肛門の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」と入り口から三番目のドアに書いてあるにもかかわらず、ハハア、これはちょっとした頓智だよ君、人間の数だけ肛門のあるということだから、きっと込み合うこと請け合いだ、とということを示唆しているのだ。どうも肛門とは日本人の感覚からするといただけないがね、英国式のジョークだとすると合点がいく――などといって料理店に捕食され、そうして排泄されるのだ。泄されたものは糞は糞、骨は骨と分別されて猫車で運ばれているのになんでも行き合った。
 料理店の前にできる行列を横切ろうとすると声をかけられた。多分都会のでばーとで誂えたのであろう、上等の毛皮を着た紳士の二人連れである。ねぇ君、地元の人かい。そうですけれどもなんですか旦那さん。ここのお店はずいぶん流行っているようだけれども、売り物は何だろうね。あいすみません。おいら貧乏だから、こんなたいそうなお店で食べたことないんですのだ。そりゃあそうかアッハッハ。呼び立てして悪かった。扉の方でぎい、と開くと狩人が数人のこのこと店の中に入っていく。もう日が暮れる、日が暮れる。
 ばう、うぉう、うぉう。お前、そこの坊ちゃん、うぉう、うぉう。
 料理店から谷にかけて下っていくと、暗がりにたくさんの犬がまろび出た。
 おまえさん、おまえ、おまえ、うちの主人を知らないか。ぴかぴかのてっぽうをもって、おれらよりりっぱな毛皮を着ておった。知らぬか、知らぬか。知っているよ、この坂をずっと上ったところにある建物に、お前らの主人はそれぞれいるだろう。下ってはならぬ。下ったら川ばかりだ。うぉううぉう、それは知っている。下れば水ばかり。俺らの泳げぬ速い川だ。されど坂の上も行かぬ。なんと臭い、糞のにおいがする。我ら犬の鼻は曲がりに曲がってねじ切れてしまう。どうあっても坂の上に行くことはできぬ。だが忠誠が、われわれ犬には忠誠というものがあるのだ。ご主人はいると知ってしまってはいかねばなるまい。だが臭い。く、臭い。臭うてたまらぬ、責任者を呼べ。
 主人を待ちわびるあまり息絶えた犬もいくつもあるという。ある遺体は綿を詰められて博物館に飾られ、銅像が駅前に建てられているという。

希望
深神椥

 もう、いいよね。
 私にしては、充分、頑張った。

私は五階建てのビルの屋上から、遠くに見える町を眺めた。
私が生まれ、今日まで過ごしてきた町だ。
 だが、私の脳裏には、嫌な思い出ばかりが思い浮かぶ。

 私の立っているこの場所は、数年前に廃墟になったビルで、今では誰も足を運ぶことはない。
 だから、この場所を選んだのだ。

 私は、下に目を向け、遠くに見える地面に目を細めた。

地面はコンクリートだ。
ここから落ちれば、ひとたまりもないだろう。

 でも、それが私の望んだことだ。

自分はそんな気を起こすわけないと、ずっと思っていた。
自ら命を絶つ人の気が知れないと。

 でも、今なら解かる。

もう、人間関係にも、我慢することにも疲れたのだ。
唯一の支えだった父は先日亡くなり、生きている意味が見つけられなくなった。

 もう、終わらせたい。

 私は目をつむり、一歩前へと踏み出した。

 恐れることはない。
 これで終われる。
 もうあんな思いはしなくていい。
 全てから解放されるのだ。


 地上三十メートルほどの高さから、人間が落ちるのにかかる時間は、おそらく数秒ほどだろう。
 しかし、その時間がとても長く感じる。

 もう少しだ、もう少しで終われる、そう思った瞬間、急に落ちていく感覚がなくなった。
何かに支えられているような、不思議な感覚だ。
 ゆっくり、ゆっくり、体が宙に浮いたような状態で落ちていき、そして、私はお尻から地に着いた。

何が起こったのか解からず、呆然としていた。
落ちている間、何かに包まれているような、不思議な温かみを感じた。
 それは、懐かしさにも似ていた。
今でも、まだ、感覚が残っている。
あれは一体、何だったのだろうか。
 その時、ふと、生前、父の言っていた言葉を思い出した。

「お前に何かあった時は、お父さんが必ず守ってやる」

私が幼い時、両親が離婚し、男手ひとつで私を育ててくれた父。

 まさか、父が、助けてくれた……?

そんな思いが駆け巡ってきた。
そして、私の目から大粒の涙がこぼれた。
拭っても拭っても、とめどなく溢れてきた。

 私は目をつむると、自分で自分を抱きしめた。

 子供の頃、父に抱かれた時のぬくもりが甦ってきた。
 こうしていると、今までの嫌なことも全て忘れられる気がした。

 「お父さん、ありがとう」

私はそう呟き、青く晴れた空を見上げた。

 私、もう少し、頑張ってみる。

 そう、心の中で呟くと、目をつむり、太陽の光を全身に浴びた。

短歌と繰り事
石川順一

O 歯ブラシを持ちつつ上下する我よ今年はすっかりそれが定着(2011年12月30日)
今でも定着して居るが、歯磨きは忘れ易い。階段の上下中でも磨けば、歯磨きの習慣が定着するだろうと言う目論見であった。
O 交番へ財布を取りに行く時の夏の夕べはでこぼこが無く(2011年6月11日(土))
日付は2011年となって居るが、去年を回想して詠んで居る。古本屋へ行った時の事だ。財布を無くしたと思ったら最寄りの中央町の交番にあった。家からの電話で知って、交番へ行った。どうせ所持金数十円の財布だが、そういう問題では無かった。
O 田植機が我が目の前を悠然と(2011年6月7日(火))
喫茶店へ行く途上であった。公道を田植機が走っているでは無いか。さっそく俳句にした。感動や実感の為俳句としては荒く、もっと洗練した表現が可能であると思いつつも、この句はこれはこれで、いいのではないかと今では思っている。
O 田植機の誇りに私は感じ入る(同)
同じ目撃事実から。やはりよほど強烈な印象を持ったのであろう。「誇りに」と勝手に断定して居る。私は感じ入ったのであったが、惜しむらくはその後入った喫茶店でどんな週刊誌を読んだのだろうか、と言う事だ。分からないのがこれほどおしいと思った事は無い。
O 田植機の牽引部分が長過ぎる(同)
矢張り同じ出来事を。多分後ろに長く曳いて居たのであろう。青々とした苗床を引いて居たのであろうか。そこのところが分からないのがやはり惜しい。句には表れて居なくてもメモ程度の説明は句に付けておくべきであった。句作ばかりに気を取られるとそう言ったあたりまえの事実を漏れ落としたまま済ませて仕舞う事が多い。句作プラス背景事実の確保。相矛盾するかのような事をやっておく事は異次元的に難しいのかもしれない。
O 田植前部外者なれど緊張す(同)
一先ず田植機からは離れたが、相変わらず「田植」ネタ。これも背景事実を失念して居る。むしろ私は2011年6月7日(火)に拘るべきなのであろうか。それではあまりに外に拡散して仕舞い、カヴァーしきれなくなる事を私は危惧するがちょっとぐらいは・・と思う。
 2011年6月から7月にかけてはFIFA女子ワールドカップでサッカー女子日本代表が初優勝して居る。これはビッグイヴェントだ。俳句でも短歌でも詠んだ事が無かったと今更のように気付いて愕然とする。
過去を見て散文的だと思う時|実はラヴェルの絵が鳴って居り (自作)
ここで擱筆する

ホテル
Gossow

 女は男を待っている。

 街の外れ、うらぶれたホテルの一室。
 夜の十二時を過ぎたが、男が現れる気配はない。約束の時刻はとうに過ぎていた。

 「わたし、バカな女かしら…」
 女は煙草に火を点けながら考えた。煙をゆっくり吸い込んで、吐き出す。煙が滔々と天井に上っていくのを、女はぼんやりとした目でみつめた。

 今回もホテルを指定したのは男の方だった。君の部屋に行くのは目立つから、と男は言った。ここ数か月、男は女の部屋にあがっていない。男は名の知れた小説家で、妻帯者だった。
 気まぐれな男である。連絡もなく彼女の部屋に押しかけて幾晩も彼女の体を好きにしたあげく、妻が疑っているといって何週間も電話すら寄越さない。そんな関係がだらだらと二年以上続いている。

 やはり断ち切らなくちゃ。
 彼女は煙草の火を灰皿でもみ消すと、鏡の前で口紅を塗りなおした。バッグを肩にかけて、部屋を出ようとして気づいた。部屋のキーがないのだ。室内灯のそばに置いたはずのキーがいつのまにか消えている。
 女は焦った。この決心がいつまでも続くはずがない。一刻も早くこの部屋を立ち去ることが大事なのだ。

 そのとき、コートのポケットで携帯が鳴った。男からの着信だった。

 「やあ」
 男の声が耳に流れ込んでくる。女は体が熱くなっているのを感じた。
 「遅くなって悪かったな、会食が長引いたんだ」
 胸の奥にある熱い塊が、喉にせり上がってくる。女はうまく声が出せなかった。
 「おいおい、拗ねてるのか。返事ぐらいしろよ」
 男は呆れたように笑っている。
 今すぐそっちに向うからな、待ってろよ。
 男はそう言い残して、電話を切った。

 女は携帯を置くと、ベッドの縁に腰掛けた。下腹が異様なくらい熱を持ち、重くなっていて立っていられなかった。