第57回 1000字小説バトル

参加作品
1 ライン サヌキマオ1000
2 海鳥が飛び来る辺りの峠道 ごんぱち1000
3 俳句 石川順一1114

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ライン
サヌキマオ

 川を横切る人ばかりであるので、ここは三途の川であることが知れた。お陰様でこの莫迦澤も無事死亡したようである。
 しかしなんであるな、本当にこの世とあの世を区切るという役目しか無いのであろうか。ぞろぞろと川を渡るだけの人々である。川というのだから上流があって下流があって、下流があるということは、大海に続いているんじゃあないのか。非常に興味が湧いたのである。不治の病と云われて半年、もはや楽しみであった。ようやくおっ死んだが、やはり痛いのは勘弁であった。でも痛かった。病床、もンのすごく痛かった。
 ふと動物パンのことが頭に浮かんだ。動物パンは最期まで苦手である。亀の形のクリームパンなんて、腕から食べても尻尾から食べても惨めである。それで、やむを得ない時は頭からかじりつくのである。せめて苦しめずに殺してやりたかった。
 川原には、石と石の隙間から草がはみ出している。果たしてこいつらは生きているのだろうか。それとも死んでいるのだろうか。
 こうやって観察ばかりしているが、想像力の貧困にうんざりしているのである。しょうがない話を進める。
 「こらこらそこで」襤褸をまとった男が近づいてくる。地獄で逢ったチワワのような顔をしている。「そんなところで立ち止まってはならぬのだ」「ね、ちょっとお伺いしますがね、この川というのは」「ああ、どうせこの川の行先がどこだとか聞きたいのだろう、そういうことを聞くやつは一週間に一遍くらいやってくるのだ。聞いたってしょうがないではないか、どうせ直ぐあの世に往くのだ」「だったら教えてくれたっていいじゃないですか、ほら、冥土の土産とかで」「うまいことを云ったつもりかもしれないが、そういうメイドモミアゲとかいうやつも一ヶ月に一人位いるからな」「じゃあ、動物パンはどうです」男はにっと歯を剥いたが表情が変わらない。ただ「動物パン、それはなかったな」と呟いた。
「そういうものは、食べぬのだ」「だとしたら、動物パンでないものは食べるんですね、何を普段食べているんです」「だからそんなことを聞いてどうしようというのだ」「単純に興味が有るのです、ここ、三途の川だって私の想像以上のものはなかったし、川の行く末だって想像できないもの。あるはずがない」「そうだろうそうだろう、それが答えなのだ。想像出来得ぬものは存在し得ぬ」
 いつしか川の幅はどんどん広がって、向こう岸が見えなくなっている。

海鳥が飛び来る辺りの峠道
ごんぱち

「帰ったぞ!」
「ちょいとあんた!」
「なんだよ、かかあ」
「なんだよじゃないよ。レジを見ておくれよ」
「どれ――なんだこりゃ、打ち間違いか?」
「だったらどれだけ良いか!」
「今日に限って、なんだってこんなに売り上げ少ねえ? この峠にゃ、ここしか茶屋はねえってのに。団子でも焦がしたか? それとも、おれが出てたから客がうまくさばけなかったか?」
「そうじゃなくて、人通り自体がさっぱりだったんだよ」
「おかしいじゃねえか。今日は山歩きにはもってこいの陽気だったぞ。おれも商談の時に冷やしたのを外で一杯ひっかけたいな、なんて話をしてたぐらいだ」
「通行止めにでもなってたのかねぇ」
「だったらおれも帰って来れねえや。そうだ、インターネッツに何か上がってねえか?」
「そうだね――あんた! ごらんよ!」
「なんだ、道路情報を見ないで、二ちゃんねるなんか見てどうする」
「いいからこのスレ!」
「おいおい、登山が随分とディスられてるじゃないか!」
「登山をすると紫外線の曝露量が増えて、皮膚癌の発症率が一二八倍に上がる? 熊による被害数と、遭難事故に、毒草の情報、娘さんに惚れられない……時期も地域もタイプも違うリスクを重複無視で積み上げて危険性ばっかりを強調した、まるっきりの印象操作だよ!」
「誰がこんな事を……?」
「サーバをクラックしてIPを抜いてみたんだけどね、これは海の家の寅吉の自演だよ」
「なるほど、レジャーのセンスがゼロな日本人は、山に来なけりゃ海に行くしかない! 畜生! 汚え事をしやがる! トロイの木馬でも送り付けて、ヤツの恥ずかしいDドライブの中身を世界に広めてやれ!」
「待ちなよ。そんな事したら、不正アクセス防止法でお縄だよ」
「畜生……だったら、こっちにも考えがある。明日もお前はしっかり店番やってろ!」

 その翌日。
 おかみさん一人になった峠の茶屋は、朝から押すな押すなの大繁盛。おかみさんは目の回るような忙しさで働き通して、ようやくの夕方となりました。
「ふーふん、ふーふんっ――おう、どうだ、売り上げは?」
「売り上げは、じゃないよ。あれだけ忙しかったのに、どこほっつき歩いてたんだい」
「忙しかったのもおれのお陰だぞ」
「どういうことさ?」
「ちょいと寅吉の海の家まで行ってたのさ――ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんっ」
「ずっとその鼻歌を歌いながら?」
「おうよ――ふふふふーん」
「……上手ねぇ」
「上手だろう?」

俳句
石川順一

遂にG1になって仕舞った。G2であればまだ会談が出来て居たのだが、G1では独り事しか言えない。これは傲慢だったためか。私は初心に帰って謙虚に俳修行に打ち込みせめてG2の段階に戻り、あわよくばそれ以上を目指そうと思うのだった。
天の声「そんなつまらない事を言ってないで、おまえはおまえの俳修行に勤しめばいいのじゃ。はようはよう」
天の声に促され私は俳修行に勤しむ事にした。ちなみによく「きごさい」と言うサイトからコピペして居ます。でもちゃんと読んで居ますから、意味を解しようと努力して居ますからとただのコピペでは無い事を「天の声」様に申し開きするのであった。
花野(はなの) 三秋

子季語 花野原、花野道、花野風
関連季語 秋の七草
解説 萩、薄、桔梗、吾亦紅、釣舟草など秋の草花が咲き乱れる野原のこと。春の華やぐ野とは違い、秋風に吹かれる花々には哀れをさそう趣がある。
来歴 『花火草』(寛永13年、1636年)に所出。
文学での言及 村雨の晴るる日影に秋草の花野の露や染めてほすらむ 大江貞重『玉葉集』


 何で、ただ「花」と言えば桜で春の季語なのに「花野」と言うと秋の季語なのだろう。私はかすかな疑問を打ち消すかのようにそんなひまがあるなら例句に当たるべきだと思った。
面白く富士に筋違ふ花の哉 嵐雪 「風の末所収」
川音の昼はもどりて花野かな 千代女  「千代尼句集」
吹き消したやうに日暮るる花野かな 一茶 「伊丹酒船の記」
から駕籠の近道戻る花野かな  正岡子規 「子規句集」
雪峰へ日影去りにける花野かな  渡辺水巴  「水巴句集」
荒海のしぶきをかぶる花野かな 長谷川櫂 「新年」

服部嵐雪、加賀千代女、小林一茶だ。 私はもっと江戸時代の俳句を研究するべきだろう。現代の俳句ももちろん大切だが江戸時代の俳句が分かれば現代の俳句もよりよく理解できるはずだと私は思って居る
花(はな) 晩春

子季語 花房、花の輪、花片、花盛り、花の錦、徒花、花の陰、花影、花の奥、花の雲、花明り
花の姿、花の香、花の名残、花を惜しむ、花朧、花月夜、花の露、花の山、花の庭、
花の門、花便り、春の花、春花、花笠、花の粧

「花」を調べて唖然とする。古今和歌集の頃から「花」と言えば「桜」で確か春夏秋冬と、古今和歌集の部立てももちろん季節だけの視点だけで分類されては居ないが、万葉集と違って、より日本人の心情にしっくり来る部立てになっていると思う。その為?か正岡子規に忌避され彼に「紀貫之は下手の歌詠み」とまで言われ、まさかまともな学者や良心ある歌人たちは本気で相手にもしなかっただろうが、何時の時代でも児戯に等しい根本的な否定はなくならないものだと言う点でも唖然として居る次第です。