第59回 1000字小説バトル

参加作品
1 殺人鬼の君に殺されたいと僕は願った haijinn1215
2 ハードボイルド narutihaya1000
3 タクシー日誌(江ノ島初雪の巻き) DOGMUGGY908
4 スプラティ・スプラタ サヌキマオ1000
5 (本作品は掲載を終了しました)
6 復刻する岬 金河南1000
7 現代版・闇夜の黒牛 ごんぱち1000
8 ブルー、プラネット 深神椥1000
9 俳句野球 石川順一1000

掲載時に起きた問題を除き、作品内容の訂正・修正はバトル開始から終了まで基本的に受け付けません。掲載時の不備などがございましたら、ご連絡ください。

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バトル結果発表
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殺人鬼の君に殺されたいと僕は願った
haijinn

「ねえ、死にたいの?」

 そう言って彼女は僕にナイフの切っ先を向け、可憐に微笑んだ。

 彼女と灰色でなんの面白みも彩りもなかったはずの屋上のコンクリートは赤黒く染まって彩られていた。

 彼女の足元に横たわる人間の屍はさっきまで合ったはずの体温などまるっきり失せただの物体と化しまるで前からそこに在ったかのような溶け込み具合だった。

 しかしそこに訪れたイレギュラーの『僕』がこの中に背景にすら溶け込めるはずもなく、今彼女と対峙している。

 そして凄惨な光景にそぐわないような愛らしい微笑を向けられ僕は恍惚とした。

「聞こえなかった?しにたいの?」

 僕が何のリアクションも起こさないことに焦れたのか殺人鬼の少女は笑いながら僕に一歩、踏み出してきた。距離はそこそこ離れていたからその地点から襲撃されても逃げようと思えば逃げられる距離だった。

 月の光に炯炯と照らされた彼女から発される殺気に刃で切りつけられたような感覚に襲われる。

 彼女の目はまさに、「本気」だった。下手をすれば殺されるかもしれないな、頭のどこかでぼんやりと思った。

「それもまあ、いいかもしれないね」

「・・・・なに、いってんの?」

 僕の突飛な(彼女も負けてはいないが)発言に少女は呆気に取られた、というような顔をした。そんな表情も美しい。

 僕は目を閉じて少女に殺害される自分を想像して見た。ナイフのさまざまな活用法で僕を殺す少女の嬉々とした姿。

 イメージの中で僕は脇役彼女がメインだ。彼女を主役として美しく飾り立てることができるなら僕も喜んでこの身をささげよう。いや、捧げたい。

「そこで死んでるのは同級生のAだろ。」

 僕は死体を一瞥した。少女は見もせずに僕をみつめる。

「それがなに」

「殺してたのしかった?それ」

 問うと少女は形のよい小さな唇をニイィ、と引き上げた。

「うん、たのしかった。最初、おなかをを真一文字、縦に切り開くの。するとね、ぶしゃあぁって内臓から赤黒い血が噴水みたいに噴出して、シャワーみたいですごくおもしろいの・・・・・・まあ語ってたら夜が明けちゃうぐらいだね」

「じゃあ、僕で楽しんでよ」

「う~ん・・・・それはうれしいけど・・なんでなのさ」

 釈然としない様子で彼女は腕を組んだ。血で乾いてカピカピになったセーラー服の袖が風に吹かれて揺れている。

「君に殺されたいからだよ」

 教室の隅で、ずっとみてた。彼女だけを。あの愛くるしく花のような笑顔に笑いかけられたその日から氷河期のようだった僕の高校生活を一変させた彼女だけを。

 その彼女が殺人によって何よりも光り輝いている。

 そんな彼女がこの僕に『生』への終止符を打ち哄笑するさまを思い浮かべて陶酔する。

「ふぅん・・・・本当にいいの?いくよ?」



 気づけば彼女はもうあと一歩、というところまできていた。

 彼女は今までに見たことのないような極上の笑みを浮かべると、ナイフを思いっきり掲げた。

 ・・・・・・さん、すきだったよ

※作者付記:
 不思議な感じが好きです
今回はグロ

ハードボイルド
narutihaya

 そこそこ混み合った東海道線の車内で、誰かを撃っているらしきおっちゃんがいた。

 ぶぅあん。ばぁあん。

 右手を拳銃の形にして、なんか言ってる。元は薄いグリーンだと思われるコートの下に、たぶんダウンジャケットを着てるんだと思う。全体的に真っ黒に汚れていて、近づいたらきっとすごい臭いがするだろう。車内を行ったりきたりして、時々思い出したように誰かを撃っている。

 ばぁん。ぅわりゃ。

 電車が品川に着いた。おっちゃんはまだ撃ち続けている。乗り合わせたおねーちゃんがびっくりして降りてしまった。遠目からだけど、よく見るとこのおっちゃん結構イカツい。スーツでも着せたらアウトレイジの國村隼ってかんじだ。もしかしてこのおっちゃん、ほんとに人を撃ったことあったりして・・・なんて思って見てたら、目があってしまった。あわてて逸らせたけど遅かったらしく、おっちゃんは撃つのをやめて僕の方をじっと見てくる。

 おう。のうあってん!

 おっちゃんが急に声を荒げて近づいてきた。明らかに興奮してる。これはやばい。

 どぅおるぅぁ! おぅるぅあ!

 どんどん声がでかくなる。周りの乗客も厄介ごとに巻き込まれたくないのか、見てみぬふりだ。僕はこれ以上刺激しないようにと、顔を背けてやり過ごそうとした。

 おっちゃんはしばらく意味不明のことを叫んでいたが、しばらくすると静かになった。臭いがしてるのでそばにはいるはずだ。僕はおそるおそる顔を上げる。そして、國村隼がこちらに銃口を向けるのを見た。まっすぐに伸ばした腕をスーッとあげ、僕の眉間にピタリと人差し指を止めた。小刻みに揺れる車内で微動だにしない。瞬きもせず、じっと僕の瞳を覗きこんでいる。視線を逸らすことができない。身動きができない。呼吸すら許されていないように思えた。

 「次は川崎・・・」

 車内アナウンスが流れた。刹那。引き金にかかった人差し指が動く。殺られる・・・。

 「・・・し、死にたくない」

 思わず、つぶやいた。人指し指が止まった。おっちゃんは僕を見つめたまま動かない。
 電車が川崎駅に着き、扉が開いた。おっちゃんの背後から乗客が乗り降りし始める。

 「なら、俺の分まで生きろ」

 扉の閉まり際、おっちゃんは腕をさげ、ふり向いて出ていった。電車が出発し、乗客は皆なにもなかったかのように、スマホをいじり始めた。いつもと変わらぬ車内に、おっちゃんの臭いと最期の決めセリフが染み付いた。

タクシー日誌(江ノ島初雪の巻き)
DOGMUGGY

タクシー日誌(江ノ島初雪の巻き)

次郎は湘南でタクシードライバーをしている。
「今日は寒いな、お客さんは少なそうだな」
営業所の車庫でハイライトメンソールに火をつけた。
ジッポーの銀無垢はズッシリ重いが、煙草は確実に着火した。
天気予報では1月としては珍しく、湘南地方でも小雪が舞うらしい。
「昼飯は熱いラーメンでも啜るかな、最近行ってないが川名のラーメンビックのチャーシュー麺と行くか、本町の二郎は混んでるだろうからなあ」
藤沢駅に向けてトレアージュ白旗を過ぎた辺りで、手を上げた男性客を乗せた。
「ご乗車頂きどうも、どちらまで参りますか?」
「江ノ島まで」
話を聞けば、某局で放送予定のドラマのロケハン中なのだそうだ。
茅ヶ崎から江ノ島にかけてが舞台というところで構想している。
道路状況を確認するのにラジオでレディオ湘南を選局した、今日本全国にあるコミュニティFM局で送信出力は10W程度なので藤沢市内を出ると聞こえなくなることもあるが、なにより地元の情報を取るには便利な情報源だ。
片瀬山を過ぎた頃に予報通りチラチラと小雪が舞って来た。
江ノ島に着くと、江ノ島神社の参道の店の屋根は薄く雪化粧されて白くなっていた。
「運転手さん、今から昼飯なんだけど何がお薦めかな?」
「旬ではないですが、とびっちょの釜揚げシラスが定番ですよ」
情報料と言ってお釣りはいいと、男性客はカメラバックと三脚を抱えて降りていった。
「そろそろ俺も昼飯かな」
と思ったところ、あいにく無線配車が入った。
雪のせいで電波伝播が良くないのかスピーカーからの音声は途切れがちに聞こえた。
「鵠沼石上の消防署前のローソンで〇〇様」
「4014号車領解」
燃料代はリッターあたり70円程度で格安だが坂道は苦手なLPG車のアクセルを踏み込むと次郎のタクシーは江ノ島大橋を渡り、龍ノ口寺院の交差点で江ノ電とすれ違いながら北上して行った。
「しかし江ノ電、遠巻きに眺めると小さいがクルマから見上げると意外にデカイよね」
次郎は先程乗せたロケハンの男性客の言葉を思い出した。
「桜が咲く頃には放送予定ですよ、ただ深夜枠だけどね」
「うーん、今年の春は夜更かしが増えそうだな」
鵠沼石上にさしかかる頃には初雪はあがっていた

※作者付記:
フィクションとノンフィクションが混在した作品です。

スプラティ・スプラタ
サヌキマオ

 私が悪かった。テレビ番組の企画で神の遣いという女に「世界中がニコニコしているような未来だといいですね」などとアイドルをぶっこいてしまったのだ。妙な話だが、「一ヶ月の休みと預金が一億ある男」とは口が裂けても言えないのも仕事のうちである。それで翌日、朝起きると目覚まし時計の時計の針が長針と短針でニッコリ笑っていた。この時点ではああ、夜中の一時五十分あたりで電池が切れたんだなぁと一瞬納得しかけたが、私は時計に起こされたのである。時計はちゃんと七時半に機能したのである。マンションの部屋の照明をふと見ると、暈に目が点点、ニッコリとした顔が描いてある。それでああ、昨日のアレは本当だったんだ、と確信した。トイレのドアノブは鍵の部分をくちばしにして、アヒルがにっこりと微笑んでいるようでもある。素敵だなぁと思った。今考えればのんきな女である。
 午前中は家から出なかった。夕方、プロ野球の始球式の仕事がある。マンションの前まで車で迎えに来てもらって、事務所に寄ってからドーム球場へと向かう予定だ。テレビで雨でも降るようなことを言うのでカーテンを開けて息を呑んだ。窓の外、隣の家の庭に夏みかんの木があって、酸っぱそうな実がいくつもぼこぼこと付いているが、その一個一個がこちらを見て、ニコニコしている。
「体調が悪いの?」というマネージャーのいつもの笑みに寒気を覚え、後部座席の窓からぼんやりと外を観ている。傘を差している人がいるので降っていると判る空模様だ。ガソリンスタンドのタイヤに顔のついたマークは前々から笑顔だったろうか。携帯電話屋の前に立っているポップスタンドのアイドルとは前に仕事で一緒になったことがあるが、あんな笑い方だったろうか。

 名も知らぬ今日の先発投手からボールを渡されると、やはり満面の笑みが張り付いている。周りの笑顔に心折られぬように頬の筋肉を全力で押し上げて、私はバッターボックスめがけて満面の笑みを投げ込んだ。打者は予定にない動きでバットを構えると流し打ちにする。白球は真横に逸れて飛んでいき、観客席で弁当を広げていた男のところに飛び込んだ。食い物が飛び散った。きっと飯粒塗れになりながら白球はニコニコしているだろう。男も顔面を陥没させながらニコニコしているだろう。呆然としていると、やってきた監督が嬉しそうに握手を求めてきて「駄目だよ、君ももっとニコニコしなきゃ」と耳元でささやいた。

(本作品は掲載を終了しました)

復刻する岬
金河南

 気が済むまで、と自分に言い聞かせてから、もう、何年経ったか知れない。

 私の家は岬の手前にある。
 岬といっても、今は、ただの崖になってしまっている。
 引っ越してきた当初、映画に出てきそうな岬があそこに凛と佇んでいた。家の窓から毎日、美しい夕日が岬をオレンジ色に照らし、沈んでいった。
 しかし。私と妻がこの地に腰を落ち着けて2年後。妻は、あの岬から転落して死亡した。前日通過した台風の影響で、岬の先端に水が浸みわたっていたらしい。岬の先端が、立っていた妻もろとも崩れ落ちてしまったのだ。

 妻のいない岬ー…、ただの崖を、元通りにしようと思うまで、そう時間はかからなかった。

 通帳から現金をおろし、資材を調達しにホームセンターへ行く。岬は、既に木の骨組みができあがっている。あとは茶色の発泡パネルを上から貼り付け、土をかけるだけだ。
 と。
 パネルコーナーに続く通路で、ばったり林田さんに会った。
 よく家に来てくれる知人だ。岬を……妻との思い出を取り戻す話に共感してくれて、金銭の援助も申し出てくれた。
「友人に話したら興味を持ったようで……、来週あたり、伺っても良いですかね?」
 私は喜んだ。
 来週なら、もう岬は完成しているはずだ。
 今度こそ林田さんに、あの美しい景色を見せられるだろう。


 週末、私は薄く土をかぶせたが、いかにも人工物というのが見え見えで納得がいかない。ある地点から、いきなり鳥のくちばしのような茶色い三角錐がニョッキリのびているような……。
 私はガッカリしながら家に戻った。
 夕飯の準備をしつつ窓を見やると、夕闇の中、それでも崖はあの懐かしい岬に戻ったかのように見えた。

 そこへ。突然、ゆらめきながら、ひとつの影が現れた。
 目を疑う。
 人?
 まさか、妻か?
 窓を開け、大声で
「おい! そっちに行くんじゃない! そっちはハリボテだ、引き返せ!! やめろ行くな! そっ……」

 がらんがらんと音をたて、影とハリボテの岬は海に消え去った。


 次の週、林田さんから電話があった。知人の都合で行けなくなったが、援助金を振り込んだので確認してほしい、と。銀行で記帳すると、今度もまた大金が振り込まれていた。
 前も。
 その前も。
 夜の人影が岬を壊した後、必ず大金が振り込まれている事に、私は。もうとっくに……佐知子……。

 気が済むまでと強く言い聞かせ、私は資材を調達しに、ホームセンターへと足を踏み出した。

現代版・闇夜の黒牛
ごんぱち

「おお、この舶来のCGは何と素晴らしいことか! 風にそよぐ青々とした草、戯れ遊ぶ人々、そのリアリティ、質感、まるで実写さながらであるぞ」
「左様でございましょうか、殿」
「なんだ四谷。何か不満でもあるか」
「化膿派筆頭絵師四谷京乃信の名にかけ、このCGはさほどのものではございませぬ」
「ほう」
「実写を目指しているのは分かり申すが、色合いといい、光の加減と言い、キラキラと目に鮮やかなばかりで実感に欠けまする。似ていて非なるが故に不気味の谷に陥り見るも無惨な有り様。舶来でどれほどの価が付こうと、絵そのものとしての価値はございますまい。拙者であれば、もっと実写さながらのCGが作れましょう」
「なんだと? ならば作ってみるが良い。作れなければ……」
「如何様にも非難して頂いてよろしゅうございます。ブログの閉鎖も止むなしでございます」
「言いおったな、良かろう」
「では、拙者の愛機、マックのタブレットを取出しまして」
「流石は化膿派、マックとは!」
「ウィンドウズで描いた絵など、ポットの湯で作ったカップヌードルのようなもの。対するマックはヤカン! しかも湯気をプープー吹いております。さあ、ご覧下さいませ」
「む、早い! どれどれ……なんだこれは、まっ黒ではないか」
「闇夜で黒牛が寝ておりまする」
「……四谷」
「なんでございましょう?」
「明かりを消せ」
「は? はい」
「見よ! このディスプレイから洩れる光を!」
「うっ!」
「黒と言ってもディスプレイの黒は暗いだけに過ぎず、僅かな光を発している。牛の輪郭が見えぬ程の闇にこれほどの光が出ようか? うぬは理に溺れ、優れたCG作家を徒にdisったのだ! 恥を知れ!」
「モ、モーウし訳ございません」
「むむむ! 駄洒落! 黒牛だけにモーウしわけと来たか、わははは、わははははは! でかした、でかしたぞ四谷よ! このような時に駄洒落で余を笑わせ怒りを逸らすとは、その剛胆、頓智、流石は化膿派筆頭四谷京乃信よ、褒美にこのCGをつかわす!」
「ははあああっ、有難き幸せ!」

「――という経緯で先祖代々伝わっているのが、これだ! 近藤さん!」
「8インチFD?」
「ご先祖様の時代には2.5インチなんてあるわけないじゃないか。不幸にしてドライブがないから読み込めないけど、一体どんなCGが入っているんだろう! ああ、夢は膨らむばかりさ!」
「……あんた、親だか祖父母だかに、目一杯からかわれてるわよ」

ブルー、プラネット
深神椥

 窓を開け、月を見ながら、春へと向かう、外の匂いをかぐ。
 いい匂いだ。
 この匂い、私はとても好きだ。
北国に住む者にとって、長い長い冬を終え、待ちわびた春がやって来た。
 雪はまだ、街のあちらこちらに残ってはいるが、これも春の光景のひとつだ。

 でも、一年の内、ほんのわずかの間しか味わえないことさえも、忘れてしまうような出来事が起こった。
 というか、私が起こしてしまった。

 ずっとずっと欲しいと思っていて、やっとできた、たったひとりの友達。
向こうから話しかけてくれて、こんなチャンスは二度とこないと、自分のこと、お互いのことを沢山話した。
 私は、嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。
人生でこんな充実した日々は、時間は、今までなかった。
 でも、そんな大切な友達を、怒らせてしまった。
 ほんの些細なひと言で。
私は、相手が嫌な気持ちになるなどとは思わずに、口にしてしまった。
「そういう人なんだね」
 何の気なしに発したひと言で、これまでの充実した日々を、時間を、無にしてしまった。
電話に出てくれない。メールも返信してくれない。
 もう、これで終わってしまうのか。
 たった一ヶ月足らずの関係だったのか。

 私は、周りの何もかもが、どうでもよくなってしまった。
全てなくなってしまえばいいとさえ思った。
 他人から見れば、大したことないと思われるかもしれないが、私にとっては重大なことだ。
 人生でたったひとり、親友と思える相手だったのだから。

 月明かりに照らされた部屋で、ひとり、ただ呆然と宙を見ていた。
ふと、窓の外に目をやった。
 月と火星のランデブーが見えた。
そういえば、いつか見られると、ニュースで耳にした。
 窓を開け、外の匂いをかぐ。
 相変わらず、いい匂いだ。
 嫌なことも忘れさせてくれる。
と、その時、ケータイの着信音が鳴った。
 静寂の中の突然の音に、私の心臓はドキドキしていた。
ケータイを開いてみると、その友達からだった。
メールには、たったの一行。
「ごめんね」
私にはどちらの意味かわからなかった。
私にとって、いいことなのか、悪いことなのか――。
 でも、もうどちらでもよかった。
 言葉をくれたから――。
私にはそれだけで充分だった。
 それに、もし返信してしまったら、その先に何かが待ち受けている気もする。

 私はケータイを閉じ、再び窓の外を見た。

 私には、「これ」がある。

 そして、私は静かに目を閉じ、再び春の匂いをかいだ。

俳句野球
石川順一

野球観戦中の我々の列は一番左手が母娘二人。彼女らに続いて我々父子二人の四人以外は全て季語株式会社の人ばかりがずらりと我々の右手に並んだ。

読み手「わかった、わかった、どうせ一番「桜」二番「梅」三番「紫陽花」とか発表して打撃の度に自分の名前に因んだ季語の例句を出して行こうとするんだろう」

うーむ、ばれてしまったので路線変更したい。でも少しはやらせて。
「一番「桜」。
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり」

読み手「わおいきなり和歌だ。フェイクだ。でも桜にはちなんでいる。」
まあ、黙って。
「一番「桜」。もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし。去年(こぞ)の春、逢へりし君に、恋ひにてし、桜の花は、迎へけらしも。よし野にて 桜見せふぞ 檜の木笠 松尾芭蕉」
読み手「うお、やっと出た芭蕉。ホームラン?」
「2番ファースト「梅」。梅一輪一輪ほどの暖かさ (服部嵐雪)。児をつれて小さい橋ある梅林 (尾崎放哉)。紅梅や児(ちご)の文書く縁の先 (三宅嘯山)。むめが香にのつと日の出る山路かな (松尾芭蕉)。痩骨に梅が香うつる朝かな (高桑闌更)。勇気こそ地の塩なれや梅真白 (中村草田男)。灰捨てて白梅うるむ垣根かな (野沢凡兆)。野の梅や折らんとすれば牛の声 (内藤鳴雪)。 梅が香や針穴すかす明り先 (小林一茶)。梅かをり女ひとりの鏡冴ゆ (桂信子)。梅咲いて庭中に青鮫が来ている (金子兜太)。うすずみを含みしごとく夜の梅 (橋本鶏二)」
読み手「すごいね梅ちゃん、独りでホームラン量産かい。名句だらけ。一番桜のポジションは?」
そう来ると思ったね。話は前後するが桜はセカンドです。
「三番サード「紫陽花」。紫陽花や壁のくづれをしぶく雨。紫陽花に吸ひこむ松の雫哉。紫陽花にかぶせかゝるや今年竹。抱起す手に紫陽花のこほれけり。紫陽花や花さき重り垂れ重り。押あけてあぢさいこぼす戸びら哉。あぢさいや一かたまりの露の音。紫陽花にあやしき蝶のはなだ哉。あぢさいや神の灯深き竹の奥。紫陽花に浅黄の闇は見えにけり。」
読み手「へー、句作者が記されて居ないが、誰の句?」
うむ、正岡子規さんの句です。
読み手「少しはやらせてって、結構あったね、で、路線変更して何やるの?」
しまった、あまり考えてなかった、こりゃしゃーない、和歌や俳句の御経でも唱えるか。
「雲の峰幾つ崩て月の山 松尾芭蕉。夏草や・・」