表紙へ

1000字小説バトル

1000字小説バトル表紙へ

1000字小説バトル stage3
第73回バトル 作品

参加作品一覧

文字数
1
エルツェナ
1000
2
小笠原寿夫
1000
3
サヌキマオ
1000
4
緋川コナツ
1000
5
叶冬姫
1000
6
深神椥
1000
7
ごんぱち
1000
8
アレシア・モード
1000
9
宮沢賢治
607

結果発表

投票結果の発表中です。

※投票の受付は終了しました。

  • QBOOKSでは原則的に作品に校正を加えません。明らかな誤字などが見つかりましても、そのまま掲載しています。ご了承ください。
  • 修正、公開停止依頼など

    QBOOKSインフォデスクのページよりご連絡ください。

コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

ぼくと拳と習慣と
エルツェナ

 …また厄介なのに目を付けられた、そう感じた瞬間、野太い声が場を威圧しに来た。
「よう。 舎弟が世話になったな」
 しかし、ぼくが振り向くだけで怯えもしないどころか、微妙に遠くを見ているところを見て少しむっとし始めたらしく。

「…お前…正直に話せば、見逃してやる。 舎弟に、何をした?」
 わざわざぼくの視線上に来て、膝曲げて目線まで合わせてきた。 どうしてもあちらは、ぼくが、とは全く思っていない様だ。
 毒づいてもいいけど今やると後々面倒だから、家に呼ぶしかないかな、と諦めて。
「やってもいいけど…後ろ」
 わざと、そう伝えてやる。

「あ?」
 何が起きたか分からない、と言った顔をしたそいつの横を、白黒の車が通っていく。 次の瞬間驚いたように目を見開くも、上で回っているランプが青いことに気付いて安堵したのだろう。

 その隙を突いて一気に後ろへ下がると。
「どうしてもっていうなら、付いておいで」
 目の前からいきなり数mも離れたぼくを、当初きょとんとした顔で、次第に真剣な顔つきになって付いてくるそいつ。 その雰囲気から、もしかすると…という一縷の気配を感じて。


 数分後に家に着いて、そいつを招き入れつつ母に挨拶。
「お帰り。 そちらの方は?」
「ただいま。 今日の挑戦者」
 そこは、空手道場には必ずある試合場――

「げえっ、まさかお前ッ」
 因縁吹っ掛けた側のそいつが、青い顔で仰け反った。 そう、ここはフルコンタクトの空手道場で、二階が家。 ぼくは慣れた手つきで靴と靴下を脱いで、とーんとーんとアキレス腱だけで飛ぶ。
「…」
 その、膝が曲がってないのに身長ほども浮いているぼくを見て驚いているそいつに、構えも取らず促した。
「いつでもどうぞ?」

 少しして、突如滑り込む音に目を遣りながら右下段回し蹴りの被りを振り――そいつの姿勢に困惑した。
「舎弟をしつけて頂いて、ありがとうございます!!」
 近くまでスライディングしての土下座だった…初めて見たよこんなの。

「…な、あ…、え…?」
 いきなりの土下座に、思わず戦いの場と言うことを完全に忘れて足を下ろしてしまい、
「っ!」
 そいつの弱っちい右拳をもろに股間に――誰も受け入れたことの、ない所に――もらった。

「…え? な、」
 今度はそいつが狼狽する番だった。
「ない!?」

 お母さんゴメン、なんて思う暇も無く左足で金的を蹴り上げて天井にぶつけると、落ちてくる顔めがけて平手を打った。
ぼくと拳と習慣と    エルツェナ

花魁絵巻
小笠原寿夫

彼女は、夜、「おはようございます。」と言って入ってきた。

あちき、花魁と申す者で、他に名前はござりやせん。あちきを呼ぶ時ゃ、花魁と呼んでくりゃりんす。

華街には、沢山のお店がありんす。窓から見る景色は、華やかには、なかれども、夜の吉原なんてぇ、あちきどもに取っちゃあ、お侍さんの朝のようなもんでござりんす。姐さんに挨拶をしてから、化粧をつけて、毎晩のように、お酌をする。厭な憂き世に、厭なお客の相手が、ほぼ毎日の様に続く事に、殆、厭気もさしんす。

ある日のことでござりんす。酔いに絡んだお客の一人が、手の甲を灯籠にぶつけたんで、そりゃあ大変の大変。吉原が一時期、炎上した時ゃあ、たまげるも何も、着物から褌まで、お客が逃げるは逃げる。もうあちきもこの世の果てに来たのかと、思う様でやんした。

車屋さんには、あの人に手紙を書きゃあしたけれども、まるで音沙汰のひとつも寄越さねぇとこみると、忘らりゃあしたか、と思うと、ふと夢に現れては、消えていく。不思議なお人にゃあ違いなけれども、全くそんな人なんてのは、いるもいないも同じことかなかりんす。

雲隠れの事でござりんす。髪を溶かしていた時、鏡に映ったあちきも随分と老けたなあ、なんて考えて、ジーっと此方を向いて、化粧箱を開けたまま、ため息をつきながら、鏡を見ていたんでありんす。その時、コツコツと、後ろから、いつもの様にお茶子さんが、やってきたか、と思ってあちき、振り返りざまに、見たんでありんす。お茶子さんが、こないだの五十銭をお返しに参りました、と言ったでありんす。そんな覚えは、一度っきりもござりやせん。お茶子さん、それは違う人のお金じゃないかしらん、と言って返した時に、ふと気づいたのでありんす。手紙も寄越しゃあしないでは、夢うつつに消えていく、あの人の一通の手紙が、五十銭と一緒に、お茶子さんの手元にありゃんした。

国からの報せでありんした。

捨てた故郷を背に、お江戸で働くこの身分でありんす。そのあちきに、母はあの日の五十銭を忘れずに持っていてくれました。そう言って、故郷に忘れ物を取りに帰り、あちき改、名をハナと名乗り、また着物を着て、母と暮らし始めました。

「ごめんね。何年も待たせて、本当にごめんね。お前が花魁でなければ、すぐに帰してあげられたのにね。本当にごめんね。あなたを産み、あなたを育てたのは、私だけど、あなたをいっぱしにしたのは大江戸なんだよ。」
花魁絵巻    小笠原寿夫

サヌキマオ

 野を歩いていると沢山の骸にあった。沢山の骸がいるということは、この辺に毒や呪いが漂っているということである。
「いや、それは違う。地形的には見るからに風通しの良い場所だ。こういうところでは毒は溜まらないものだ」
 兄さんは必要な時だけ口を開く。背中からの声はそれっきり途絶えてしまったが、いつものことなので返事はしなかった。
「だったら何なのかしらね」とサンダル履きの、左の踵から声がする。「ねえ、他に変わった様子はない?」
「そうだなぁ」僕はだらしなく大股を開いて息絶えている女のきれいな骸を覗き込んだ。「犯されて殺されて身ぐるみを剥がれてるみたいだけど」見回すと遠くの方に男が見えた。男はこちらに気が付くと息せき切って駆け付けてきた。「向こうから寄ってくるものにロクなものはいない」と背中から声があった。
「旅の人か」土埃に吹かれた面相、張り付いた笑みが凄みを与えている。「この辺りには蟲がいて大変危険なのだ。蟲が耳から入る。蟲は脳をいじって幸せな夢を見せる。食べるものにも、着るものにも困らない、自由自在な都合のいい夢だ。そうしておいてから蟲は脳を喰う。人間は幸せにその一生を終える――で、そうした幸せな連中の遺産を預かって食っているのが、俺含めこのへんの集落の人間だ」男は言いながら耳栓を取った。「早く過ぎるといい。耳と口と鼻と肛門さえ守ればどうということはない。指でふさいだままこの先の橋を渡るのだ。そうすれば蟲も出なくなる」
「どうも」と男に頭を下げたが、言うことだけ言うと男は満足したらしく、誰もいないがごとく回れ右して、元来た道を行こうとする。
 言われるまま両の親指で耳を、薬指で鼻の穴を塞ぐが、十も歩かぬうちに背後の空気がぎゅっとこわばった、その刹那「ぎゃっ」という呻きともに人の頽れる音がする。振り返ると件の男が顔を血塗れにしてのたうち回っている。
「たまには兄さんも役に立つだろう」と、背中の疽、兄さんも得意げだ。「こんなこともあろうかと口の中に鋲を含んでおいてよかったよ」
「ね、早くいきましょう」踵の疽は僕の婚約者だ。「さっきからその男の云っていた蟲が私の顔に上ってくるの。鼻栓を頂戴」
 僕はのたうち回る男にとどめを刺すと、耳栓を奪って踵の鼻に押し込んだ。少し我慢してね、と足早に道を急ぐ。河原に出ると丸石が夏の陽にぎらぎらと焼けついていて、これでは蟲も焼け死んでしまうだろうと思われた。
品    サヌキマオ

泥の船
緋川コナツ

 ゆっくりと。ゆっくりと。
 わたしは泥の船を漕ぐ。
 海の水と山の水が混ざり合う汽水域の水は淀んでいて、どのくらいの深さがあるのか見当もつかない。
 行く宛てもないまま、わたしを乗せた船は暗い水面を漂う。

 船の動きに合わせて、わずかに腰を上下させてみる。それまでこわばっていた体の芯が一気に緩んで、甘い痺れが同心円を描きながら全身に広がってゆく。
 耳の後ろでざわざわと声がして、わたしは上半身をのけぞらせて大きく喘いだ。

 誰もいない。誰もいない。
 鬱蒼と葦の葉が生い茂り、ときおり強い風が吹く。
 そのたびに船体が大きく揺れて、わたしの体は船の外に投げ出されそうになる。
 やがて泥の船は、少しずつ川の水に侵食されはじめた。
 心もとない寂しさに、たゆたうわたしの魂は容赦なく追い詰められる。

 ああ、と身を捩るたびに背中が擦れて、井草のにおいが立ち上る。指の動きはいっそう速くなり、そこからもまた、水の音。立てた両膝はがくがくと震え、呼吸が乱れて息苦しい。
 それでも私は、ただひたすらに船を漕ぐ。

 溶けてゆく。溶けてゆく。
 わたしの体が泥にまみれて、船と一緒に溶けてゆく。
 いつしか細胞は泥となり、船もろとも水中へといざなわれる。
 濁ったぬるい水に抱かれながら、迫りくる「何か」に、わたしはその身を投げ出した。

 体の奥底から湧き上がる強い力に、なすすべもなく翻弄される。生命が、音をたてて軋む。震える。硬直する。そして歯を食いしばる。
 堪え切れなくなった泥の船は崩れるように溶け、わたしの体は泥とともに水中に沈む。
 両手を伸ばして水を掻いてみても、何も掴めない。ぬめりを帯びた藻が、ただ、腕に指にからまるばかりで。

 やがて泥の船は完全にその形をなくし、体は静かに水底に沈んだ。そこに無数の魚たちがやってきて、ふやけて柔らかくなった肌を、いっせいについばみはじめる。
 わたしの細胞は泥と一緒に流されて、やがて母なる海の藻屑となる。
 
 濡れた指先を口に含むと、懐かしい潮の味がした。
 彼岸と此岸の間を流れる川から戻ったわたしは、体を起こして、部屋の中をぐるりと見渡す。
 何も変わらない。水の音も、もう聞こえない。
 風にふくらんだカーテンの隙間から、夕餉のにおいが漂ってくる。
 わたしは背筋を伸ばし深呼吸をして、両手で日常の扉を開く。

 いつかまた泥の船が、わたしを迎えにくるまで。
 ひとりで待っている。
 待っている。
泥の船    緋川コナツ

腐りゆく花
叶冬姫

 自分が死にたくなるのが冬で、人を殺したくなるのが夏。だから私は夏に殺された。殺されて彼の家の庭に埋められた。きっと私より美しく上品で、彼の生活を安定させてくれる女。その女を妻とするために建てられた家の庭に。私はそんな事になるまで、彼にとってただ一人の女だと思っていた。いや、今でも思っている。だから、私は土の中で白い骨になっても此処にいる。私が幽霊かというと違うと思う。幽霊というのは、私のこの意識を認めてくれる人がいて成り立つものだから。私はただ、暗く湿った居心地の良い土の中で白くなっているだけ。私の首を絞め埋めた彼が、彼にとって幸せな暮らしをしている気配をただ感じているだけ。もう、此処に埋められて五年目の夏。どうして判るのかですって? 土の中にも染み込んでくる雨の甘い匂い、蔓延って絡まる草の根の締め付ける感触、土から這い出てまた土に還ってくる虫たちの命の旋律。そして赤子が子供に代わっていく不吉な鳴き声。
 あぁ、彼がまた人を殺す夏が来た。
 彼はとても美しい人で、私はそんな彼が好きだった。彼はもう私を殺して埋めた事すら忘れている。だから私は幽霊になる事も出来ない。彼にとって自分の邪魔になるものは最初から無く、故に彼に罪はない。
 あぁ、だから彼がまた人を殺す夏が来た。
 私は土の中からそれを感じている。彼の妻となった女が私の上で丹念に植えた植物たち。その私を締め付けつつも飾っていた、植物の根が今無惨にも引き千切られているから。
「あら、あなたこんな処にいたのね」
 突然、容赦のない夏の日差しが襲ってくる。あまりの白さに何も見えない私にかけられた声は、女のものだった。
 私が誰か判っている女の言葉。そう、あなたは最初から私の存在を知っていて、でも全く気にも止めず彼と暮らしていたのね。あなたも彼と同じで私を幽霊にすらしてくれない。
「じゃ、あなたにはコレをあげるわ」
 投げ込まれてきたのは、彼の頭と腕。私を愛する事も考えてくれたけど、殺す事も決めた頭。私の首を絞めたけれど、私とまぐわった事もある腕。
 彼にとって愛は殴る事だった。それは、赤子が乳房を吸うように甘える仕草だった。
 それを切り捨てる美しい女の姿は私には眩しすぎる。早く暗く湿った土の中に戻りたい。二度と私を傷つける事ができない彼と。ああ、可愛そうに。もう甘えられないのね。
 私は冬に死ねず、夏に幽霊になれなかった、ただ一人の女。
腐りゆく花    叶冬姫

さしのべる
深神椥

 毎週木曜日の三時間目、いつもの美術の授業時間。
先週から自画像を描き始め、今日から色を塗り始めた。
私の自画像は周りから「そっくり」と言われていた。
確かに、我ながら上手く描けたと思う。
 そんな何気ない授業風景に、突如、大きな音が鳴り響いた。
火災報知器の音だった。
 一瞬、教室が静まり返ったが、避難訓練の時ほど緊張感がないのが不思議だった。
 皆、ただ何事かと思い、本気にはしていなかったのかもしれない。
まもなく、放送が流れた。
「皆さん落ち着いて、その場で待機していて下さい」
 出火元を調べる為、私達はそのまま四時間目が終わるまで、美術室に監禁状態となった。
 そして、四時間で生徒全員、早退させられた。

 翌日、担任から、三階の廊下にある掃除用具入れでボヤがあったと聞かされた。
 放火との見方が強いが、犯人はわからずじまいらしい。

 ――そして、ボヤ騒ぎから、ちょうど一週間後。
 登校はしたものの、その日は朝から体調が思わしくなく、二時間目から保健室のベッドで横になっていた。
 少し体調が良くなったので、三時間目の途中ではあったが、美術の授業に出ることにした。
 保健室のある一階から、美術室のある三階へと階段を上っている途中、再びあの大きな音、体の芯まで響くような火災報知器の音が鳴り響いた。
 私の体はビクッとなり、どうしていいかわからず、階段の途中で立ち止まっていると、上からバタバタと階段を駆け下りてくる足音が聞こえてきた。
 何故か、その足音の人物が誰なのか知りたいと思った。
足音が段々と近づいてきて、私は足音の人物と鉢合わせした。
 それは、美術部の後輩の小林君だった。
小林君は血相を変え、小刻みに震えているように見えた。
「小林君……」
小林君は、私と顔を合わせてしまったことに動揺したのか、下唇を噛むと、そのまま階段を駆け下りて行った。
 私が驚いて小林君の後ろ姿を見ていると、まもなく、再び階段を駆け下りてくる大きな足音が聞こえてきた。数人、いるようだった。
 その時、ふとあることが頭をよぎった。
――まさか、まさか、小林君が? この前のボヤ騒ぎも?
 いや、そんなはずはない。
 だって小林君はとても良い後輩で――。
私は目を閉じ、口を真一文字に結んだ。

 小林君はそんなこと絶対にしない。そんな子じゃない。

 私は階段の中央に仁王立ちすると、これからやってくるであろう大きな波に向かって、両手を大きく広げた。 

 

 
さしのべる    深神椥

名物開発
ごんぱち

 広さ十畳程の知事執務室内に、藍川県知事・本倉和哉を始めとした各部署の代表十二名が揃う。
 丸椅子を押し込まれた室内は、互いの肘が当たる狭さだった。
「県庁各部長の君達に集まって貰ったのは他でもない」
 デスクに両肘をつき、本倉が話始める。デスクのせいでスペースには他の者の二割増しの余裕がある。かくも広いスペースを占有出来る事は、彼の権力の大きさを象徴していた。
「半端に遠いベッドタウン、という以外には今の処さしたる特色のない我が藍川県に、新たな価値を付け魅力ある故郷とすべく、名物の開発を行う事にしようではないか」
「素晴らしいですな、知事」
 総務部長が揉み手をする。
「それで、一体どのようなものを?」
「うむ。農政水産部長」
「はい」
 農政水産部長が、書類入れを開く。
「藍川県の食品は、稲作を除けば、野菜、果物、畜産、水産、全てで都道府県内で三十番後半から四十番台の生産シェア数と、絶無の知名度の品種で構成され、県外への販売量も全体の十パーセントを切ります。食味検査においても、一般的に流通している他県食品よりも二割程度評価が低い状況です」
「であれば」
 土木部長が両隣とぶつからないように斜めになりながら、身を乗り出す。
「本格的な城址公園の建設が良いでしょう」
「藍川県に城跡なんてありましたか?」
 健康福祉部長が首を傾げる。
「藤岡家の屋敷が、どこだかにあったという記録があるから、それでどうにでもなるだろう」
「ハハッ、そりゃ名案。大西建設も大喜びだ」
 皮肉っぽく環境部長が笑う。
「大西は関係ない! 食品は名物にならんから、アイデアを出しているだけの事だろう!」
「いや、そうとも限りませんよ」
 企画部長が眼鏡を光らせる。
「量や品質が劣るならば、加工で売れば良い」
「加工?」
 本倉が聞き返す。
「ご当地カレーというものが、各所で出しているでしょう」
「カレーライス……」
「カレーライスが嫌いな日本人はいませんからなぁ」
「ああ。カレーライスが嫌いだとしたら、ジョン・ストレイカーの亡霊ぐらいのものだ!」
「良いんじゃないでしょうか、カレーライス」
 本倉は立ち上がり、高らかに宣言した。
「よし! 地元食材を活かしたカレーライスの開発と販売を急ピッチで進めるのだ!」

「企画部長。これは、レトルトのルーだな」
「はい、知事。この形態が販売には最も向いていますので」
「確か、我が県の産物で一番マシなのは……」
「米ですが、何か?」
名物開発    ごんぱち

大陸の夜
アレシア・モード

 誰かが、私の袖を引く。
 振り向くと、汚い身なりの女。汚くて若いのか年老いているのか分からない。汚い幼児を片手に抱いていた。
(何だ、こいつ)
 喧しい外国語が飛び交う夜の露天街は、無数の裸電球に照らされている。煙った屋台と雑踏。生暖かい空気に混じる豚脂と香料の匂い。調理されるのを檻の中で待つ小動物たち。
 女は手のひらをすっと差し出した。頂戴、という事らしい。何をだね。
 その時の私――アレシアは、クロエのバッグをタスキ掛け、右手にマックシェイク、左手の香芋パイを口に入れたとこ。という間抜けな姿だったが彼女にはセレブと見えたか。実際、子供が見つめる私のシェイクは、この子にとっては縁遠かろう値段だから。なぜ敢えて子供に見せる。
(とは言え)
 この飲みかけは渡せまいし。ああ面倒だ。私が去ろうとすると子供がわっと泣き出した。直前、子供を抱く母親の手元に妙な動きを見た。
「シッ、シィッ!」
 隣にいたL氏が、野良犬を払う様に親子を私から引き離す。L氏はこの国で下請けとなる機械工場の社長サンだ。
「アレシアサン、乞食の相手しちゃ駄目」
「まあね。けど小銭ぐらいあげても良かったかな」
「金を渡しても彼女のものにはならない。元締めが居るんです。多分あの子も本当の子供じゃない、同情しないですよ」
 そう言われると、逆に何だか切なくなる。あの子はどこから来て、どこへ行くのだろうね。そんな事を口走ったらL氏は呆れた様に言った。
「ではどうします、あの子を引き取るとでも?」
 そう言って私の顔を窺ったL氏は、「あ、いや……」と頭を下げた。きっと私の顔には、私の内心が薄ら浮かんでいたのだろう。お前は馬鹿か、と。
「失礼、嫌な言い方しました。でもお気持ち理解します。あんな子供のため我々が出来る事は、他にあるんです」
「ほう……」この男が慈善活動への関心も持っていたとは驚きだ。この国ではビジネスの話しかできないと思ってた。
「アレシアサン、社会を通して子供を救う事なら出来ます。だからもっと我が国に投資しなさい」
「はい?」
 ズッコケそうになった。
「企業が潤い、労働者の賃金が上がれば、社会全体も潤っていくのです。社会環境も改善される。その中できっとあの子も救われるでしょう。だから、ね」
 この男は一番に潤うんだろうなあ。
 私はシェイクをズズっと吸い、ゴミだらけの道端に放り投げた。
「分かってる、いい返事、東京から持ってくるよん♪」
大陸の夜    アレシア・モード

家長制度
今月のゲスト:宮沢賢治

 火皿は油煙をふりみだし、炉の向うにはここの主人が、大黒柱を二きれみじかく切って投げたというふうにどっしりがたりと膝をそろえて座っている。
 その息子らがさっき音なく外の闇から帰ってきた。肩はばひろくけらを着て、汗ですっかり寒天みたいに黒びかりする四匹か五匹の巨きな馬をがらんとくらい厩のなかへ引いて入れ、なにかいろいろまじないみたいなことをしたのち土間でこっそり飯をたべ、そのまゝころころ藁のなかだか草のなかだかうまやのちかくに寝てしまったのだ。
 もし私が何かちがったことでも云ったら、そのむすこらのどの一人でも、すぐに私をかた手でおもてのくらやみに、連れ出すことはわけなさそうだ。それがだまってねむっている。たぶんねむっているらしい。
 火皿が黒い油煙を揚げるその下で、一人の女が何かしきりにこしらえている。酒呑童子に連れて来られて洗濯などをさせられているそんなかたちではたらいている。どうも私の食事の支度をしているらしい。それならさっきもことわったのだ。
 いきなりガタリと音がする。重い陶器の皿などがすべって床にあたったらしい。
 主人がだまって、立ってそっちへあるいて行った。
 三秒ばかりしんとする。
 主人はもとの席へ帰ってどしりと座る。
 どうも女はぶたれたらしい。
 音もさせずに殴ったのだな。その証拠には土間がまるきり死人のように寂かだし、主人のめだまは古びた黄金の銭のようだし、わたしはまったく身も世もない。