第76回 1000字小説バトル

参加作品
1 未知との遭遇 小笠原寿夫1000
2 てるてるぉーず サヌキマオ1000
3 俳句 石川順一1117
4 愛しのシャバーニ 緋川コナツ1000
5 旅人のおとぎばな詩 植木1000
6 He’s A Rainbow? ごんぱち1000
7 コーラ 叶冬姫1000
8 瞳に映らない 栟田流都995
9 たこ先生 蛮人S1000
10 雪子さんの泥棒よけ 夢野久作858

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バトル結果発表
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未知との遭遇
小笠原寿夫

月の綺麗な夜だった。カーテンを揺らす夜風が妙に心地良く、ベッドに横たわるには、勿体無い程、次から次へと、案が湧いた。机に向かう私の小説のイメージは、何故か、その日に限って、「好調」の二文字がよく似合っていた。月が満ちている時こそ、作家は本領を発揮するものだと、思っている。
その時だった。
月明かりとスタンドライトに照らされて、見たこともないようなものを見た。
龍のような形状で、つるつると光る生命体と目が合った。
“この子は、優しい。”
遠巻きに、そう直感した。彼は、無駄なことを、口にしない。だが、何故か惹きつけられる存在だった。
“ありがとう。”
これが、地球外生命体との最初の出会いだった。

酔狂なことをいうようだが、別れの時が来ることも予感していた。
私が、小説家になっていなければ、それは起こり得ないことかもしれなかった。応接間で原稿用紙に、走り書きをしている最中に、窓の外を見ると、ぴかぴかと、光るものが、此方に近づいてくる。
“どちらから来られているんですか?”
そう聞かれた。
“神戸の山奥です。”
私は、そう答えた。
“お寿司屋さんとかには、よく一人で行かれるんですか?”
質問の意図は、さておき、
“お父さんとなら入れます。”
と、答えた。
心の中での問答が続くなか、私は、そこが応接間であることを忘れていた。
お母さんが、ドアをノックする音がした。何故か、私は、此処に地球外生命体がいることに、違和感を感じていなかった。お母さんも、その様子だった。
“アラ、来てたの?”
“いつもお世話になっています。”
そんな問答が続いた。
“今日、お母さんは?”
“元気です。”
私は、彼のお母さんの顔を知らなかった。話を聞いていると、彼のお母さんは、別嬪らしかった。古い友人にでも会った様な言い草だが、彼と私は、初対面だった。何より彼は、地球上の生命体ではなかった。
「ちょっと席外します。」
はっきりと声に出し、私は、書斎に戻り、原稿用紙と向き合った。
“いや、やはりおかしい。”
少しずつ何かが、擦れていた。
“これを起動修正しないことには、何も始まらない。”
そう感じた。
“ありがとうございました。失礼します。”
後ろの方から、そう心の声が、聞こえたので、振り向くと、そこには、誰もおらず、窓の外を見ると、未確認飛行物体が飛んでいた。
私は、こうあるべきだと、その時に初めて頷いた。
“さようなら。”
おかしいと感じ、全てを原稿用紙に移すことにした。

※作者付記:
ファンタジーを書こうとしたら、こうなりました。

てるてるぉーず
サヌキマオ

 夕時雨である。万年床で足の爪を切っていると玄関のチャイムがなった。燕尾服、白い蝶ネクタイの老人が立っている。話を聴くところによればうちの電話番号が七七七七七とゾロ目であるので、ぜひとも所有権を買い取りたいという申し出であった。老人はさる有名な財閥の筆頭執事であるという。財閥の名前は聞いたことがあった。名前ばかりあちこちで見るので実質的には何屋さんだかわからない企業である。コングロマリットでございます、と執事はニッコリした。まもなくしてとんでもない額が預金通帳に振り込まれたが、電話番号はまた新たに手に入れねばならない。
 またある日終電間際まで仕事をしてアパートまで這うように帰ると、部屋の前に背広姿の人影があった。電柱付きの街灯に照らされてぼんやりとしている。
 これは警察を呼ぼうと決心したところでうっかり目が合ってしまったらしく、まっすぐ闇からこちらへ向かってくる。お待ちしておりました不可澤肇さんですよね、断じて怪しいものではありません。貴方に逢うために富山からやってまいりました「本元・楠仁まんじゅう」を営んでおる蚊藤と申します――相手の表情が判ると「これなら喧嘩しても勝てる」と思ったので近所のファミリーレストランに誘導する。聞けば、また電話番号である。
「手前どものまんじゅう店は立山全略寺の門前の老舗として二百六十八年の歴史を誇っております。全略寺の開祖といえば三救楠仁禅師でございまして、お宅の電話番号を手前どもの店で買い取りたく」いやちょっと待って下さいよ、なんでうちの――と言いかけてはたと気がついた。新しくした家の電話番号は〇QQ-三九七-〇二〇四。
「さんきゅう、なんにんし」
「左様でございます。地域の老舗として、同業他者の本家楠仁まんじゅう、元祖楠仁まんじゅうではなく弊社こそが本物であると! その一環として! 是が非にでもおたくの電話番号を!」
「さすがにここの電話番号を富山に、というのは無理があるんじゃないですか」
「そのようなことは想定内でして」会心の笑みであるじは笑う。
「転送すればよろしい。この番号から店舗に転送させます!」

 またもや相当な額の金と毎月二回、本元・楠仁師まんじゅうを送ってもらえる権利を手にしたが、今度の新しい電話番号は〇QQ-八三一-六二六二番である。それからずっと野菜をムニムニする業者から打診がないかずっと待っているのだが、五年経って未だ現れない。

俳句
石川順一

しずやかにひとたり話す泉あり  雪人
●「流れの中で泉の湧く処がいいなあと思いました。涼しい風が吹いています」落花生
●「季語は『泉』ですが、『しずやかにひとたり話す』で意味的に切れて居るのでしょうね。で、ないと話すのが『泉』になって仕舞うので」石川順一
●「清らかです。見ていると文字が、流れていくように見えました」ふうりん

 「句会での失態では無いですが、この私の評(石川順一の評)可笑しいですね。この句は単に「しずやかにひとたり話す事の出来る場所としての泉があった」と言うただそれだけの句です。私は「話すのが「泉」に成って仕舞うので」などと言って居ますが笑止千万ですね。モーツアルトの指が三本しか無かったとか言って居るナンセンス小説と同じですね。俳句は短詩形文学なのでね、省略が生じるのは当然です。素直な心で読めば簡単ですわな「しずやかでひとたり・・「ひとたり」の意味が若干分かりませんが一(ひと)足りと読んで一つだけで足りて居る様なささやかな満足、と取っておきましょう。しずやかにささやかな満足をもたらす様な話をする場所である泉が有った」とこう取れます。素直にとれば、そういう場所としての泉です。分かり切った事ですが短詩形文学なので「話す泉」を「話をする泉」と取って仕舞う可能性について言及して居ますがまさに笑止千万です。なのでこの句は意味的にも切れて居ないのですね。むしろ省略があるので。「話す場所としての泉」でしょう。こんな事は素直に普通に読めばわかる訳ですが、なかなか穿った取り方をして仕舞って居る。「話をする泉」とね。まあ有る意味個性的な解釈かもしれませんが、明らかに曲解です。「そういう話をした泉」「泉の付近でそういう話をした」と素直にとればいい訳ですが・・」
 私は講演会で以上の様な話をしながら俳句に付いて深く考えさせられた。例えば私は兼題俳句協会に所属しているが、中々活動に身を入れて参加できていない現実がある。例えばこの前の句会でもまた「10点」を記録して仕舞ったが上には上が居るもので「100点」や「1000点」や「10000点」を記録して居る人も居る。どうしてそうなるかと言うと徹底的な身分制度によるもので、平会員の1ポイントは1点にしかならないが会長の1票は「50000点」とかに成っているからで、中々会長からの1票は入らないのだが入れば一挙に「50000点」、理事の1票も「5000点」とかで件の「10000点」のお人も理事から2票集めて「10000点」と相成ったわけだ。なので会長の1票で「50000点」とかね、もっと凄い1票も有って黒幕とか総帥の1票は「100000点」ですね。上に行けばいくほど投票が気まぐれでめったに貰えませんが、貰えれば赤飯を炊くほどですよ。

愛しのシャバーニ
緋川コナツ

 恋に堕ちる、とは、こういうことなのか。
 澄んだ琥珀色の瞳、ニヒルな微笑、男らしく堂々とした態度、哀愁を帯びた背中、贅肉ひとつない引き締まったヒップライン。初めて彼の姿を見た瞬間、全身に閃光が駆け抜けた。ひと目惚れだった。
 彼の名はシャバーニ。
 ネットで偶然、彼の雄姿を見つけて、あたしは息が止まりそうになった。精悍で美しい姿は限りなく魅力的で、頭の中は瞬時にシャバーニ様のことでいっぱいになってしまった。
 あたしはネットで彼の情報を集めた。オランダ生まれのオーストラリア育ち、妻子がいること、しかも一夫多妻制で奥さんが二人いることを知った。それでも彼への想いは鎮まるどころか、風に煽られる炎のように、ますます激しく燃え盛った。
 彼は良き父親(しかもイクメン)であり、リーダーであり、そしてスターだった。寝ても覚めても考えるのは彼のことばかり。写真集を眺めては、ため息をつく日々。仕事も手につかず、食欲も落ちた。
 逢いたい。ひと目だけでもいいから、彼の姿を瞼に焼き付けたい。そして、できることなら、彼の熱い息遣いをこの身で感じてみたい。厚い胸に抱かれてみたい。
 とうとうあたしは、彼に逢いに行く決心をした。新幹線に飛び乗り、彼の元へと急ぐ。
 彼の住まいの前には既に人だかりができていた。若い女の子たちがカメラを片手に、彼のお出ましを待っている。あたしはライバルに負けじと人垣を掻き分けて、一番前へと進んだ。
 キャー!
 しばらく待っていると、ファンから黄色い歓声が上がった。シャバーニ様だ。
「シャ、シャバーニ様……っ! シャバーニさまあっっ!!」
 あたしは声の限り、彼の名前を叫んだ。
 そんなあたしの声が届いたのか、彼が鋭い視線をこちらに向けた。ああ、もう死んでもいい。あたしはバッグから彼へのプレゼントである千疋屋で買った高級バナナを取り出して、彼めがけて思いっきり投げた。
「シャバーニ様、あたしを三番目のお嫁さんにしてくださぁい!」
 すると、信じられないことが起こった。バナナに驚いたシャバーニ様が、こちらに向けて自分のウンコを投げつけたのだ。
「キャー!!!」
 瞬時に檻の前は修羅場と化した。
 あたしはウンコを頭からかぶり、ショックのあまりその場に泣き崩れた。
 騒ぎを聞きつけた飼育員が、あわてて駆け寄ってきた。そして泣きじゃくるあたしを見て、呆れたように言った。

「ダメだよ~ゴリラに物を投げちゃ」

※作者付記:
↓本当に素敵なシャバーニ様
http://matome.naver.jp/odai/2142707258179252001

旅人のおとぎばな詩
植木

 旅人が何処からやって来たのか村の者は誰も知りませんでした。やせて背の高い質素な身なりの老人は、皆の問いかけにいつも静かな微笑でしか返事をしませんでしたが、その表情を見ると不思議なことに誰しも懐かしい気持ちになるのです。いつの頃からか僕たちは親しみを込め、その旅人を「先生」と呼んだのでした。
 いつも先生は一人でゆっくりと村の中を歩いて過ごしていましたが、夕暮れを過ぎ、夜になるとその姿を見た者は村の中で唯の一人もいなかったのでした。
 その頃の僕はといえば、いっぱしの詩人気取りで学校を抜け出しては原っぱに陣取り、ポケットから小さな手帳を取り出して浮かぶ限りの言葉を夢中で書きつけたものです。家では飲んだくれた親父の小言、学校では教師のつまらない授業ばかり。手垢で汚れたその手帳は、たった一つの僕の居場所であったのです。
 ある秋の日の夕暮れ、原っぱにいた僕の上に影が一つ。と、先生がそこに立っているではありませんか。驚いた僕に向かってゆっくりと手を伸ばし、微笑みを浮かべたまま静かに頷くのです。誰にも見せたことの無い手帳ですが不思議なことに僕の手は心と裏腹に自然と動いていたのでした。先生は受け取った手帳を手の平に乗せ、もう片方の手で撫でるように覆いました。しばらくして、目を閉じていた先生の手から煙が立ちのぼり、夕陽のような炎が現れた瞬間、大事な手帳は一握りの灰にその姿を変えてしまったのです。僕はただ先生を、じっと見つめることだけしかできません。一陣の風が灰をすべて吹き飛ばしてしまっても驚きのあまり怒ることさえ忘れていたのです。そんな僕に向かって先生はポケットから一枚の紙を取り出し、微笑んだまま差し出すのです。そこには今まで読んだこともない美しい一篇の詩が書かれていたのでした。読み終わったその時、紙はまた燃え始めました。慌てて手を離し落ちた場所を見ると、灰ではなく輝く小さなかけらがありました。
(さあご覧。それが詩の、それが言葉の骨なのだよ)
 まだ温もりのあるそれを手に乗せ、見とれた僕は夢心地で遠くの声を聞きました。はっと顔をあげると辺りはすっかり夜になっており、先生の姿もその日を境に村から消えてしまったのでした。
 家に戻った僕は、輝く骨を小さな薬の空瓶にしまいました。それから時が過ぎ、それが一杯に満たされた時、旅に出る決心をしたのです。先生に再び会って、いつかこの瓶を見せるために。

He’s A Rainbow?
ごんぱち

 菜箸で割ったジャガイモは、中までほんのり煮汁の色が付いていた。
「蒲田、肉じゃが出来たぞー」
 エプロン姿の四谷京作が、ダイニングに声をかける。
「こっちも丁度炊き上がりだ」
 しゃもじを持ったまま、蒲田雅弘がキッチンに入って来て、四谷の鍋を覗く。
「おお、うまそう」
 蒲田は戸棚を開け、深鉢を取り出す。四谷はそれに、肉じゃがを盛りつける。
「ジャガイモと言えば、ヨウ素液で紫にする実験ってさ」
 ダイニングのコタツに料理を並べながら、四谷が思い出したように言う。
「あったなぁ。小学校の時」
「単に、色が変わるから面白いっていう、それだけのものだよな」
「デンプンの存在とかあるんじゃないか?」
「デンプン自体にそんなに思うところはないじゃあないか? そりゃあ唾液がデンプンを麦芽糖に変えるというプロセスからの、消化吸収と生物の身体の成り立ちを考えるきっかけではあるけれど」
「ああ」
 支度を終えた蒲田は、コタツに入る。
「俺はどちらかって言うとヨウ素液よりも、リトマス試験紙とBTB液が同居してた事に違和感があったな。あれ、結局酸性とアルカリ性が分かるだけだろ? どっちかで良いし」
「リトマス紙って言えば、苔が材料で……ええと、赤から青がなんだっけ、蒲田?」
「青から赤が酸性だ。つまり、ルパン酸性と覚えるんだ」
「いや待て、カリオストロはどうする。青に戻ったぞ」
「昔の話だ、カリオストロはまだなかったさ」
「なるほど、そりゃあ道理だ」
 二人は箸を取る。
「いただきます」
「いただきます」
「ああそうだ」
 漬け物に箸を伸ばしかけて、蒲田が言う。
「酸味の強い梅干に例えて、酸性が青から赤になる、という覚え方を赤ペン先生に教えて貰った事がある」
「それは良いかも知れないな――しかし、こういう知識は、どれだけの人が役立てられているんだろう?」
「大して役立ちゃしないさ。でも今、俺とお前との間で、会話の材料として一つの花を咲かせたのだから、これはこれで素敵な事じゃあないか?」
「うむ。文化とは不可欠な無駄である、とは誰の言葉であったか。知識は使う物ばかりではなく、人生に彩りを与えるものでもあるのだよな」
「然り然り、無駄は素敵だな」
「ああ素敵だな、無駄は」
「フフフ……」
「ウフフフフ……」

「という事で、もっと無駄な事を覚える事にしたんだ。近藤さん、何かないかい?」
「……あんたら二人のホモホモしい休日の生活状況より無駄な知識なんてないわ」

コーラ
叶冬姫

 バスルームから出ると、しなやかな肢体の少女がベッドの上で歌を口ずさんでいた。
「よく、そんな古い歌知ってるな」
「え?」
 整った顔立ちの少女が不思議そうな顔をする。
「ああ、カバーか」
 自分がこの少女の年だった頃に流行していた曲。急に、からかうように少女が軽やかに歌い始める。
「センセ。オジサンの顔してる」
「実際そうだ」
 窓も閉め切られ、内装だけを豪華に見せかけた部屋の中で。先生と呼ばれる自分が、教え子と呼ぶべき少女と全裸に近い姿でいる。

「何か飲むか」
「コーラ」
 シャワーを浴びても少女はバスローブを身に着けない。ラブホテルが気に入らないのではなく、他人が身に着けていたものを嫌がるのだ。それに気づいてからは『風邪をひくぞ』とだけ呟いて無理強いしないことにした。
 備え付けの冷蔵庫からコーラを取り出す。少女に渡してやると、冷えたそれに気持ちよさそうに頬をつける。車なので自分もコーラを選んだ。

 少女とは、月に一、二度こんな時間を過ごす。その制服を纏うだけで誰もが納得する、所謂『名門校』と呼ばれる学校。その生徒の中でも際立った存在の少女とセックスして、ベッドでコーラを飲む時間。
「冷たくて気持ちいい。センセみたい」
 これは恋でもない。同情でもない。ただその頬を寄せてきたので、何となく抱いた。少女も何となく頬を寄せてきたのだろう。
「センセ」
 呼ばれて口づけを交わす。間近で見る少女の顔は可憐で、美しく整っている。こんな子供に整形手術をさせる親。外見も成績も『際立っている事』を要求され続けた不思議な生き物が、自分と唾液を混ぜている。
「私、センセ好きよ」
「そうか」
「だって、私になんの期待もしないもの」
 期待され憧れられる事に疲れることはないのだろう。飽きているのとも違うのだろう。息抜きとも、気まぐれとも違う。それらが判るだけで、本当のところは何も判らないし、判る必要もない。
 口づける。胸をまさぐる。シャワーはもう一度浴びさせればいいかと思う。
「気持ちいいことするの嬉しい」
 見透かされているわけでなくそういう関係なのだ。どれだけ同じ歌でも、耳に届くものは同じにはなりえない様に。
「ああ、でも私の前でタバコ吸わないところは本当に好きよ」
「お前が嫌がることをする理由もない」
 そう告げて髪を撫でると、少女は嬉しそうに目を細める。少女が飲まなかったコーラはベッドに投げ出された。
 そのまま温くなればいい。

瞳に映らない
栟田流都

私の婚約者はテーブルの上に指輪を置いた。
婚約指輪だ。彼の給料の3ヶ月分らしい。
「京子さん結婚してください」
私の婚約者は穏やかな人である。その穏やかな笑顔に疲れきった私はいやされる。
私は嬉しかった。でも躊躇した。
彼に重荷を背負わせる事になるから。

「いいんですか?私の両親はあんな状態ですが」


父が定年になった。父は穏やかな日々を送っていた。だが幸せも長くは続かなかった。


最近父はおかしい 物忘れが多くなり日常生活にも支障を来すようになった。

「これはアルツハイマーですね いわゆる認知症」
私と母の前で医師は言った。

「全てを忘れていくのです 最期には食べる事すら
最近は良い薬も有ります。進行を遅らせる事が出来ます」

父は歩く事すら満足に出来なくなり施設に入った。
たまに家に帰るとやたら怒りまくっている。
「父さんねえ 会社員時代の記憶のままらしいのよ 」



母がおかしくなったのはその後だった。
物忘れが酷くなり父の介護施設の面会の約束もよく忘れた。
私は心配になり医師の所へ連れて行った。
「認知症ですね 」
母まで認知症になったのだ。
私は母を父と同じ介護施設に入れた。




「大丈夫ですよ 京子さん」
婚約者はにっこりと微笑んだ。
「別に重荷でもなんでもないですから」


「でもよいのかね」
京子の父は言った。京子の体を支えながら。
「京子は日常生活を満足に送れないのだが」


「若年性アルツハイマーですね 」

京子は30になってからどこかおかしくなった。
仕事上のミスが多くなり満足な会社員生活を送れなくなった。
会議もよくすっぽかすようになった。やがて通勤すらもやっとという状態になっていた。

しばらく休養をとる事になったがそれでも回復しなかった。
そして医師の診断は若年性アルツハイマーだった。

「何か私たちの病気の心配をしているみたいなんです」
京子の両親は医師に聞いた。

「京子さんの頭の中ではご両親が病気なのですよ ご両親が認知症になっていて
自分は健康だと 必死にご両親の介護をしています 頭の中で」

京子はうわごとのように両親の名前を口にしていた。大丈夫だからと何回も言いながら。

恋人は必死に京子を支えそして婚約をしてくれた。
京子の頭の中では両親は施設に居る。
京子の瞳に両親は映らない。京子は何事か呟いた。

京子の両親の世話の心配だ。
「大丈夫です 京子さん ご両親の世話は僕が一緒に観ますから」
婚約者がそう言うと京子は満足そうに微笑んだ。

たこ先生
蛮人S

 遠い遠い、海の中の学校に通っていました。
 そこには色んな魚の子供たちが通っていました。
 担任は、たこ先生でした。

 あるとき私は、たこ先生に言いました。
「ねえ先生、先生は足がたくさんあっていいな。ぼくには一つもないや」
 私は魚でしたから、足はありませんでした。でも、たこ先生は八本もあるのです。先生は言いました。
「じゃあ、一つ君にあげようか」
 たこ先生は、足を一本、私にくれました。
「わあい、足を一本もらったぞ」
 きっと私は大はしゃぎをしたのだと思います。すると他の子たちも集まってきました。
「いいな、先生、ぼくにもちょうだい」
「みんなにもあげるよ」
「わあい」
 たこ先生は、他の子たちにも足をあげました。たくさんあげたので、足がなくなってしまったのですが、先生は「よかったね」と言ってころころ家に帰りました。

 次の朝、先生の足はまた八本になっていました。
「ねえ先生」
 私は言いました。
「先生は足がたくさんあっていいな。ぼくには一本しかないや」
 たこ先生は言いました。
「じゃあ、もう一つあげようか」
 先生は足を一本、私にくれました。
「わあい、足を一本もらったぞ」
 私は大喜びでした。すると他の子たちも集まってきました。
「いいな、先生、ぼくにもちょうだい」
「みんなにもあげるよ」
「わあい」
 たこ先生は、他の子たちにも足をあげました。たくさんあげたので、足がなくなってしまったのですが、先生は「よかったね」と言ってころころ家に帰りました。

 次の朝、先生の足はまた八本になっていました。
「ねえ先生」
 私は言いました。
「先生は足がたくさんあっていいなあ。ぼくは二本しかないや」
 たこ先生は言いました。
「じゃあ、もう一つあげようか」
 先生は、また足を一本くれたのです。

 たこ先生は、いつも足をくれておりましたので、何日もしますと子供たちは残らず足が八本ほどになっていました。
「先生、ぼくたちみんな足がふえたよ」
 たこ先生はにっこりとしました。
「そう。よかったね」



 卒業してからも私の足はふえつづけました。
 むかしの友だちで、そんなに足をもっている者はもうおりません。みんなほかの子やきょうだいにあげたりしたのです。私にくれた者もいました。
 私は大はしゃぎでした。
 私の足は、もう何十、何百にもなっていたのです。
 それが私のじまんだったのです。

 たこ先生にはずっと会ってません。
 私には、もう、会えない気がします。

雪子さんの泥棒よけ
今月のゲスト: 夢野久作

 夜中に雨戸のところでゴリゴリと音が始まりました。家中で雪子さんがたった一人眼をさまして、何だろうと思いました。鼠ではなく、どうしても人間が何かしているとしか思われませんでした。雪子さんは急いでお父さんとお母さんをゆすり起しましたが、なかなかお起きになりません。そのうちにゴリゴリと物を削る音が一そう高くなったようです。雪子さんはどうしようかと思いました。
 音のするところへ行って見ると、雨戸の掛金のところを外から泥棒が切り破っているのです。雪子さんがそこらを見まわしますと、玩具のバケツがありましたから、そっとそこへ押し当てました。
 そのうちに泥棒が雨戸を切り破って来ると、何か固いものがあります。小刀で突いて見るとカンカン音がします。雪子さんは可笑しくなりました。
 泥棒がどこかへ行ったと思ったら、今度は台所の方へ音が廻りました。雪子さんは又、そこへジッと押し当てて待っていました。泥棒は又カンカンと言う物に行き当りました。
「馬鹿に用心のいい家だナ。まさか家中、金で張ったるんじゃあんめえ」
 と言いながら、今度はお座敷の床の間の壁のまん中をゴリゴリ始めました。
 この時、お父さんとお母さんは眼をさまして御覧になると、雪子さんは寝床の中にいません。そして床の間を見ると、玩具のバケツを壁に押し当てています。外からはゴリゴリと壁を破る音……。
 お父さんとお母さんは、初めはビックリしましたが、すぐに訳がわかり、雪子さんの勇気に大そう感心しました。なおも様子をジッと見ていますと、泥棒はとうとう厚い壁を切り抜いて、もういいと思って小刀の先で突いて見ると、どうでしょう。壁のまん中でもやはりカンカンカンと音がします。泥棒は腰を抜かさんばかりに驚きました。そしてため息をして言いました。
「これは驚いた。家中すっかり金張りだ」
 家の中で、雪子さんとお父さんとお母さんとが一どきに笑い出しました。
「アハハハハハハ」
「オホホホホホホ」
「ウフフフフフフ」
 泥棒は夢中になって逃げ出すと、すぐに通りがかりの巡査さんに捕まりました。

※作者付記:
・本作品は青空文庫収録版より1000字バトル向けの編集を加えています。
・ゲストの作品は投票の対象外となります。