第82回 1000字小説バトル

参加作品
1 鯉の話 スナ81000
2 主婦とヴァンパイア 緋川コナツ1000
3 伊藤左千夫賛江 サヌキマオ1000
4 ごんぱち1000
5 春を追いかける 深神椥1000
6 詩好きの王様 初代 三遊亭圓朝1229

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バトル結果発表
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鯉の話
スナ8

彼女と出会ったのは春。
暖かくなってきて気が緩んだのか長く闘病していた僕の祖父が亡くなったのだが、5月の緑のエンディングセレモニーに彼女はいた。
「この度は誠に残念なことで、お悔やみを申し上げます」
透き通るような色白の顔に心から、でもひっそりと抑えるような悲しみの表情を浮かべて声を掛けてくれた彼女に「と申し上げられましても」と僕は口走った。
慌ててすぐに謝ったが彼女の零れそうな瞳は見開かれ、口元には笑みが浮かんでいた。そのほほ笑みを見て僕は彼女に受け入れられたような気がした。

「……最近祖母の具合も芳しくないのです。父も日に日に老いていくくせに祖父の真似をするように暴飲暴食。いずれは僕が喪主を務めることになりそうです。参考にお話を伺いたいので◯月△日にお会いできませんか?」
葬儀場に勤める彼女にメールを送った。
彼女は高校時代の友人の友人、と知ってからの僕の行動は早かった。
その友人に擦り寄って「犬みたいな奴め」と罵られながらなんとか頼み込んだのだ。
飲み会を開いてもらい、彼女とコンタクトをとった。
死を間近で目にすることが多いから、伏し目がちな瞳はどこか憂いをたたえているのかな。と思いながら僕は横目で彼女を見てうっとりと酒を飲んでいた。
僕を犬と罵った友人がスノーボードで危うく骨折するところだった、という話をその席でしたのだが、
「本当に気を付けて。悠太くん昔から時々無茶をするから。心配だよ……」
という彼女の思いやりのある回答にもぐっときたし、帰り際に、
「メールしてもいいですか」
と尋ねると、はにかんだように
「はい」
と答えてくれて、僕は心の中でガッツポーズを何回もした。

正直これはいける、と思った。

いざ二人きりで会うために件のメールになるわけだが、彼女なら一度目は断るだろうと予想をつけ何度でも挫けずに誘う覚悟を決めてメールしたわけだが、彼女は僕が思ってもみないとても社交的なメールを返してくれた。
「大変ですね。この前はありがとうございます。久々に悠太くん(僕を犬と罵った友人のこと)にも会えたし嬉しかったです。悠太くんって今付き合っている人とかいるんですか? 私もそのことで相談にのってほしいので△日OKです!」

「鯉の活け造りとかけまして」
質問には答えずに、僕はショート寸前になりながらメールを送った。
「100年後のあなた、と解く。そのこころは」
送信を押す指が震えた。
「あなたと鯉が死体」


返事は来なかった。

主婦とヴァンパイア
緋川コナツ

「小松さんだから話すけどね……実は僕、本当は吸血鬼なんだ」
 昼休みの休憩室。新しく就任したエリア長からの突然のカミングアウトに、小松雅子は手に持っていたコーヒーカップを落としそうになった。
「ちょっと、小鳥遊さんたら変な冗談やめて下さいよ。吹き出しそうになっちゃったわ」
 雅子は気を取り直してカップをテーブルの上に置き、ハワイ土産のマカダミアナッツチョコレートを頬張った。熱いコーヒーを味わいながら飲む。香ばしい芳醇な香りが、喉の奥から鼻へと抜けてゆく。
「ここだけの話、この地区の店舗を束ねるエリア長ってのは仮の姿で、実は人の生き血を吸うヴァンパイアなんだ。本当だよ」
 エリア長の小鳥遊は神妙な面持ちで自分語りを続ける。白髪交じりの髪をかき上げる仕草にふいに男の色気を感じて、雅子の胸は高鳴った。
「だけど最近は新鮮な血を吸うのも難しくなってね。仕方ないからレバーや血合いを食べたりトマトジュース飲んだりして、なんとか凌いでいるんだ」
「ってことは、小鳥遊さんって本当はおいくつなんですか?」
「表向きは昭和41年の丙午生まれだけど、本当は今年1050歳になるんだよ」
「ってことは、お生まれになったのは平安時代ですね」
「まあ、そうゆうことになるかなァ」
 一般的に吸血鬼のイメージは華奢で青白い魅惑的な美女や紳士を連想する。自称・ヴァンパイアの小鳥遊さんは、佐藤浩市似の憂いを湛えた渋いイケメンだ。儚げなイメージは無いけれど、これはこれでアリかもしれない。
「小松さん、もしかして僕のこと疑ってる?」
「いえ、そんな……」
 威圧的な雰囲気に圧倒されて雅子が答えに窮していると、いきなり小鳥遊が雅子に襲い掛かってきた。
「久しぶりに血が吸いたくて我慢できないんだ。頼む、ちょっとだけ。ちょっとだけ新鮮な血を飲ませてくれないか」
「駄目です! いけませんエリア長!」
 必死の抵抗も空しく、小鳥遊は雅子の首筋に文字通り牙を剥いた。
「ああっ……」
 首筋にチクリと甘美な痛みが走った。覚悟を決めた雅子は恍惚としながら、エリア長の腕に体を預けた。

「うえっ……なんだ、この血の味。まずっ!」
 小鳥遊が動きを止めて雅子の体から離れた。その足で部屋の隅にある洗面台へと突進すると、大きな音をたてながら何度もうがいをしている。
 雅子は呆気にとられながら、二年前から愛飲しているサプリメント『超元気★黒ニンニク卵黄』のことを思い出していた。

伊藤左千夫賛江
サヌキマオ

「おや、味噌を代えたのかね」
 台所に立つ民絵に雅夫は問うた。汁椀には玉ねぎとじゃが芋が浮いている。沸いたやかんの取っ手をふきんで覆って持ち上げながら、民絵は
「そうなんですよ」
 と言って一息措いた。
「今まで使っていたナナトク御殿林店の『京都以呂波の門外不出超絶技巧合わせ味噌お徳用』ですと100gあたり13.24gの塩分が含まれていたのですけれども、今度買ってきたマルクラ御殿林西店の『職人が思う存分麹を使った深い味わいの無添加麹味噌改二』ですと100gあたり12.29gの塩分で済みますの」
「そうか」雅夫はそう言われてふたたび口をつけた。「そんなことだろうと思っていたのだ」
「かといって同ナナトクで売っている『おいしさと健康にこだわりぬいた有機栽培・米と大豆の信州産減塩味噌自然派!』ですと10.433グラム。これは『~合わせ味噌』よりも概算で20.2パーセント塩分を控えてますけど、それではさすがに味気ないですものねぇ」
「なるほど」雅夫はじゃが芋を食んだ。じゃが芋と玉ねぎの味噌汁は民絵と一緒になってからはじめて食卓に並ぶようになったが、いまではすっかり定番になっている。味噌汁のじゃが芋はどうしてこうも甘くなるのだろうか、と思ったが、口に出すのはやめた。この時期のじゃが芋と玉ねぎの産地別糖度比較と、具に調和する味噌汁中の塩分濃度について事細かいデータを提示されるからだ。
「お弁当、ここに置きますね」
「うむ」
「今日はいつもより200秒ちょうど寝過ごしてしまいまして、作る予定でした宮崎産牛蒡と青森産人参のきんぴらが間に合いませんでしたの。それがねあなた、私が寝坊したにもかかわらず新聞が届いてなかったんですのよ。いつもはだいたい郵便受けに新聞を入れる音がするのが、年間で平均して6時7分7秒。季節柄夏と冬とで約6分28秒のずれが生じるんですけれども、今日の配達は6時23分52秒。どうしたのかしらね、配達の青野さんは苦学しながら新聞屋さんの二階に寝泊まりしていらっしゃるから寝坊というのは考えにくいし、何かあったのかしらん」
 顎に指を当てて考えこむ様子に雅夫はたまらずむらむらとする。民絵をひしと抱いて寝床へと転げ込む。
「あああ民さんはノギスのような人だ! だがそこがたまらぬふんすふんす」
「いやあん待ってあなた、あと802秒以内にお家を出ないと会社に遅刻します」
「こんなもの五分だともサ」
 あとに残るは嬌声とも吐息とも、斎藤家の朝であった。

※作者付記:
伊藤左千夫『野菊の墓』(新潮文庫、1955)を特に参考にしていません。

ごんぱち

 深夜、しんと静まりかえった社内の廊下に、靴音が響く。
「……ふふんふ、ふふふ……」
 懐中電灯の光が廊下の隅々を舐めていく。
「ふふふふふんふふふん」
 鼻歌交じりに見回りをしているのは、警備員バイトの五月雨千世さんだった。
 休憩室から始まり、ボイラー室、資料室、会議室。
 懐中電灯の光は、人影を捉える事もない。
 千世さんは手順通りに一つ一つ丁寧に見回っていく。
「……レポートの締め切り、来週でしたっけ」
 呟きながらも、仕事の手は休めない。
「教授は確か……まあいいや。覚えてないって事は、その程度の事なんでしょう」

 地下と一階の見回りを終え、二階へ上がると、施錠されたオフィスのカギを開ける。
 オフィスにはPCの置かれたデスクが並ぶ。
 やはり人の姿も気配もない。動物や虫もいなかった。
 懐中電灯の光は、しかし、一点で止まった。
「?」
 オフィスの隅に置かれたPCサーバだった。
 千世さんは、とたとたっ、と歩み寄る。
 サーバから。
 透明な滴がゆっくりと流れ出ていた。
 懐中電灯の光を反射して、きらりと輝く。
 左手ですくい上げると、粘りのある滴は、手の中に溜まり、フルフルと揺れた。
 千世さんは右手の指先で、手の中の液面をつつく。微妙に弾力があり、波紋が出来る。つついた右手の指先には、何も残らない。
 首を反対側にかしげながら、もう一度つつく。同じように波紋が出来る。
 十数秒間眺めた後、千世さんは。
 サーバに液体をたらした。
 液体はサーバのケースに触れるとそのまま吸い込まれるように消えて行った。
 千世さんは手を見つめる。
 液はひとしずくも残っていなかった。

 翌朝。
「――本当に、うちはそこに該当しないんですね?」
 年配の社員が電話で何度も確認をしている。

「――なあ蒲田。部長、何を慌ててるんだ?」
 社員の一人が、隣の社員に小声で尋ねる。
「このニュースの事だろ」
 隣の社員が指さすPC画面を、覗き込む。
「顧客情報の二百万件の流出……なんだ、うちで使ってるシステム管理会社じゃないか」
「うちの分は助かったっぽい」
「そりゃラッキーだったな」
「昨今はマイナンバーとかあるしなぁ」
「マイナンバーはうちの会社じゃ聞いてねーだろ」
「そうだっけか。じゃ、それほどでもないか――」

「――じゃまあ、これからもよろしくお願いします。はい、では失礼ます、どうも、はい」
 電話を切った年配の社員は、天井を見上げ、小さくため息をついた。

春を追いかける
深神椥

 小雨の中、傘をさして歩く。
 時折、強く吹く風にあおられそうになったので、両手でしっかりと傘を握った。
 数日前、自分が想いを寄せる相手と恋人と思われる女性との現場―と言っても、ただ車内で楽しそうに会話していただけだが―を目撃してしまった。
 私の想う相手は、よく行くお店の店員さん。
私は今、そのお店に向かっている途中だ。
 諦めるとか諦めないとか、そういうんじゃない。
 脈があってもなくてもいい。いや、そりゃああった方がいいのかな、きっと。 
 ただ、会いたいから、一目見たいから、会いに行く。
 ただ、それだけだ。
店の前まで来て、傘を閉じ、扉を開けた。
「いらっしゃいませ―」
その人、サカシタさんは、いつものように店員の顔でそう言った。
私は店内を一通り見て、冷蔵庫からペットボトルを手に取ると、レジへ向かった。
いつものやりとり。当たり前だが、向こうは私が数日前にあんなところ―しつこいようだが、ただ女性と親しげに会話していただけ―を見てしまったことなど、知るはずもない。
「テープでよろしいですか?」
こちらに目を向けたので、私もしっかりと目を見て「はい」と答えた。
私の頭から、終始、数日前の光景が離れず、私は下唇を噛んだ。
おつりを受け取る時、手の平に指が触れた。温かかった。
私はサカシタさんの目を見て、軽く頭を下げ、そのまま扉へと向かった。
「ありがとうございました―。またお越し下さいませ―」
店を出て、傘を開いた。
相変わらず、小雨が降っていた。
先ほど来た道をまた戻って行く。
地面を見て、とぼとぼと歩き出した。
―何やってんだろ、私。
思えば、私の人生、そう思うことの連続だった。
まぁ、そうさせてるのは、他の何者でもない自分自身なのだが。
でも、でも、やっぱりいいな、サカシタさん。
私は、フッと軽く笑った。
 その時、少し甲高い鳴き声が聞こえた。
 私はハッとして立ち止まり、空を見上げた。
 十数羽の白鳥が、V字飛行で北へと向かっていた。
春も近いこの時期には、よく見られる光景だ。
何故か、見られるのはいつも夕方の晴れていない時。
たまに青空を飛ぶ姿が見られるが、私が知る限りは、やはり雨や曇りの時が多い。

 鳶の優雅に飛び回る姿や鳴き声も好きだけど、白鳥の飛ぶ姿は、健気そのもので、いつも目を細め、眺めている。
感動さえする。
 私は、その姿が見えなくなるまで眺めていた。

「また、会おうね」
 私は声には出さず、そう唇を動かした。 

詩好きの王様
今月のゲスト: 初代 三遊亭圓朝

 昔、シシリーという島のダイオインシアスという国王がございました。この王が好んで詩を作りますが、俗にいう下手の横好きで、一向上手でございません。けれども自分では大層上手なつもりで、自慢をして家来に見せますると、国王のいう事だから、家来が決して背きませんで、
「どうも誠に斯様な御名作は出来ませんもので、実に御名作で、天下に斯様なお作は沢山にございますまい」
 などというから、益々国王は得意になられまして、天下広しといえども、おれほどの名人はあるまい、と思っておいでになりました。ところがある時の事でシシリーの内で、第一番の学者という、シロクシナスというお精霊様の茄子のような人が参りまして、王にお目通りを願いますると、早速王は御自分の作った詩を見せたいと思し召したから、
「これ、シロクシナス、これはな、予の近作で、一詩作ったから見て呉れろ」
「ははッ」
 国王の作った詩というから、結構な物だろうと存じて、手に取り上げますると、
「どうぢゃな、自製であるが、巧いか拙いか、遠慮なしに申せ」
「ははッ」
 とよくよく目をつけて見ると、詩などは圓朝 わたくしは解りませんが、韻をふむとか、平仄が合うとかいいますが、まるで違って居りまして詩にも何にもなって居りません。シロクシナスは正直の人だから、
「へえ、お言葉ではございますが、拙い巧いと申すは二の段にいたしまして、是は第一に詩というものになって居りません、御承知の通り、詩と申しまするものは、必らず韻をふまなければならず、また平仄が合いませんければなりません、どうも斯様なものを詩だといってお持ち遊ばすと、かみの御恥辱に相成ります事ゆえに、これはお留まり遊ばした方が宜しうございましょう」
 と申し上げると、国王真赤になって怒り、
「これは怪しからん、無礼至極の奴だ、何と心得て居る、これほどの名作の詩を、詩になって居らんとは案外のどうも失敬な事を申す奴だ、其の分には捨置かん、入牢申しつける」
 さアどうも入牢仰せつけられて見ると、仕方がないから謹んで牢舎の住居をいたして居りますと、王もお考えになって、アア気の毒な事をいたした、さしたる罪はない、一時の怒りに任して、シロクシナスを牢舎に入れたのは、我が誤り、第一国内で一等の学者という立派の人物を押込めて置くというは悪かった、とお心附きになりましたから、早速シロクシナスを許して、御陪食を仰せつけになりました。王の前に出まして、
「図らず放免を仰せつけられ、身に取りまして大慶至極、誠に先頃は御無礼の段々御立腹の御様子で」
「イヤ先日は癇がたって居った処へ、其方が逆らったものだから、詰らん事を申して気の毒に心得え、出牢をさした。其方が入牢中に一詩作ったから見て呉れ」
「ははッ」
 シロクシナス番兵を見返りまして、王の詩を手に取り上げ、
「御急作でございますか」
「左様ぢゃ」
「へーッ」
と見ている内に、渋い苦いような顔をして、
「番兵殿、手前をもう一度牢へお連れ戻しを願います」

※作者付記:
・本作品は青空文庫版より1000字バトル向けの編集を加えています。
・ゲストの作品は投票の対象外となります。