第86回 1000字小説バトル

参加作品
1 反対ブルマ サヌキマオ1000
2 アフタヌーンティー ごんぱち1000
3 女車掌 加藤武雄971

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バトル結果発表
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反対ブルマ
サヌキマオ

「朝焼けは雨」とは誰が言い出したのだろう。事務所のテレビでは「今日も最高気温が三十五度を超える」と報じている。
「配達行ってきました!」
「お、お疲れさま」
 新聞配達もずっと前から自動二輪の時代なのに、伊武君だけは「鍛錬」と自分の足で走って新聞を配達している。それで他に遅れるようであればどうしようもないが、なかなかどうしてバイク勢からやや遅れるくらいには配達を終えている。
 詳しい話を聞いたことはないが、朝シフトだけ入れているのでおそらくは学生なのだろう。色の薄い長髪をポニーに括って、全身から汗が吹き出している。素性は履歴書を調べれば済むことだが、なんとなく憚られた。
 とはいえ。
「前から聞こうと思ってたんだけど、なんで、体操着にブルマなの?」
「え、可愛いでしょ?」
「可愛いでしょって、いや、いくらそうだとしてもだね」
「男が可愛い格好が好きで、何が悪いんスか」
「いや、悪くはないが、その……見ていて好き、というのと、自分が履く、というのはまた別の問題じゃないだろうかね」
「そんなことないすよ、ブルマを履いた女の子が美しいように、俺も美しくありたいだけっス」
「男……だよね?」
 たまに確認しないといけない。狭い肩幅から引き締まった腰、腿にかけての曲線は中性的で艶がある。
「いや、でも所長、俺、この格好で街中を走れるからこのバイトしてるみたいなとこあって」
「そうかぁ……君、たしか大学生だよね?」
「いや、高校っス。高校二年っス」
「じゃ、これから学校か」
「そっス。じゃ、もう行くんで」
 伊武君は配達所のクーラーの前に立つと体操服を勢い良く脱ぐ。ほどよく筋肉のついた背筋が顕わになる。続いて履いていたブルマを一気に引き下ろすと、エメラルドグリーンのビキニパンツが目に眩しい。脱いだ体操服で全身の汗を粗く拭うと、スクールバッグから校章のついたワイシャツとズボンを取り出して見る間に着てしまう。いつしか私もじっと見つめてしまっていたようで、視線に気づいた伊武君と目が合ってしまう。
「なんスか?」
「あ、いや、なんでも……ある。君、ブルマを反対に履いていただろう」
 伊武君ははじめて狼狽えたような、ばつの悪い顔をしてみせた。
「あれ……わかっちゃいましたか……困ったなぁ」
 実に愛らしい――愛らしい?
「簡単な話っスよ。ああしないと、その……はみ出ちゃうんスよ」
 店の裏で朝も早よからアブラゼミが「じぃぃぃ」と力尽きる。

アフタヌーンティー
ごんぱち

「やってるかい」
 夕暮れ時、ガード下のアフタヌーンティー屋台に、サラリーマン風の男が一人やって来た。
「いらっしゃいませ」
 屋台の主人はティーカップを置き、冷たいミルクを入れた後、紅茶を注ぐ。
 主人が見ていた携帯端末のテレビ画面には、青い星と宇宙船の映像が映り「LIVE」のテロップが重なっている。
 客はケーキスタンドのスコーンに塗って囓り、紅茶を飲む。次にキュウリとバターのサンドイッチを食べ、それからクッキーに目を向ける。
「なかなかだがクッキーはイマイチ……」
 店主は棚を覆う布をずらす。個包装のクッキーがずらりと並んでいた。

 客が包装を切る。白みがかった生地から見え隠れするチョコレートの濃い茶色。不器用に押しつぶしたようないびつな形状は、柔らかさを想像させる。
 客はかみしめるように咀嚼した後、紅茶を飲む。
「……なんで、これほどの物が製造中止に」
「『商品名にある“田舎の母親”、それが原材料、作成者いずれにも含まれていない。この不当表示が解消されるまでは、当該商品の製造、販売を認めない』。消費者庁の指導です」
「田舎……」
 客は振り返る。
 延々と続く街灯りは軌道エレベーターまで続いてせり上がり、それを背景に無数のエアカーが行き交う。
 店主は、携帯端末を手に取り、音量を上げる。
『――今! 初めて、異星人との直接接触が行われます! 今まで我々の信号を受信しかできず、宇宙飛行をする技術も全く持たない未開で素朴な異星人と! ご覧下さい、未開ボーイと未開ガールが、未開キャフェで未開カルピスを飲んでおります!』
 アナウンサーの興奮いっぱいの絶叫が響き渡る。
「おい、ティータイムにテレビなんて」
「――消費者庁の指導後、不味江グロ森製菓の社長、田野中母太郎は“田舎の母親”を探し、世界を……いえ」
 画面の向こうでは、出迎えたタコ型異星人に、宇宙飛行士が何か差し出している。
 画面の中の異星人の初老の女は、宇宙飛行士の渡したものの包みを破り食べる。彼女と言葉を交わした後、宇宙飛行士はマイクに怒鳴った。
『塩が、ひとつまみ足りないそうだ!』
 店主は端末の画面に向かって静かにお辞儀をした。
「本物の“田舎の母親”に味見させ、レシピを修正したカントリーマアムは、ついに表舞台に返り咲く」
「あんた……」
「お茶のお替わりは、いかがですか?」
 店主は静かに微笑む。
「屋台の閉店記念に、とっておきの茶葉を使いましょう」

女車掌
今月のゲスト: 加藤武雄

 最終の電車だった。
 乗客は私を入れて三人しかなかった。一人はタキシイドを着けた青年紳士、一人は、やはり洋装の若い娘さん――いや、お嬢さん、二人は、私のちょうど前のところに、ぴったりと身を寄せ合わせて、しきりに微笑と密語とを交している。多分恋仲だった。そして、多分、音楽会か何かの帰りだった。
『――だって、それはしかたが無いんですもの、偶然お会いしたんですから』
『偶然?』
『ええ、偶然よ』
『故意の偶然じゃないかしら? 計画されたる偶然じゃ――』
『そんな事があるもんですか? あなたも疑り深いのね。そんな風に邪推ばかりなさるなら、私、知らない』お嬢さんは少し拗ねたように顔をそむけてしまった。
『怒ったの?』
『ええ、怒ってよ』
『じゃ、僕も怒った』
『御勝手に』
 二人は、互いにその眼で弾き合った。が、眼の底では笑っている。而して、その手は――その時私は初めて気がついたのだが、手套をした二つの手は、男の膝の上でしっかり握り合わされている。
 私は見ぬ振りをして眼を反らした。その反らした視線の先に、女車掌がしょんぼりと座って、こくりこくりと居眠りをしている。帽子の下から後れ毛が乱れて、一日の労働に疲れ青ざめた頬を刷いている。
 停留所に来た。
『✕✕町』と、女車掌は半ば眠った声で云った。
『あら、もう来てよ』お嬢さんは驚いてたちあがった。青年紳士も立ちあがった。二人は、女車掌に切符を渡すと運転手室の方から降りて行った。
 二人の降りて行ったあとの、座褥の上に、赤い造花が一輪落ちていた。あのお嬢さんの帽子から落ちたのであろうと思いながら、私は疲れた眼にその真紅の色を、ぼんやりと映していた。

 もう、すぐに終点だった。女車掌は、私の傍にやって来て私から切符を受け取った。そして、私の傍から離れようとする時、彼女は、ふとその造花を見つけた。
『あら!』小さく声を立てて、彼女はその花を拾った。
 どうするのかと見ていると、彼女は、私には隠すようにその花を持って、車室の隅の方へ行った。そして、そっと帽子にそれを挟んで、窓硝子に自分の顔をうつして、一寸したしなをしてにっこりと笑った。
 私も思わず微笑した。
 彼女は、こちらで微笑しながら見ている私に気がつくと、ぱっと顔を赧(あから)めた。私は、その時、彼女がいかにも、初々しい美しい娘である事にはじめて気がついた。

※作者付記:
1926年(大正15年)刊『桑の実』より。本作品は1000字小説バトル向けに編集を加えています。
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