第89回 1000字小説バトル

参加作品
1 腐れ縁 小笠原寿夫1000
2 石碑 文月1083
3 異常巻き ごんぱち1000
4 三択狼主 サヌキマオ1000
5 空の色 深神椥1000
6 冬の女 横光利一847

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バトル結果発表
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腐れ縁
小笠原寿夫

「あいつと漫才がしたい。」
常にそう思っていた。漫才というものが、どういうものなのか、まだわかっていない時分のことである。笑いに情熱を注ぐのではなく、情熱を笑いに変える。その情熱は、常に持っていた。行き場のない壁にぶち当たった時、人は、笑いに逃げたがる。
 暴力を回避する為に、笑いが生まれたという説もある。何より、笑いは金を生む。そして、人は、その物に賭け続ける。
「呼吸レベルで屁をこけ。」
感覚的にそう思っていた。技術云々よりも、屁をこくことが、笑いに繋がる。頭で笑いを取る芸人さんと体で笑いを取る芸人さんがいるが、どちらも基本は、屁である。屁が臭ければ臭いほど、笑いの質は高い。
 笑いの本質は、そこである。
 人間が、一本の管であるある以上、それは、紛れもない事実である。
 美人もインテリも金持ちも教祖も、屁をこく。

 へたれという言葉が、関西にはある。一般的には、臆病者のように使われがちだが、実際は違う。専門的には、「スターは屁。」という概念がある。だから、へたれというのは、スターを輩出する者の事を指す。
 私が、10代20代の頃に、目指していたのは、そういう者のことだった。それでも私は、そうありたいと願う。

「いやね、最近思うんですよ。仕事って何やろうなぁって。」
「えらい深いところから入りましたね。」
「で、答え出ました。」
「聞かせてくださいよ。」
「例えば、誰か一人の命と引き換えに世界を救えるとして、あなたならどうしますか?」
「マァ、助けますね。」
「僕、助けないんですよ。仮に生きたいと願うのならば、世界にたった一人、孤独と戦う使命を担う方が、大変じゃないですか?」
「マァ、そうやけども。」
「で、人間という生命体のバトンを最後に受け取りたいんです。」
「で、そのバトンは、誰に渡すの?」
「新しい生命体ですよ。」
「どえらい角度から、攻めてきたな。何やねん、新しい生命体って。」
「この地球上を恐竜が占めてた時代もあったわけでしょ?」
「マァマァね。」
「だけど、恐竜は絶滅したんですよ。」
「マァ、わかりますけど。」
「そのバトンを、新しい生命体、我々に渡したわけでしょ?」
「そこまで、知らんけどもやな。」
「そのバトンを渡す役割をしたいんですよ。」
「いや、バトンのサイズ全然合わへんけどね。」
「それが、結婚指輪ぐらいのサイズやったら、素敵やと思われへん?」
「なるほどね。うまくまとまり過ぎて笑われへんけどな。」

石碑
文月

青天の下、緋袴を履いた巫女が山道を歩んでいた。
鳥の羽音と獣の呻き声が騒々しく響いている。
巫女は騒々しい山の声を黙殺して歩を進めた。
草木を踏み分け、山の中腹にある石碑を見つけると足を止める。
手前に老婆が一人佇み、手を合わせていた。
巫女はそのまま近づいて声を掛ける。
「貴方はこの石碑が何であるのかご存知なのですか?」
すると老婆はそこで初めて巫女の存在に気が付き、驚いて振り返った。
「この石碑をご存知なのですか?」
巫女はもう一度同じ質問を繰り返す。
かましい鳥獣の声を切り裂きよく通る、凛とした澄んだ声だった。
老婆は拝んでいた手を下ろして答える。
「詳しくは知りません。けれど、」
老婆は石碑に向き直り、言葉を続ける。
「この石碑に何かあれば村に大災害が起こると祖父から聞いております。」
そこで老婆は狼狽えたように声を震わせ、
「それなのに、今日来てみましたら、昨晩の地鳴りで…」
と言葉を詰まらせた。
巫女は目を眇めて石碑を見る。
石碑には罅が入っていた。
巫女は無念そうに瞼を閉じた。
鳥達の荒れ狂った鳴き声が聞こえている。
遠くで獣が吠え立てていた。
巫女は背後の音を押しやって静かに真実を口にする。
「ここには荒魂が祀られ封じられていました。」
老婆は目を見開いて巫女を見た。
「それでは、やはり…」
老婆は唇を震えさせて問う。
巫女は唇を噛み、悔しさを滲ませながら判じた。
「まもなくこの一帯は大きな土砂崩れに見舞われるでしょう。」
老婆は慌てふためき、
「こうしてはおれん。村の者に知らせねば。」
巫女に一礼すると、危なげな足取りで山を転ぶように急ぎ降りていく。
それを見送った巫女は、目を閉じ、呼気を整えた。
やがて鳥達の声が聞こえなくなり、静寂が場を満たす。
巫女は緩々と目を開いた。
瞳は、陽光を受け銀色を帯びていた。
巫女は徐に右腕を前に差し出す。
握った右手から伸びた薬指と人差し指が山裾の集落を指し示した。
そして風音のような声を発すると、巫女は右腕を横一線に振り抜く。
すると、その動作に呼応するように風が山裾から吹き上がってきた。
風に載って幾人もの声が届けられる。
「あの婆さん、まだあの迷信を信じてるらしいぜ。」
嘲笑う男の声。
「こんな雲一つない日に土砂なんてくるもんか。」
馬鹿にした女の声。
「とうとう頭がいかれちまったんしゃないかね。」
それは老若男女の嗤い声。
巫女は右腕を静かに降ろし、固く目を瞑った。
そして再び瞼を持ちあげると、その瞳にもう銀色の光はなく唯々漆黒を宿していた。
巫女はゆっくりと来た道を引き返し始める。
黒雲が急速に広がる空の下、生き物たちが逃げ去った後の山は、奇妙な静寂に包まれていた。

※作者付記:
文章を書く練習中です。
何処をどう直せば良いかなど、アドバイス頂けると嬉しいです。

異常巻き
ごんぱち

 昔、あるところに一匹の猿がおりました。
 ある日、猿がいる木の下を、白い物が通っていくのが見えました。
 猿が目を凝らすと、白いものはおむすびで運んでいるのは、カニでした。
「カニがおむすびを食べると言って、水に入れてふやかしてしゃぶるだけで苔や魚の死骸と何も代わりはしない、なんとももったいない事だ」
 猿は木から下り、別の大きな木に駆け寄り、中程の高さにあるウロまで上ります。ぷん、と、強い果物の匂いがします。ウロには、猿が木の実を貯めて作った猿酒が出来ていました。
 猿は猿酒を探り、底に沈んでいた種の一つを取り出しました。
「おむすびとこれを取り替えてやろう。柿の木になるとか何とか言えばいい」
 そこまでつぶやいてから、ふと、猿は首を捻ります。
「……ん、だったら自分で柿の種育てれば、それで良いんじゃないか?」
 カニの持つおにぎりは魅力がありましたが、他に食べるものがないわけでもありません。
 こうして猿は柿の木を育て、秋にはたらふく柿を食べられるようになりました。

「大抵の猿はそんな風に振る舞いました。でもそんな彼らの事は、決して後世に語られず、結果、柿の種とおにぎりを交換した悪しき猿の話のみが残っているのです。歴史というのはそのようなものです。我々の全てがカニを殺した訳ではない。我々はカニを殺さない。我々猿は、この正しいメッセージを世界に発信し続けていこうではありませんか」
 猿国際連合の議場で、ニホンザルが高らかに提案しました。
「それは困ります」
 声を上げたのは、カニクイザルでした。
「我らはカニを殺します。あなた方は、我らの存在を消し去ろうと言うのですか」
「全体で考えたまえ、一部の例外が全体の印象を悪くするのだ」
「そうだ、カニクイ君達はそのカニ食いという野蛮な習慣を改めるべきだ!」
「何が野蛮なものか! 君らは芋を食う、だが、芋とて生命には違いない!」
「命には厳然として優劣が存在する! どんな命も一つと数えるのであれば、大腸菌はどうなる!」
「優生学とは時代錯誤な!」
 猿たちは喧々諤々議論を続け、結局決裂した後、戦争を始めました。
 これが第二次世界大戦で、使われた衛星兵器の影響で、アンモナイトにニッポニテスみたいな異常巻きがいっぱい生まれたんですって。

「未来の由来話ってこんな感じかな、蒲田?」
「時系列を無茶苦茶にして全く関係ない事同士を結びつけるという意味では合ってるな、四谷……」

三択狼主
サヌキマオ

 夜空にオリオン燦めく、昭和九十一年の聖夜であります。
 ところは小石川区礫川二丁目は伊藤マンショ七〇四号室、会社員小菅さんのお宅であります。
「聖夜! 聖夜っ! 聖夜! 聖夜っ!」
 筋骨隆々たるトナカイ二頭に牽かれ、巨漢にして白髪三千丈の老人を乗せた梨木の客車が東京ドーム上空を通過いたしました。冷たい空気を深紅に染める熱量が、鈴の音軽くかつ粛々とベランダに近づいています。
「聖夜ーっ!」
 ひときわ大きく野太いかけ声があがったかと思うと、赤き衣を纏った巨体が空中に解き放たれました! 三択狼主の登場だ! 鍛え抜かれた肉体がッ、高速回転する砲弾と化して子供部屋のベランダと窓ガラスを打ち砕くーッ!
「よい子はどごだーッ!」
「ほぎゃーっ!」
「君かぁー、小菅えーと、かん……ひろし……ん。なんでもいい。とにかく君だ! メルぃークリスマース!」
「ほぎゃーっ!」
 さぁ戦いの火蓋が切って落とされたッ! 筋肉達磨の上に綿菓子のように軽々担がれた頭陀袋から飛び出したのは例によって例の如し! 灼熱の特大七輪と肉の登場だー!
「一番ッ、肩ロォース!」
「ほぎゃーっ!」
「ぬぃ番ッ、リブロォース!」
「ひぎゃーっ!」
「参番ッ、豚のロォオス!」
「あぎゃーっ!」
「以上! 三択ロォーッス!!!」
「ぼぎゃあああ!」
「さぁよい子よ、どれか肉を食うんだ。よい子は肉を食って大きくなるんだ」
「ぼぎゃああああ!」
「泣いてばかりいる仔猫ちゃん――そう、強いていうならば俺は犬のおまわりさん、困ってしまって……しまわない! 肉だ! 肉を食べれば全て解決だ!」
 さあ熟練の技だ! 流れるような手つきで持参の鉄板から肉が! 肉が! 肉が! 次々と小菅くんの口に運ばれていくッ!
「そこまでよ!」
 いよいよ真打登場であります。真っ赤なマントを翻し、純銀ラメのマスクの下で何を思う! 野菜の国から野菜を広めに来た魔法少女、マスク・ド・ヴェジィ、満を持して颯爽と空いていた穴から登場だ!
「野菜も食べないと死んじゃうんだから!」
「ぬははうほはは! 青いな小娘、野菜だけに! 今宵は年に一度のクリスマスナイト! こんな時にこそ肉だ、肉だけ食うのだ!」
「まぁそれもそうか」
 おおっと、番組尺の都合に合わせた急転直下の大和解であります! 固い握手! 矢継ぎ早に飛び交う生ロース!
「ぼぎゃー!」
 以上、心底いい迷惑な小菅くんをさておいて中継も終了いたします。サヨナラ!

※作者付記:
よいお年を!(白目)

空の色
深神椥

 ある日曜、バイトや彼女とのいざこざで疲れ切っていた僕は、家にほど近い土手で寝転がっていた。
そんな僕に、誰かが声を掛けた。
「こんにちは」
視線を後ろの方へ向けると、白いワンピースを着た若い女性が立っていた。
僕は上半身を起こし、軽く頭を下げた。
 どこかで会ったかな。記憶にない。
「隣座っていいですか」
「あっどうぞ」
彼女は白のワンピースであることを気にも留めず体育座りをし、遠くの野球少年達を眺めていた。 
 いくつくらいだろ。僕より年下だよな。
「いい場所ですね、ここ」
「あっここ初めてですか?」と僕は訊いた。
彼女は何も言わず顔を縦に振った。
「また、ここに来ますか?」
「あっはい」
そう答えた僕に彼女は微笑み、それじゃあまた、と立ち去った。
吸い込まれそうな、不思議な感覚だった。
 そんな彼女のことを僕はもっと知りたいと思った。

―次の日曜、僕は彼女に会うべく、同じ状況を整えた。
そして、彼女は現れた。
「こんにちは。また会えましたね」
黒のワンピースを着た彼女が笑顔で立っていた。
僕は再び軽く頭を下げた。
 彼女は隣に座り、キャッチボールをする親子を眺めていた。
「やっぱりいいな、ここ」
僕はそれには答えなかったが、彼女は続けた。
「私がここに来た理由、何だと思う?」
「えっ」
僕が彼女の方を見ると、彼女は前を向いたまま言った。
「ここには空があるから」
僕の頭には?が浮かんでいた。
「私のいる所は、空がないから」
彼女は青い空を愛おしそうに見上げた。
「君はずっとこの町に住んでるんだろうから、わからないよね」
何故か「君」と呼ばれたことに違和感を覚えた。
「私もう行かなきゃ」
立ち上がって行こうとする彼女を僕は引き留めようとしたが、できなかった。
彼女にはそうさせまいとするオーラがあった。

 彼女の後ろ姿を眺め、考えた。
「空がない」とはどういう意味だろう。
地下に住んでいるとか?
 ふと、ある話を思い出した。
マンホールの下で生活する子供達がいるという都市伝説。
そこには地上同様の生活空間があるとか。
でも、下水道内は有毒ガス等が充満していて、長い間いると体に影響を及ぼし、成長が止まってしまうと。
 僕はハッとした。
「君」と呼ばれた違和感。
彼女は僕より年下だと思っていたが、実際は?
僕は妙に納得し、寂しさを感じた。
名前を言えず、訊けもしなかった。

 きっともう彼女とは会えない。ここには来ない。
 彼女はまた戻って行くのかな。「空のない所」へ。

冬の女
今月のゲスト: 横光利一

 女が一人籬(まがき)を越してぼんやりと隣家の庭を眺めている。庭には数輪の寒菊が地の上を這いながら乱れていた。掃き寄せられた朽葉の下からは煙が空に昇っている。
「何を考えていらっしゃるんです。」と彼女に一言訊ねてみるが良い。
 彼女は袖口を胸に重ねて、
「秋の歌。」
 もし彼女がそのように答えたなら止めねばならぬ。静に彼女の手を曳いて、
「あなたは春の来るのを考えねばなりません。家へ帰ってお茶でもお煎れになってはどうですか。春の着物の御用意はいかがです。湯のしんしんと沸き立った銅壷の傍で縫物をして下さい。あなたの良人は間もなく手先を赤くして帰って来るでしょう。それまであなたは過ぎ去った秋の物思いに耽ってはいけません。秋には幸福がありません。さア家の中へ這入ろうではありませんか。もし炭箱へ手を入れることがお嫌いなら手袋を借しましょう。水は冷めたくとも間もなく帰る良人の手先を考えておやりなさい。花々はまだ花屋の窓の中で凋んではおりません。暖炉の上の花瓶から埃りをとって先ず一輪の水仙を差し給え。縁の上では暖く日光が猫を眠らせ、小犬は明るい自分の影に戯れている筈です。だが、あなたはあの山茶花を見てはなりません。あの花はあれは淋しい。物置の影で黙然と咲きながら散って行きます。あなたは快活に白い息をお吐きなさい。あの散り行く花弁に驚いて飛び立つ鳥のように。眼をくるくるむいて白い大根(だいこ)をかかえて勝手元でお笑いなさい。良人の持って帰った包からはあなたの新らしいショールが飛び出るでしょう。しかし、春は間もなく来るのです。手水鉢の柄杓の周囲で蜜蜂の羽音が聞えます。村から街へ登る車の数が日増しに増して参ります。百舌は遠い国へ帰って行き、枯枝からは芽が生々と噴き出します。あなたは、愛人の手をとって郊外を漫歩する二人の若い人達を見るでしょう。そのときあなたは良人の手をとって、『まア、春が来ましたわ。ね、ね。』と云い給え。だが、あなたの良人のスプリングコートは黴の匂ひがしていてはいけません。」

※作者付記:
・大正13年発表作。本作品は青空文庫収録版より1000字バトル向けの編集を加えています。
・ゲストの作品は投票の対象外となります。