第92回 1000字小説バトル

参加作品
1 少子化対策 ごんぱち1000
2 猫のはなし サヌキマオ1000
3 青い春のカケラ 深神椥1000
4 無私の自制 小泉八雲721

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バトル結果発表
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少子化対策
ごんぱち

「……しかし先生」
「なるほど、ご立派な事だ。我が国でも有数の大企業ともなると、政府の依頼も耳を貸す必要はない、そういう事かね」
「い、いえ、そのようなつもりはありませんが」
「が、なんだね」
「全商品への対応というのは……やはり、すぐには」
「事態は一刻を争うのだよ。いや、既に遅すぎる程に遅いのだ。老人が多数派となったこの国は、将来を見据えた政策が立てられない。生産力の失われた、消費するだけの奴らの意向に流される政治は、自らの足を喰い散らかす頭足類と変わらない。その先にあるのは、国力をすっかり失い屍同然となった抜け殻だ」
「そうかも知れませんが」
「その為に! 少なくとも、その流れを僅かでも先延べにする為には、少子化は、せめて少子化は食い止めなければならない。老人は先に死ぬ。待てば死ぬ。その後に子供が残っていれば、国は再建させられるのだ」
「それは分かります。ですが、我らの商品だけで状況が改善するとはとても」
「そんな事は分かっている。だが影響の一つではあるのだよ。この対策が君のところだけだとでも思っているのかね。あらゆる物が、少しづつ改められていく、それが力になる。一個の決定的な手段で動く程、国家は軽くない」
「お話は分かりました、しかし、余力が」
「――君のところの商品、消費期限は大丈夫かね」
「え? あ、はい、もちろん」
「あれは曖昧なものだからね、気をつけたまえよ。結局のところ、国民が気にするのは、どの数字が印字されているか、だ。いや、それすらも気にせずに、単に『正しくない数字が付いていた』という情報一つで、不買に繋がるのでは、なかったかな?」
「先生まさか!?」
「これから、新聞社と会食があるが、君も来るかい」
「……わ、分かりました。ですが、全ての商品は難しいです。ただ、まず最主力の商品で対応します。これだけでも、十分業界へのインパクトはあると思います」
「それでこそだ。きっと分かってくれると思っていたよ」

「うぃーっす四谷、プリン買って来たぞ」
「おお、さんきゅ、蒲田」
「ほい」
「おう。お皿お皿」
「四谷、皿使うのか? この前は、後からカラメルが出る事がどうの言ってなかったっけ?」
「一つは皿に出して、もう一つはカップで食うのさ」
「ふうん。俺もそうするかな」
「それがいいよ!」
「……あれ? 前って、なんでそうしてなかったんだっけ?」
「なんでだっけ?」
「ま、いっか。ほらプッチン」
「おうよプッチン」

猫のはなし
サヌキマオ

 いつごろからか、ふと気づくと家のネコが手押し車をしているので見るたびに驚く。猫は二頭いて、それぞれカマとクワと名付けている。たいていはカマがクワの、極稀にクワがカマの両後ろ足を抱えて家の中を闊歩するのだ。しばらくしてくたびれてくると、そのままごろりと横になる。奇怪であった。幻覚を見ているのかもしれないと思ったが、家のものも見たので間違いない。
 困った挙句、普段は行かぬ動物病院に連れて行ったが、そうそううまいこと医者の目の前で再現してくれるわけがない。忙しさのあまり色々な神経が剥落したような医師は「ノイローゼかもしれませんね」と呟くように云った。私は激昂した。
「いえ、そういうことではなくてですね。落ち着いてください。ノイローゼなのは猫が、です。人見さんが、ではなくて」こちらが激昂した分だけ我に返った気がする。「なんだか最近、お家の中で環境が変わったようなことがありませんでしたか、例えば、転職されたとか」
 もちろん人間のあなたがです、という視線を受け止めて私は首を傾げてみせる。そういえば大掃除をしました。
「大掃除と言いますと?」
「いえナニ、田舎から両親が出てくるというのでしてね、せめて人が座れるくらいには、と思いまして」
「ああ、それかもしれません――こう、猫も自分のこととなると敏感ですからね、なにか自分も変わったことをしなきゃいけない気になったのかもわかりません」
 医師も案外と冗談を云っているわけでないことが窺い知れる。抗不安剤を出しましょう、と高い薬を押し付けられ、猫の抗不安剤なんてあるもんなんだなぁ、と感心しつつ家に戻るとすぐに来客がある。前から約束していた保険屋さんで、話が終わると猫も二頭して正座している。「猫の正座」で画像検索をすると尻尾を身体に巻きつけて座った猫の写真がいくらも出てくるが、そうではなく人のする正座をしている。関節はどうなってるんだ、と観察しても微動だにしない。家のものも暢気に「やぁねぇ」などと云っている。
 それからしばらくして分厚い封書が届いた。おそらくは老齢の人の字で「人見カマ様クワ様」とある。ドキドキしながら本人たちの目の前にしばらくかざし、封を切ると丁寧な文字で、自分たちの経営する児童養護施設への二千万円もの寄付に対する御礼と、施設の子供の写真が幾葉か入っている。
 青くなって自分の通帳を調べたが、そもそも二千万も口座に入っていなかった。

青い春のカケラ
深神椥

「今度の日曜作りに行きましょうか?」
僕が外食やデリバリーばかりだと話すと、バイト仲間のマナミちゃんがそう言ってくれた。
マナミちゃんは僕より三歳下で気遣いがあり、結構カワイイ。
「お願いしようかな」
―そして、日曜。
何度も玄関チャイムを押す音で目が覚め、時計を見ると七時半。
僕は重い体を起こし、そのままの姿でドアを開けると、マナミちゃんが立っていた。
「おはようございます。あの、朝食を作りに」
「えっあっどっどうぞ。汚いけど」
「失礼します」
膝丈スカートにカラータイツの細い脚が僕のプライベート空間に入って来て、妙にドキドキした。
「じゃあ、台所借りますね」
「あっありがとう」
僕は慌てて散らかった服などを片付けた。
マナミちゃんは持って来た食材で、手際よく調理を始めた。
もし奥さんがいたら、こんな感じなのかな。
 僕が丁度着替え終えた時、マナミちゃんが声を掛けてきた。
「サトシさん、できました」
テーブルにはご飯味噌汁納豆、ハムエッグにミニトマト、コーンソテーが並んでいた。
「じゃあいただきます」
「どうぞ」
「うん、おいしい」
「よかったー」
マナミちゃんがホッとしたように笑顔を見せた。
談笑しながら二人で朝食を摂り、勝手に新婚気分だった。
「ごちそうさま」
「喜んで貰えてよかったです」
そう言って微笑んだ。
「あっサトシさん、今日空いてますか?」
「うん」
「じゃあ付き合ってくれませんか。観たい映画があって」
「いいよ」

 片付けを終え、十一時頃家を出た。
映画館のある隣町まで電車で行った。
日曜のせいか、家族連れやカップル等で賑わっていた。
観ている最中、隣のマナミちゃんが気になって、集中できなかった。
映画の終盤、隣をチラっと見ると、彼女の頬に涙が伝っていた。 
 映画館を出た時、マナミちゃんが口を開いた。
「サトシさん」
「ん?」
「私、来週でバイト辞めるんです」
表情に憂いが見えたのは気のせいか、願望か。
「シフト違うし、もう会えない、な」
「――今日は付き合って下さってありがとうございました」
「俺もありがとう」
「それじゃあ」
「うん、じゃあ」
少し笑みを浮かべた彼女の顔が最後となった。

 家に帰り、冷蔵庫を開けた時、見覚えのない容器が目に留まった。
見ると紙切れが付いていた。
(ビーフシチューです。温めて食べて下さい)
僕はおでこに手の甲を当て、目を閉じた。
 言えば、よかったのかな。
暗い中で見た彼女の最初で最後の涙が、脳裏に焼き付いていた。 

無私の自制
今月のゲスト: 小泉八雲

 公衆の交通機関の中で眠を催した時、横になることも出来ない場合、日本の婦人はうたたねを始める前に長い袖を顔にあてる。
 この二等汽車には今並んで眠っている婦人が三人ある。何れも顔を左の袂で隠して、そして静かな流れのうちの蓮の花のように汽車の動揺と共に皆一緒に揺られている。
(この左の袂を使うのは偶然か、あるいは本能である。多分本能であろう。それは右の手は、いざという時に革紐なり腰かけなりに取りつくのに最も好都合だから)
 その光景は綺麗でもあり、また面白くもあるが、殊に綺麗である。即ち上品な日本婦人が――いつでもこの上なく優美な、そして最も私心のない仕方で――どんな事をも上品にするよい例になるから。
 それはまた感傷的でもある。その態度は悲しみの態度であり、また時として悩ましき祈りの態度であるから。
 これ皆、他人にはただ自分の最も愉快な顔を示そうとする訓練を経た義務観念のためである。その事が私に一つの経験を思い出させる。


 私のうちに永らくいた下男は私にはこの上なく朗らかな人間に思われた。
 話を仕掛けられるといつも変わらずにこにこしていた。仕事をしている時はいつでも嬉しそうに見えた。世の中の小面倒なことは何も苦にやまぬようであった。ところがある日、彼が全く独りだと思っていた時に彼を覗いて見て、彼の寛いだ顔を見てびっくりした。
 その顔はこれまで見た顔ではなかった。
 苦痛と憤怒のむづかしい皺がそれに現われていて二十年も老けてみえた。私は私のいることを知らせるために小さく咳払いをした。直ちにその顔は奇蹟で若返ったように、滑らかに、和やかに明るくなった。
 全く、永久に無私の自制の奇蹟である。
(大阪京都間の汽車、明治二十八年四月二十五日)

※作者付記:
※本作は『小泉八雲選集 落穂(八雲書店、昭和23年刊)』収録版より1000字小説向けの編集を加えています。
※ゲストの作品は投票対象外となります。