第93回 1000字小説バトル

参加作品
1 折り返し地点 kadotomo1000
2 始業前 サヌキマオ1000
3 小さな器 小笠原寿夫1000
4 回転寿司屋にて ごんぱち1000
5 武さん 芥川龍之介1223

kadotomoさま

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折り返し地点
kadotomo

「貴方は人生の折り返し地点の年齢だから、体に気をつけてね」いつ、誰から受けた言葉だったのか、時々脳裏に浮かぶ。

 俺は待ち合わせの時間より、遅れて目的地に向かう。目的地は朝のラッシュ後の人が疎らになった、私鉄ホームのベンチ。階段を降りたら直ぐに視野に入る位置だ。俺は年甲斐もなく、胸を踊らせながら、私鉄ホームまで連携されている、渡り通路にて早足になるが、「覚えていないかも」という思いが混じり、歩く速度を落とす。
 ホームに着くと、朝の光に照らされている、ニット帽を被った胸元まである黒髪の人物がいた。その人物が、顔を上げてふと俺に目を向ける。

「葱好き?」

 その人物が駆け寄り、開口一番の言葉。紺碧色したダウンジャケット姿の視線は、俺の顎の下から注がれる。同じ歳とは思えない、無邪気な表情だった。

「朋が好き」その言葉を受け、朋は目を逸らせると、俺の鞄を持つ手に目線を落ち着かせる
「葱が主体の創作料理店があるの。ランチは11時からだから、1時間あるね。どうする?」目線は、俺の手元のままだった。

「体を重ね合わせに行こうか」俺は朋の表情を見る間もなく、手首を握り、改札口へ早足で向かった。

 中央にベッドが一つポツンとある、薄暗い空間で耳をカジられる。

「ヒロの手が恋しいよ」

 その言葉を耳元で受け、唇を貪る様に合わせると、体が熱くなるのを感じた。俺は夢中で、小ぶりで、クビレの無い裸体を顕にさせる。他の者なら、淫欲は皆無に等しいと推測するが、俺はこの体が愛おしい。狂おしい程に。

 情交後、俺の腕を枕にしている朋は、安心した笑顔で囁いた。
「又、身体絞ったの? 頑張るね」
「又、太った?」
「うるさい!」
 朋は笑顔で、俺の頬を抓る。愛おしさが増した。
 

「来月息子の卒業式なの。早かったなぁ6年間」
「……次は6月で良いよね。夏休み、忙しいだろ」
「そうね。ありがとうね」

 2人だけの空間から外に出る。見上げると水と白の空に、変化していた。
「時間、まだ間に合うけど」
「俺。葱ダメなの。知らなかった?」
 
 その言葉に何かを察したのか、朋は小さく頷き
「葱ダメなのか。独身貴族は、舌が肥えるもんね」と、笑顔で返した。
 私鉄のホームにて、別れを告げると現実に戻される。朋は母と妻として。俺は、独立とは名ばかりの自由人として。
「いつになれば、冷めるんだろうね」渡り通路にて、俺は思わず呟やくと、冬の終わりの風が微かに頬を掠めるのだった。

始業前
サヌキマオ

「や、おはよう」
 隣の小便器に並んだのは大瀬常務だ。この大瀬商事の遠縁だとか聞いたことがあるが、現社長よりずいぶん年が上に見える。
「四月だってのに寒っくって参っちまうね」
 老人特有の、なかなか放出が始まらない間がある。ふっ、と右横からの視線を感じる。
「何だね、コンビニコロッケかね」
「ええ、まぁ」
「君、今度から主任だろう、部下の手前もあるのにコンビニとはどうかと思うがね」
「すみません、少々事情があって」
 面倒くさいおやじだ、と視線を移すと常務の胸元には三十センチほどの巨きなエビフライがぶらさがっている。
「今日はまたご立派ですね」
「そうだろう、わざわざ焼津から直送してもらってな。家内に揚げてもらったんだ……あれ」
 常務はふと今思いついたような顔をする。
「君、奥さんいたよね……いや、いた、というのは聞き方が悪かった。いるよ、ね?」
「あの、ちょっと宜しいですか」
 スラックスのジッパーを閉め終えて、両手でまあまあ、と常務を制する。
「申し上げにくいことなんですが」
「別れた?」
「いやですからそういうことでは。里に帰りました」
「なるほど、これから示談か!」
「いやいやいやいや――里帰り出産、でして。その」
「おお」
 閉めにくそうにしていたジッパーを諦めて、常務は手洗いに向かう。
「なんだ、そうならそうと早く云えばいいのに!」
「まぁ、そこはそれ、お祝い寄越せみたいになるのも申し訳ないですし、その」
「ああ」
 またこのおやじは一人合点したな、と思いきや、
「守のことか! あれもコレばっかり作って子どもを作る気があるんだか無いんだか」
 常務は小指を見せてボヒヒヒ、と笑う。大瀬守という社長は普段は名士で通っているが、他人の結婚のこととなると急に豹変する。先だっても結婚の報告に来た係長某に「勝手にくっついて勝手に別れろ」と怒鳴りつけたばかりなのである。
「そういうことであります」
「なるほどなるほど。でも君さぁ、新入社員じゃないんだから……ほら、あそこの駅前のナナトクだっけ? スーパーの」
「スーパーのロースカツですか」
「そうじゃないよ、その向かいの福家さん。せめてあそこのぐらい身に付けなきゃ」
「以後気をつけます」
「ああそうだ、まだうちに海老、いくらか残ってるから明日家内に君の分も揚げさせよう。それがいいだろう」
 やはり身だしなみはきちんとしないとね、という結論を得てようやく開放される。朝からぐったりする。

小さな器
小笠原寿夫

 紀元前610年アッシリアが滅びる。そのことしか覚えてはいない。高校世界史の最初に学んだことである。最初に覚えたことは、一生忘れない。三つ子の魂百まで。なんていう言葉もあるくらいだから、それはそれでいいと思う。路頭に迷うアッシリアと覚えてください。と世界史の先生に教わった。映画通の先生で、世界史を学べば、映画の見方が、変わる。と仰っていたことを思い出す。
 高校時代の風景で思い出されるのは、通学路にアミティ団地という住宅地があり、そこを新設校の学生が、大声で通るから、苦情が出ていた。それから、通学定期のこと。毎月、決められた額だけを支払い、駅の定期売り場で、学生用の定期を買っていた。
 家で勉強するためだけに、一刻も早く、帰るために、帰り道の歩くスピードは、速かった。その日、覚えたことを復唱しながら、帰ったこともあった。
 当時、主任をされていた先生が、入学式の日、三つ大事なことを教えてくださった。
「学生の本分は勉強。」
「友達を作りなさい。」
「スポーツをして体を作りなさい。」
ということだった。
 まだ、悔しさや恥ずかしさをバネに頑張れた時代のことである。遡って考えるのは、決して難しいことではない。人生に於いて、いいことなんて、一瞬の出来事なのではないか、と思うことがある。その一瞬の出来事に、図に乗るから、間違うのではないか、と。父親が、大阪に単身赴任していたから、余計に、歯止めが利かなかった。怖くて仕方なかった父親が、いないことで、家族の天下は、長男である私だった。浮わついたことは、あった。父親の存在は大きい。
 阪神淡路大震災があった直後に、私は、兵庫県立伊川谷北高校に入学した。
 昔は、勉強ができる子どもだった。ただ、人の気持ちがわかる子どもではなかった。何が何でも、勉強で褒められたかった。陰口を叩かれようと、それは、既に問題ではなかった。
 人は、一人ではトップに立てない。それを立証したのも、逆説的に溺れたのも、私自身だった。
 紆余曲折を経て、私は、捨石になった。
「人はな、昇るのは辛いけど、転がり落ちるのは、早いねん。」
親父の小言は、沢山ある。そして、身に染みる。
「どうや、社会は冷たいやろ。」
父親が、体感したことを、私に伝えたことを直接、書くとするならば、そんなところだろうか。
「お前もわしとおんなじ人生歩むねん。」
ぐうの音も出なかった。
 父の言葉は、時として、暖かく冷たい。

回転寿司屋にて
ごんぱち

「――ねえ、その残したシャリを湯飲みに突っ込むの、やめない?」
「金出してんだから、どう食べたって良いじゃん。こんなのバカ正直に全部食べたらすぐにブタになるよ。あんたブタが隣にいるのと、シャリ捨てるの、どっちが嫌? 大体、食べたくもないのに食べてうんこにしてトイレに流すのと、このまま店のゴミ箱に捨てられるのとじゃ、うんこの方が汚いじゃない」
「天誅ーーー!」
「どぐぁぶばしゃべぼぐぼぁ、げええええぼぶぁああああああ!」
「な、だ、誰!?」
「通りすがりのお行儀適正化委員会の者だ! セイッ!」
「げぼげぇぇえええ……」
「一一〇番、と」
「おおっと、通報はちょっとお待ちを! 行儀を正すだけ、それだけだから!」
「うげえええ、ひぃぃぎぎぎ……」
「なんなんですか」
「食べ物を残さない事は、基本的なマナーだ! マナーとは、食材の命、料理をした人、同席した人、関わるあらゆるものが心地よく物事を行う為の知恵! そしてその中に、自分自身も含まれる」
「ぜ、げふっ、ぶはっ、ぜえ……」
「自分自身?」
「証拠に、注意一つを受け流せず逆ギレをしている。これはつまり、後ろめたさの証左であって、結局自分でも良い事だとは思っていないし、いつの日か文句を言われるという可能性にビクつきながら過ごしていたという事だ!」
「ぜぇ……ぜへ……」
「そうなの、かな」
「そのような気持ちで行われる食事はおいしくも楽しくもない。結果、適量で満足出来ず余分に食べたり、種類を食べたという事実に満足しようとしたり、無理が出るのだ。マナーを守り穏やかに豊かな気持ちで行われる食事は、適量で満足できるものだ」
「警察だ!」
「すみません、通報はしました」
「ふははは、我もマナーを語る身、『適正化クラッシュ』が法に触れる事は一〇〇も承知! 潔く懲役に就こう! 君がマナーの大切さに気付いてくれるなら、安いものだ!」
「あ……あんた」
「さっき通報はしないで欲しいとかは言ってましたよね」
「お待たせしました、刑事さん」
「手錠は、止めておこうか。あんたが逃げるような男じゃない事は、知っている」

「……何だったんだろうね」
「知らねーよ。ふん、なにが……ふん。もぐ」
「あ、シャリを」
「か、勘違いしないで。ボディーブローで胃の中空っぽにされたけど、これ以上お金かけたくないだけ!」
「ふふん」
「……お客さん、床、モップかけさせて貰って良いですか」
「あ、はい」
「お願いします、店員さん」

武さん
今月のゲスト: 芥川龍之介

 武さんは二十八歳の時に何かにすがりたい慾望を感じ(この慾望を生じた原因は特にここに言わずともよい)当時名高い小説家だったK先生を尋ねることにした。が、K先生はどう思ったか、武さんを玄関の中へ入れずに格子戸越しにこう言うのだった。
「御用向きは何ですか?」
 武さんはそこに佇んだまま、一部始終をK先生に話した。
「その問題を解決するのはわたしの任ではありません。Tさんのところへお出でなさい」
 T先生は基督(キリスト)教的色彩を帯びた、やはり名高い小説家だった。武さんは早速その日のうちにT先生を訪問した。T先生は玄関へ顔を出すと、「わたしがTです。ではさようなら」と言ったぎり、さっさと奥へ引きこもうとした。武さんは慌ててT先生を呼びとめ、もう一度あらゆる事情を話した。
「さあ、それはむづかしい。……どうです、Uさんのところへ行って見ては?」
 武さんはやっと三度目にU先生に辿り着いた。U先生は小説家ではない。名高い基督教的思想家だった。武さんはこのU先生により、次第に信仰へはいって行った。同時にまた次第に現世には珍らしい生活へはいって行った。
 それは唯(ただ)はた目には石鹸や歯磨を売る行商だった。しかし武さんは飯さえ食えれば、滅多に荷を背負って出かけたことはなかった。その代りにトルストイを読んだり、蕪村句集講義を読んだり、なかんづく聖書を筆写したりした。武さんの筆写した新旧約聖書は何千枚かにのぼっているであろう。とにかく武さんは昔の坊さんの法華経などを筆写したように勇猛に聖書を筆写したのである。
 ある夏の近づいた月夜、武さんは荷物を背負ったまま、ぶらぶら行商から帰って来た。すると家の近くへ来た時、何か柔かいものを踏みつぶした。それは月の光に透かして見ると、一匹の蟇がえるに違いなかった。武さんは「俺は悪いことをした」と思った。それから家へ帰って来ると、寝床の前に跪づき、「神様、どうかあの蟇がえるをお助け下さい」と十分ほど熱心に祈祷をした。(武さんは立ち小便をする時にも草木のない所にしたことはない。もっともその為に一本の若木の枯れてしまったことは確かである)
 武さんを翌朝起したのはいつも早い牛乳配達だった。牛乳配達は武さんの顔を見ると、紫がかった壜をさし出しながら、晴れやかに武さんに話しかけた。
「今あすこを通って来ると、踏みつぶされた蟇がえるが一匹向うの草の中へはいって行きましたよ。蟇がえるなどというやつは強いものですね」
 武さんは牛乳配達の帰った後、早速感謝の祈祷をした。――これは武さんの直話である。僕は現世にもこういう奇蹟の行われるということを語りたいのではない。ただ現世にもこういう人のいるということを語りたいのである。僕の考えは武さんの考えとは、――僕にこの話をした武さんの考えとは或いは反対になるであろう。しかし僕は不幸にも武さんのように信仰にはいっていない。従って考えの喰い違うのはやむを得ないことと思っている。

※作者付記:
『素描三題』より。本作品は青空文庫収録版より1000字小説バトル向けの編集を行っています。ゲストの作品は投票の対象外となります。