第94回 1000字小説バトル

参加作品
1 空の便における、猫のはなし サヌキマオ1000
2 狼と少年とその後 ごんぱち1000
3 ゆき子へ 岡本かの子877

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空の便における、猫のはなし
サヌキマオ

 なぜ毎回昼過ぎの飛行機に乗るかというと、早期割引で予約する時に安いというだけの理由である。空港で天丼弁当を買ってロビーでぱくつくのもなかなか気分が良い。飯を食い終え、検査場を過ぎて3番乗り場に向かう。歩く歩道を乗り継いでずいぶん歩いたが、角地にある乗り場周りのソファーベンチには大量の猫が屯していて驚いた。二、三十はいるだろうか。概ね大人しく床や座席に座って、時の来るのを待っている。小用を足すとまもなくアナウンスがあった。まずは猫のお客様、妊娠中や小さなお子様連れのお客様、搭乗にお手伝いの必要なお客様、VIPカードをお持ちのお客様と順が付く。一般客のうちでは飛行機の最後尾に乗るので(頻尿のためである)、先頭を切って機内に入ったのであるが、あれだけ整然と列をなして入っていった猫の姿は影も形も見えなかった。にゃあの声も聞こえない。
 流石に空いている。どこも三人がけの中間を空けて飛行機は飛び立った。通路側の席に陣取った私の並びには誰も座らず、窓から白く輝く雲の波が見える。地上は今にも降るような降らぬような厚い雲で覆われていたが、気流についてはこと安定していた。窓の外が群青に満ちるとシートベルト着用のランプが消える。よろよろとおぼつかない足取りでトイレに駆け込む。
 上空一二〇〇〇メートルでの放尿を終えて席に戻ると添乗員とすれ違った。添乗員は私を認めると「隣にお客様が移動していらしてもよろしいでしょうか」と聞いてきた。是非のあろうはずがない。窓側の席に猫が香箱を組んでいる。猫はアメリカンショートヘアーというやつだ。実家にいた頃近所の人が飼っていて、綺麗な猫だったという印象がある。いや、その印象しか無い。猫はしばらく目を見開いて座っていたが、日差しに暖められたのかそのまま目を閉じた。置物のように微動だにしない。
 羽田から小松までは一時間程度の空の旅だ。アナウンスに従ってシートベルト着用サインが出る前にもう一度用達に行く。ふと、トイレの反対側の壁の足元に、猫用の入り口が見えた。猫が頭で押すと中に入れるようになっている仕組みの扉だ。そうか、猫達の客席はこの奥にあるのだ、と合点がいくとなんだか嬉しくなる。席に帰ると猫がいなくなっている。
 小松空港に着く。外に出て猫用のバスを探してみたものの、そんなものは見当たらなかった。
 しかし、小松空港から金沢駅まではバスで四〇分もかかるのである。

狼と少年とその後
ごんぱち

 広場に村人が集まります。
 中心には、狼番をしていた少年が椅子に後ろ手で縛られていました。
「お前のせいで、羊が狼に喰われてしまった、どうするんだ!」
「そうだ、何度も嘘を言いやがって!」
 村人は怒りに震え、怒鳴り、時折石が投げつけられます。
「ちゃんと、つたえようとしたよ、でも」
 か細い声で少年が言います。
「何とでも言いようがあったろう!」
 村人の一人が怒鳴ります。
「そうだ、本当に心の底から伝えたいと思えば、誰か一人引っ張って連れて来れば良い。どうしようもないなら、藁束に火でも点けて火事だの何だの叫べば良い」
「そうとも、狼が来たという嘘には飽き飽きしていたが、火事なら出て来ざるを得ないからな」
「どうしてくれるんだ!」
「あれだけの羊が喰われては、冬を越せないぞ!」
「お前の家の物を全てよこせ、それから追放だ!」
「ちょっとまって下さい」
 少年の父親が声を上げました。
「なんだ? お前の子がやらかした事だぞ」
「良い案でもあるのか?」
「この子供は、嘘ばかりつき、しまいには村に大損害を与えた。そんな風に育てた覚えはない、取り替えっ子に違いない。そうとも、私の息子ではなくなっていたのだ」
「え……父さん!?」
 少年は驚きに目を見開きますが、父親は淡々と続けます。
「ですから、人買いに売ってしまいましょう。奴ら、売り手が付かなければ、ソーセージにでも使うので、返品の心配もありません」
「人買いか。当てはあるのか?」
「もう話はしてあります」
 こうして、少年は人買いに買われ、奴隷として外国に売られました。

「旦那様がそろそろお戻りだ。おい奴隷。火はおこしたか?」
 屋敷の料理番が怒鳴ります。
「はい親方、ばっちりです!」
 少年の返事を聞き、料理番はかまどを覗きますが、火の粉一つありません。
「馬鹿野郎!」
「痛っ!?」
 料理番は綿棒で力任せに少年を殴りつけます。
「叱られるのを嫌さに嘘をつくとは何事だ!」
 床にうずくまってうめく少年に背を向け、料理番は火をおこし始めます。
「常に正直であれ! うちの旦那様は、小さい頃にいたずらして大旦那様の木を切ってしまった事があったそうだが、ごまかさず正直に謝ったところ、かえって褒められたそうだ。それほどまでに、正直である事は大事なのだ!」

「――私の財布から金が抜かれているようだが?」
「はい旦那様、私が盗んで娼婦を買いました!」
「お前、インディアン殲滅作戦の最前線に従軍決定」

ゆき子へ
今月のゲスト: 岡本かの子

 ゆき子。山からの手紙ありがとう。密月(ハネムーン)の旅のやさしい夫にいたわられながら霧の高原地で暮すなんて大甘の通俗小説そのままじゃないか。たいがい満足していい筈だよ。今更、私をなつかしがるなんて手はないよ。第一誤解されてもつまらないし、人によっては同性愛なんてけちをつけまいものでもなし――結婚したら年始状以外に私へ文通するでは無いと、結婚前にあれほどくどく言ったじゃないか。それにもうよこすなんてこの手紙の初めについお礼を一筆書いては仕舞ったようなものの私はおこるよ。
 改めて言うまでもなく、あなたを嘗て私の傍に、すこしの間置いといてやったのは、あなたの親達から頼まれたからであるけれど、私があなたを一目見て、あんまりあなたが貧弱なのに義憤を感じたからさ。なぜと言って、あなたの身体は紙縒(こより)のようによじれていたし、ものを言うにも一口毎に息を切らしながら「おねえさま、あたくしこれで恋が出来ましょうか」と心配そうにいってたじゃないか。私は歯痒くて堪らなくなって私の健康さを見せびらかし、私の強いいのちの力をいろいろの言葉にしてあなたの耳から吹き込んでやった。そのせいか、あなたはだんだん元気になり、恋愛から結婚ヘ――とうとう一人前の女になった。
 あなたは一人前の女になった。私は同じ女性として助力の義務を尽した。もうそれで好い、それ以上私はあなたに望まれ度くない。
 あなたは私が都に一人ぽっち残ってさぞ寂しかろうと同情する。よしてお呉れ、私は人から同情を寄せられるのは嫌いだ。寂しいことの好きなのは私の性分だ。けれども断って置きますが、私の好きなのは豪華な寂しさだ。
 私は好んで私を愛する環境から離れて居たがる。一人、私は自分の体を抱く、張り切る力で仕事のことを考える。自分の価値につくづくうたれる。だがこれは病理学でいう「自己陶酔症(ナルチスムス)」などいう病的なものではないよ。自分の生命力を現実的にはっきり意識しながら好んで自分を孤独に置く――この孤独は豪華なぜいたくなものなのだよ。もう判ったか、ゆき子。判ったらもう私をなつかしがる手紙など書くな、お前の良人に没頭するのだ。

※作者付記:
『小説集 丸の内草話(昭和14年 青年書房、国立国会図書館蔵)』より。本作品は1000字小説バトル向けの編集を加えています。ゲスト作品は投票の対象外となります。