第95回 1000字小説バトル

参加作品
1 サヌキマオ1000
2 この夜に 深神椥1000
3 余熱 ごんぱち1000
4 新しき生命 大橋房1010

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サヌキマオ

 母校で教員として古典を教えながら演劇部の顧問として脚本を書いている高校の先輩、というのがいて、出来上がる脚本を毎回見せてもらうのだけれども、今回中学生向けのは「恋の季節」だった。はじめは「珍しく男子部員もいることだし男子のHな妄想でも描くか」と云っていたのがここに落ち着いた。今の子って恋愛するんすかね、などと実のない話を重ねてファミレスを後にする。夜も十時すぎである。このまま中野の駅に戻っても良かったが、たしか坂を下っていくと新中野の駅があるはずだ。
 今の子って恋愛なんてするんすかね、と云ったものの、考えてみれば街中いたるところで制服のカップルを見かけるのである。考えなくても、今日の昼間だって日差しの強い中を二人乗りするカップルがいたではないか―あの二人、どっちかが日射病で急に倒れたりしたらどうするのか、特に男子が―という興味が、昼にはあった。
 いや、恋の話だ。愛と恋とはどう違うんですかね。などというのは思考の入り口で、愛は別け隔てなく与えられ、と一節論じた所で、ぢゃあ恋は手に入れるものなのだ、と合点する。恋と愛とを対照として合点する。愛が与えるもので、恋は求めるもの。非常に綺麗にまとまりましたが、はたしてこれで正解ですかね、単に収まりがいいってだけではありませんか。
 あ、でも、だんだん思い出してきた。ちょっとずつ記憶の糸を辿っている。新宿三丁目で降りて副都心線に乗り換える。相手のことをもっと知りたいとか、話をしていたいとか、あったでしょう。ありましたよ。ずっと気にしている。人と話すと彼女の話ばかりしている。何を見ても彼女に関連付けようとする。でも、その一方で嫌われたくなくて、今の距離感を壊したくなくて煩悶する。ああああ思い出してきた。これが中学生の恋だったかもしれませんよ。仮に互いに恋に落ちたとしても、その先のことがわからない。暑いのか寒いのか、ただただ真っ暗闇が広がっている。これは闇に対する逡巡だ。
 そんなの自分はどうだったかなー、と部屋に帰ると、こんなこともあろうかと冷蔵庫に発泡酒がふた缶眠っている。先輩は酒が飲めないのである。で、その分を今から飲む。
 結婚して子どもがふたり出来てみると、もう恋というよりも、今更別れるのも生活を清算するのもエネルギーがいるし面倒だし、だったら出来るだけ仲良く過ごそう、みたいに思っていて、これは恋ではない。で、発泡酒はうまい。

この夜に
深神椥

 今日の深夜、みずがめ座流星群がピークだというので、零時半頃外に出て、流れ星を観察することにした。
 私は星空を眺めるのが好きで、流星群が出現した時は可能な限り観察するようにしている。
今日も曇っていなくてよかった。
 私の住んでいる所は田舎なので、この時間ともなると、人も車も全くと言っていい程通らない。
ほぼ無音の中、私は道路の真ん中で空を見上げていた。 
まんべんなく空を眺めているが、一向に流れ星が現れない。
二十分経っても三十分経っても、一向に気配がない。
 そもそも深夜って何時なんだろ。
その内、首が痛くなってきたので、休み休み眺めていた。
四十分も経つと、流石に五月といえども肌寒くなってきた。
パーカーの一枚では薄かったかと思いながらも、観察を続けた。
全然現れないなと、ため息をついた時、近くにある森からコノハズクの鳴き声が聞こえてきた。
とても久しぶりに聞いた。
数年前までは部屋の窓からよく聞こえていたが、最近はめっきり聞かなくなった。
コノハズクの鳴き声は特徴的で、可愛らしくて特に好きだ。
 耳を澄ませながら空を見上げていると、ふとある記憶が甦ってきた。
――昔、高校生の頃、親友のサキから告げられた。夏の終わり頃に転校すると。
 聞いた時は本当にショックでショックで、ついサキを責めてしまった。
誰が悪いわけでもないのに、サキだってきっと辛かっただろうに。
自分のことしか考えないで、冷たい態度をとってしまった。
だから、見送りも行かなかった。いや、行けなかった。
後悔しても仕方ないけど、何で行かなかったんだろうと今でも思う。
サキが転校して数ヶ月後に、一度だけハガキが届いた。
元気にやっているとのことだった。
でもそれからは一切連絡を取っていない。
何で急にそんなことを思い出したかと言うと、転校を告げられた時、森からコノハズクの鳴き声がしていた。今聞いているのと同じように。
 サキ、どうしてるかな。
急に思い出で胸が一杯になったが、私はハッとして空を見上げた。
そうだった、今は流星群を観察していて――。
 その時、目の前に一つの流れ星が。
その時間はほんの一秒、いや一秒もないかもしれない。
それはとても光り輝いていた。

 流れ星に願いごとなんて、実際には無理だと思う。
本当に一瞬だし、その時になると願いごとのことなんて忘れてしまう。
 でも、その分笑顔になれる。

 サキ、あの時はごめんね。
 私は満天の星空に笑みを浮かべた。

余熱
ごんぱち

 六十九年式恒星間輸送機は、直径三〇メートルほどの傘をした、丸っこいキノコのような形をしている。
 積み荷が全て搬入され、タラップが外され、宇宙空間に露出したマスドライバーの射出場へ移される。
 動力の予備加熱中の午後八時、宇宙服姿が二体、アンカーのケーブル伝いに輸送機のハッチに取り付き、中に入って行った。

「よおし、志村、始めろ」
 ハッチを閉めた後、宇宙服姿の加藤が後輩の志村に声をかける。
「うっす」
 志村はエアロックの機内側出口を開く。
 機内は空気が抜かれており、真空だった。
 二〇メートルほどの通路は、キノコの軸を縦に貫いている。傘が動力区画、その次に貨物区画、そして一番遠い石突の部分が操縦・居住区画となる。
 二人は突き当たりのドアの前に来る。円いハンドルの付いた人一人が中腰で通れる程度のドアだった。
 志村がドアを開く。
 と、拳ほどの塊が、バイザーにぶつかった。
「ぶっ!?」
「ぼんやりするな」
 加藤が虫取り網状の器具を振ってそれをすくう。死んだネズミだった。
 それを腰にぶら下げた統合政府指定ゴミ袋に入れる。メンテナンス用のハッチを開けて、そこでもまた。その次。
 ネズミだけでなく、ゴキブリやら羽虫やら、荷物の搬入時に紛れた生き物が浮かんでいる。
「わわっ!」
「志村、いちいち反応してたら時間がどんだけあっても足りないぞ。この仕事は時給じゃあないんだ」
「う、うす」
「そっち頼む。中、もっといそうだ」
 志村は、加藤と反対側のメンテナンスハッチを開けた。

 それからたっぷり二時間かけて、二人は清掃を終え、輸送機から出る。
 向かい側から、宇宙服の二人がアンカーのケーブルを伝いやって来る。スマートな宇宙服の胸にはパイロット資格を示す星のマークが入っている。
「毎度どうも、宇宙船清掃『洗い中』です」
 加藤が肘を挙げた宇宙服式のお辞儀をする。
「今回はどうだったね?」
 パイロット達は軍隊上がりの答礼をする。
「ごらんの通りです」
 加藤はゴミ袋を揺さぶってみせる。
「助かるよ。恒星間移動は、どうしてもギリギリで行くしかないからね。虫一匹でも増やされたくない」
「まったく、虫一匹でも大変ですからねぇ」
「本当、虫一匹でも」
 加藤とパイロットは笑い合ってすれ違う。
 立場は違えども、航行を無事を願う気持ちに差はない、そんな温かで晴れがましい顔だった。
「先輩」
「ん?」
「こっちの袋は、どこに捨てれば?」
「一緒で良いよ」

新しき生命
今月のゲスト: 大橋房

 丁度試験が早くすんで退屈だったので、私は玄関の石段の中途にヨナのように蹲って考え込んでいた。と、ドアの隙間に吹き入る風にあふられながら、ゆらゆらと動いているものに目がとまった。死にかけたように力ない蝶がよろよろとあてどもなく歩いているのだった。背中に高く合せた羽根がゆれると、怪しい足下がぐらつく。見れば足が四つきりない。
『誰かに蹴飛されでもしたんだろうか』と思うと、今にもドアが開いて誰かが出て来て、重い靴の裏でグシャッと踏みつぶしてしまうのではないかと思われた。蝶は歩き初めの幼児のようによちよちと、今度は方向を定めたのであろうか、一直線に絶壁の方へザラザラした灰色の石の上を匍って来る。あぶなっかしくて仕方ないけれど、じっと耐えて見ていると、とうとう蝶は絶壁の上に立ち止った。前足が音もなくみるみる左右に分れて、蝶のおなかが石地につく程平べったくなった。羽が揺ぐ。今にも落ちそうだ。私はたまらなくなって閉じた羽根を一思いにつまみ上げた。生あるものの弾力が強く、気味悪く私の全身に伝った。私はふるえながら蝶のからだをひっくりかえしてみた。蝶は黒い毛の生えた足をしっかり体躯につけて、死んだように動かない。『死んだのかしら?』と思った。『いや、生まれたばかりなのだ!』と次の瞬間には叫んでいた。――足はちゃんと六つあるのに、一番前の一対はまだ伸す事が出来ないでからだにピッタリついたままだったので、蝶はたった四つの足で絶壁めがけてよちよち歩いていたのだった。
 羽根の手触りに体中むずむずするので、私は大急ぎで校舎の中に駈け入った。でも蝶をかばいながら。気味悪い程静かな教室の前を通りすぎて、廊下のガラス戸を左に出ると、芽のふき始めた芝生一面にきららかな日光が流れていた。私は其処此処見回して後、陽を一面に受けた廊下の中窓の敷居にそっと蝶をのせてほっと息をついた。蝶さんは如何にも優長におったてた羽根を左右に開いた。赤い斑点が目覚めるように美しかった。蝶はゆったりと平べったくねそべって、思う様日光の暖かさに酔っているように見えた。玆で私はベルにうながされて次の試験の為に教室に入らねばならなくなった。
 一時間の後私が大急ぎでもとの日なたに出て来た時にはもう蝶の影も見えなかった。私は若々しい蝶の初めての飛翔を思って心から喜んだ。しかしその裡で私は『私もあの蝶でありたかった』と囁いていた。

―― 一九一八、三、一九 ――

※作者付記:
・大橋房(おおはしふさ) 大正~昭和期の小説家、婦人運動家、キリスト教者。1897年生まれ。断髪洋装のモダンガールとしても話題となる。1925年に佐佐木茂索と結婚。筆名をささきふさ(佐佐木ふさ)とし、作風は都会的になる。1949年死去、53歳。
・本作は国立国会図書館蔵、警醒社書店刊『葡萄の花』(1920年)収録版より1000字小説バトル向けの編集を加えて掲載しています。
・ゲストの作品は投票の対象外となります。