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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第2回バトル 作品

参加作品一覧

(2018年 2月)
文字数
1
Bigcat
1000
2
小笠原寿夫
1000
3
サヌキマオ
1000
4
深神椥
1000
5
ごんぱち
1000
6
岡本かの子
1418

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再会
Bigcat

 太平洋戦争が終わろうとしていた年の夏。沖縄は連日、地獄の様な暑さが続いていた。洞窟の前に立って中の様子を伺っていた、ピーター・トンプソン海軍中尉は部下に銃から手を放すように命じた後、中の日本人たちに壕から出て来るように大声で呼びかけた。
 入口付近は射殺された日本兵の死体がごろごろ転がっていた。おそらく、奥には敵兵や民間人がひそんでいるに違いないと直観した彼は再び投降を呼びかけた。しかし応答はなかった。
 彼は迷った。中へ踏み込むことは危険だった。かといって安易に火炎放射器を使うようなことはしたくなかった。銃を取り直し、思い切って血の海の中を数歩踏み込んだ。大きな岩にぶつかった。岩陰で人が動く気配がした。彼は銃身を伸ばしながら近寄った。そこにいたのは10歳ぐらいの少年だった。血の海の中でぶるぶる震えていた。よく見ると左脇腹に銃創があって、おびただしく出血していた。
 ピーターは自分のシャツを引き裂いて、当座しのぎの包帯を作り、少年の出血部分を巻いた。抱き上げて、「ナマエハ」と尋ねた。
「かつとし」と少年は震え声で言ったあと、腕をピーターの首に回した。少年の頬がピーターの頬に触れた時、ピーターの視線は左方に人の動きをとらえた。二人の日本兵が立っていた。銃口を彼に向けていた。数秒間が経過した。ピーターは表情をこわばらせながら軽く頭を下げて会釈した。日本兵は銃口を下げ、微笑して、お辞儀した。ピーターは少年を抱きかかえたまま、入り口の所まで後ずさりし、少年の体を部下に託した。少年は救護班に運ばれ、日本兵と民間人は洞窟からぞろぞろ出てきた。
 戦争が終わって40年が経った。ピーターとこのエピソードに登場する日本人たちとの接触は全くなかった。しかし、ある日ピーターは日本兵の残虐ぶりをテーマにした長編映画を見て不快な気持ちになり、映画会社に沖縄戦時の自分の体験を綴った手紙を郵送した。この話がどういうきっかけか、回り回って日本の新聞に紹介され、当時洞窟にいた日本兵の眼に触れることとなった。その日本兵は名乗り出て言った。
「私がアメリカ兵に銃口を向けた時、彼は全く気付かず、一心に子供の手当てをしていた。私は胸が熱くなって発砲をやめた」
 二人の元兵士は東京で再会したが、話はまだ終わらない。少年も生きていて、アメリカで働いていることが分かった。二人はニューヨークで会い、頬を触れ合って再会を喜んだ。

極道
小笠原寿夫

 サッと扉を開けると、組員が、整列している。
 私は、何も言わずに、そこに黒のスーツ姿で、背筋を伸ばしている。入ってきた親父が、それを嗜めるが如くに、昨日のゴルフの話を始める。他の組員が、笑っている。
「よぉ、考えるんやで。」
そう言って、すらりとした体系の一人の組員が、私を舐めるように見た。
 私は、背筋を伸ばしたまま、ひとつ会釈した。黒のソファに頓挫する親父とは、目も合わせられない。親父がタバコに手を伸ばすと、組員が、ライターを差し出す。
「見てみぃ、さんまが一生懸命に人、笑わしよるわ。お前らもちょっと見習え。」
テレビを見ると、さんまさんが、漫談をしている。
 親を亡くし、天涯孤独となった私を拾ってくれたのが、親父だった。
「ええか。あほぼん。よぉ、聴けよ。さんまは、医者の鏡や。莫迦には、よう真似出来へんで。」
 私は、口を接ぐんで、その空気を壊さないようにだけを努力した。
「お前ら、うちの若い衆にも勉強教えたらんかい。」
組員が、私をチラッと横目で見ると、
「何かおもろい話ないんか?」
と、聴いてきた。
 私は、直立不動で、口を開いた。
「こないだ、コーヒーで、火傷しまして。」
兄弟は、こいつ、知っているな、という顔を浮かべた。
「親父、こいつあほですわ。」
親父は、黙って頷いた。
「お前、口の利き方だけは、一丁前やな。」
親父も、ニヤッと笑った。私は、一礼し、親父が、次に何を求めているかを、頭の中で巡らせた。
「根性だけは、認めたる。」
そういった、組員は、親父を連れて、サッと動き始めた。
「ええ空気吸えるのも、今のうちだけや。」
組員は、そう言うと、物怖じしなかった私の肩をポンと叩いた。親父は、多くを語らない。
「よぉ、弁えて喋ったな。」
封筒を差し出した親父の手を見て、私は、右手をわき腹に乗せ、左手で制した。
「これから、葬儀や。まだ一仕事、残っとる。お前ら、始末だけは、しとくんやで。」
ピンと張り詰めた空気が、急に緩む。
「とりあえず、お前、弁当買って来い!」
別の組員が、恫喝した。私は、言われるがままに、弁当屋に駆け出した。
鮭弁当と鱈の煮付けを買ってきて、親父に残しておいた。
「われ、親父の好物覚えとったか。まぁ、そこだけは、褒めたるわ。」
私は、静かにそこに立っていた。
「ひとつ、ええこと教えたるわ。」
直立の私の頭におしぼりを当て、組員は言った。
「お前の頭は、形だけや。」
殺風景な部屋の中に、鱈の香りが充満した。
極道 小笠原寿夫

笛吹く双子
サヌキマオ

 近所の住宅街に猫の額ほどの公園がある。あんず公園と看板があるところからすると、中央に生えている木はあんずなのだろう。植物に詳しくないので花が咲いていようが丸坊主であろうがわかりやしないのだが、木の下にはベンチがあって、おばさんと云ってもいいような二人が座ってリコーダーを吹いていた。歩いている間ずっと聞こえていた笛の音はここから発されていたのだ。
 おばさんは双子に違いなかった。よく似たなんとか姉妹という芸能人がいる。ベンチの前には黒い子ヤギがいて、笛に合わせてぎくしゃくと踊っているように見えた。見ようによっては笛の音に苦しんでいるのかもしれなかったが、双子の二重奏が佳境に差し掛かれば差し掛かるほど、子ヤギは全身を震わせて気も狂わんばかりに息を切らして踊っていた。
 特に見世物にしているわけではなさそうなので、そのまま通りすぎる。子ヤギのヒューヒュー云う息遣いがだんだん遠くなっていく。しばらく行ったところの四つ角からそっと振り返ると、双子の一人が倒れた子ヤギをリコーダーでつついている。自分の家はこの角を右に曲がって真っすぐ行った向こうにある。
 家に帰ると誰もいなかった。上着を脱いでソファーに座り込む、静寂の中、まだ先程の笛の音が聞こえている気がする。それどころか音がどんどん近づいている。怖くなって外に出てみると、自分が帰ってきた道の向こうから、件の双子が笛を吹きながらゆっくりとこちらにやってくるのが見える。思わず息を呑んで家の中に戻ったが、どこかの角で曲がったのかそれ以上笛の音が近づいてくることはなかった。

――そんなこと、ずっと忘れてたんだけど、この前バイト先にその双子がきた。え? セーキュー。そうそう、吉祥寺の北口のでかいやつ。あれの六階のペットショップ。しばらくサーバルを――そうそう、なんかアニメで人気になってたネコ。アレをしばらくジーっと見てヒソヒソ話してて、いきなり「この動物は音楽に合わせて踊りますか」って聞いてきた。そんなことわかるはずないじゃんねぇ。いや、そもそもネコが音楽に合わせて踊るわけないじゃん? だから「まぁネコは音楽に合わせて踊らないと思いますけど」って答えたの。そうしたら「ヤギは置いてますか」って。知ってるんだ。ヤギは踊るんだ。ただ、スーパーの六階のペットショップだからね。ヤギなんかないんで、なんか命拾いした。
 本当、バイト先ここにしてよかった。
笛吹く双子 サヌキマオ

My funny Valentine
深神椥

 夢を見た。
 悪い夢。たまに見るフラれる夢。
 重い体を起こし、考え込む。
高校の時、好きだったM君にフラれた。バレンタインデーにチョコレートを渡すつもりだった。
 あぁ、折角の日曜なのにまたこんな夢を見てしまった。
こんな日は趣味のお菓子作りに没頭するに限る。
珍しくココアパウダーとクルミがあったのでブラウニーを作ることにした。
一人、台所に立って黙々と作業を進める。
「つくる」というのはいいものだ。「それ」に集中できる。
自分の理想の出来映えを目指して形にしていく。
これで板チョコでもあればもっと本格的なブラウニーになるのだが。
ふるった粉類をバターと砂糖、卵を泡立てたボウルに入れようとした時、ふと記憶が甦ってきた。
 そうだ、そうだった。あの時、バレンタインデーにM君に渡そうとしていたのは今作っているブラウニーだった。
 何で忘れてたんだろう。思い出さなかったんだろう――。
それで渡そうとしたら「チョコレートは好きじゃない」と突き返された。
私はショックでしばらく立ち直れなかった。
男子高校生なら少なからずバレンタインデーに女子からのチョコレートを待ち望んでいると思うが、突き返されてしまった。 
 こんなことってあるんだなと――。
んっあれ、ちょっと待って。私、あの時告白したっけ?
チョコレートを渡そうとして、そしたら「いらない」と言われ……。
「好きです」とは言ってないような気がする。
 もしかして、フラれてない?
ただチョコレートを受け取ってくれなかっただけでフラれてはいないのか?
 私の海馬、どうなってんだ?
これは喜んでいいのか。フラれてはいないということで……。
チョコレートを受け取ってくれなかったことがショックすぎて、フラれたと錯覚して記憶に植え付けてしまったのか――。
私は一人、生地を混ぜながらフフッハハッと笑った。
 でも、でもそれにしても女子が勇気を出してチョコレートを渡そうとしてるのに、受け取ってくれたっていいでしょ。
あの時のM君にはそこまでの配慮はなかったってことか。
もし、もし今のM君なら――?
いや、てゆーかそもそもブラウニーってそこまでチョコっぽくないし。
そんなことに今更気付いた。
言いたかったな、あの時。
「これチョコレートそのものじゃなくてブラウニーだから」って。なんてね。
私は焼き上がりを楽しみにしながらあの頃に想いを馳せた。
 そういえばもうすぐバレンタインか。まぁ渡す相手もいないけど。
My funny Valentine 深神椥

バラのバラッド
ごんぱち

「豚バラにしよう」
 あなたの言葉に、私は耳を疑った。
 いつもそうだ、私の耳というのは、独りで勝手に外出しては、女遊びを繰り返す。綺麗に遊ぶならまだ良い、だが、未練を残す抱き方をして、寝取られた男も怒らせて、それから金の一つ二つも借りた後、住所電話番号クレジットカードの暗証番号まで知らせたままで逃げ帰る。
 幾度叱ったか分からない。
 幾度「もうしない」の言葉を聞いたか分からない。
 だが、耳はいつも裏切った。
 耳に従う歳だというから、言う通りにさせていたのに。もう私は耳を疑う事しかできない人間になってしまったのだ。
 疑うよりも疑われる方が良い、欺すより欺される方が良い、震えるよりも震えられる方が良い。分かっている、だが、疑わずにはいられないのだ。
 あなたが豚バラにしようだなんて、耳がいつわりを伝えたとしか思えないのだ。
 胃が妊娠して四ヶ月。胃悪阻はピークに達している。そんな時に、豚バラだなんて!
 それだけではない、あなたは豚バラに父を、母を、妹を、とても口には出来ないような酷い目に遭わされたではないか。
 豚バラのふさふさとした毛によって、彼らはけむくじゃらではないか。けむく、じゃらじゃらした、まるで、一端のヤクザ者ではないか。
 なのにあなたは豚バラにしようと言う。
「え?」
 出来るだけ平成を装い尋ねる。「何故なんだい君?」などと尋ねた日には、昭和とバレてしまう。そうなれば、全ては崩壊だ。
「ほら、あそこに豚バラがあってね」
 あなたが指を指す。
 さをゆびす。
 嗚呼、なんということ。
 除雪の済んだ車道の傍らに聳える雪壁。幾度も降り、融け、重なった層をなす雪壁。除雪車に削られた後、僅かに融け、更に上面に白くなめらかな雪化粧をしたその姿。
 それは正しく豚バラブロックの断面そのものではないか!
 あれを見て、豚バラを考えぬ者は豚バラを知らない者か、豚バラにされた豚本人か、さもなければ、豚バラを三枚肉と呼んでしまう国際人ぐらいだろう。
 曰く、邪なる目で女性を見た者は、姦淫の罪にて目を潰せ。
ならば、豚バラを考えた時は。
 作ろう。
 角煮を作ろう。
 裏を返せば、仁鶴を造ろう。
 人造仁鶴は、円いくせに四角く納める。否、対偶を取るならば、四角く納めない。
 豚バラ煮を作ろう。
 あのように大きな豚バラで、鍋に入りきらぬ程の豚バラ煮を。
「買おう」
「ええ」
 聳える豚は、雪原の彼方。

 歩き出す。

 ホクレンに。
バラのバラッド ごんぱち

酋長
今月のゲスト:岡本かの子

 朝子が原稿を書く為に暮れから新春へかけて、友達から貸りた別荘は、東京の北はずれに在った。別荘そのものはたいしたことはないが、別荘のある庭はたいしたものだった。東京でも屈指の中であろう。そして、都会のこういう名園がだんだんそうなるように、公開的の性質を帯び、春から秋までは、いろいろな設備をして入場者を遊ばせるのである。しかし、冬は手入れかたがた閉場しているので、まるで山中の静けさだった。
 朝子が別荘に移ると、すぐ庭守のせがれの十三になる島吉が朝子を見に来た。
「この奥さん、気に入った。ふ ふ ふ、これから一緒に遊ぼう、奥さん」
 朝子はあっけ﹅﹅﹅にとられての少年を見た。朝子にはこの少年が馬鹿か利口か判らなかった。少年は不思議な子で、父親の庭守も無口だったが、子の島吉は一層無口だった。だが口を開くと、ずばずば物を言った。朝子は、変化のない庭守を三四代も続けていると、一種の変質者が生れるのではないかと思った。
 雪もよいの空ではあるが、日差しに張りのある初春の或る朝であった。
「奥さん、長靴を穿こう。孔雀に餌をやりに行くんだ」
 島吉は、男用のゴムの長靴を椽先えんさきくつ脱ぎの上に並べた。「裾をうんとめくりよ。霜が深くて汚れるよ」なるほどみちは霜柱が七八寸も立っていて、ざくりざくりと足がめり込むので長靴でなければ歩けないのだ。
 ほのかな錆びた庭隅に池と断崖とが幾曲りにも続いて、眺めのよい小高見には桟敷や茶座敷があった。朝子は、何十年か、何百年か以前、人間が意慾を何かによって押えられた時代に、人間の力が自然を創造する方面へ注がれた息づきが、この庭に切々感じられた。
「ここにいたち係蹄けいていが仕掛けてあるよ」「あれがひよどりを捉える羽子はごだ」そして、「茸を生やす木」などと島吉が指さすのを見ながら、これが東京とは思えなかった。月日のない山中の生活のようだ。
「島吉つぁん、学校に行ってるの」
「尋常のしまいだけで止めた」
「何に、なりたいの」
 すると、この少年は功利と享楽について打算が速かな現代人の眼色の動きをちょっと見せたが、すぐ霊明でしかも動物的な澄んだ眼にたち直って言った。
「飛行機乗りになりたいんだがおやじが許さないんだ」
「それで」
「だから、もう何にもなりたくないんだ。やっぱりこの庭の番人になるんだ」
「だけど、お友達なんかなくって淋しかないの」
「うん、あるよ、時々外から来るよ。ここへ来りゃ、みんな僕のけらい﹅﹅﹅さ」
 朝子は、ふと、こういう少年の気持を探り出すのに具合のよさそうな問いを思いついた。
「島吉つぁん、どんなお嫁さん貰うの」
 すると、思いのほか少年は意気込んで来て、
「嫁かい、ふ ふ ふ ふ、今に見せてやるよ」
「まあ、もう、あるの」
「ふ ふ ふ ふ」
 朝子は二三日、その事は忘れていた。七草ななくさ過ぎの朝、島吉は七つ八つの女の子を連れて書きものをしている朝子の椽先えんさきに立った。そして、何とも言わずに朝子と女の子とを見較べて、うふふふふふと笑った。片眼が少し爛れているが、愛くるしい女の子だ。朝子は、ふと思い出して言った。「この女の子、この間言ったあんたのお嫁さんじゃないの」
 島吉は矢張り、うふふふふふと笑って、「奥さんにおじぎしないかよ」と、女の子に命令するように言った。女の子は朝子に、ぴょこんと頭を下げてから、島吉を見て、
「あ は は は は」
 と笑った。すると、島吉は矢庭やにわに鋭い眼をして女の子を睨み込んだ。その眼は孤独で専制的な酋長の眼のように淋しく光っていた。