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1000字小説バトル

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1000字小説バトル stage4
第8回バトル 作品

参加作品一覧

文字数
1
サヌキマオ
1000
2
小笠原寿夫
1000
3
ごんぱち
1000
4
岡本綺堂
1000

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コミュニケーション

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怒れるちくわ
サヌキマオ

 まずちくわである。ちくわは怒り心頭に達していた。練り物である。グチという魚で出来ている。ここが大きな問題であった。話の都合上、登場するグチに名前をつける。グチに名前があるものかとも思うが、便宜上、サンマ、ミシン、ちりとりとする。学名Pennahia argentata、東シナ海に産湯をつかった幼馴染同士である。
 サンマとミシンは恋仲であった。いくどとなくミシンの生んだ卵に精子をかける間柄であった。子供は次々に生まれ海中に満ち、大半は他の魚の滋養になった。自分たちの兄弟もずいぶんと子を成すまでに消えていった。そうした意味では、三匹とも生き物としての役目を果たす意味で運が良かったと云えるだろう。
 さて、問題はここからだ。あるうららかな春の日のことだ。うららかなのは日本だったので彼らには関係がないが、サンマが今日も今日とて射精に勤しんでいると、どうも様子がおかしい。なにかこう、やってやったという達成感が生まれないのである。どうしたことであろうか。
 単純明快な話だ。ミシンの卵はすでに受精していたのである。サンマはしばらく呆然と鰓に海水を通していたが、やおら泳ぎだした。ミシンを探しに出たのである。果たしてミシンは見つかった。いつもと変わらぬ様子で海底の岩肌に身をなじませている。やや距離があって数匹のグチがなんとなくたむろしている。サンマにはピンとくるものがあった。あすこの連中の、あいつに違いない。サンマはちりとりにむかって真直ぐに泳いでいった。姦淫非道の間男野郎をこの地から叩き出さねばならぬ。
 と、その時であった。今まで聞いたこともないような轟音が近づいてきたかと思うと、あたりの風景が一つの方向に引っ張られていった。さんまもちりとりもミシンも巻き込んで、一同、海面に引きずられていった。水がどんどん温まっていく。
 悲しい話であった。地上に引き上げられた彼らは鱗を剥がれ解体されすり潰され、骨は打ち捨てられ、なにもかもかき回され分けられ整形され火を通され袋に詰められて並べられた。愛するミシンも憎らしいちりとりも何もかも混ぜあって、30%OFFのシールを貼られて東京の片隅でひっそりしている。
 あああこんな不条理があっていいものか。こんな不条理は携帯電話の二年契約縛りに匹敵する。
 憤怒が頂点に達したちくわはおもむろに身を捩らせると、中に仕込んであったきゅうりの細切りをスポーンと発射して、また静かになった。
怒れるちくわ    サヌキマオ

史実に基づいた仮説
小笠原寿夫

 雨音の鳴る中、ひた走る男が居る。誰も彼を、咎めない。雨音と足音が、夜の静けさを斬る。男は、ひたすらに、しかも、がむしゃらに走る。彼の名を、次郎という。人は、彼の名を知らない。我を忘れて走る男は、それでも尚、西へと向かう。
 次郎は、我が名を忘れている。着物には、雨による重みと、黒ずんだ汗が、入り混じっている。西に何があるのか。次郎は、まだ知らない。追うものは居らず、嘲るものすら居なかった。次郎には、小さな息子が居た。まだ、名も無い頃に、養子に出され、丁稚奉公をしていると、風の噂に聞いたことがあった。
 雨音が鳴り止んだとき、地面を叩く足音は、砂利と共に、軽快さを失っていった。
 日が昇る頃、お天道様だけが、彼を見ていた。油蝉が、鳴くほどに、その五月蝿さに、耳が慣れていく。徐々に乾いてくる灰色の着物が、袖の脇の部分だけ、破れていることに気づいているのは、次郎だけだった。ほつれた糸を縫ってくれる者のことは、遠い記憶の中に仕舞い込んでいた。
 更に、西へ向かうこと一刻。喧しい蝉の声に気づいた時、彼は、漸く、名を思い出した。
 服部次郎守重清。戒名、伊佐美半五郎清時。
 史実は無い。実在していたことを、お天道様は見ていた。お天道様が向かってくる様に次郎は、感じていたが、実際にはお天道様に向かって、走っていた。遠い遠い記憶の中に、彼は、母を見ていた。噛み砕いた毒袋を、しがみながら、彼は、のたれた。
 その死骸を発見したものは、その躯に、一葉の手記を拾い上げた。雨により、それは滲んでいる。彼が残した手記には、こう書かれていた。
 末世に生きる殿へ送る。我、宝埋めし、所在を知るなり。隠れ蓑の中に在り。
服部次郎守重清。
 その史実は、ない。ただ、お天道様は、全てを知り尽くしている。
 照りつける日光だけが、城へ辿り着けなかった男の躯の臭いを掻き消してくれた。乱世に生きた男の墓は、摂津と播磨の中間にあると聞く。山から山へ、西へ東へ奔走した男は、無事、末代まで姓を残すことになる。
 しかし、そういった史実は、残されていない。死に化粧だけは、綺麗だった。
 最期まで、秘密を隠し通した次郎を、後に敬意を持って人は、こう呼ぶ。
 「松尾芭蕉」
 後に、俳諧を作った人物として、歴史に名を刻んだ男の話である。そういった史実があるのかどうかは、お天道様が一番、よく知っている。名前なんて、あってない様なものだ、ということを。
史実に基づいた仮説    小笠原寿夫

暑中閑有
ごんぱち

 四谷と蒲田は、寺の門の下に駆け込む。
 日曜の午後、直射の日光はないものの、日陰も温められた空気に満ちている。
「吐いた息と吸った息の温度が同じだと、空気が出入りしてる気がしねえ……」
 四谷は買ったばかりの映画パンフを開こうとして、やっぱりバッグに戻す。
「後信号一つ渡ればコンビニがあったものを」
 蒲田がぼやく。
 通りを隔てて斜向かいの区画の、数十メートル行った先には、コンビニエンスストアの青い看板があった。
「よし蒲田、じゃんけんで勝った方がアイスの買い出し」
 四谷がぐっと手を突き出す。
「それ遭難のフラグだ」
 境内の木々のあちこちから蝉の声が聞こえる。
「うむ……こんな会話、昔もした事があったな」
「学生の頃か?」
「――と、いう事があったじゃないか」
「回想シーン風演出を自己完結でやられても」
「話すのが辛い」
 四谷は大きくためいきをつく。
「知ってるか」
 手で顔をあおぎながら、蒲田が言う。
「男はストレスを感じると黙るが、女は喋るんだそうだ」
「じゃあ独身でいいや」
「いいや、というのは選択肢のある人が口にする事だぞ、四谷。こわれたとこわしたは違う、やらないとできないは違う、だ」
「あれ結局ただのDVオヤジのいちゃもんエピソードだよな?」
「タイトルが詫び状だしな。今は教科書載らないんじゃないか?」
「載るとしたらビンタのシーンはカットか謎の湯気だな」
「DVDボックスだと再現されている訳か」
「いや、手塚全集パターンもあるかも知れないぞ」
「教科書でそれはやらんだろ……あつい」
「あ、あついって言ったら罰金なのに」
 四谷が蒲田をびしりと指さす。
「いつ決めたんだよ」
「さっきの回想シーン内で」
「自己完結回想を活用するな」
「回想シーンの内容って、それを聞いていた相手にはどれだけ伝わってるんだろうな?」
「物語の展開には関係ないから、大体のニュアンスだろ」
「でもミステリーとかなら重要だぞ」
「ミステリーで証人の証言は普通台詞で描写するだろ」
「でも映画『羅生門』は?」
「あれだって原作は会話型だし、それも本当かどうかよく分からん、というのがテーマ部分だ……ん」
 いつの間にか空は暗くなり、ぽつぽつと石畳の上に雨滴が落ち始め、みるみるそれが増えて行く。
「帰るぞ四谷! このまま門の下にいたら、髪の毛を抜かれてしまうぞ!」
「うひいいいい!」
 二人は雨の中、突っ走って行った。
 疲れて、歩き始める三十メートル程の間だけは。
暑中閑有    ごんぱち

盂蘭盆
今月のゲスト:岡本綺堂

 撫州ぶしゆうの南門、黄柏路というところにせん六、詹七という兄弟があって、きぬを売るのを渡世としていた。又そのすえの弟があって、家内では彼を小哥しようかと呼んでいたが、小哥は若い者の習い、賭博にふけって家の銭を使い込んだので、兄たちにひどい目に逢わされるのを畏れて、どこへか姿をくらました。
 彼はそれぎり音信不通であるので、母はしきりに案じていたが、占い者などに見てもらっても、いつも凶と判断されるので、もうこの世にはいないものと諦めるよりほかはなかった。そのうちに七月が来て、盂蘭盆会うらぼんえの前夜となったので、詹の家では燈籠をかけて紙銭を供えた。紙銭は紙をきって銭の形を作ったもので、亡者の冥福を祈るがために焚いて祭るのである。
 日が暮れて、あたりが暗くなると、表で幽かに溜め息をするような声がきこえた。
「ああ、小哥はほんとうに死んだのだ」と、母は声をうるませた。盂蘭盆で、その幽霊が戻って来たのだ。
 母はそこにある一枚の紙銭を取りながら、闇にむかって言い聞かせた。
「もし本当に小哥が戻って来たのなら、わたしの手からこの銭をとってごらん。きっとおまえの追善供養をしてあげるよ」
 やがて陰風がそよそよと吹いて来て、その紙銭をとってみせたので、母も兄弟も今更のように声をあげて泣いた。早速に僧を呼んで、読経その他の供養を営んでもらって、いよいよ死んだものと思い切っていると、それから五、六カ月の後に、かの小哥のすがたが家の前に飄然と現われたので、家内の者は又おどろいた。
「この幽霊め、迷って来たか」
 総領の兄は刀をふりまわして逐い出そうとするのを、次の兄がさえぎった。
「まあ、待ちなさい。よく正体を見とどけてからのことだ」

 だんだんに詮議すると、小哥は死んだのではなかった。彼は実家を出奔して、宜黄ぎこうというところへ行って或る家に雇われていたが、やはり実家が恋しいので、もう余焔ほとぼりの冷めた頃だろうと、のそのそ帰って来たのであることが判った。して見ると、前の夜の出来事は、無縁の鬼がこの一家をあざむいて、自分の供養を求めたのであったらしい。