≪表紙へ

1000字小説バトル

≪1000字小説バトル表紙へ

1000字小説バトルstage4
第54回バトル 作品

参加作品一覧

(2022年 6月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
岡本かの子
1494

結果発表

投票結果の発表中です。

※投票の受付は終了しました。

  • QBOOKSでは原則的に作品に校正を加えません。明らかな誤字などが見つかりましても、そのまま掲載しています。ご了承ください。
  • 修正、公開停止依頼など

    QBOOKSインフォデスクのページよりご連絡ください。

神様の云うとおり
サヌキマオ

 ヌパーチカももう二十七なので神様のところに行くには遅すぎるのだが婆ンバがどうしてもというので村長も折れて巫女のもとに遣ってくれた。ヌパーチカの家はとても貧乏だったがヌパーチカが十六のときにきた青年協力隊の日本人に一目惚れして帰国と一緒についていき、それから十年、ヌパーチカの家は日本からの仕送りでとことん潤った。婆ンバが新しい家電を買うたびに必要な電力量は増えていき、伴ってガス発電所が建ち、村中の暮らしが上向いた。ヌパーチカがやっていたのはいわゆる酒場女だったらしいが、それでも日本での稼ぎは大きなものだったので村人はヌパーチカのことを敬っていた。ヌパーチカが十年ぶりに村に帰ってきたのは新年を迎える催事の準備中で、泥汚れのひとつもない真っ白いズボンに花がらのワンピースは村人にとっては女神に見えた。相変わらず弾けるような笑みを浮かべ、見事な手さばきで祭祀に出す豚を締めて血抜きをした。
 巫女がいうには、ヌパーチカの夫になるのはこの村のものではないという。おそらくはかつていた場所――日本のンデスィマという男だという。
 ンデスィマ! 知ってるよ、ヌデシマサン。働いてたスナックの常連さん。でも、橳島さんは――ヌパーチカは難しい漢字をスラスラと書いてみせた。奥さんがいる。こどもも、ふたりいる、六十五歳の、おじさん。
 この村の最年長の男性でさえ六十二歳だ。予言は当たったものの巫女も困った顔をしている。しかしヌパーチカよ、神様のいうことは本当なのだ。そのンデスィマと一緒になることがお前にとっての、そして村にとっての幸福となる。「私日本に帰ろうかしら」ヌパーチカが呟くと婆ンバはニッコリした。「大丈夫よ、神様が選んだ男だもの、その男はきっとこの村にやってくるわ」
 新年祭は例年通り賑々しく始まった。二十四種類の毛糸で飾られた仮面の一団、ここぞとばかりに積み上げられる川魚の干物、かつての部族の壮健さを讃える贄の儀式。贄の儀式では本来ならば別の部族の男が血祭りにあげられて吊るされてくる。この儀式は近年の世界的な動向から形式的なものになりつつあったが、今年はいやに盛り上がっている。隣の村で少女売春に及ぼうとして袋叩きにあった日本人が、そのまま贄として送られてきたのだという。
「ヌデシマ!」ヌパーチカは血まみれの男を見て神に感謝した。
「ほぉれごらん」婆んばもしたり顔だ。「神さまの云うとおりだろう?」
神様の云うとおり サヌキマオ

酢不到
ごんぱち

「なんだ呼び出したと思ったら、男3人ばかり雁首揃えて」
「ああ、兄貴。ここのところ暑い上に不景気で仕事も少なくてさ」
「そこでおれの発案で、今日の仕事は半ドンで片付けて暑気払いに一杯やろうてぇ話になりまして」
「あたいがメッセージを送ったんだよ」
「そういう誘いなら願ってもないが、お前ら給料前なのに酒買う金なんかあんのか?」
「それなんですがね、新聞屋の勧誘屋が置いていったビール券があったんで、こいつで酒の都合は付きそうなんで」
「そりゃいい。なら、つまみに足りないものがあれば、俺が出そう」
「えへへ、そいつはぜひお願いしてぇ」
「是非ともご助力頂きます」
「贅沢は言わない、鰻丼の4つもあれば良いよ」
「最初から当てにしてやがったな。で、今は何がある」
「ですから、ビール券が」
「そうじゃあねえだろう、まずは1つ2つつまみがあって、それじゃあ物足りねえから、俺がもうひとつ気の利いたヤツを用意するってぇいきさつになるだろう」
「じゃあこの茶碗で」
「空じゃねえか」
「ものは器で食わせるてぇもんで」
「ダイソーの欠け茶碗じゃあ締まらねえや」
「では我が家に伝わる釜飯の釜を」
「あたいは猫のエサ皿を」
「家に何かねえのか? ぬか床の中なり冷凍したほうれん草なり」
「んとね、確か一週間前に……」
「与太郎、お前ぇは黙ってろ」
「そこで1つ兄貴に、歯触りが良くって衛生的で腹に溜まらず、端からも見てくれが良さそうなつまみを用意して頂けると」
「そうだな――」

「――よし、買って来たぞ、おっとっと」
「なるほど、これなら確かに歯触りが良くて衛生的で腹に溜まらねえ」
「乾き物で飲むならそんなに傍目にもおかしかぁないですね」
「流石はあにき、しみったれだけど結果を出すね」
「与太郎、聞こえてるぞ」
「いやぁ、ありがとうございます」
「これで良い酒が飲める」
「ばんざい、あにき、ばんざい!」

 2時間後、衛星軌道上にて。。
「――駄目です、地表は完全に対数加速真菌に覆われています! 増殖速度がKK波照射装置の処理機能を完全に超えています!」
「……もう駄目だな」
「隊長!」
「もう2時間我らのジャンプが早ければ」
「畜生! 一体どこから増殖を始めたんだ!」
「撤退を急げ。因果機構の出力を上げろ」
「この世界の人間が見つけて、対処さえ出来ていたなら! ほんの僅かな塩酸をかけるだけという、ごく簡単な対処法さえ知っていれば!」
「次の時間軸は、絶対に救うんだ」
「はい!」
酢不到 ごんぱち

今月のゲスト:岡本かの子

 ――お金が汗をかいたわ」
 河内屋の娘の浦子はそういって松崎の前に掌を開いて見せた。ローマを取巻く丘のように程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇って濡れていた。
 浦子はこどものときにひどい脳膜炎を患ったため白痴であった。十九にもなるのに六つ七つの年ごろの智恵しかなかった。しかし女の発達の力が頭へ向くのをやめて肉体一方にそそいだためか生れつきの美人の素質は息を吹き込んだように表面に張り切った。ぼたんの花にかんなの花の逞ましさを添えたような美しさであった。河内屋の生人形、と近所のものが評判した。
 浦子は一人娘であった。それやこれやで親たちは不憫を添えて可愛ゆがった。白痴娘を持つ親の意地から婿は是非とも秀才をと十二分の条件を用意して八方を探した。河内屋は東京近郊のX町切っての資産家だった。
 三人ほど官立大学出の青年が進んで婿の候補者に立った。しかし彼等が見合いかたがた河内屋に滞在しているうちに彼等はことごとく匙を投げた。「紙!」「紙!」浦子は便所へ入って戸を開けたまま未来の夫を呼んで落し紙を持って来させるような白痴振りを平気でした。
 松崎は婿の候補者というわけではなかった。評判を聞きつけて面白半分娘見物に来たのだった。松崎は鮎釣が好きだったところからそれをかこつけに同業の伯父から紹介状を貰って河内屋に泊り込んでいた。X町のそばには鮎のいる瀬川が流れて季節の間は相当賑った。松崎は工科出の健康な青年で秋口から東北の鉱山へ勤める就職口も定まっていた。
 もはや婿養子の望みも絶った親たちはせめて将来自分一人で用を足せるようにと浦子に日常のやさしい生活事務をボツボツ教え込むことに努力を向けかえていた。
 松崎の来るすこし前ごろから浦子は毎日母親から金を渡されて一人で町へ買物に行く稽古をさせられていた。
 庭には藤が咲き重っていた。築山をめぐって覗かれる花畑にはジキタリスの細い頸の花が夢の焔のように冷たくいく筋もゆらめいていた。早出の蚊を食おうとぬるい水にもんどり打つ池の真鯉――なやましくろうたけき六月の夕だ。
 松崎は小早く川から上って縁側で道具の仕末をしていた。釣って来た若鮎のむせるような匂いが夕闇に泌みていた。そこへ浦子が
 ――お金が汗をかいたわ」
 といって帰って来た。
 ――松崎さん。こんなお金で買えて?」
 この疑いのために浦子はそのまま塩煎餅しおせんべい屋の前から引返して来たのだ。
 松崎は眼を丸くして浦子の顔を見た。むっくり高い鼻。はかったようにえくぼを左右へ彫り込んだ下膨れの頬。豊かに括った朱の唇。そして蛾眉の下に黒い瞳がどこを見るともなく煙っている。矢がすりの銘仙に文金の高島田。そこに一点の羞恥の影も無い。松崎は眼を落して娘の掌を見た。古典的で若々しいローマの丘のように盛上った浦子の掌の肉の中に丸い銀貨の面はなかば曇りを吹き消しつつある。
 松崎は思わず娘の手首を握った。そして娘の顔をまた見上げた。そのとき松崎の顔にはあきらかに一つの感動の色が内から皮膚をかきむしっていた。
 ――こんなお金で買えて?」
 松崎の顔は決心した。そしてほっと溜息をついて可愛らしい浦子の掌へキスを与えた。そしていった。
 ――買えますよ。買えますとも。どりゃ、そいじゃ僕も一しょに行ってあげましょう。そしてこれからはあなたの買物に行くときにはいつでも一しょに行ってあげますよ」
 その秋に松崎は浦子を妻に貰って東北の任地へ立って行った。

 これはあの大柄で人の好さそうな貨幣一円銀貨があった時分の話である。