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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第55回バトル 作品

参加作品一覧

(2022年 7月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
三宅やす子
1340

結果発表

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対岸andバニー
サヌキマオ

 決行の朝がきた。トビオの眼前の海を挟んでうっすら見える浜のさらに向こうには、空の下に山並が黝く塗り込められている。この島で生まれて、いつかはあの山に旅立つときがくるというのはトビオの祖先のそのまた祖先、素兎しろうさぎの血が教えてくれている。
「もしもしサメよサメさんよ」トビオは波打ち際までこどものアシカを追ってきていたサメに話しかけた。
「ウサギか」サメは空ろに見える目の窪みから視線をこちらに向ける。「ウサギと話すのは初めてだ。なんの用だ」
「いや、大したことではないのですが、我々素兎とあなたがたサメって、どちらのほうが数が多いんでやんしょうね」へりくだった口ぶりの裏で、サメとの距離をはかっている。
「そんなもの」
 サメは興味なさげに深みに向かってやおら旋回し始めた。「村役場のホームページでも見れば書いてあるだろう」
「役場?」まもなくサメは去った。呆然としたトビオだけが残った。
「隠岐の島ワニ互助会」というホームページはすぐに見つかった。戸数一八三〇、頭数三五三一(令和三年七月現在)あっ、素兎よりずっと多い。と、そんなことはどうでもよかった。「沿革」の「古事記の時代にはサメのことをワニと読んだのよ(諸説あります)」というのも初めて知った。勉強になる! と、そんなこともどうでも良い。手段が絶たれてしまった。因幡の素兎は神話を通じて全国的に知られた存在だと思っていたが、いまやサメのほうが現代に対応している。
「どうしたもんだろう」これは一部ウサギ特有の口癖であるが、トビオはすっかり意気をくじかれて、座っていた万年床に転がった。素兎の家は先祖代々から引き継がれた立派な日本家屋だが、ネット回線の薄いのが悩みだった。布団に横になると電波が届かなくなる――と、それでもわずかな電波でぼんやり観ていたポータルサイトに閃くものがあった。そうか、近代化はなにもサメだけのものではないぞ――

 それから十日もたったろうか、白兎海岸の沖合に一台のドローンが忽然と現れた。ドローンはまっすぐ陸地を目指していたが、海鳥か何かにぶつかったらしく、バランスを崩してそのまま海面に墜落した。しばらく海面が白く波立っていたが、やがて静かになった。
「ううひどい目にあった」
 数千年前のご先祖様と同じ目にあっているのを知ってか知らずか、トビオが身ぐるみ剥がれて浜辺に倒れていると、たまたま社員旅行中のヒ●ヤ大黒堂の人たちが通りかかり……
対岸andバニー サヌキマオ

毒蛇考
ごんぱち

「なあ、俺たち毒蛇だよな」
「ああそうだ。ひと咬みで牛も殺す毒があるな」
「さっき、舌噛んじゃったんだ」

「どう、近藤さん。今回のネーム」
「……四谷先生、蛇は自分の毒では死にません」
「――そうそう、まずはみんなその解釈をすると思います」
「あ、あなたは!」
「実在の人物とは関係ない、大人気ユーチューバーのオタ大王!」

「毒を持つ生物というのは、通常自分の毒で死ぬ事はないように出来ています。自家中毒という例外もありますが、名前のある事象は、それ自体が常ならざる事である証拠なのです」
「ほらやっぱり」
「近藤さん、まだ大王のお話の途中だ」
「従って、毒蛇が言語で会話するというリアリティライン上であっても、自分の毒で死ぬ事は非常に不自然であり、ジョークとして成り立たない、これがレベル1のツッコミです」
「レベル1……ですって?」
「どういう事でしょう、大王?」

「蛇が舌を出す行動、あれは温度を感知しています。蛇の目はあまりよく見えないので、温度で獲物を識るんですね」
「学研漫画で読んだ事あります」
「聞いた事あるな」
「口や舌は敏感な器官です。人間も口に怪我をして口内炎にでもなったら、味にも集中出来ないでしょう」
「あ、嫌ですね」
「オレ、今ちょっとある」
「問題は毒ではないのです。鋭い毒牙で細い舌を噛んでしまえば、センサーの大半を失った状態です。これがアムロ・レイなら『たかが舌の一枚』と、戦い続けられるでしょうが」
「ああ、この意味のないアニメ比喩」
「偽物っぽくて安心するなぁ」
「従って、舌を噛む事がもたらす致命的な結果は、このレベル2の分析で復活するのです」
「そうか、じゃあ、自分の牙で死んじゃう毒蛇はいたんですね」
「やったぁ!」
「ところが、ここまで来て、更にレベル3の読み方が出来るのです」
「えっ?」
「なんだって?」

「この作品、小説現代のショートショート・コンテストで同じネタが投稿され、掲載された事があります。選者の阿刀田高は、レベル1のツッコミをして『悪い見本』とコメントを付けています」
「それは編集が悪いのでは?」
「オレもそう思うなぁ」
「単に下手な作品としてボツにしていれば良かったのに、迂闊な事を口にしたお陰で恥をさらした。レベル3の読みは遂に、『口は禍の元』というこのネタの深淵に辿り着いたのです」
「なるほど、よく理解できました!」
「じゃあ近藤さん、このネームは!」
「没です。部外者の意見だし」
「……だよね」
毒蛇考 ごんぱち

こわれた飛行機
今月のゲスト:三宅やす子

「イヤだい、狡いやい。謙ちゃんが悪いんだい。無理にひっぱったからこわれたんだい」
「嘘、貸してくれってのに兄さんが貸してくれないんだもの」
「ホラ、もうだめになったじゃないか。返せ。もとの通りにして返せ」
「痛い、なにを?」
 バタンと障子にたおれる音。
「よせ」
「ひどいや」
 なぐりあう音。
(また初まった)
 おしげは、洗いかけの皿小鉢を、トタン桶のよごれた水の中に投り出したまま、座敷にかけて来た。
「あぶない、およし。兄さん。まあ、そんな手荒な事を」
 いつも弟に譲ってやる宏が、今日に限って、決して、あとへひかなかった。
「構うものか。馬鹿。こん野郎!」
 ポカポカ続け様にって、今度は、また足を揚げて、弟の胸を蹴った。
「…………」
 押し仆されながら、弟は、真赤になって抵抗した。二人とも眼を血走らせて、凄い有様におしげは、呆れて手を出せなかった。
「そんなにしないだって」
 める声が、ふいとにぶった。
(オヤ、あの顔は)
 打って居る兄の顔は、先夫健太郎の顔だった。
 それに激しく争って居る弟の顔は、次の夫の松次――健太郎の弟――の顔だった。

 健太郎は、死ぬ間際まで、松次との仲を疑っては居ないようだった。でも、ひょっとすると、知って居て黙って居たのかもしれない。永い病人だから気兼をして、知らぬ振をして居たのだろうか。
 望み通り、晴れて夫婦となった松次を、よその女に取られてしまって、兄と弟の子を独りで育てて居るおしげは、これも、みんな何かの因縁だと、諦めるよりはなかった。
 毎日のように喧嘩をする子供を見ると、もうすっかり色々の苦労に疲れて居る此頃のおしげは、ただ子供二人の喧嘩とだけ見て居られないので辛かった。でも、今日のような、あんな真剣の、怒ったこわい顔を、見せられた事はなかった。
 おしげは、ぶるぶる胸をふるわして二人の顔を見た。兄のうらみを含んだ眼を見た。
 と、いつか恐ろしさが消えてぼんやり、ただ眺めるように坐って居た。
「よし。やったな」
 みる間に、兄の面にも、弟の腕にも、引掻傷や、つねった跡が赤く、紫に、浮き上った。それを見た彼女は、もう、嬉しくなって了って、じっと、坐ったまま、眼を据えて、黙って居た。
(お前たちさえ居なけれゃ、私は、この毎日の苦しみがなくなるんだよ。そうやって、ぎゅっと首をしめて、二人とも殺されておしまい。それで、私の育ての苦が抜ける。そうして、お前達のお父さんたちの幽霊が、その時限り消えるのだよ。おまけにそうやって、私の厭な夫と、憎らしい恋人とを、私が思って居る通りに復讐してくれるのだよ)
 彼女は、涼しい顔をして、いつまでも一つ処にべったり坐って居た。

 一時間の後
 先刻の喧嘩は、いつの事だったかと云うような様子で、二人はもう庭で仲よく遊んで居た。
「兄さん、日が暮れそうだから入ろうか」
 お腹を空かせて、縁側をかけ上った夕闇の家の中に、彼等は、誰の姿も見出さなかった。
 電燈のスイッチをひねられた室の中には、さっきの通りに、こわれた飛行機が散って居た。
「お母さん」
「お母さん」

 その時、おしげは、厚化粧をして街の雑沓の中をウロウロと歩きまわって居た。
「ホホホホホ」
 あかるい活動常設館の前に、ふいと立ちどまったおしげの笑声は、調子をはずれて居た。