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第1回3000字小説バトル
Entry5

SUMMER DAY

作者 : 水野明 [ミズノアキラ]
Website :
文字数 : 2986
今年の春頃から同じ夢ばかり見るようになっていた。
夢はいつも水の音、そして風のざわめきで始まる・・・・・・・ 。
僕は光を求めてひたすら天空をめざす。 
天から降り注ぐ光はとても心地よく、身体のすみずみに広がり、
さらに多くの光をえようと僕は両手を広げる。 
何処までも大きく大きく・・・・・・・・・・
隣りにはいつも、愛する彼女がいて僕達は無言で、手と手を合わせ
るだけで愛に満たされている。 
夢の最後はいつでも同じ神社が、そしてイチョウの木があった。 
そして『待っているんだから早く来て・・』
という彼女の声で目が覚めるのだ。 
ところが夏休みにブラッとでた旅で見つけてしまったのだ、
その神社を。 
僕はデジャヴかとも思ったが興味にかられて境内へとおもむいた。 
「ここだ・・・・・、ここに彼女が。」 
そこは夢の中で彼女といつも出逢うイチョウの前だった。 
(ちぇっ・・・・・・、どうにかしているな・・・・。ここに来てもどうなる
もんでもあるまいに・・・・。何を期待しているんだ・・・・。) 
僕は自分にそう言い聞かせた・・・。 
「はぁ〜・・・・・」 
僕はため息をついて神木に手を触れた。 
「ピク・・・・」 
「・・・・・・・・え?」 
イチョウの木に触れたとたん・・・何か動いたような気がした・・・・ 
(う、うわっ・・・・。何だ何だ!何がどうなっているんだ!) 
一瞬の動揺、そして木が動いたかと思ったら何か中たりに変な感覚
がした。まるで次元が違うかのような。 
『ワタシヨ。ワタシ。ワタシガヨンダノヨ。』 
(えっ、イチョウが話してた!?) 
僕はその場に座り込んだ。 
『あなたと私は夫婦のイチョウの木。ずっとずっと、何百年も一緒
だったのよ。でもあなたは30年前、 道路を作るからといって 人間
に切られたの。あなたは彼の生まれ変わりなの。』 
「30年!・・・・・そんなことあるはず・・・・それになんで、
若い姿のまんまなの?・・・・」 
『あ〜っ、ひっどぉ〜い、でも、仕方ないわね、気が動転してるみ
たいだし、私の寿命なんて人間の比じゃないわよ』 
(僕の前世がイチョウの木だって!?
・・・・・じゃ、あの夢は僕の前世の記憶なのか・・・・
い、いや、しかしそんな事って・・・・
第一、イチョウの木が喋るわけないもんな・・。) 
僕はイチョウの木にもたれる形で座り込んで思った。


「クスクス」 
「えっ?」 
「どうして人間ってそうなのかしら・・・・・」 
その声は僕の真後ろから聞こえた。 
僕は驚いて振り向くとそこには、少女がたっていた。 
「自分たちで神々や、精霊を祭っといて。そのくせそう言うものを
非科学的だなんて、必死で否定したがる。」 
少女が語り始めると少し強い風が吹いた。 
少女の髪が風になびいて美しく僕には思えた 
「でも・・・・メ、逢えてうれしいわ。30年ぶりですもの」 
そう言うと彼女は僕の両手を握った。 
「きっ・・・君は・・・・・」 
「分かっているくせに、私が誰だか。」 
そう・・・・、彼女はまぎれもなく僕の夢の中の少女だった・・・・・・・
この数ヶ月間ひたすらに恋い焦がれていた女性が、今、
僕の目の前にいるんだ。 
「ほらほらっ。結構あなた好みの人間になっているでしょ。
研究したから・・・・・・」 
「え・・・と・・・・その・・・あの・・・・・・・・」 
「いいのよ無理に言葉を探さなくても。」 
彼女はそう言うと僕の眼前に顔を近づけてきた。 
彼女がそばにいるとなんだか不思議な空気になっているのを僕は感
じる。 
「あの・・・・・・・君がイチョウの精でも構わない・・・・・・
その・・・・もしよければ、恋人として・・・」 
「何言ってんの、今更。私達、もともと夫婦だったのよ。
現にそのために、こうして人間になったんだし。」 
僕はイチョウの木にもたれかかった。 
そして、彼女は言葉を続けた。 
「だからいいのよ。あなたの望むようにして、私は昔も今もあなた
のパートナーなんですから。」 
彼女は座り込んでいる僕に微笑みながら言った。 
「ほっ・・・・本当にっ。僕の恋人になってくれるんだねっ。
うれしい〜〜っ。また夢だったりしないよねっ。」 
僕は立ち上がり彼女を抱きしめた。 
今、目の前にいる恋人は夢で逢う限り僕の理想の女性だ。 
そして、彼女の唇の上に僕の唇を重ねた。 
「ん・・・・・・・」 
驚いた様子もなく、彼女は拒みはしなかった。 
彼女の声、夢で出逢っていたままの君がそこにいた。 
彼女の全てが愛しくてたまらない。 
「クスクスッ。」 
僕が唇を離すと彼女は少し笑い出した。
何に対しての笑いなのか僕には分からなかった。 
もしかしたら、イチョウの木の精に『キス』という
知識がなかったのかも知れない。 ハ
昔、何かの本で読んだことがある。 
この世には必ず強い、縁で結ばれた異性がいて。
その人と出逢うために輪廻を繰り返す、と言うのを・・・・ 
僕達はお互いに住む世界は別々だけど、それでも僕達は出会い、
愛しあえるんだ。 
あの本に書いてあることが真実ならば、
僕と彼女は約束された二人なんだ。




僕達は再会を約束した。 
そして、彼女は約束すると吸い込まれるかのように
木の中へと消えていった。 
(そうか、本当に彼女、木の精だったんだ・・・・・・・・) 
僕は彼女が消えると神社の階段を下りながら思った。
僕は有頂天になっていた、理想の女性が僕の恋人になったことに。 
(まっいいや、そんな事どっちでも。彼女は彼女だ、例え木の精で
も。今度はちゃんとデートして、できれば家に呼びたいな。 
ディズニーランドなんか見せたら喜ぶだろうな・・きっと・・・) 
幸せいっぱいで宿に帰った僕は、その夜、再び彼女の夢を見た。 
彼女は寂しげに今日出逢ったイチョウの木の根本に立っていた。 
「どうしたのさ。何か悲しそうな顔しちゃって・・・・・・・・」 
僕は彼女のもとまで歩み寄った。 
「うん」 
その返事は何処かさみしげで悲しみがこもっていた。 
「ごめんね・・・・・・・・。私・・・・・、あなたに嘘ついたわ。」 
彼女の瞳にはあふれんばかりの涙がたまっていた。 
「今日、別れ際にまた会う約束をしたけど・・・・だめなの・・・・」 
「えっ・・・なんで、せっかく・・・・」 
僕は言葉を途中でとぎらせた。 
彼女は顔を伏せたまま手で涙を拭っていた。 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 
一瞬の沈黙が流れ彼女が口を開いた。 
「本当はあなたをここへ呼んだのは、お別れを言うためだったの・・・
・・。どうしてもあなたに会いたくて、一度だけという約束で神社の 
神様にお願いしたの・・・・・。
でも、あなたの顔を見たらとてもさようならなんて言えなくて・・・。
私ね・・・・・・もうすぐ切られちゃうのよ。」 
「そ・・・・、そんなっ・・・・・・お別れなんて。
約束したじゃないか、今度僕が、街を案内するって・・・・。」 
「ごめんね・・・・・・・・。約束守れなくて・・・・・・。」 
彼女の涙は止まらず、僕は悲しみと切なさら心を覆われていた・・・。 
いや、彼女も同じ気持ちだろう・・・・・。 
「私、長い間、神木として鎮守<ちんじゅう>の神様に使えてきた
から・・・、次は神様になるの。だから、もう地上にはいられないの。 
だから、何時の日かあなたが神様になるまで、しばらくの間お別れ
だわ。」 
彼女は僕に身を任せて胸の中で呟いた。 
「ありがとう。私のこと、怖がらずに愛してくれて。凄く、うれし
かった」 
彼女は顔を上げ涙を流しながら微笑んだ。 
いったい僕は、夢で何度も逢いながら彼女に何をしてあげられたの
か・・・・ 
「じゃ、さようなら。私、いつもあなたを見守っているから・・・。
幸せになってね。」 
「まっ・・・・・・・待ってっ!お願いだから行かないでっ!!!」 
彼女はそう言うと、霧のように消えていった。 
僕はただ、そう叫ぶことしかできずにいた。 
そして、僕は自分の叫び声で目を覚ました。
その夢を最後に、彼女に会うことはなく・・・・・。 
僕の心にぽっかりと埋めることのできない、口を広げたまま。 
やがて秋になり、彼女のいった通り森は切り払われてしまった。
はたしてコンクリートの巨大な箱にも精霊は、宿るのだろうか・・・。 
もしかすると僕だけでなく、人類全てがとてつもなく大切なものを
失い続けているのかもしれない・・・・・・・・・・・・。