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第1回3000字小説バトル
Entry8

最後の人生

作者 : 逢澤透明 [アイザワスケアキ]
Website : http://www.geocities.co.jp/Berkeley/2435/
文字数 : 2893
 汚れたトラックに揺られて、何百というロボットが運ばれてくる。
土煙をあげ、轟音を響かせるトラックもまた、ロボットである。ト
ラックはもはや不要となったロボットたちを、死んだロボットの山
の上に積み上げる。
 ほとんどがすでに動くこともできないガラクタだが、中にはまだ
生きているものがいる。どうやら今回は解体ロボットが残ったよう
だ。解体ロボットは、様々な形をした刃や金槌がついた腕を振り回
している。
 「ここに、お前の解体するものはないぞ」と私は教えてやる。す
ると解体ロボットはがっかりしたのか、おとなしくなった。
 ここは廃棄処分物臨時保管場。
 無用の長物が解体され、リサイクルされるまでの待合室。
 私もまた、無用ロボットのひとつだ。
 ロボットとしての生涯も、もうそろそろ終わりになる。背中につ
けられたプレートには9990909という刻印。これは私の誕生日
だ。生まれてからまだ六カ月に過ぎず、プレートも、ボディも新品
同様だ。
 私は覚えている。初めてスイッチを入れられたときのこと。「布
蘭健」というのが私の開発者の名前。彼もまたロボットだった。
 私が目覚めたとき、彼が言った最初の言葉。
「ヤア、コンニチハ! キミハ、キット、ミンナノ、人気者ニ、ナ
ルヨ」
 その通り、私は人気者になった。
 私の仕事は、コドモを造るために必要な体験を人間に提供するこ
とだった。人間は、ロボットが持つことのできない機構である脳と
生殖器だけを人工保育器に入れ、神経を電子的なネットワークに繋
げて、互いにコミュニケーションを取っていた。無数の人間が繋が
るネットワークで、彼らは我々ロボットには理解できない世界を築
いていた。
 布蘭健が言うには、人間の脳には自我というモノがあり、その自
我はロボットと違って、いつでもマンゾクという状態を欲するのだ
という。しかし、人間の脳は決してマンゾクにはならないようにプ
ログラムされていて、人間は誕生するとまず最初に、自分自身だけ
でマンゾク状態を求め、次に他の人間と結託することでマンゾク状
態を得ようとし、それもダメだと分かる最後には、コドモという自
分の複製に、その願いを託すのだそうだ。
 コドモには、複製元の人間が経験した情報は伝達されず、マンゾ
ク状態を求め続けるプログラムだけが埋め込まれる。コドモは手術
を受け人間として目覚めると、再び複製元の人間の生成過程を同じ
ように繰り返す。まったく同じことを繰り返す。
 何も変わらない。
 ただ繰り返すだけだ。
「ナゼ、ト、トウテハ、ナラナイ」布蘭健は言った。「ソレガ、人
間、ナノダ」
 人間たちが、コドモを造るにはオスの生殖器から出る白い液体を
メスの生殖器に注入する必要がある。しかし通常人間は脳にある自
我によって生殖器の機能を抑制している。つまり人間がコドモを造
るためには、自我の関心を生殖器以外に向けなければならない。
 そこで私の出番となる。人間の自我が自らの生殖器を解放するよ
うな体験、つまり自我がマンゾク状態に近づくような体験を作り出
し、彼らの脳に送り込む。それが布蘭健から与えられた私の使命
だった。
 私の作り出す体験は、太古の人間の一生を再現したものだった。
 それは波乱万丈で、喜怒哀楽の激しい人生である。父母を幼い頃
に殺され、施設をたらい回しにされた青年期の終りに、孤独に打ち
ひしがれながら起死回生を狙って大物政治家相手の詐欺を働き、大
金持ちとなる、そんな人生。あるいは裕福な家庭に生まれたものの
人生の退屈さから逃れようともがき苦しみ、愛欲にまみれ大金を浪
費する人生。ふとした失言が原因で、交通手段もろくにない時代に
たった一日で世界一周を成功させる人生。などなど。
 それらを徹底的にリアルに造り出し、人間の脳に最大限の刺激を
あたえられることが私の特技だった。登場人物数は最大六万人。そ
のうち細部まで描かれ人生に影響を与える主要人物数は最大九六
人。愛情表現パターン二五六、憎悪表現パターン一○二四。一度の
人生は約三時間。そのあいだに、人間が自我を忘れる瞬間を作り出
すことが私の最も大切な仕事であった。
 私は素晴らしい成果を納めた。私は人気者になり、一日に何百人
もの人間の自我をマンゾク状態に近付け、生殖器を機能させた。
 けれども私の提供する人生はだんだんと人間たちの自我を忘れさ
せることができなくなっていった。自我は何でもすぐに飽きてしま
うモノなのだ。しかも私の性能は新しいロボットの登場によって時
代遅れになった。人気は下がり、六カ月後、私は生殖器を機能させ
ることができなくなった。
 廃棄、解体、リサイクル。それが私の待つ運命となった。

     *

 またトラックがやってくる。今度はロボットではなく、出来損な
いのコドモが大量に積まれている。人間になれなかった出来損ない
のコドモたち。
 トラックがコドモを捨てていくと、さっきは落胆していた解体ロ
ボットが動き始めた。得意げにコドモを取り上げ、切り裂き、次々
と脳と生殖器を取り出して、透明の容器に仕込んでいく。
 神経を引き出し、外部との接続用のプラグに繋ぐと、出来損ない
のコドモが人間になる。ひとつの人間ユニットになる。
 人間にしたところで、捨てられたことには変わりはない。 どのみ
ち、人間は他の人間たちと接続されないことには、なんの意味もな
い存在なのだ。
 意味のない存在?
 しかし、ではなぜ? なぜ出来損ないは生まれてきたのだろう?
「ナゼ、ト、トウテハ、ナラナイ」
 繰り返すだけではないのか。ただ、繰り返すだけではないのか。
繰り返すことに、完全や出来損ないがあるのか。人気者や敗退者が
あるのか。
「ソレガ、人間、ナノダ」
 解体ロボットはいきいきとして、出来損ない人間を造り続けてい
る。
 形だけは立派な人間が、この臨時保管場に積み上げられる。保育
器の透明なプラスチック越しに、彼らの脳が見える。波打つように
動いている。
 ふと、思いついて、私はその出来損ない人間の一体に神経プラグ
を突き刺した。バッテリをチェックする。電圧は低い。が、大丈
夫。一度ぐらいなら、大丈夫だ。
 私は自分の持てる性能をぎりぎりまで使って、私にとってのおそ
らく最後の人生を作り上げ、その人間に送り込んだ。
 それは私が今まで造りたくても出来なかった人生だった。布蘭健
に知れたら、きっとやり直しを命じられるだろう。けれども、今の
私は人気者ではない。単にリサイクルされるのを待っている無用の
長物なのだ。何の遠慮もいらない。
 それは平凡で波瀾などなにもない人生だ。登場人物は皆どこかし
ら欠点を持ち、どこかしら間抜けで、どこかしら愛らしい。彼らは
成功から見放された人々ではある。けれども平凡な生活の中で、共
に生きている。共に助け合いながら暮らしている。共にゆっくりと
ちょっとしたことで笑ったり泣いたりして時を過ごしている……。
 私は注意深く、人生を脳に送り込むよう準備した。
 それは六時間を超える大作のはずだったが、その人間は開始して
すぐにブルブルと震え出し、あっという間に白い液体を放出してし
まった。