カーテンからさす朝の光りは、柔らかい。
あの男の精液を自分の体を限りなく器にして、受けとめた。
それを、温存している。
男は、タクシーを田んぼ道の真中で停止させた。
気持ち悪いからって、タクシーを降りる。
タクシーのテールランプが遠ざかる。
「大丈夫。」
かがんでいる男を、のぞき込む。
幸恵は抱きしめられた。
自分の子供とたいして年が違わない男が、自分に抱きついている。
自体を飲み込めない。
「いやだぁー何してるのよ。酔ってるの。気持ち悪いんじゃないのぉ~。」
「幸恵さんのことが好きだ。好きで好きでしょうがない。」
抗っているうちに両腕の力が抜けた。
カラオケボックスで飲んだ甘い酒のせいだろうか。
男の顔がまじかにせまり、丸い大きな穴ぼこが、男の両目が一つになったものだと気づく。
男の唇が、唇をこじ開ける。
舌が歯茎をなぞり、上あごをなぞる。
思わず男にしがみついた。
熱い体温がどちらのものかわからない。
男は、コートの上から、胸を触る。
ずいぶんと長いことそうしていた様な気がする。
自転車のライトがかなり遠くから、よろよろ近づいて来るのが、判って、二人は離れた。
自転車をやり過ごすまでの時間のながかったこと。
「ね、怒ったの?」
「別にぃ」
「ね、今度いつ会えるの。来年まで会えないのかな」
二十分も歩いて家まで帰る。
その間、男は幸恵の手を強く握って、離さない。
二人だけで、会いたい。
ダメ。
どうしても,ダメ?。
どうしても。
なんであたしなのよ。
どうしても幸恵じゃないとだめなんだ。
うそ。
うそじゃない。
若くて可愛い子たくさんいるじゃない。
僕さ、ぜんぜん興味沸かないの、そうゆう手合い。
あったまおかしいじゃないの。
多分変態だと思う。
一月七日、始めてかかってきた電話に出る。
「あのね、私なんか構っていないで、いい人見つけて。」
電話を切ってから、その場にへたり込んだ。
おずおずと三面鏡の前ににじり寄る。
逆光で、顔のシミ、皺が目立たない。
まじまじ自分の顔を見る。
愛嬌がある顔だけど、美人って言われたことない。
立って見てみる。
福々しいって、言われても、嬉しくもない。
ウエストは、埋没して久しい。
「私、なに考えてるんだろう。あんなに若い男から言い寄られて、その気になり出してるなんて、ばかばかしい。」
いつしか男からのメールや電話を待っている幸恵がいる。
誰にも気づかれてはならない。
こんな田舎では、たちどころに噂になってしまう。
意を決して、自分から男に電話した。
「他の人に、見つかると困るので、あなたの家に伺いたいんです。」
「あなたには、あなたにふさわしい人がいるから、どうかもう私に構わないで、惑わさないで。電話もメールも、もう一切しないでください。」
それだけ言って、部屋を出た。
川沿いの土手を、バス停を目指して、歩いた。
バスが来て乗ろうとすると、手が伸びてそれを押しとどめた。
バスは、発車していった。
「どうしても、聞きたいことがある。」
男は、かけてきたのか息が弾んで、うまくしゃべれない。
「僕のことが・・嫌いなら嫌いだと言ってほしい。このままじゃ生殺しされてるみたいで・・・苦しすぎる。」
「こんな私なんかじゃ、ダメよ。あんたには、もっと・・」
男が幸恵に抱きつこうとするのを幸恵は、あらがう。
幸恵は足を踏み外す。
ああ・・もう季節は、春真っ盛りなんだわと、悠長な考えを巡らすのと、相反して幸恵は土手を転がり落ちていた。
ヨモギのかすかな匂いがした。
ゆっくり頭を巡らす。
男がすぐ近くの草むらにいた。
大の字になったまま動かない。
にじり寄って、大丈夫と揺する。
男の閉じた瞼から、コンコンと涙がわくのを見る。
幸恵は、口移しに水でも飲ませるように、男の唇に唇を重ねた。
男の部屋に、二人は戻った。
すりむいた互いの腕や足を、オキシフルで消毒した。
「このくらいの傷だったら、こうしたほうが良いわ。」
幸恵は、男の手の甲を暖かな舌でなめた。
十年近く、夫とはしていなかった。
セカンドバージン?
かなり痛かった。
あの男の体液を温存する。
まるで妊娠を望んでるかの様だ。
広い家の中に、一人でぬくぬくと布団に潜り込んでいる。
昼ちかくに、電話があった。
「大丈夫」
「ウン、大丈夫だけど、今まで寝てた。」
クスッと受話器の向こうで笑う気配。
「ね、今度、いつ会える。」
今度は、幸恵が笑う。
「土曜日の例会さぼって、大宮で飲もうよ。」
答える前に、男の体液が暖かく降りてきた。
飲み屋の席で男は満面の笑みを浮かべている。
屈託なさ過ぎの笑顔を見ていると、こちらにもうつる。
ゆで卵みたいな顔だ。
多分私の顔は、皺だらけになって笑っているんだろう。
どうしてこんなに年上の女が好きになるんだろうか。
でも、自分が男だったら、自分のどの世代と出会い恋愛したいかと問われれば、五十代の自分を選ぶような気がしてきた。
いろんなものがそぎ取られて、性が起立してあらわになるような気がしている。
ビールを飲み、おでんを食べて、男は立ち上がる。
店を出ると当然のように、肩に手を回し手を掴んで、路地をまがる。
顔の丸い童顔の男が、幸恵の乳首を口に含む。
思わず、男の子に母乳を与えている気分になる。
小さな赤ん坊が乳首をいたいほど吸うと、子宮が、産後空っぽになった子宮が収縮した。
乳首って子宮に直結しているんだろうか。
夫は、結婚前に出来た子どもをおろしてくれと言った。
田舎町だから、世間体を気にしていると言った。
幸恵一人で、子どもをこねくり回して作ったかの様な言いぐさだった。
その後結婚して三人産んだ。
幸恵は、子育てと、舅の世話に明け暮れる
避妊を面倒がる夫を疎ましく思う。
よそに女の一人や二人作ってくれれば良いのにと、思った。
子ども達は東京にでてゆき、舅を見送り、夫婦は広くなった家の端と端に住む。
若い男の手が、幸恵の身体をはい回る。
幸恵は、「変態」と言う。
一回やっただけで、こんなに打ち解けてしまう。
そうゆうおかしな行為を、また始める。
五十才以上の女性しか興味がないと言う。
しかも体重が平均よりずっと重い方が良い。
しかも顔がへちゃの方が良い。
「幸恵が好きで好きでしょうがない。」
「失礼ね。」
妊娠の心配がない。
もう生理を半年見ていない。
男の樹液を、思う存分に受け止める。
後顧の憂いなく全て受け入れる。
ああ~なんか、伸びやかにうれしい。
夫は、幸恵が拒むと気が荒くなった。
子どもも舅もいないから、おおっぴらに好き放題に、やらせろと迫った。
結婚前に泣く泣くおろした子どものことを、夫に訴えた。
夫は狐につままれたような顔をしていた
すっかり忘れていた。
そんなことあったかなと言う夫を、幸恵は憎み抜いた。
「自分がやりたいだけなんだから、お父さんは!」
幸恵は夫を断固として、受け入れなかった。
子どもも舅もいないから、なおさらだった。
だだっ広い部屋を、駆けめぐって、夫から逃げた。
幸恵の鬼気迫る拒絶に、メンツをつぶされた格好で、夫は挑まなくなった。
一寝入りした男が、お風呂に入ろうよとささやく。
「いや,一人で入れば良いでしょ。」
「なんでぇ、一緒に入ろうよ。」
「だって、アレが、流れちゃうの、もったいなくって。」
「あれって。」
「さっき、あんたが、私の中に沢山だしたアレ。」
男は笑った。
「明日くらいに、ひょんな時、出てくるのが良いんだ。思い出しちゃって、ジーンと感じちゃう。」
「変態だな。」
「あんたほどじゃないけどね。」
二人はくすくすと笑い続けた。