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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第29回バトル 作品

参加作品一覧

文字数
1
Bigcat
3614
2
サヌキマオ
3000
3
蛮人S
3000
4
白石実三
4080

結果発表

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コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

不眠
Bigcat

奈津子が地下鉄駅に近い2DKのアパートに越してきて2年になる。二階建ての4部屋しかない静かなアパートで、職場が近いし、近所に価格の安い食べ物屋が多くあるので、経済的には楽だ。治安もそれほど悪くないので、女性の一人暮らしも満更ではない。仕事のストレスもなく、この2年間は結構快適に過ごしてきた。しかし彼女の安楽な生活が或る日の朝から一変した。

 晩秋のある日曜の朝、奈津子はドアのチャイムの音が二度三度鳴るので目を覚ました。窓に厚めのブラインドを降ろしていたので、何時か分からなかったが、かなり早い時間に違いないと思った。多分、夜が明けたばかりだった。五時間以上はまだ寝ていないという感覚だった。
(誰や、こんな時間にチャイムを鳴らすやつは。よその家と間違えてるんやろ)
 勿論おきる気はなかった。寝返りを打って壁側を向き、毛布の下で身を縮めた。囁くような声で、
「バイバイ」と言った。
(こんな時間にチャイムを鳴らすアホは死ね)と心の中で毒づいた。

 その同じ日の午後、一時ごろ、またチャイムが鳴った。今度は宅急便かもしれないと思って、パジャマの上にガウンをひっかけて、ドアまで狭い廊下を走った。
 ドアを開けると、一組の男女がドアマットの上に立っていた。男の方が不機嫌そうに口を開いた。
「わしらここの下に住んでるもんなんやけど、お宅の浴室が水漏れしてるみたいなんや。うちの天井に沁みこんで、今にもポタポタきそうなんや。ちょっと点検させてもらえるか」
 早口のしわがれた低音だった。比較的長身の40代ぐらいの男だった。骨ばった体を包んでいる作業服は擦り切れて、よれよれになっていた。顔は真っ黒に日焼けして、南国育ちという雰囲気を醸し出していた。隣に立っている女性は多分、男の妻だった。世帯やつれした顔がじっと奈津子を睨みつけている。
 奈津子がドアを半開きにすると、男は少し姿勢を低くして、アパートの中を覗き込むようにした後、ずかずか踏み込んできて言った。
「今日、浴室を改修しようと思ったら、どっかから水漏れしてるみたいで、どうもお宅から来てるようなんだ。これを止めて乾かさんと材料の接着ができない、つまり工事ができないって訳」
 大切にしているプライベートなスペースがこんな胡散臭い男に蹂躙されて、実に不愉快だったが、もしこの男が本当に彼女のアパートの真下にすんでいるなら、水は確かに彼女のアパートの床から来たに違いない。
「浴室はどこや?」
 男がきょろきょろするので廊下沿いの開けっ放しになっていた洗面所を黙って指さした。男は中へ入って大声をあげた。
「見てみいや。排水パイプが詰まって、水が床に流れてるわ。排水パイプを流れるようにして、床を乾かさなあかん。ちょうど下に配管の職人が来てるから直してもらうけど、ええか?」
 奈津子はあまりのことに口が利けず、ただ黙ってうなずいた。うなずいた後、ふと思った。この男は自分の住まいの浴室を改修しようとしている。改修のためには水漏れをふさがなければならない。彼女もノーとは言えないだろう。しかし家主は改修のことは知っているのだろうか。彼女はこの人達のことは全然知らない。知らない人に長時間、部屋にいさせるのは気分が悪い。
 だが、男は彼女の考えを見透かすかのように、にたりと笑って、
「排水のつまりは五分で直せるで。床を乾かすのは、あんたの仕事や。下でも乾かさならんのやけど、こっちはちょっとかかりそうやな。家主には俺から話とくわ。今、ちょっと連絡とれんのやけど、うっとこは5年もここに住んでて、家主とは馴染みだから大丈夫」


 5分後、男は配管工と称する男を連れて戻ってきた。体格のいい、口髭を生やしたイケメンの若者がスポンジを握ったゴム手袋を排水口に突っ込んで引き上げる。ポンプも使わず、この動作を十回くらい繰り返すと、どろどろの水ががばっと噴出した。
 配管工の動作を見ながら、奈津子は思い出した。2,3日前、浴室の壁を洗った。床をモップがけしてジャブジャブ水を流した。その後、床が長い時間濡れたままだった。そのとき汚れた水が詰まったのかもしれない。
「これでええわ。しばらく水は流さんといてな。完全に乾くまで下の工事はストップや」と言って、男は出て行った。
 それから3時間後、そろそろ夕飯の準備でも始めようかと思った矢先、アパートの玄関に4トントラックが横づけされた。下の部屋に何かを運び込むような音がした。ベランダに出て見ると、さっきの男や配管工がトラックから大きなダンボール箱や米袋のようなものを運び出して、下の部屋に入れている。ダンボール箱にはきっと電動工具や改修に必要な資材が入っているのだろうが、あの米袋みたいなものは何だろう?けっこう数が多そうだ。

 月曜の早朝、午前6時に奈津子は平和な夢を破られた。目覚まし時計ではない。電動工具の音だ。ドリルやハンマーや掃除機のウイーン、ガーン、ビューンという音が薄い床を伝わって聞こえてくる。このアパートに住んでいるのは、今のところ下の住民と彼女しかいないから、まさに彼女だけが騒音の被害をこうむっているわけだ。家主にちゃんとことわって改修しているんだろうか。まあ今日一日のことだろう。職場を退けて帰ってくるころには工事は終わってるだろうと思った。
7時ごろ帰ってきた。夜はしんとしていた。ほっと息をついて、夕食をとった後、おそるおそる入浴した。シャワーのお湯もスムーズに流れてくれた。
 テレビを見て、いつも通り12時に寝た。目覚ましは7時にセットしてある。平和な朝が迎えられそうだと思った。ところがどうだ。朝6時になったら再びウイーン、ガーン、ビューンが始まった。掛け布団をはねのけてベッドを降りると、穴も開けよとばかりに床をドシンドシン踏み鳴らした。しかし下からの反応は騒音以外はゼロ。奈津子は諦めてベッドに戻ったが、この後、目覚ましが鳴るまで寝付かれなかった。
階段を降りて行って、下の住民に苦情を言うことも考えたが、水漏れを起こした手前あまり大きなことは言えない。家主に電話したが、いくら鳴らしても出てくれない。八方塞がりだ。
 
こういう状況がなんと一週間近くも続いた。6時になったら騒音が始まるなと思ったら、なかなか寝付かれないし、夜中に何度も目を覚ました。奈津子は少しでも睡眠が足りないと、物凄くいらいらする。ストレスが溜まって、食欲の減退、頭痛、口内炎を引き起こしたりする。以前勤めていた会社は仕事が忙しくて過労に陥り、上司とトラブルを起こして退職した。今の会社は残業も少なく、働き安くて気に入っている。引っ越しは面倒くさくて嫌だ。下の連中がいなくなればいいんだ。それができないなら、怪我でもさせて工事ができないようにしてやろうか。自分でも恐ろしくなるようなことを考えた。

 日曜日が来た。風の強い日だった。下の住民は日曜なんか関係なく、相変らずガーガーやっている。奈津子は睡眠トラブルで朦朧となっていた。どうにかしなきゃと思いつつ、コーヒーでも飲もうかと思って、薬缶で湯を沸かした。その時、下のベランダで人が動く気配がした。誰かいるなら一言怒鳴ってやろうとおもって、ベランダの手すりから身を乗りだした。あの男だった。今日は黄色いヤッケを着て、ダンボール箱を開封している。
 奈津子は上から怒鳴った
「いつまで工事やるんですか。もういい加減にしてくださいよ」
 男は聞こえないのか、それとも聞こえないふりをしているのか、うんともすんとも言わない。奈津子は切れた。キッチンにとって返して、熱い湯のたぎっている薬缶をベランダの手すりへ持ってきた。熱湯を男にふりかけてやりたい衝動にかられた。
 しかし事態は急展開した。パトカーが2台サイレンを鳴らしながら、アパートの入り口で止まり、中から警察官が飛び出してきて、男の部屋をノックした。騒音はぴたっと止んだが、代わって男の怒鳴る声、女性のヒステリックな叫び声が私の耳をつんざいた。
 でもすぐに騒ぎは静まった。夫婦と配管工の若者がぞろぞろ部屋から出てきて、パトカーの後部座席に座った。パトカーはサイレンを鳴らしながら、あっという間に現場を去っていった。あとに残った警察官らしい男たちが数人、薬缶をもって立っている奈津子を下から見上げたので、慌ててキッチンへ戻った。興味津々で耳をダンボにして、下の部屋の状況を探った。
「すごい量だな」とか「これじゃまるで製造工場だ」とかなんとか口々に驚きの声を上げている。
 10分ほどして、誰かが彼女の部屋まで上がってきてチャイムを鳴らした。ドアを開けると、スポーツ刈りの中年男が立っていて、警察手帳を私の顔に突きつけるようにして言った。
「気づきませんでしたか? やつら下の部屋にプレス機械や撹拌機を持ち込んで、コカインを製造してたんですよ。部屋をリフォームしているように見せかけてね」
不眠    Bigcat

パンツがない
サヌキマオ

 白戸メミ子は干してあった下着のないことにひどく狼狽した。メミ子とは漢字で眼観子と書くのであるが、これは命名のときに親が姓名判断で画数を重視したためについた名前である。そのせいかどのせいかずいぶんと視力だけは良い高校生に育ってしまった。
 ともあれ、(車で)三十分走るとある駅前の大型ショッピングモールで、三枚一五〇〇円で(親が)買ったパンツが見当たらない。昨日風呂にはいるときに脱いで洗濯かごに入れたのには違いない。洗濯をするのは母親であるので母親に訊くのがスジであるが、あいにく母親は(車で五分のところにある)道の駅にあるスーパーに買い出しに出かけている。
 パンツの無くなる可能性をあれやこれやと考えた。外に干していたところを誰かが持っていった、というのはおそらく考えにくい。洗濯は早朝から始まり、すぐに軒先に干されはする。今は昼の十一時で、多くとも干されてから三時間も経ってはいない。だとしたら猿であろうか。
 サル、もしくはカラスという可能性もなくはない。サルもカラスも稀に現れて、春にはツバメの巣を破壊に、秋には庭の柿を盗りにくる。そういう土地柄だ。メミ子の母が「土地だけはタダみたいなもんなんよ」と鉄板ネタにするくらいの立地なのだ。しかしながら、サルにもカラスにも動機がない。ちっちゃいリボンの付いた綿のパンツになんの需要があるだろうか――では風で飛んだとか。メミ子は勝手口からサンダルを履いて外に出た。ルームソックスを履いているとはいえ、身を切るような寒さが足の甲から沁みてくる。雲一つない青空の下、玄関から正面に甲斐犬のポースケが鎖につながれてうずくまっている。毛皮があるとはいえ寒くないのだろうか。ポースケはメミ子の姿を見留めると大義そうに尻尾を振ってみせた。全身の筋肉が寒さでこわばっているのかもしれない。
 ポースケが持っていった可能性はないだろうか。洗濯ばさみがいっぱいついたやつ(名前がわからない)に干したつもりのパンツが地面に落ちて、それをポースケが咥えていった。ありそうな話だ。とするとパンツはポースケの宝物入れにしまってある。ありそうな話だ! ポースケの家捜しをする前にパジャマから着替えることにする。さすがに寒くなってきた。
 遊んでくれると思ったポースケにのしかかられていると母が帰ってきた。犬小屋の中には何もなく、もう一箇所、ポースケを繋ぐこともある車庫の奥にもパンツは見つからない。ポースケには宝物をしまうような癖がないようだ。
「干したよ?」台所まで追っていく。母は焼きそばを作るつもりらしい。買い物の中身に麺と豚肉がある。「ないの?」
「盗られたのかも」
「誰に?」
「誰、って……誰かいね」
「変な人がおったら周りがすぐ気付こうもん。こんなところ、車でしか来られんに」
 見知らぬ車が走っているとそれだけで電話連絡網が行き渡り、茶話の題に上がる土地柄である。謎があれば食いつき、解明されるまでしゃぶり尽くす――メミ子は母親に喋ってしまったことに今更不安がよぎった。メミ子の表情を知ってか知らずか、母親は天井近くにかかっている時計を見上げると「まだお昼を作るには早いかしらね」とひとりごちた。
「健之は?」
「サッカーの試合だって云って六時には出たけど……なに? ケンを疑ってるの?」
「まぁ、お年頃だしね。可能性があるかどうかだけ」
 ないわね。ケンが出たあとにわたし、干したもの。母はテレビを点け、レンジの上に乗っていた菓子器からリーフパイを取ると包装を破って食べ始めた。アンタも食べる? というのを断って自分の部屋に帰る。
 パンツが一人で何処かに歩いていったというのであればしかたない、祝いの門出なのかもしれない。しかしながら、こんなど田舎なのだ。車道は舗装されているにせよ、辺り一面田んぼだらけだ。田んぼの隙間隙間に住居と墓が点在する。この「街なかに墓が点在する」というのもこちらの地元特有のものであるらしい。高校の卒業旅行に友だちといったディズニーランドのときも、修学旅行で行った京都でさえも街なかに墓石は点々としていない。――!
 ふと思い立って勝手口の玄関脇、風呂場の戸を開ける。脱衣所には洗濯機がある。洗濯物を取り出すときに脇に、洗面台と洗濯機の隙間に落ちたかもしれない――ある。あった。しばらく見なかった青白の縞の靴下の片割れだ。もう片割れはずっとメミ子の部屋の洋服箪笥で相方の帰りを待っている。そうか、お前はこんなところに落ちていたのか。ここに落ちたのが洗う前なのかあとなのか、そんなことはどうでもいい。もう一度洗われてきたらいいじゃない。と、洗濯機に放り入れる。
 メミ子はふと我に返る。どこかで記憶を間違えているのかもしれない。だって、しばらく見ないなぁと思っていた縞の靴下は、出てきたときにそんなに感慨がなかったんだもの。それはパンツと靴下の差の問題であろうか。いや、きっと根本的にはどうでもいいのだ。ただ、「外に干してあったはずのパンツが無くなっている」という部外者の存在の可能性が、これだけ人を迷わせるのだ。ある意味ドラマチック。
(こんなことにドラマ性を求めて、どーすんだろう)
 ご飯よ、と呼ばれたので台所に向かう。予想に反してレトルトカレーのパックの入った鍋がグツグツ云っている。

 結局パンツは見つからなかった。明くる日曜、たまたま駅前まで車を出す用事があったので、まったく同じ柄の三枚セットが手に入った。一枚失って二枚増えたわけだが、これで幕引きを図るしかない。無いという事実に抗う事はできないからだ。
 月曜、やや遅れて教室に入るとヤヌキがはたはたとやってきて、ね、UFOどうだった? と聞いてくる。UFO? と聞き返すと「あ、もしかしてツイッターとかやってない人?」という。普段から録画した深夜アニメしか観ない。
 ヤヌキの携帯を見せてもらうと、たしかにメミ子の家の上空をぼんやりしたオレンジ色の光の玉がぐるぐると回っている短い動画があった。土曜日の朝、家の近所を走る、自動車道のパーキングエリアから撮られたものだという。いかにもいかにもな様子なので「合成じゃないか」という声があるのも尤もではあるが、しかしながら、問題のUFO、の下に写っているのは紛うことなくメミ子の、白戸家である。パンツのこともあってそういえばケータイとか見てなかったな、とカバンの底から取り出すと(先週の金曜から触ってなかった)、どこからかのメッセージ通知と思しきアイコンが「47」の数字を叩き出している。もう四十七通というだけでメッセージを読むのが億劫になってしまう。これだけ私の知らないどこかで話題になっているのだから、きっとそのUFOの話題なのだろうと思う。
「たぶんUFOよね」家に帰ってすぐ、母親は開口一番にそう云った。「西根さんとも話したんけどね、たぶんメミちゃんのパンツもUFOが持ってったんよ」
「お母さん、パンツの話までしたの!?」
「行きがかり上ね」母はニコリともせず云った。「ま、そのうち出てくるわよ。それよりもスーパーでも郵便局でも聞かれちゃったわよ、UFO」
 直下の住人にも知られないUFOの話はあまりにも地味だったのか、観る限りではテレビのニュースや新聞などでは報じられなかった。メミ子のよく知らないごく一部でちょっとだけ話題になって、まもなく語られなくなった。
パンツがない    サヌキマオ

宇宙栗まんじゅうの呪縛
蛮人S

【航星日誌・宇宙歴0449.0608 船長記録】地球を離れ数万光年。探査の旅を続ける宇宙船ハンマープライス号は、謎の恒星系を発見した。そこには無数の小さな物体が渦を成していた。我々はその何個かを採取し、船内に持ち込んだ――

 四個の物体が、分析台の上に転がっている。それぞれ三インチほどの平たい小麦色の球形で、上面は艷やかな薄茶色だった。
「とりあえず危険は無さそうだが……」
 謎の物体を凝視しながら、船長は言った。
「……何だろうな、これは」
「栗まんじゅうですよ!」
 背後から覗いていた日系人の航海士が言った。
「何だね、それは」
「日本のお菓子です。中に栗が入ってるんです」
 船長は呆れた。
「なぜ、日本のお菓子が宇宙の果てに渦巻いているのだ」
「知りませんよ。でも、どう見ても栗まんじゅうです。ほら、店の焼印も」
 納得するわけにもいかず、船長は腕を組んだ。「まずは分析だ。科学主任をここへ……」
 言いかけて、船長は物体の異常に気づいた。
「おい。増えてるぞ」
「一、二……八個あります!」
「船長、私はずっと見てたんだが」その場にいた船医が言った。
「……目の前で急に増えた。突然現れたんだ」
 三人は顔を見合わせた。

 ――宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である――


【航星日誌・補足】謎の物体は科学主任が分析中だ。何らかの結論を出してくれると期待する――

「……面白い」
 分析機のプローブを様々な方向から近づけながら、科学主任はしきりに呟いた。
「成分は地球の農産物由来の炭水化物……砂糖、小麦粉、鶏卵も使われてますね……中の黒いペーストは何かの豆と砂糖で出来ています。中心の核は木の実の加工品で、ええ、お察しの通り、栗です。おや、重力波が妙だ」
「科学主任、説明できるか」
「はい、やはりこれはお菓子でしょう」
「そんな事じゃなくって。なぜこの……栗まんじゅうは増えたのかね」
「はい、この物体の表面には微細ブラックホールがコーティングされています。時間軸のスパイラルに局所的な短絡を観測しました。これによって因果律がループし、『一個の栗まんじゅうが存在する』という事実が、無限に繰り返される仕掛けです。具体的には10分ごと、一個の物体が二個に増えます」
「人工的な現象か」
「ええ、誰が何の目的で作ったか知らないが、粗雑な設計です。これでは増殖を制御できません」
「まあ10分で二個では、大して増えないな」様子を見ていた船医が呟いた。
 科学主任は口元を歪めて言った。
「ねえドクター。今日から私が君の仕事を手伝う代わり、毎日小遣いをくれる約束をしないか。一セントでいいよ。ただし明日は二セント、明後日には四セントと、毎日倍々にするんだ。さて、どう思う」
「君は人間的な欲に欠けているんだなって思うね」
「うふふ、その話には乗らない方がいいですよ……」と操縦士が口を挟みかけて見ると、すでに謎の栗まんじゅうは十六個に増えているのだった。「あ……」
 科学主任が言った。
「船長、処分しましょう。潰すなり、食べるなり、栗まんじゅうとしての存在を一度でも失えば、因果の円環が切れ、物体は二度とこの世に現れません」
 船長は首を振った。
「駄目だ、私はこんなに食べきれない。誰か手伝えるか」
 通信士が言った。
「私はダイエット中なので無理ですわ」
 機関長が言った。
「ああ、あたしゃ甘いのは苦手なんです。それより敵の宇宙船の機関室にでも送り込んでやりましょう」
「……君達、いつの間に集まってきたんだ。本当は食べたいんじゃないのかね」
「船長、冗談はそのくらいで」
 科学主任は物体に光線銃を向け、出力ダイヤルを絞り始めた。
「わかったわかった。処分したまえ」
 光線が発射され、栗まんじゅうは光とともに分解された。「これでよし」
 通信士が口をとがらせた。
「一つくらいは戴いても宜しかったですわ」
 船医が目をむいた。
「……本気で食べる気だったのか?」
 その時、船内が振動した。エレベーターの沈むような感覚とともに、構造材が軋みをあげた。
 船長は携帯通信機を開いた。
「どうした、艦橋ブリツジ
『船長』艦橋の操縦士が声をあげた。『周囲の重力が増大しました。最初の観測から256倍に達しています』
「非常警報。ただちにワープ3で星系を離脱。私もそちらに戻る」
『了解。……うん? あれは何だ』
 操縦士が怪訝な声をあげた。
『正面に小惑星が二個! あんなの、さっきまで無かった』
 走りながら船長が叫ぶ。
「速度を落とすな。主砲発射用意、障害物を排除せよ」
『主砲、エネルギー緊急充填!』
 警報サイレンの中、艦橋の照明が二三度暗くなった。スクリーンには巨大な栗まんじゅうの星が映し出されていた。飛び込んで来た船長が命じる。
位相差光線フェイザー砲、発射」
 艦首から迸った光線に消滅していく栗まんじゅう小惑星。だがその間にも新たな小惑星が生じ、次々と艦に襲いかかった。
「船長、キリがありません」
「とにかく突破だ!」


【航星日誌・宇宙歴0449.0688】各員の奮闘努力により、ハンマープライス号は栗まんじゅう星系からの脱出に成功した――

「しかし、恐ろしい栗まんじゅうもあったものだな」
「全くです、船長」
 科学主任はコンピューター室で、ここまでの記録を再分析していた。
「何か分かった事があるかな」
「ええ、推測ですが、あの恒星系は中心の太陽も含め、全てが一個の栗まんじゅうを起源に生成したと思います」
「あの太陽系全体が? 一個から生まれたと」
「そうです。初めは一個だった栗まんじゅうは、増殖に増殖を重ねて大きな天体と化しました。その結果、重力崩壊を起こして核反応に至り、恒星になったのです。一方、大量の栗まんじゅうの一部はこのプロセスから外れ、公転する惑星になりました」
「ひどい創世神話だな」
「神の事は知りませんが、仕事は全くひどい。全ての栗まんじゅうが一斉に増殖しますから、惑星は10分ごとに形を変え、質量を増やし、壊れて重力勾配を崩すでしょう。そうして増えた惑星の欠片は、一部は栗まんじゅうの姿を失って増殖を止め、一部は増殖を繰り返して星となり、あるものは太陽に落ち、あるものはそれ自体が新たに恒星化する、この混沌とした偶発のサイクルが、危ういバランスで連鎖を続けるのです」
「地獄の創造主だ。で、これからどうなる」
「いずれ全ての均衡を崩して自壊するでしょう。いつなのかは計算困難ですが」
「なるほど。さて、最大の疑問が残っているぞ。誰が、なぜあんなものを作ったのか」
「皆目、分かりません……分かるのは、栗まんじゅうにブラックホール加工を施して宇宙に放つという、不可解な人物が過去の地球にいた事だけです。古い記録を探せば、この粗雑な創造主の情報があるかもしれません。さぞ出来の悪い奴でしょう。まあ本部に報告して後の調査は任せましょう」
 船長は溜息をついた。
「宇宙にはまだ他にも、あんな狂った場所があるのかな」
「否定できません。人為的事象というのは、どんなに奇妙で、あり得ないように見えても、そこに至る動機がある限り繰り返されるのです。我々はただ、その動機に気づかないだけで……」
 警報音が言葉を遮った。船長は通信機のボタンを押した。
「どうした」
『船長、前方に奇妙な運動を続ける天体群があります。先程のものに似ています』
「まさか、また栗まんじゅうじゃないだろうな!」
『いいえ船長、今度は……』
「何だ」
『お茶がいっぱい、浮かんでおります』
宇宙栗まんじゅうの呪縛    蛮人S

新宿三奇人
今月のゲスト:白石実三

後に『迷惑』の年とも呼ばれた明和九めいわく年の春、江戸の町は悪僧の放火で三分の二を焼き尽くされ、この時いわば﹅﹅﹅仮宅として生まれたのが、新宿の遊女町である。新宿は風紀の乱れで廃止されて以来五十数年ぶりの再開であり、遊女の公認も得ると山の手の若者、堀ノ内詣での客、旅人、雲助くもすけらが押し寄せ、大歓楽街へと成長していくのだった。
 その新宿の橋本屋へ、師走のある日暮れ、薄汚ない布子ぬのこを着て、痩せて顔の長い男が、ひょろひょろと入って来た。
「おこもかい? 駄目だよ!」
 店の若い衆が、手を振ると、
「な、なんでえ、お薦だと? お、俺はな……」
 薄汚ない男は、口をへの字にまげて何か言おうとしたが、呂律ろれつがまわらない。ひどく酔っているとみえて、締りのない口元から涎がたらたら垂れている。とんぼほどの細いちょんまげをちょいと頭に載せている姿が、なんともいえず滑稽だ。
「変な爺いだな……あれ、草鞋わらじをはいたまま、店へあがる」
 若い衆は呆れる。
 変な爺いのはずだ。それこそ『膝栗毛』の作者、十返舎一九なのだ。
 とも知らない店の若い衆は、
「あれ、爺いめ、門松へ泥をこすりつけやがる、草鞋のまま店へあがって来やがる。汚ない爺いめ、ノシちゃえ」
 と多勢が取巻いて、袋叩きにしようとする。そこへ、ぶらりとはいって来たのは、白髪頭の茶筅ちやせんに結った浪人てい
 爺さんを見るなり、
「お! あなたは一九さんじゃあないか?』
「いよう、これは風来先生!」
 一九は反身そりみになって、しょぼしょぼした眼を見はった。
 風来山人ふうらいさんじんこと平賀源内は、にやっと笑って、
「一九さん、相変らず御機嫌じゃ、今日の旅はどちらで?」
「堀の内のお祖師そし様です。追い追い迫る暮のしのぎに、堀の内詣でを中編に書いて、書屋ほんや前借ぜんしやくのかたに!」
「そして、また前借をなさるか? いや羨ましい御性分じゃ」
「で、先生には今日どちらへ?」
「秩父の奧から帰ってまいった。火浣布かかんぷと申すものを工夫していますでのう」
「火浣布? 例のエレキテルで?」
「いや、火に焼けない綿、石綿と申すものじゃ……が、まあ、奥へまいろう」
「へい、へい、どうぞこちらへ」
 若い衆たちは、ぺこぺこしている。汚ない爺さんが、名高い『膝栗毛』の作者だときいて、すっかり恐縮しているのだ。
 座敷へとおると、風来山人が、
「一九さん、よい機会じゃ、今日は蜀山しよくさんも見えるはずじゃ」
「蜀山がここヘ?」
「そうじゃ、蜀山は、あれで役人だからのう、多摩川の治水工事を監督に出張しているのじゃ、帰りにここで落合う約束でのう、もう時刻じゃが」
 と、耳をかたむけたが、
「うん、今、店で話している声はどうやら蜀山らしいぞ」
 そういううちに、陽気な笑い声、軽い足音を先立てて、蜀山が、はいって来る。
「いよう、これは一九さん」
「蜀山さん、その後は……」
「は、は、は」と、風来山人も今日は皮肉をとばさないで笑って、
「こうして江戸の三名物が、新宿に落合ったところは面白い。さあ、これから陽気に騒ごうぜ。が、まず御両人には、酒じゃ、酒じゃ」
「それで肴は?」
「はて一九さん、そこに如才じよさいはござらぬ蜀山、唯今、店で、かみへ女のしやを註文しておいてござる。おつつけ四ッ手駕籠かごをとばして来るはずじゃ」
 しやというのは芸者のことだ。その頃は、男女の芸者があったので、女の者といわなければ通じなかったのだ。
 女の者が来るまで、ちょっと文学論が出る。お舟頓兵衛とんべゑの芝居を書いた風来山人は、京伝きようでんの読本の批評なぞをする。左傾派の彼は、時の大衆文芸に創見のないことや、思想のないことや、不見識なまがいものの多いことを痛罵つうばする。
 一九は、そばにこくりこくりと居眠っていたが、ひょっこり顔をあげて、
「ときに酒はどうした? 酒! 酒!」
 すると、蜀山は返事の代りに、さっそく一首。
「世の中はさてもせわしき酒のかん、ちろりのはかまきたりぬいだり」
 一九も負けじと、
「ことわざに酒はうれいのたまはばき、はくまでも飲む後ひき上戸じようご
「ははあ、一九さんもこの暮はすこし弱っているとみえる」
 と、風来山人は微笑んで、
「びんぼうの棒が次第に長くなり、振廻ふりまわされぬ年の暮かな」
「いや、酒といえば、多摩川で面白いことがあった」と蜀山も笑って話す「事件はまず私がこんな狂歌をよんだところから始まる……朝もよし昼もなおよし晩もよし、その合々あいあいにチョイチョイとよし」

 蜀山の話というのはこうだ――
 夏の日のこと。蜀山が、多摩河原の治水小屋で、狂歌をよみながら、ちびりちびりと盃を楽しんでいると、のみが一ぴきぴょんと盃の中に飛び込んで来たというのだ。で、とりあえず、
「盃に飛び込む蚤ものみ仲間、酒のみなれば殺されもせず」
 そうよむと、盃の中の蚤が返歌をした。
「飲みに来た俺をひねりて殺すなよ、のみ逃げはせぬ晩に来てさす』
 聞いた蜀山は、ひどく怒って、敷居の上でひねりつぶした。すると、蚤は、つぶされながら歌うには、
「口ゆえに引きだされてひねられて、敷居まくらにのみつぶれけり」……
 聞く一九は、ぴょこんと頭をさげて、
「さすがは狂歌の蜀山人、や、うまいものです! これには一九さんもかぶとをぬいだ! ぬいだ!」と、盃をさす。
 風来山人は下戸げこ、にやっと気味わるい笑いを唇にうかべて、
「さよう、たしかに天下の蜀山人、うまいにはうまい。が、蜀山は、やはり生粋の江戸ッ子だのう、ところで私の心意気をきいてもらいたい」
「伺いましょう」
 後輩の蜀山は、盃をおいた。
 そこで、風来山人が歌ったのは、
「この調子きいてくれねば三味線の、ちりてつとんとひいてしまうぞ!」
「とおっしゃる底心は?」
「つまり、わしは、戯作や俗学で世をかくれているのじゃ、といって、エレキテルを発明したのも、おお三井へ売込むばかりが、本意ではない」
「でも先生は、当代の智慧袋、江戸一の博学といわれているではありませんか」
「ところがちがう。私はやはり大山師やましじゃ、博奕打ばくちうちじゃ、私は日本人を張ろうと思っている。そのためには、たとい幕府であろうとも……」
「おっと先生! 蚤ではないが、口ゆえにですぞ!」
「なあるほど。や、これは一本、私がまいった! 慎もう」
 そばの一九は、とろんこの眼をあげて、
「なあんのこったい! 俺には、風来先生のいうことが、とんと訳がわからねえ」
 と、青筋のはった細い頚を振って、
「それよりも蜀山さん、この一九が年わすれ、酒がうまくのめるよう、景気なおしに『おめでたい』という文字で、折句が一首願いたい」
 で、蜀山は、即座にまた一首。
にきくにみいりよくき秋は、みも豊かにがさかえた」
 そこへ、芸者が、陽気ににぎやかに乗込んで来ると、追っかけて、また一首。
「願くは君が小指の輪となりて、朝な夕なを思い出させん」
「あら蜀山先生、そんな嬉しがらせは厭ですわ!」
 なじみの芸者は、銚子をもって摺寄って、
「先生ったら、こちらは真実なのよう」
 蜀山は、首を振って、
「我はただ真に恋ぞと思いしに、にくや銭もて来い﹅﹅でありしか」
「あら!」芸者は、憎らしそうに袖で打つ真似。
「あは、は!」
 と、風来山人も、とうとう笑い出して、
「ところで、女の者よ、今日は踊りにちと註文がある」
「註文? 怖いわねえ……」
 と、煙たそうにいうと、
「なにさ、むづかしい註文ではない、近頃はやりの色地蔵イロじぞう踊りというやつ、あの剽軽ひようきんなのが所望じゃ!」
「でも、あれくらい色っぽい踊りはないわねえ!」
 賑やかな三味線は鳴る。エロ踊りは、いよいよ始まる。

 さて、風来山人が、紅毛こうもうから雲中飛行船を輸入したことも名高い話だが、彼の作った火浣布は、青木昆陽こんようの通訳によって、外人に見せ、紅毛人を驚かした。ついでにマッサージという言葉は日本の摩擦まさつから出来たもので、それがドイツに入ってマッサージとなって逆輸入されて来たものだが、風来山人の発明したエレキテルは、ドイツよりも早く、電気療法としては世界で一番早かったかも知れない。
 その風来山人が好みの色地蔵踊りというのは、信州は苅萱かるかや西光寺の親子地蔵というのが、江戸は目黒の不動さんに出開帳でかいちようをするについて世話人に申し渡すという口上を仕組んだものだ。
「いかに講中こうちゆう、なんと思う」親子地蔵はそう仰せられる――
「それがし、つくづく当世を見るに、今の世は仏道すたれ、諸事色事いろごとの浮世である。堅いは禁物、仏様をも色道しきどうに引入れて、のろけ菩薩となさるが早道――」
 そこで、踊りが始まるのだ。
 〽あゝお地蔵様、敵娼あいかたをもらわれても気がもめる、芸者をあげるも金がかかると、たこ薬師の三味線に、釈迦の長唄。それで、仏も還俗げんぞくして――
「あゝ、仏も還俗して」と、一九が、ふらふら立ちあがって、踊り出した。
 〽仏様、髪は丸髷まるまげ黒仕立て。どうだ、嬉しいか。嬉しいとも! 俺は十九の年、年増としまに嵌まって、ソレお地蔵様……
 蜀山も踊り出す。一九は、踊る、踊る。踊る一九の姿に、風来山人も、思わず見恍みとれた。
「うまい!」思わず手をった。
 それは、踊りを讃めたのではない、一九の無邪気な姿を羨んだのでもない。実に世に不思議な明るいユーモリスト、一九の人柄がもつ大きな光りに、さすがの風来山人も、圧倒されたのだ。
「一九はえらい!」
 そう叫んだ風来山人の眼には、涙がたまっていた。とうとう堪らなくなって、彼も一緒に踊り出した。
 障子に映る影法師は、踊る、踊る! 新宿は橋本屋の煤け障子に、世をすねて、茶化して、逃避した偉大な三奇人の影法師は、いつまでも、エロを踊る。
 と思うまに、その障子が、ぱっと暗くなった。影法師が消えた。

 ……
 溶転……

 再びぱっと電燈のついた場所は華やかな舞台。レビウ・ガールが、賑やかに踊りながら、現われる。
 手に手に持ったポスタアには、
「それから百六十年後」
 百六十年たった今は、大東京の中心大新宿だ。旧東京のギンザがここに移った一九三二年の秋!
「山の手文化の第一線」に立つという新々新宿の情景である。
 背景のデパートを指しながら、踊り子たちは、踊る、踊る!
 見物席の私も、つい釣込まれて、レビウ小唄を一つ試みてみる。

  新宿小唄
1、恋の渦巻、人の波
 むかしさびしい武蔵野も
 ネオンライトの夜の空
 昼はくるめくデパートに
 ショップガールのあの笑顔 あの笑顔

2、カフェカフェに灯がともりゃ
 青いひき眉、紅のくち
 ジャズの小唄にひきとめて
 恋のステップ、断髪の
 ダンスガールと踊らんせ 踊らんせ

3、闇にくるくるムーランルージュ
 シネマはてればあのホテル
 明けりゃ別れの西東にしひがし
 花の新宿、大東京の
 エロ、グロ、ナンの交叉点 交叉点