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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第33回バトル 作品

参加作品一覧

文字数
1
Bigcat
3023
2
サヌキマオ
3000
4
田村俊子
3207

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コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

人の目
Bigcat

 大学を卒業後、上京してITの会社に就職したが、人の目を気にしすぎるタイプで、いつもおどおどしていたので、社内でパワハラの格好の餌食になり、一年も持たず退職。私鉄沿線の駅近くの1DKのアパートにずっとひきこもってきた。偉い人間になって世間を見返してやりたいという野心がなくはなかったが、天から授かった内向型気質ゆえの繊細、過敏、小心は一朝一夕に変えられるものではないと気づいてはいた。しかし、ひ弱な体の持ち主でも、筋トレを積めば、それなりに筋骨たくましくなれた人もいるのだから、自分も心の筋肉を鍛えれば、そこそこ強い人間になれるかもしれないと思った。それには弱い気質を無理こと変えるのではなく、想いを大きくもってみる。そうしたら、のびやかな心を持てると考えたのだ。
 大きい想いとは何か。それは無心無我つまり「自分を勘定に入れぬ心」心なのではないか。聖書のどこかに「人間の原罪は自分のことばかり考えて、神の方をみないことにある」と書いてあったような記憶がある。
「自分の成功にばかりこだわるから、人はますます小器へ傾斜する。偉くなろうというような気持は捨てて、もっと他者や社会に身を捧げる」言わば捨身の想いである。そして小心者がその想いを得るのに最も有効なのは、自分の内側にこもることではなく、再び社会に出て、自分を磨くことだと心を決めたのだ。
 私はとりあえずコンビニのアルバイトを始め、ジムに通い、公園清掃のボランティアに参加した。労働でお金を得、体を鍛え、我が身を他のために捧げる人生へ入ったわけだ。その甲斐あってか、人の目を気にする症候群をいくらか脱してきて、自分を成長させることが少しできたように思う。社会の中での自分磨きが視線の縛りを解く良いクスリになったのかもしれない。
 自分の性格は、独りで考えあぐねても変わらない。気質というやつは生涯不変なのだ。とすれば、内にこもるより外に出たほうがよっぽどましだ。そして社会的成功などは一切気にせず、毎日毎日が自分磨きと腹をくくれば、他人の視線におびやかされることもなくなるだろう。
 これまでの私は自分にバリヤーを張りめぐらしていた。以前にいた会社でも、小心は社会の中の防御手段と固く信じこんで、他者の目から身を守るべく、十重二十重に用心しながら生きてきた。そして、生まれつきの小器が一層小さくなった傾向があった。
 人は無人島に独りでいるときは、別に小心も大心もないはずだ。人とのかかわり、集団の中の自分といった世間的状況下にあって初めて自己評価を気にするようになる。そして自分の存在価値を分析しはじめたりして、自分が誰よりも劣っていると感じ、自信喪失してしまう。そういう心境になるのは自分へのこだわりが強すぎるせいでもある。これから何とか抜け出そうとしても、なかなかうまく行かない。よく考えてみれば、人は自分の最もだめな部分を気にして悩む。そのだめ部分は本質的、根源的なものだから、そこからの脱皮は容易ではない。

 というわけで、視線恐怖を脱する方法をいろいろ考えてはみたが、はなばなしい前進はない。そういえば学生時代の友人に自分は視線恐怖なんだと打ち明けたことがある。親にも、兄弟にも話したことがなかったので、これは相当勇気のいることだった。
「君は臆病なんだよ。臆病からくる対人恐怖だ」とその友人は一刀のもとに切り捨てた。
 臆病は生まれ持っての気質だ。いくら抜け出そうともがいても無理だ。何度も絶望的な気持に打ちひしがれたことがある。
 しかしその友人は為になることも言ってくれた。
「どんな人の視線を恐れるのか考えてみたら? ありとあらゆる人の視線かい? 少なくとも僕の視線を怖がっているようには見えないけどな」
 たしかに道で普通にすれ違う人の大部分は自分を見ていない。ということは、
「自分と関りを持った人の目だけを気にしていました」
 ということが一つの答えとなる。なんらかの関りがあるからこそ、人はニュアンスのある眼差しで他者を見るし、自分もそれを感じ取るわけだ。それでは関りのあった人々のうち、どのような人々の視線におびえたのだろうか。
 これは人によって様々だろう。会社の上司に「お前はだめな奴」だという目で見られること。学校の先生であれば、自分のクラスの生徒の目に反感を読み取って怖くなることもあるに違いない。共通しているのは、自分の関係者のうちの、自分を評価する人たちに恐怖を抱くということになる。いずれにしても、評価をする人とされる人との関りは上下関係とも言える。
 他人の視線を気にする人の場合、実は常に他人が主人公となっていて、自分を心理的にその他人の下位におく癖のある人とみることができる。自分は、この人から評価されると思うと、その人の心理的なしもべになるということだ。現に私は他者に首根っこを摑まえられてウロウロしてしまうタイプだ。しかし肝心なのは、自分が自分の主人公になるという発想ではなかろうか。

 歳をとってきたせいだろうか。段々「よく見られよう」という思いは薄れてきたようだ。評価はビリで結構だと考えるようになってきたせいかもしれない。人間はすべて一人一人が主人公なのである。平社員であっても、企業のトップと、存在としての対等性はあると考えるべきだ。
 この考えは、極端に走ると、現代社会に急増してきたエゴイスト群に近づく恐れがあり、その意味では危険な一面もある。しかし人は自分という有機体の主人公なのだ。人体は車のように動く精巧な存在であり、私たち一人一人はその運転手なのだ。私をパワハラで苦しめた上司は大型トラックのように見えたが、ひ弱な私も軽自動車を運転するオーナーぐらいにはなれる。別にトラックに怯える必要はなかったのだ。どのような状況下でも、自分は、自分という車の運転手、主人公なのだと言い聞かせていれば良いのだ。

「私、最近つくづく思うわ。あなたは本当に変な人ね。私とタロー(飼い犬の名)の目しかみられないんだから」と、妻が口にしたことがある。そうかもしれない。妻は私が人の目を恐れるタイプだということを見抜いており、実際彼女と知り合った当時はそうだった。
 しかし、三十歳を過ぎた私は他人にどう思われてもいいと開きなおっている。実は今の私は以前とは違った視線恐怖に捕まっているのだ。それは、他人の目に、その人の不幸を見てしまうので、その人の目を正視できないのだ。
 多分、私だけの特別な感情ではなく、臆病な人間は自他の不幸にものすごく弱い。自分が不幸になるのも苦しいが、他人の不幸を見るのもつらいのだ。臆病な人間はある意味、感性が鋭敏だから、人の目を見た瞬間にその人の内面がひたひたと伝わってくる時がある。
 この世の三人に一人ぐらいは自分が不幸だという気持ち、つらい状況を背負っているのではなかろうか。相手が礼儀として、にっこり笑ってくれても、私の様な内向型タイプは、その人の目に生じている悲哀感を読み取ってしまう。
 要するに、人の目を気にしすぎる人には、
(他人の視線に、自分に対する否定や、同情や、軽蔑を発見して苦しむ人)と(他人の目にあらわれている、その人の不幸感を見るのがつらくて視線恐怖になる人)という二つのタイプがあり、今の私は後者のタイプになりつつあるような気がする。自分への視線は気にならないが、不幸に呻く人の目は見られないのだ。
 
 息子の目はみられない。
人の目    Bigcat

でんしゃ
サヌキマオ

 目覚めたらあたりは闇に包まれてひっそりとしていた。最後の記憶は席に座ったところだ。帰りの電車で席がひとつぽっかり空いていたのでこれ幸いと身を滑り込ませてから記憶がない。ずっと眠ってしまった――なぜ、誰も起こしてくれなかったんだろう? そこは世にいう女子高生というやつなので、もうちょっと世間が優しくしてくれてもいいと思った。通常の授業のあとに部活をみっちりやった後に走って塾まで行って三時間頑張った人間を、不憫に思ってくれてもいいと思う。
 窓の外には電車ばかりたくさん見える。車庫だ。どうかしたら外に出られるだろうか。ドアの上の路線図が目に入る。間違いなく乗っていた電車だ。ただ単純に、寝過ごしたのだ。そして誰も起こしてくれなかったのだ。
 車両の間の連結のドアが開くことを確認すると、見周りの人でもいないものか探す気になった。外から射す照明の光が、床に敷石のように落ちている。
 深夜の車庫とはいえ、こんなに音がしないものだろうか。人っ子一人いない。いや、気配がしないから、人がいないと思われる。だんだん冷静になってきて、そうだケータイ、と思うに至った。煌々とした画面に2:22とある。家には母親がいるが、この時間に電話するのはずいぶん憚られた。それよりも、着信履歴がなかった。普段の母親の行動パターンからすると、夜十一時を超えた時点で心配してメールなり電話なり来るだろうけど。
「弱ったな」
 思わず口に出した。ひどく掠れていた。もしかすると息に混ぜて、小声になっていたかもしれない。
「あー」
 発声練習。声は自分の骨を通して脳にぼんやり響いた。寝ている間に風邪が悪化したのだろうか。
 そう、風邪であった。風邪なのでPLを飲んで出たのだった。PLというのは「風邪なんだから出来れば寝てたらいいじゃない」という思想設計を以て出来ているところがあって(※個人の感想です)、関節がぐにゃぐにゃとして、身体が重くダルくなる。そういう状況を楽しむにはいいのだが、勢い余って寝てしまった。経験上、この薬は二十時間くらい経つとダルさから抜け出せる。朝飲んで出かけたので、もうそろそろ薬が切れていてもおかしくない。
 しかし誰も通らない。電車庫なぞ誰も不法侵入してこないと高をくくっているのだろうか。もう十車両も移ったろうか、そろそろ話の展開としても電車の車両に終わりが来たり、だれか人の影が見えてもいい頃であるが、窓の外では電車の群れがいびきも歯ぎしりもなく眠り込んでいる。
 GPSというものがあるじゃないか。
 きっと小説だったら、このへんで読者が「スマホがあるんならGPS機能を使えば場所くらい分かるじゃないか」とツッコミを入れているところだろう。しょうがないじゃない、今思いついたんだから。
 なによりも、相手の正体がわかれば、気持ちの上で楽になる。Google Mapを起動すると、果たして車庫と思われる画面が出てくる。あとは縮尺を縮めれば、自分がどこにいるかということくらいがわかる。画面はいったん東京都の中心あたりを表示し(縮めすぎた)、調整すると、三鷹の車庫だということが判った。三鷹。だいたい普段乗る電車の終点で、ずっと昔に、ここの駅前からバスに乗ってアジアの資料館を見に行ったことがある。そのくらいの記憶しかない場所だ。三鷹からだったら始発に乗れば、七時前には家に帰れるだろう。まぁ、帰っても仕方ないけど。そのまま学校なんだけど。とんだはじめての朝帰りになってしまった。
 相手の正体を知るとずいぶん気持ちに余裕が出るもので、この時点から「なんとかして帰ろう」といいう気持ちよりも「少しでも睡眠をとろう」という気持ちのほうが強くなっていた。幸いに(あんまり行儀のいい話ではないが)横になる場所はいくらでもある。せめて、とお母さんに状況説明のメールを入れて横になる。三時を回ろうとしていた。あと二時間もすれば、きっと誰かが見つけてくれるさ。

 目が覚めるとずいぶんと眩しかった。またずいぶんと寝てしまったのか。どうなっているんだ、自分の体は。
 車内には十数人の人がいたが、わたしが横になっていた座席を円くはずして座っている。流石に恥ずかしくなって(へそが出ていた)慌てて起き上がるが、特に気にされていないふうだった。とにかく、外が眩しかった。海が見えた。暑いくらいの日差しと相まって、五月の海がギラギラしている。なにかとんでもないところに来てしまったなぁ、とぼんやりしていると駅についた。聞いた覚えのない駅だったが、ドアの上の路線図には名前がある。安心する。
 ケータイに着信が十一件ある。やや考えて、ホームに出た。いまさら時間のことを考えても始まらない。みんな家からの着信だった。電車のドアの締まる音を背後に、電話をかける。出なかった。母親は今の時間、パートだろう。全部母親からの着信かと思いきや、一件だけ父のケータイからのものがある。父親は単身赴任だ、きっと母から連絡が行ったのだろう。ふと、指が父に電話をかけた。三コールで「お、どうした?」と父の声がする。「いや」「あ、なんでもないんだ。今日の夢にセイちゃんが出てきてね。最近声を聞いてなかったから、朝なら居ると思ったんだ……もう学校だろ? それとも、通学中?」
「うん、まぁ」しばらく話してから電話を切った。ホームから砂浜がうっすら見えて、消波ブロックに護られた海がぎらぎらと騒いでいる。八時半。八時半か。
 屋根のないところの多い駅で、日差しから逃げて駅舎に入ると、改札は無人である。次の電車まで二十分近くある。自動販売機でお茶のペットボトルを買い、トイレに行き、先にトイレに行けばよかった、などと考えて出てくると強い風が吹いた。西へ吹く、強い風だ。
 あ、吹き飛ばされる、と直感でわかったがそれは間違いで、わたしの身体は風に少しずつ削られて分散し、そのままはるか上空に巻き上げられていった。空気の混じった分倍くらいに大きくなったわたしはこれから戻るべき方向へと漂い始めた。海沿いから建物の数が一気に多くなり、川を越えるたびに建物がどんどん高くなる。あれが東京ドーム、あれが東京都庁、と眺めていくうちにどんどんと高度が下がっていく。地表から巻き上げられた埃と春の日差しの臭いがする。(わたしには関係ないが)きっと花粉もいっぱい飛んでいることだろう。住宅街の中にある見慣れた高校へと(いや、上空か見るのは初めてか)私はなすがままに吸い寄せられていった。二年二組、廊下側から二列目の前から二番目。わたしは首筋に穴のあるのを確認して、するりと潜り込んだ。
「あ」
 声が出る。漢文の授業中だった。
(おしっこ、いきたいなぁ)
「え、何か?」
 そりゃあいきなり声が出れば、聞くわな。
「いえ、なんでもないです」
「ならよろしい。ええ、胡蝶の夢。胡蝶である私荘周である私、どちらが真実の私であるか――」
 この話にオチをつけねばならないとすると「結局わたしは昨晩、家に帰っていなかった」ということだ。つまりは「だってそうだったんだもの」と強弁せざるを得ない事象が起こっていたということだ。今日は部活がないのでそのまま真っすぐ帰ることにする。緊急で母親とは話したが、塾に行く前にちゃんと事情説明をせねばなるまい。
 また電車に乗る。今度は眠らないようにせねば、と思うが、四駅なのですぐにホームに降りた。
でんしゃ    サヌキマオ

楽屋
今月のゲスト:田村俊子

 峰子は、もう半時間ほど泣きつづけていた。この部屋に出たり入ったりしていた人たちは、峰子の泣いてる姿を見ても、また初まったという様な顔付でちらりと見たばかりで、そのわけを聞いてやろうともしなかった。合部屋のやな枝﹅﹅﹅が喜劇に出る貴婦人の扮装なりで、出口で靴を穿いていたが、やがて床の上をそろそろと踏みかためて行くような軽い靴の音を残して、行ってしまってから、そこいらにまごまごしていた衣装屋も、火鉢に乗っかかって巻煙草に火を吸いつけると、直ぐに部屋を出て行った。
 峰子は、ざわざわしていた自分の周囲まわりが、急にひっそりした事に心づくと同時に、ふいと、今までの悲しみがを断ち切ったように途絶えた。あとからあとからと溢れてくるような悲しみが押さえきれないで、さも悲しさを心の奥へ突き戻すような心持で、半巾ハンケチをおさえた指に力をぐっと入れて目がしらを潰すようにしていた両手を、この時ようやく峰子は放した。そのはずみに、さもかれていたような涙が、生ぬるくばたばたと流れたが、それで峰子の悲しい思いはすっかりとお終いになった。
「ああ。ああ」
 峰子はこう息をついて、電燈のかさの影をふっさりとこしらえている白い壁をぼんやりと見詰めた。壁の色の通りに、その心が白っぽく、なんにも無くなっていった。長い睫毛が涙でれて、目のふちを濃くくま取らしたすみの色がほんのりと溶けて、いつよりも峰子の眼は大きくなっていた。
 峰子は鏡台の上に散らばっている白粉おしろいや刷毛を、こまごまと細い指で片付けて、どれも小さい抽斗ひきだしへちゃんとしまってしまうと、もう一度さっきの濡れた半巾で、自分の顔に残っている涙を拭った。自分の汚れた顔を鏡に映すのがいやで峰子は、成るたけ其所等そこいらを取り纏めてから、手拭を持って立った。峰子は浴衣の上に赤い縞のはいった荒い銘仙めいせんあわせをかさねて、赤いしごきを巻いていた。

 ――あなた帰って下さいよ。こうしていると悪いから。
 ――だって、ほんの冗談に来たんだよ。エリヤンは何でもあんまり真面目に取り過ぎるから困る。それじゃ帰る。おやすみなさい。
 ――おやすみなさいは、さっき云ったじゃありませんか。
 ――ほんとに僕は、あんな処に居るのは、一日でも厭になった。コーテリオン夫人と、男の給仕と、たった二人の相手だもの。ああフリードランド街はどんなに面白かったろう。
(二人はその時握手した)
 ――おやすみなさい。
 ――それっきり? たいへん、今日は、よそよそしいねえ。
(男が女を抱こうとした)
 ――わたしをいじめて、いやな思いをさせたいのですか。いつからこんな事がお好きになったの?
 ――怒ったの?
 ――怒ってよ。
 ――堪忍しておくれ。ね、ね、ちょいと庭へ一緒にこないの? 少し植込みの中を散歩しよう。
 ――いやですよ。
 ――ほんの、ちょいと。まだ怒ってるの? 堪忍してくれないの?
 ――堪忍しますよ。
 ――このまま別れちゃ、僕は今夜眠れない。僕はなんという馬鹿だろう。

 峰子は、さっき演った自分の持ち役の、四幕目のあるシーンを思いうかべながら、
 ――わたしを苛めて、いやな思いをさせたいのですか。いつからこんな事がお好きになったの?
と云う言葉を、口の内で云いながら梯子段を下りて行った。
 そうして、峰子は、その自分の相手になる男に扮する俳優の顔を、このとき暗い梯子段ではっきりと思い出した。背が高くって、唇が厚くって、まじめな眼色めつきを持っているその男の顔が、峰子の睫毛の先から朦朧とにじみだしたように、高い天井から下がっている階段の中途の電燈のかげに、ふと見えた。そうして、舞台の上で男が自分をいだこうとする時の息せわしい呼吸が、峰子の頬の皮膚に伝わったような気がして、峰子はびっくりしながら片足を一段から下そうとしたままで、その足をちょいと留めて自分の顔を振った。
 まぼろしは直ぐに消えてしまったけれども、峰子の胸の血は微かに揺れていた。今まで毎日逢ってはいるけれども、別にはなれていて思い出したこともないあの男の顔を、今偶然に思い出したことが、峰子には不思議な判断になって自分の頭に残った。その男は今の幕の喜劇で、主要な人物になって動いている。――けれども、峰子は、男に就いて、もうその先までを連想もしなかった。思いがけなく相手になって、芝居をしているその俳優の顔を、湯殿へ行く途中で思い浮かんだ瞬間が、峰子にはなんという事もなく嬉しかった。あの男に対していつの間にか、私の知らない間にある情誼じようぎを通わしていたのかも知れない。そのなさけが、私の心の隅に私にも知らさずにかくれていて、いま人知れず男のまぼろしになって私の眼の前に現われたのかもしれないと思った。
 そう思うと、峰子は、あの男が好きになってもいいような気がした。ほんとうに今まではあのひとに就いてなんの注意もないと思っていたけれども、いつの間にか好きになっていたのかもしれない。
「小山さん」
 峰子は、男の名前を考えながら、欄干にしなだれかかるようにして下りていった。
「また、泣いていたんだってねえ」
 すぐ梯子の横から歩き寄りながら、洋服をた男が峰子に声をかけた。
「どうかしたの?」
「いいえ。いつもの癖よ」
 峰子は柔らかに云って、その男の前に手を出した。そのひとは若い劇作家で、今度の興行の舞台監督だった。すんなりと高い背を前屈みにして、すこし極り悪るそうに峰子の手を握ったが、直ぐに放した。
「しばゐが済んでね、衣装をぬいでね、鏡の前に坐るとじっと悲しくなるの。そうして、泣きたくってたまらなくなるの。泣けば、少しは疲れたのがよくなるの」
「一種の発作だね。神経過労なんでしょう」
「ええ、そうよ」
「病気ってほどでもないんでしょう」
「ええ、そうよ。誰れから聞いて?」
「僕、いまやな枝から聞いたの」
 男は強い香水の匂いのする半巾をだして、それを両手で持ちながら自分の口のまわりを拭いた。
 峰子はその匂いに打たれたような恍惚うつとりした気分になりながら、右へ折れて湯殿の方へ曲ってゆこうとした。
「じゃ、いっしょに帰るからね、今夜も。いや?」
「いいえ、よくってよ」
 こうは返事をしながら、峰子は、今夜もまたこのひとに、カッフェーからカフェーへ引っ張り廻されるのかと思った。峰子にはそれがひどく大儀なことに考えられた。ことに今夜は、このまま湯にもはいらず、車にでも乗って、家に帰って寝てしまいたいほど身体が疲れていた。それで、滅入った思いに沈みながら湯殿へはいると、風呂番の男に湯を取ってもらって、顔だけを洗った。
 一座のうちで、もうこうしてゆっくりと顔を落して、ふだんの気持になっていられるのは峰子ばかりであった。ほかのひとは総出で、いま舞台の上で見物を笑わしている。唇を一つ動かすにしても、まだ自分の所有の口のような気になってるものは一人もない。そうして、笑いに動揺してる見物の前で、友だちはみんな緊張した顔付をしているのだと思うと、峰子は自分だけ早く楽になったのが、かえって寂しくって飽気ない気もしていた。
 部屋へ帰ってくると、若い男が一人そこに坐っていた。峰子を見ると、軽く笑った。髪を長くしている男の顔は、色が白くって美しかった。
「今夜来てらしったの?」
「ええ」
「ちっとも知らなかったわ」
 峰子は鏡に向って、少し濃めにおつくりをした。しばゐが初まってから、だんだんとがれてくるような自分の顔面かおを、峰子はしばらくじっと見据えていたが、
「私、しばゐが済むと、一っきりづつ悲しくなって泣いてしまうのよ」
と云いながら、男の方を向いた。男は、何かおそろしいチャームを感じた様な眼をして、峰子の顔をしけじけと見たまま、直ぐには返事をしなかった。峰子はすっかり疲れていた。そうしてこの男の手にでも、誰れの手にでも抱かれていたいような気持になりながら、然り気なく立って、部屋着を脱ごうとした。その峰子の姿が、電燈の光りで白い壁にかげを映している。
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