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3000字小説バトル

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3000字小説バトル
第66回バトル 作品

参加作品一覧

(2006年 6月)
文字数
1
小笠原寿夫
2265
2
2997
3
れおん
2506
4
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
5
ごんぱち
3000
6
るるるぶ☆どっぐちゃん
2388

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忘れえぬ日々
小笠原寿夫

 次の日の仕事は、前の晩から始まっている。くたびれた身体でバネットに、道具、本体、材料を積み込んでいく。全ての確認を終えたところで、明日の朝に備えて、ライトエースで大阪から神戸へ、高速道路で家路に向かう。

 今日の現場は、「新規の壁付け、MAPS」。昨晩、BOSCHの予備で積んでおいた重たいHILTIがバネットの荷台でガタゴトと音を立てている。カーステレオのラジオは、昨日の阪神タイガースの試合を振り返っている。
“ほんまに井川が情けない!今年の阪神どないなっとんねん!!”
 パーソナリティーの怒号は鳴り止むところを知らない。勝てば「六甲おろし」を歌うところだが、昨日は“エース井川”が散々だったらしい。そんな日は、多少、気も滅入る。
 9時過ぎに現場に到着して、スナックのマスターも務めているある電気屋さんが、まずビルの屋上の様子を見に行く。実はこの人、すごい人で、ここでは正体を明かさないが、父とスナックで飲んでいるときに知り合った。
 エレベーター機械室にある電気屋さんが入り、電源供給箇所を探す。その隙に屋上にブルーシートを敷き、本体(MAPS)、3共BOX、ポールにアンテナ、金具、道具類、材料類などを並べる。手元(先輩に必要な道具を渡す見習いの仕事)のぼくは、アンテナと同軸ケーブルをスパナで繋いだり、足りない材料を車に取りに行ったり。ベテランの先輩方がBOSCHで壁に穴を開け、アンテナ取り付け金具、3共、本体の金具をボルトで固定する。
「おい!17のガチャ用意しとってくれ!」
 先輩の声に、いつも何かしら威圧感を感じつつ、おぼろげに覚えた道具をバッカンに入れ、ロープのフックに引っ掛ける。
 アンテナポールが無事に立ち、水平器で真っ直ぐに立っているかどうかを確認しながら、セットハンマーでアンカーボルトを打つ。
 アンテナポール、本体、3共が備え付けられたところで、昼食。仕事に疎いぼくは、ある電気屋さんや先輩方の話を聞くのが精一杯である。まるで、虫のように食事を頬張る姿は、周りの先輩方にどれ程、不快感を与えたことだろうか。
 約一時間休憩の間に、煙草やジュースを飲んで、疲れを癒す。ある電気屋さんの下に集まった、(ぼくを含む)3人の電気屋は昼からの仕事のことで頭がいっぱいである。

「さぁ、始めよか」
 この合図に3人は動き出す。
 一人の先輩が配管のためのVE管とPF管の長さを目分量で告げ、ぼくは、それに従い、パイプカッターとスケールを使い、切り分ける。
「ついでにコンビネーションも2個ぐらい持って来て。」
 ぼくは、確認もせず、車に向かって、エレベーターを下りる。バネットの鍵で後ろのドアを開け、引き出しを漁る。やっとそれを見つけて、エレベーターに乗り込み、屋上で布のバッカンにそれらを入れて、ロープで上に上げると、上のほうで怒声が聞こえる。
「これコネクターやないか!」
「すいません!間違えました!」
「VEとPF繋ぐやつや!ええ加減に覚えんかい!!」
「すいません!」
 この仕事を始めて何回「すいません」を言ったか知れない。
 一人の先輩が、アンテナをポールに取り付け、角度を合わせている。
 もう一人の先輩が、配管のためのハンガーレールをドリルとビスと充電ドライバーで壁にくっつけている。壁に穴を開けたら、コーキングで防水処理をするのが、基本である。
 ある程度、作業が進むと手元の仕事は手持ち無沙汰になる。ぼくは荷物をバネットに下ろすよう命じられる。そこへ、ある電気屋さんから会社のPHSで呼び出される。2階のMDF盤まで来いとのこと。そこから屋上までビル内に通信線を這わす。それを「青白・黄白・緑白・赤白・青茶・黄茶…」の順に、本体に繋いで、エレベーター機械室から電源線を繋げば、作業は完了である。最後にMDFの通信線に丸札をつけて、自社名と「PHS」とを書く。すると親会社の親会社から、お金が貰えるという算段である。
 この時点で6時前。これから事務所に帰って、明日の積み込みをする。
 へとへとになった身体はライトエースの後部座席で、それでも休まることはない。

 余談ではあるが、その年、阪神タイガースは優勝した。

 仕事は始めるときより潮時が肝心である。この仕事を半年ばかり続けた頃だろうか。疲労とストレスで、もう何もかも終わってしまえばいいと思った。夜の夜中、皆が寝静まった頃、ぼくは睡眠薬を一粒ずつ飲んでいき、水をがぶ飲みして、布団に入った。
「これで全て丸く収まる。」
 何を勘違いしたのか、そう言い残すと、ぼくは布団の温もりに身体を任せた。静かに、苦しまずに死ねるならそれが一番いい。でもそれは間違いだった。

「命を懸けてまでする仕事ではない。」
 後日、洗いざらいを話した医師に、そう告げられた。救われたなと思った。先は長い。のんびり行こう。ぼくは生きている。それだけの他人の支えがあって、なぜここまで苦しむのか。人は忘れていく生き物。苦しみも喜びも感動さえも。

 きっちりケジメをつけようと思ったのは、仕事に行かなくなって、約一ヵ月後のことだった。ある電気屋さんのPHSに電話をかけ、貸していただいた作業着とPHSを返した。散々、嫌味も言われたがそれも仕方ないと思った。ただ、ある電気屋さんへの恩は忘れようとも忘れられない。初めて腰道具を巻いて、ラジェットを握ったあの腕の感覚と共に。

 ・ある電気屋さんから学んだこと
「まずは仕事の流れを覚えろ」
「男は結婚より仕事や」
「考えてから質問しろ」
「仕事覚えたかったら努力せえ」
「生きてるうちに頭使え」
「勉強だけはしとけ」
「目に力入れ」etc.
忘れえぬ日々 小笠原寿夫

僕の中の俺と私の中の僕

 胸がないのは残念だけど、それも魅力だと思ってた。
 声が低かったのは、子供の頃からだし、別に気にするほどのことでもなかった。
 僕は小川に…。

 公園に呼び出された。小高い森のような丘をらせん状に開いた、地元では一番大きな古い公園。市の開発計画で、公園はもうじき撤去されることになっていた。もう随分まえから、利用する人はいなくなっていたけど。公園の頂上には割りと広いグラウンドがあって、昔は町内会の野球チームやサッカーチームが場所取りで争っていたけど、今は雑草や砂利で荒れ放題になっている。
 グラウンドの端、セメントで一段上になったところに、ペンキの剥げかけた青いベンチがあった。蔦の絡まった屋根がついている。とりあえず、そこで涼んでいた。
 学校を自分の意思でサボったのは初めてだ。声色を変えて電話することが、こんなに緊張することだとは思わなかった。いや、それよりも、こんなにも簡単に休めてしまうことに気づいたのは、やばい事のような気がする。
 空が薄い。グラウンドの土から数センチ浮いた空間が歪んでる。
 しばらく呆然としていると、小川がグラウンドの向こう側、階段を上ってきた。膝頭のあたりが、やっぱり歪んでる。白いシャツと紺色のスカート、小川も制服だ。薄ピンクのハンカチで、広い額を軽く叩いている小川は笑っていた。少し安心する。
 やぁ、やぁといつもの幾分低い声で言いながら、小川は僕の隣に座った。
 何故か、僕から話しかけるのはためらってしまった。ベンチに座る瞬間、小川の視線が泳ぐのを感じた。
 蝉はもう鳴いていない。これだけ森が残っているのに全部死んでしまったのだろうか。ただ、熱さだけが残って。
「あの、ごめん、急に。大丈夫だった?」
 小川の言葉に、いいよ、と言って優しく微笑もうと思ったけど、彼女の方を向いた途端に喉がつまって、咳払いみたいになってしまった。曖昧に笑ってごまかそう。に、しても今日の小川は少し他人行儀な感じがする。
 小川は僕を見て、心配そうな顔をしている。割りと短く、肩の上で切りそろえられた黒髪。横から見る、白いブラウスに包まれた細い体。さらに厚みをなくしたような胸。頼りなさそうな腰。膝にちょこんと置かれたハンカチ。
 僕から顔を背け、彼女は呟いた。
「何から話したらいいのかな…」
 微かに顔をしかめる小川に、僕は言う。
「…何の事かわからないけど、話したらいいよ。幼馴染なんだし」
 恋人同士なんだし、とは言えなかった。少し悔やまれる。
 そうね、と焦点の合わない目で地面を見た小川は、小さく身を縮ませて、膝のハンカチを握った。
「あたしのチンコ、見る?」
 僕は、グラウンドを歩いて、高台から見える風景を見に行きたくなった。小川がさっき上ってきた階段のあたりから、海峡や町並みが見えるはずだ。
「ん?」
 ん? ってつい口に出して言った。僕の反応に、小川は耳まで真っ赤にして、うつむいている。僕は多分、目が泳いでいる。今、何て?
 彼女の声があんまり耳に入らない。
「多分、口で説明してもわからないと思う。あたしだって信じたくない。だから」
 僕は言葉を探した。探したけれども見つからなかった。思ったままを言う。
「あ、いや、でも、説明。してくれたほうが」
 もう、どんと構えてはいられない。ふざけて、いるのだろうか?
 小川は、顔を上げ、僕のほうを真っ直ぐ見た。細い首に喉仏。
 蝉はもう、鳴いていない。
「でも、関係ないこというかもしれない。でも、いずれ言わなきゃいけないから同じか。あたし、子供できないかもしれない。中学生なのに早いと思う? でも…、言わなきゃ迷惑になると思うから。あたし、女じゃない。でも、男でもない。そういう病気…病気じゃないかもしれない」
 彼女の言葉は震えていた。半分泣いている。
 ………。
 真っ白だ。
「あははははは」
 笑い声に、小川は引きつったような笑顔で僕をみた。驚いたのは僕も同じだ。脇に汗が、溢れる。笑ったのは僕だった。
 小川に激しく、右腕を掴まれた。勢いよく立ちあがり、僕も立ちあがった。涙目で、気圧されて、屋根のあるベンチの裏の階段をこけそうになりながら駆け下りた。赤土の斜面に生える草むらに引き摺り込まれる。
 僕が座り込んで、前に座った小川が、股を開いて、下着を下ろす。自分で。
「有り得ない、けど、見て、ほら」
 言われるまでもなく、僕は目を背けられなかった。
 友達から借りた裏ビデオ(モザイクなし)で、外人の膣なら見たことがあった。
 でも、小川のは、様子が違っていた。
 膣の上の方に、親指くらいの肉の棒があった。
「わかった?」
 彼女の声は、かすれていた。
 草いきれがする。
 僕は、思わず、手を伸ばした。
「ちょ、何触ろうとしてるの!」
「あ、ごめん」
 僕の手は電気ショックを受けたカエルみたいに引っ込んだ。
 小川はすぐにスカートで隠した。
 行き場をなくした手で、赤土をいじった。
 小川が、まるで他人の人生みたいに棒読みで語った。
「あたし今、病院でホルモン注射してる。これも、切る。少しは女らしくなると思う。でも、その、膣、は狭くて無理かもしれない。子宮も。生理、こないかもしれない」
 小川は…。
 僕は…。
 小川は…。
 僕は…。
 小川の、声はしっかりしていた。
「別れるなら、今だと、思う」
 小川は、…立派だ。
 僕は。勢いしか、ない。声が、出た。
「小川は、嫌? 僕は、別れたくない」
 彼女の表情がみるみる歪んでいく。今までに見たこともない、醜いと言ってもいいほど歪む。僕は何故だか憎しみが浮かんだ。
「分かってない!」
 ほとんど声になってない奇声で、小川が叫んだ。
 だから、僕も叫び返した。
 ベルトに手をかけて、怒りに震えた。
 ズボンと、パンツも一気に下ろした。
 草むらから、上半身が出た。
「うるせえ! 俺だって、こんなに、小さいんだよ!」
 草むらの中で、小川は、僕の下半身を見ている。まだ、毛の生え揃っていない、彼女のそれより小さいそれを。
 小川の声はくぐもって、より一層、低かった。
「絶対絶対絶対絶対、信じられない!」
 怒りが、なんか、壁を超えた。弾けた。閃光が。何だ。これ。
 僕は、また草むらの中にもぐって、小川の股を力づくで開いた。レイプなんて最低だ、と思っていた僕が。何故。
 彼女はまだ下着を着けなおしていなかった。
 奇声を上げて、嫌がる小川。僕は細いウエストにしがみついて、スカートをはぐった。制服の粗い目を抜けて、陽光が差し込んでいた。小川があんまり暴れ回るので、僕らは斜面を転がった。赤土の冷えた感触が、雑草のぬるい感触に変わった。
 僕は、必死に彼女の肉棒をなめた。膣ごと全部なめまわした。
 小川も必死にもがいていた。
「ちょ、何するの、変態! …く、くすぐったいっ」
 彼女は、いつの間にか、大きな笑い声を立てていた。
 犬を散歩していたおじさんが、見ていることには二人とも気づかなかった。

 結局、何もできなかった。
 小川は多分、僕がそんな根性のないやつだということが分かっていたと思う。
 何がどうして、どううまくいかなかったか、説明できない。あえていえば、僕が決断できない人間で、精神的に不安定で、未熟で、どうしようもないやつだということじゃないだろうか。
 ただ、今でもメール交換だけはしてるんだ。
 チャンスは狙ってる。でも、今の僕じゃ、まだ無理だ。と、思う。
僕の中の俺と私の中の僕 葱

あたしのしせん。
れおん

気がつけば、目が追ってる。
どうやら、あたしの瞳は、君しか見てないらしい。

私の瞳の先にある人・・・・今村 純は人気がある。
男子からは気の良い奴と言われ、女子からはカッコいいと言われ。

1年の時は顔どころか、名前も知らなかった。
2年の時、純と仲の良い男子と同じクラスになり、席が近かったこともあって仲良くなった。
そこによく遊びにきた純とも自然と話すようになった。
馬鹿らしいことしたり、一緒に大笑いするくらいに仲良くなっていた。

それでも、それ以上の感情は起きなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・はず。

3年になって同じクラスになって以来、気がつくと純を視界に捕らえてる自分が、いる。
右斜め前の席に座っている、少し赤みがかかった茶色でストレートの頭を見つめてたりする。

気がつけば、いつもそうだ。好きな教科のときでも、ふと気づくと見てることがある。

こんなのって。こんなのってまるで。

・・・・あぁ、気づきたくない。本当に、それだけは勘弁して欲しいの。
純の隣にいられなくなるのは嫌なの・・・って、こんな風に思ってること自体、もう手遅れなんだけど。

左側、後頭部のあたりに、痛い視線感じないかしら???

そんなこと考えてたら、純が振り向いた。
何で変なタイミングで振り向くかなぁ!!!?

視線逸らすことも出来ないくらいに固まっている私に、純はニッコリと微笑んだ。

・・・・・笑顔を振り撒くな。この野郎vv

その直後。
4時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
・・・・マズイ。絶対聞いてくる。うん。楽しそうな顔で聞きに来る。確実に。

あいつはそうゆうやつだから。

「さっちゃーんv俺のこと見てたっしょー?」

ニコニコしながら聞いてくる腹黒いやつに、内心の動揺を抑えつつ、冷やかな視線を送る。

「偶然よ。ってか、何で振り向いたのさ?びっくりしたでしょ??」
「何ででしょーう??」
「いやいやいや、あたしに聞かれても。それに答えになってない」

あたしは半ばあきれ返った顔をして、相変わらずニコニコしている純から目を離した。
そして、英語の教科書とノートを仕舞って、お弁当を持ち、席を立った。

「あれ??どこ行くのー?」
「屋上。天気良いし、たまには外で食べたいの」

今は見たくないの。気づきたくないの。この気持ちに。視界に入らないところに逃げたいの。

「それじゃ、俺も行く♪」

それじゃ、意味ないじゃないか!この無神経男め!!!!!!!!

「・・・・・・来んな」
「こらこら、ひどいよ?友達に向かって」

そんなこと言いつつ、全然堪えてないって顔してる。
ひとつため息をついて、勝手にすれば?という言葉を残し、教室を出た。

「視線をね、感じたんだよ」

屋上のフェンスに寄りかかりながらお弁当を食べているあたしに、結局ついてきた純が言った。
視線を上げたら、目が合った。
ちょっと照れてるっぽいあたしに、ニッコリ笑いかけてきた。

「あっ、それ美味しそう♪」

っと、言って、厚焼き玉子をつまむ。

「んっ、美味しいv・・・・・でね?振り返ったら、さっちゃんと目が合いましたとさ。めでたしめでたし♪」
「・・・・・・・・・・めでたくないから」

・・・・・気づいてたのか。そうか。あれだけ見てりゃね。気づくか。

「そうですか」

恥ずかしくって、顔見てらんない。
早く此処からいなくなりたい。

平静を装い、残りのお弁当をかき込み、手早く片付け、立ち上がった。
軽くスカートをはらって、ドアへと向かう。

「あの、最近よく視線を感じるのですが。たまーに刺さるような感じも、ね??」

後ろから問い掛ける声に振り向くと、純も立ち上がり、こちらへ向かってくる。

「悪意はないんだけど??」

痛いも、感じないかと思ってはいたが、刺さっていたとは。
それほど見ちゃってたんだね、あたしは。これは重症?末期??

うん、気づいてはいるんだ。ただ、認めたくないだけ。
だから、目で追ってしまうんだ。

「うん、じゃあさ、何で俺のこと見てたの??」

あたしの目の前まできた純が、ニコッと笑ったまま聞いてくる。

・・・・・・・・・・・言うべきか否か。

言ったら、今までのように隣で笑いあうことが出来なくなるかもしれない。
でも、毎日見てるだけじゃ、変わらないのよ。

言葉にしなきゃ。伝わらないんだよ。

あたしは、純をまっすぐ見つめながら、ごく普通に言った。

「あのね、あたしはどうやら、物凄い身の程知らずで、何が言いたいのかっていうと・・・・」

深呼吸をした。風が涼しかった。

「純のことが好きらしいんだ」
「へぇ・・・・・・んっ??・・・・・・・って、えっ????」

ニコニコ顔が、ほぉら、目を見開いたびっくり顔に早変わり。

「クラスが一緒になって以来、目で追ってたの。いつもそう」
「・・・・・」
「偶然じゃないの。いつも。純ばかり見てる自分がいるの。恥ずかしいくらい馬鹿でごめんなさい」

目をぱちくりさせてる純。
最近、後頭部ばっか見てて、まともに顔、見てなかった気が。
真正面から向かい合った状態で話すなんてことしてなかったから、その綺麗な顔をじっと見てしまう。

「これが、視線の理由。以上!!」

お互い見つめあったまま、その場から動けず。
そして呟くように、囁くように。聞こえてきた、純の声。

「そんな目で・・・・見つめないで??」

その言葉の意味は、どう受け取ればいいの??
困ったような顔をして、あたしは純を見た。

耐えられなくなったのか、純は少し頷いて。

ごめん、だけど。無理なの。あなたしか見えないのよ。
顔、赤くなってる気がするけど。見られて照れるような人間じゃないでしょ?君は。

「参ったなぁ・・・・そんな風に見つめられると」

という言葉と共に。
純の手があたしに伸びて、視界が急に真っ黒になった。
背中に腕の感覚が合って、微かに頬と頬が触れていて。
抱き締められているあたしの耳元に聞こえてきた、純の声。

「俺もさ・・・・・好きでたまらないんだから」

声も出せずに、純を見返せば、同じようにあたしを見つめる視線にあった。
純の目にあたしが映って、あたしの視界は純で埋まる。

「俺だけを、見ててくれる??」
「・・・・・そっちこそ、よそみしないでよ??」

優しく笑う純の手が頬に触れて、あたしの視界は、彼で埋まる。
あたしのしせん。 れおん

(本作品は掲載を終了しました)

飴売りの糖子さん
ごんぱち

 アメ色のスーツに、キャンディ柄のネクタイをしめた糖子さんが、次に呼び鈴を押したのは、雪みたいに白いドアの家でした。
「邪魔しないでくれないか」
 中から顔を出したのは、むすっとした顔の有蔵さんでした。ドアと同じく白い服。
 でも、糖子さんは自然と顔が笑っていました。
「あら、良い香り」
 有蔵さんと一緒に、甘い甘い香りが流れ出て来たのです。
「バニラビーンズ、カカオにミント、紅茶、コーヒー、キャラメル、ミルクにシナモンもありますね。みんなお菓子に良く合う香り」
「それは当然です、ここはお菓子屋ですから」
 有蔵さんの服はパティシエの作業着で、ほっぺや手には、粉や砂糖がくっついています。
「パティシエさんですか?」
「はい、菓山有蔵と申します」
「でしたら、お菓子は大好きですね」
 糖子さんはアタッシュケースを開きます。
「私はアメのセールスマンの、飴宮糖子と申します。アメをお一ついかがです? 蜂蜜入りののどキャンディーに、透き通っているべっこうのど飴、きな粉のどアメ、黒のど飴、チューイングタイプのソフトのどアメ」
「どれも、のどアメばかりですね」
「のどアメの方が売れるのです」
「そう、正しくそれなのです」
 有蔵さんは、また眉間にシワを作ります。
「のどアメはお嫌いですか?」
「いいえ、喉がいがらっぽい時に食べるのど飴は、有難いものです。天使の至福、地獄の仏、月のスッポン」
 有蔵さんの手は、アメを練る時のやけどがいっぱいあります。
「しかし喉が痛くなく、いがらっぽくもなく、何一つ、そう何一つ喉に落ち度がない時に、のどアメを食べるのは、のどアメに対して無礼だと思うのです」
「でものどアメは医薬品ではありません。喉を癒すかも知れませんが、喉を癒す効果をうたったものではないのです」
「だとしても」
 有蔵さんは仕事場に行きます。
 水飴と水と砂糖を煮詰め、泡立つ鍋をかき混ぜます。
「のどアメと言う以上、期待をせずにはいられません。健康食品に一辺の健康効果がなくとも、健康を期待する気持ちは否定できません。安売りの値札は例え高価であっても安買い心を満たします」
 煮詰まりかけたアメを取り出し、荒熱を取って丸めます。空気を含んだアメはきらきらとして、まるで絹糸を束ねたよう。
「アメは第一にアメであるべきだと思うのです。アメはアメという娯楽ではないのでしょうか」
 丸いアメ、動植物の姿をしたアメ、棒の付いたアメ。
 有蔵さんの手は、魔法のように様々なアメを作り出して行きます。
「ですから僕は、アメを作るのです」
「ただのアメを?」
「はい。喉に良くも悪くもない、しかし、食べずにはいられないアメを」
 固まったアメを、有蔵さんは一つ口に入れます。
「でも、まだ足りないのです」
「美しく、おいしそうなアメですが?」
 有蔵さんは作り上げた飴細工を叩きます。数分前までは柔らかかったアメは、音を立てて折れました。
「のどアメと僕のアメがならんでいて、まだのどアメが選ばれる」
 有蔵さんは、とてもとても悔しそうな顔をして、またアメを作り始めました。

「餅はお菓子屋、アンコはお菓子屋、アメのことはお菓子屋さんに頼みましょう」
 糖子さんは、森の中のその奥の、パティシエクロヤマのお店にやって来ました。
「あら?」
 ドアの前には貼り紙が一枚。
『五年先の冬に備えて、仕込みに入るので、しばらくお休みにします』
「待てば海路の日和あり、だけど陸路はどうかしら?」
 糖子さんは、ふと、地面に白い筋を見つけました。
「お砂糖ですね」
 砂糖の筋はぐるぐるぐるぐるとあちらこちらを廻った後、店の裏の穴の奥に続いていました。
 糖子さんは、ランタンに火を灯して穴に入ります。
 穴は長くて狭くて頭をぶつければ、上から土が落ちて来そう。
「でも有蔵さんのアメが売れるためですもの」
 糖子さんは、落盤が起きない程度に元気よく、砂糖の筋をたどりますが。
 分かれ道の前に来たところで、砂糖の筋が途切れていました。
「右に行きましょうか、左に行きましょうか」
 右へ少し進むと、行き止まりでした。
「良かった、これで、左が正しいって分かりました」
 糖子さん、今度は左へ進みます。
 左の道はすぐに行き止まりにはなりません。
 穴はいつしか下へ傾き、しまいに垂直の穴になりました。
 糖子さんは穴の奥を見下ろしますが、暗くて何にも見えません。
 見えませんが。
「あら?」
 嗅いだ覚えのあるほのかな香り。
「間違いない、バニラです」
 糖子さんはランタンをしっかり抱えると、ひょいと穴に飛び込みました。
 縦穴の壁をズルズルガリガリ引っ掻いて、スピードを弛めながら、糖子さんは降りて行きます。
 土がボロボロ崩れて、糖子さんは泥だらけ。
 それでもどんどん下がります。
 ボロボロボロボロ、ザラザラボロザラ、ズルガリガルズリ。
 と。
 ふいに、引っかかりがなくなりました。
 どしん!
 糖子さんが落ちたのは、とても明るい場所。そして、とても良い香り。
「おや、お客さんですか?」
 アリのパティシエたちが、驚いた顔をして糖子さんを見ます。
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたか?」
「いいえ、アリは常に備えているもの。あなたが落ちて来て、例え店が全部壊されたとしても、百年は暮らせるだけの蓄えがございます」
「それなら良かったです。ねえ、クロヤマさん」
「はい」
「はい」
「はい」
「はい」
 みんなが一度に返事をします。
「どなたがクロヤマさん?」
「我々みんなが、パティシエクロヤマです」
「それなら、一番近いクロヤマさん」
「なんでしょう?」
「のどアメよりも売れるアメのレシピをご存じなら、譲って下さいませんか? 有蔵さんに教えてあげたいのです」
「でもあなたは、それをして何の蓄えになるのですか?」
「有蔵さんは、お金が蓄えられる、でもあなたは?」
「そうです、あなたは何の蓄え?」
「愛?」
「恋?」
「友情?」
「家庭の事情?」
「まだよくは分かりません。でも、有蔵さんの作ったアメを、アタッシュケースにぎっしり詰めて売るのは、多分幸せだと思うのです」
「なるほど、アメ売りさんですか」
「ならば合点がいきました」
 クロヤマたちが、古びたレシピ帳を持って来て、ページを開きコピーしました。
「ありがとう、さようなら。クロヤマさんたち」
「気をつけて」
「もしも、鬼火が現れたら、走って逃げなさい」
「もしも、竜が道に横たわっていても、逆鱗にだけは触れてはいけません」
「もしも、空が落ちて来たら、穴の中に逃げなさい」

 糖子さんはミルクみたいに白いドアを叩きます。
「こんにちは」
「どうしたんですか糖子さん、そんな格好で」
 驚き顔の有蔵さん。
 糖子さんのスーツはすっかり土色、ネクタイの柄も見えないし、髪も土埃でバサバサです。
「ごめんなさい、こんな格好」
「いいですよ。でも、どうしたんですか? それが心配です」
「なんでもないんですよ」
「本当に?」
「アメに賭けて」
「でしたら、心配は止めましょう。そして、嬉しいお知らせです」
 有蔵さんは、長く長くしまい込んでいた分を全部まとめてにっこりと、笑いました。
「ただのアメが完成しました」
 有蔵さんが、キャンディーボトルを見せました。中のアメが、朝日を浴びて虹色に光っています。
「どうぞお一つ、糖子さん」
 糖子さんは、レシピをポケットに残したまま、アメを一つ食べました。

 糖子さんはにっこり笑いました。

 にっこりにっこり笑いました。
飴売りの糖子さん ごんぱち

パレード パレード
るるるぶ☆どっぐちゃん

 パレードかと思ったら葬式だった。色とりどりの衣装をつけた人々が音楽をだかどこ鳴らしながら歩いているのでパレードと思ったが葬式だった。これがこの国のやり方なのらしい。
「ねえ、誰が死んだんだい?」
 女に連れてこられたのひどく古く、そして入り組んだ構造のビルで、階段を昇り降りし、扉を何回も抜けてようやく部屋へたどり着いた。
「葬式なんだから誰か死んだんだろ? ねえ、誰が死んだの?」
 テレビはニュースが流れていて、コンクリートの壁の前に立ったアナウンサーがこちらに向かって原稿を読んでいる。たった今、男が逮捕されました。男は10年前に国営銀行から数十億円の現金や美術品などを盗み出し、逃走していましたが、先ほどついに……
「ははははは、馬鹿野郎どもめ、10年遊んでやったぞ! 10年好きなことしてくらしたぞ! 女! 酒! うまいもの! ファック! ファアック! この馬鹿野郎どもめ! ざまあみろだはははははは」
「10年ね、10年といえばね、わたしも10年間旅をしているんだよ」
 10年ほど前、年上のガールフレンドとともに暇だから行った美術館で、わたしは絵画に目覚めてしまった。ギュスターブ・モローのヨカナーンに、わたしは心から痺れてしまったのだった。
(おまえに口付けしたよ、ヨカナーン)
 それから絵を始めたが、わたしは全く上達しなかった。仕方が無いから適当に落書きを続けた。落書きをしながら、旅をして回った。全くもって愉快であった。愉快であったが、わたしは落書きを飽きてしまった。描くという行為ではもう感動しなくなってしまったのだった。
「10年! あたしは10年前にね、映画を観たのだけど、凄く素敵だったわ!」
 女はわたしを振り向くと嬉々として喋りだした。
「ええとね、本当に素敵な映画でね、本当にかわいい映画でね、白黒でかわいくてね! ローマの休日っていうのよ!」
 女は映画について楽しそうに語ったが、ところどころあやふやで、妙なキャラクターが出てきたりで、本当にローマの休日なのか怪しかった。しかしわたしも特にローマの休日に詳しかったわけでも好きだったわけでもないので、非常に混乱した。女の言うとおりの話だったような気がしてきた。太宰治の人間失格と斜陽は非常に似通っていてどのエピソードがどっちの話に出てくるものなのか、クイズをやったらとても楽しいだろうけれど、とにかくそのような感覚に襲われた。
「ねえ、フェラチオしてあげる」
 女は楽しそうにオードリー気取りでそう言った。わたしの股間へと潜り込む。
 窓の外を見ると、向かいもこの建物と同じような、複雑な形をした古いビルだった。あれは教会かい、とわたしは聞いた。女は、ドルじゃなくてフランで払ってね、フランよ、と答えた。
「ねえ、誰の葬式なんだい?」
 女はフェラチオに夢中で答えない。
「燃えていくね」
 テレビは再び宇宙コロニーの画像に戻った。赤く燃え落ちていく宇宙コロニー。
「あれは助からないな」
「そうね」

(もしもし)
(ああ、ええと)
(解ってる。適当にダイヤルしたのでしょう?)
(そう、正解。女を買ってフェラチオさせたら文無しになっちまった。コイン一枚しか無いからね。どうしようもないから電話ボックスに入れて適当にダイヤルしてみた)
(そう)
(良くこんな電話かかってくるの? 慣れているようだけど)
(そうね。良くかかってくる。適当に押した時、一番ダイヤルしやすい番号の組み合わせなのかもね)
(そうかもね。とりあえずね)
(はい)
(こっちは寒いよ)
(そう)
(そっちは)
(さあ。別に。暑くも無く寒くも無く)
(白いワンピースなんか着ているんじゃないかな)
(うふふふふ)
(一分ってなかなか長いね。まだ切れない。もうちょっと話してて良いかい?)
(ええ)
(ええと。宇宙コロニーのニュースは、観た?)
(ええ)
(そう)
(あれは綺麗だったわね)
(ああ。そうだね)
(光の中に包まれて。ねえ、あの人たちはさ、きっと助かるわ)
(まさか)
(本当よ。あんなに綺麗だったのだもの。そういうものよ)
(そうかな)
(そうよ)
(そうか)
(明日は雨だそうよ)
(そいつは良いな)
(もう寝ましょう。明かりを消して、さ)
(そうだね)
(おやすみ)
(おやすみ)

 宇宙コロニーの人たちは助かった。奇跡的な生還だった。
 一方わたしは、再び絵を描き始めた。描き続けた。落書きをやめ、わたしは描き続けた。

(もしもし)
(はい)
(ああやっと繋がった。また話せるね)
(今日は忙しいのよ。お葬式なの)
(そうなのか。残念だ)
(そうね)
(綺麗な服を着て、歌ったり踊ったりするのか?)
(そうね。そして飲んだり食べたり泣いたり笑ったりよ)
(誰が死んだの?)
(おめでとう)
(え?)
(絵が売れたのでしょう?)
(そう。良く解ったね、その通りだよ。売れたんだ。サロンで最高金賞受賞だよ。凄い評価されたよ。今から受賞式なんだ。凄いだろう?)
(ええ、そうね。頑張ってね)
(ああ、そちらもね。お葬式、頑張ってね)
(ああ)

 わたしはタキシードに着替え、パーティ会場へと向かった。
 道はどこまでもまっすぐ。綺麗な建物が並び、静かに車が通り過ぎていき、ゆっくりとした音楽が聴こえ。
 わたしは歩き続ける。
 ふと見ると、建物という建物に、白いワンピースの女が立っていた。こちらを優しそうなまなざしで見つめている。わたしは歩き続ける。
 歩き続ける。
 遠くから一人の男がやってきた。もこもことしたシルエット。
 宇宙服を着た、わたしの顔をした男だった。
「やあ」
「やあ」
「今から葬式さ。大変だよ」
「大変だな、まあ頑張ってくれよ」
「ああ」
「じゃあな」
「ああ、お前も、頑張るんだぜ」
「ああ」
 歩き続ける。でかい絵を抱え、わたしは歩き続ける。白いワンピースが風にゆれ、白い脚が見える。どこからか音楽。わたしは歩き続ける。パレード。わたしは歩き続ける。