ガラスケースストリート
るるるぶ☆どっぐちゃん
オメガストリートには今日も爆弾が降り注いでいるので綺麗だ。爆弾は最新式のもので、空間消滅弾という。詳しくは知らないが、どうやら強固なカプセルに小さな「負」の質量を持つ物質を入れて、落とす、そのようなものらしい。それで、また詳しいことは勿論解らないが、カプセルが開くと「負」の質量が周囲を、およそ一メートルくらいであろうか、を吸い込むように消滅させる。強く光る白い光であり、ネオンサインなどとは比べ物にならない、とても綺麗なものだ。この前の国連決議で承認された「人道的」な最新兵器である。無駄に大きな爆発を起こさないし、あくまで周囲の空間を消滅させるだけなので、汚染も無い。原料はウランであるが、原子力発電所からで核廃棄物から、非常な低コストで生産できる。この前まではレーザービーム兵器がよく使われていた。レーザービームっていったってガンダムが発射するようなものではなく、強烈な発光弾であり、その強烈な光で見るものの網膜を焼き切る。建物には一切被害が無い「人道的」兵器と喜ばれたものだったが対象者の視力を永久に奪うことから「人道的」では無いと判定された。そのような経緯からオメガストリートの住民はぼこぼこと穴が空いた、トムとジェリーに出てくるチーズのような建物に住んでいて、そして盲目のものが多い。基本的には彼らは風俗業をその生業にする。そして皆に大事にされて、仲良く暮らしている。きれいな服を着せてもらい、男も女も化粧をしてもらい、とても可愛がられる。うちの妻子もそのような商売をしていた。そしてわたしもそのような商売をしている。化粧を施され、ドレスを着て、わたしは部屋で待つ。たちこめる香の香り。やがてドアが開き、足音が聞こえ、わたしは抱かれ、キスをされ、立たされ、性器をくわえられ、そして性器を自らの口にくわえる。
内戦は長く続いているので対空砲も面倒になってきていて実にいい加減に撃つし、敵のパイロットも何か読書か、それじゃなければ日記でもつけながら飛んでいるのか、爆弾は適当に落ちてくる。住民のほうも慣れたもので、今日もよお降りまんなあ、なんてな調子でひょいひょい避ける。
この国の成り立ちはなかなかに複雑で、解りづらく、そもそも内戦が長く続きすぎていて生活の一部になっていたので、当分の間、戦争は終わりそうに無い。
国技といえるスポーツは野球。だが内戦という事情から国際試合には参加していない。というよりも、そもそもそういう行為には国民はあまり興味が無い。やり方も他の国々とはちょっと違っている。バッターはちょうど打ちっぱなしのゴルフ場のように横に沢山並んだバッターボックスの中に入る。そして同じように対面する相手ピッチャーの投げる球をとにかく打ちまくる。打って打って打って、打ちまくって、ボールは沢山の数が内外野を転がり、それを野手のものたちが拾いまくる。拾いまくって投げまくる。一応ベースも一塁、二塁、三塁、ホーム、とあり、改心の一撃を放って満足したら、あるいは打ち疲れたらベースに向かって走る。機を見てまた次の塁へ走る。前のランナーを追い越さないようにしなくてはいけない。各ベースにぎっしりと人が集まり、進塁の機会をうかがう。タッチアウトやダブルプレーも勿論あり、トリプルプレーや、華麗な守備からの百人プレイなんてものも成立する。ピッチャーはバッティングがしたくなったら交代してもらい、空いてるバッターボックスに立って構える。そして打ちまくる。打って打って打って、打ちまくる。ルールは一見あって無きが如くのようではあるが、一応チーム対抗戦であり、勝ち負けもある。監督はかっとばせ、と激を飛ばす。皆がかっとばす。他国のルールの野球にはこの国の人々は馴染めなかった。どうも解りづらくていけない。そのような理由で。そういえばこの国は内戦状態という理由もあるが、他国の文化にはあまり影響を受けていない。ケンタッキーフライドチキンもマクドナルドもデニーズも、セブンイレブンもトヨタもフォードもニンテンドーも、この国では受けなかった。マルチン・ルターやら孫子孟子にニーチェ、マルクス、ドアーズ、ローリングストーンズ、マンガ、アニメーション、ゲーム。いつでも他国のものはショッピングセンターに行けば並んでいるが、あまり人気が無かった。他の国の人々もあまりこの国に興味が無いらしく、ほとんど誰も来ない。一人だけ、この国に来た外国人を覚えている。いわゆるバックパッカーというものらしく、国々を旅行して回っているのだそうだ。カメラマンでもあり、いくつか賞を取ったことがあるらしい。伸び放題の黒髪を束ねていて、写真にはわたしはあまり興味を持たなかったが彼とは友達になった。一緒に野球を見て、おしゃべりをした。
彼はシャッターを切り続けていて。そして現像所を借りて暗室に篭って、沢山の写真を現像して。写真は忘れてしまったが、あの暗室の赤黒い光のことは今でも覚えている。
わたしが盲目になった後、彼がどうしているのかは、わたしは知らない。
盲目になったものはたいていが風俗業に就くが、中には聖職を選んだものもいた。わたしの兄もそうだった。
週末は家族皆で伴って、聖堂へ行く。歌を歌い、お菓子を食べ、説法を聞く。わたしの兄は白髪で長身で、美しい人だった。ドレスのような法衣を着て、聖者達が説法をする。皆がうっとりとその声を聞く。わたしもうっとりとその声を聴く。
その後は庭園に広がる墓地へ、墓参りをする。皆に手を引かれて緑溢れる墓地を歩く。
この国の習慣では、土葬も火葬もしなかった。
亡くなった人々は特殊な手術を施され、永遠にその姿を保ったままガラスケースに収められて、墓地に並ぶ。土に埋めるのも火で焼くのもこの国の人々には躊躇われた。そんな可哀想なことを! そんなひどいことを! そんな悲しいこと! この国の人々にはそんなことは耐えられないのであった。
今まで死んだ人たちを全て保存してあるので、墓地は広大であった。どこまでも続くガラスケース。
ガラスケース。ガラスケース。ガラスケース。ガラスケースガラスケースガラスケースガラスケースガラスケース。
どこまでも続くガラスケース。
先祖のガラスケースの前に立ち、備え付けられたボタンを押す。内臓のマイクで内側へと声を送ることが出来る。元気でやっていますよ。
最近暑いですね。寒いですね。雨が降りましたね。先祖はもちろん何も答えはしないが、この国ではこのような感じで墓参りが行われる。
幼少の時分は美しい少女のガラスケースの前で兄と二人で色々と声を送ったものだった。親類でも何でも無かったが、死者を悼む気持ちには変わりは無い。花が咲きましたよ。髪が伸びました。動物園に新しい動物が来るそうです。サーカスは楽しかったですよ。墓地は緑溢れる花園だった。花が咲きましたよ。髪が伸びました。動物園に新しい動物が来るそうです。サーカスは楽しかったですよ。
化粧を施され、ドレスを着て、わたしは部屋で待つ。抱かれ、キスをされ、立たされ、性器をくわえられ、そして性器を自らの口にくわえる。
頭を撫でられる。長い髪が顔にかかった。兄だ。白い髪の匂いだ。立たされる。キスをされる。今年も元気でやっていますよ。花が咲きましたよ。髪が伸びました。動物園に新しい動物が来るそうです。サーカスは楽しかったですよ。空がとても綺麗ですよ。