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3000字小説バトル

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3000字小説バトル
第81回バトル 作品

参加作品一覧

(2007年 9月)
文字数
1
紫生
2999
2
鴻巣だりや
2039
3
るるるぶ☆どっぐちゃん
3017
4
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
5
ごんぱち
3000
6
麻埒 コウ
3000

結果発表

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いろいろな人々(わん)
紫生

☆ 毒吐天使 ミドリ

 緑は美しい子供だった。美しかったが佝僂だった。
 ビスクドールを想わせるいとけない面立ちがいびつな石を背負っているかのようなその姿には、愛らしさとグロテスクが仲良く憩い、光と闇がほのかも混ざり合うことなく互いに響きあってもいた。
 おまえは呪われた天使だよ。
 悲しい目でそう言ったのは母だったのか、叔父だったのか、それともサーカス団のピエロででもあったのか……、今ではもうはっきりとしない。
 美しく厭わしい緑に世間のまなざしは、時に冷たく鋭かった。
 遠巻きにちょう笑するものがいる。指を指してはやし立てる子供もいる。あからさまな興味と同情と罵倒。そんなものにはもう慣れっこになっていたが、虫のいどころが悪ければそんな輩にツカツカと歩み寄り「あなた、憑いてますよ。交通事故には気をつけて……」と、肝の冷えるようなホラを耳打ちすることもあった。
 そんな風だったので、友達は祖母からゆずり受けた二体のビスク以外いたためしはなかった。緑はジュモーよりもブリュを、ほんの少しだけ深く愛した。それはブリュがジュモーよりほんのちょっぴり意地悪に見えるからだった。

 ある晴れた朝、緑はなにやら学校へ向かう気になれず、となり町の公園に居場所をもとめた。幸い浮浪者も親子連れも見あたらず、安心してブランコを独占できた。
 優しい風が髪をいらう。黒い蝶が酔歩の風情でゆらゆらとよぎるのに、おまえもいたずらな魔女に魔法をかけられたの? と、心で問うた。その時、幽かな声が鼓膜に触れた。
「……すみません……ジャージを貸してもらえませんか」
 そう聞いたように、思う。蟻のささやきめいた秘めやかな声。
 面妖な幻聴だと思いながらも辺りを見まわすと、背後の植え込みの中に人の気配があった。おそるおそる近づくと泣いているのがわかった。
 とりあえずジャージを渡して、落ち着くのを待った。
 白と名乗ったその少女は、同級生に制服をとられたのだと病の人のように力なく打ちあけた。社交性に乏しい緑にはかじかんだなぐさめを掛けるのがやっとだった。人の悪意とは星屑のようにそこら中に散らばっているものだなあと、妙な感心にとらわれた。

 会話がとぎれ、白の視線が緑の背中をなめる。
 驚きの気配を感じた。

 ふいに、小さいが力強い声が緑に言う。
「曲線とは神の線である」
 悪意のない針に刺されたように緑は身を硬くした。
 白は続けた。
「スペインの建築家、ガウディの言葉よ。彼の建築は自然をお手本にしているの」
 ガウディのことなら緑もよく知っていた。
「ええ、そうね。でもそんなに自然が好きなら、いっそ穴でも掘って自然そのものに暮らせば良かったのに。人は矛盾しているわ。心のどこかで自然を崇め希求しながら、一方では破壊することになんのちゅうちょもない。ようは神に尻尾を振りながら、好き勝手にしたいだけ。エコなんて単なるエゴに過ぎないのよ。人にとって暮らしやすい世界が、すべての命に暮らしやすいわけがないもの」
 緑はむきになって、ついつまらないことを言ってしまったことに気付き口をつぐんだ。
 弱点に触れられると攻撃的になるのは、ひとえに精神のぜい弱さゆえに他ならない。緑は身を守ろうとして、結果いつだって自身を傷つけた。
 白は少し考えてから、小春日和のようなのんびりとした口調でこう言った。
「もしかしたらガウディには、神の領域を超えて羽ばたきたい世界があったのかもしれないね」
 ガウディが亡くなったあともその意思を継いで建設途上にあるサグラダファミリアを想えば、そんな考えもあながち外れてはいないのかもしれない、と緑は思った。ガウディの時間は今も止まっていないどころか精神的な肉体をこの宇宙に偏在させて、さらに未来へと飛び続けているのだ。
 白は温かい手でそっと神の線をつつんだ。

☆ 聖ゾンビ シロ

 白は優しい少女だった。優しかったが要領が悪かった。
 今日もクラスメイトと足並みをそろえられずに迷惑をかけ、あげく、言葉と足でしつように暴力をふるわれた。
 白はけして頭の良い子供ではなかったが、馬鹿でもなかった。むしろ同年代の子供たちより物事を丁寧に思考した。それは不幸なことに、言葉や体力で虐げる者たちの愚かさを、力一杯憎むことにすらブレーキをかける危険な成長を育みもした。彼らの心は自分よりもよっぽど荒れ果てて淋しいのだと、人柱の心境で一切を受け止め、その役割は自分に似つかわしいとさえ思った。

 修羅の時間、白の時計は破滅する。ただ、野蛮な力を吸収するひとつの肉塊となって死亡している他、すべきことは何ひとつ見当たらなかった。
「とっとと、赤ん坊から足洗って人並みになれよ!」首魁のピーが唾を吐いた。
 白は学校でベビーゾンビと呼ばれた。

 ようやく冥土から暇をだされたころには美しい星たちが手拍子をしていた。
 きれいだな。
 白はおとなしいキチガイとなって虚ろな笑いを笑った。ひとしきり笑ってから急に真顔になると、ああ……もうMステが始まっちゃう、とらちもないことを思った。
 気力をふりしぼって帰る途中、誰かとぶつかってころんだ。相手は三日月の口でニヤリと笑った。どこまでどんくさいのだろうと己をなげいた。
 痛む足をひきずり腕をさすりながらのろのろと帰宅を果たしたが、いつも通り両親は不在だった。
 着替えるために上着を脱いだ。
 あれ、ポケットに何か入っている。
 黒い封筒だった。白字で白様と宛名されていた。
 一体誰だろう。
 いぶかしみながらも封を解いた。

『ようやく闇も冴え渡り、悪魔めいて参りました今日この頃、白様におかれましてはますますご清祥のことと存じます。
 さて、この度めでたく不幸の果実も甘さを極め、収穫を待つばかりと相成りました。
 明後日夕刻五時、**駅西口にて。
 不幸のレベルは神しだい。
 どうぞごゆるりと御賞味の程お願い申し上げます。』

 何、これ!
 白は汚いものにでも触ったように手紙から指を離した。
 手紙の主に心当たりは、ない。
 その晩白は発熱の中、見知らぬ自分にしつこく首を締めつけられる悪夢に反転した。
 あの手紙は壊れたわたしから届いた狂気のしるし?
 白は自分自身を恐怖した。

 指定の時刻、白は緊張で心を震わせながらその時を待った。
 きっと何も起こらない……。
 闇雲にそう信じ、気を落ちつかせた。
 改札へと降りてゆく階段の辺りが一面てらてらと濡れて光っている。そこからそこはかとない悪意が立ち上ってくるようで白は身震いをした。
 あと五分待って何も起こらなかったら帰ろう。
 そう思い時計を見た。せつな、小動物が怒ったときのような小さく鋭い悲鳴を聞いた。
 そちらを見ると、何故かピーがスカートを落としてパンツ丸出しであせりまくっている。あちらこちらでクスクス笑いが起きた。
 傍観の一人がまっすぐに白の方を向いてトランプを操っている。見事な手さばき。三日月の口でニヤリと笑った。
 大慌てのピーがスカートをひきずり上げて階段を駆け下りていく。と、にわかにコントめいて足をすべらせ、入念に頭を打ちつけながら落下していった。
『不幸のレベルは神しだい――』 白は恐ろしい神を味方につけてしまったのだろうか。

 ピーにとって幸いだったのは頭を打ったことで忌わしい記憶の一切が飛んだことだ。彼女は退院後、赤ん坊のように喋った。そんなピーに白は優しく接した。
いろいろな人々(わん) 紫生

人は、それでも生きている。
鴻巣だりや

 何から、書いたらいいのか分からず、迷いながら書いてます。
 感情が流れない。
 焦ることはない。
 いい加減なれないがしたかった。
 でも決着を付けてやる。
 人生には始まりが無いという奴が居るかも知れないが、確かに始まりはある。
 常に私を愛してと云っている。
 ものは考え方一つで変わる。
 何でもいいからかかなくては。
 もう既に言葉が無い世界は私には考えられないかもしれない。
 事実は小説よりも奇なり。
 でも当たり前の事だが、それはない。
 小説は、事実に即している。
 だが人は頭の中でつくりすぎてしまうのかもしれない。
 よく分かる脳なんてこの世にはない。
 脳は不思議だけど、過信すると痛い目に遭う。
 何でもそうだが、程々に。
 人間なんて大したことはないから
 程々に。
 事実を追いすぎるな。
 一休み、一休み、
 それでも人は、どうにか生きられる。
 事実は奇なり。
 物語は滑稽なり。
 それでも人は生きている。
 星は輝いている。
 でも、何故、本物の星は瞬きをするのだろうか。
 不思議だよね。
 まさか。
 私を愛しているから
 そんなはずはない。
 でも否定できる証もない。
 どうなっているの。
 どうにもならない。
 地球は大きな船である。
 だから、壊さずに乗っていなければならない。
 それなのに、欲が多く在りすぎて
 地球という船は今じゃ、穴だらけ。

 でも
 地球は生きている。
 不思議だよね。
 頑張れ
 と、地球に応援歌などというものを作り出して
 応援している私はやっぱり変かな
 でもいいや。
 人に迷惑を掛けているわけではないから。
 そう思いながら巨大なアンテナは今でも宇宙の中をさ迷う、電波を探し続けている。
 そんなアンテナを見ながら、
 頑張れと応援したら
 馬鹿じゃないの
 そう言われた。

 そうだよね。
 アンテナは生き物じゃない。
 人が、たまたま作り出した人工物だから。

 人が一人減り二人減り、気付くと誰も居なくなった。
 アンテナだけが取り残された。
 でも、アンテナは泣いては居なかった。
 やっぱり、アンテナには自らの意志なんて云うものは無いのかしら。
 無くてもいいけど。
 でも
 在るように見えるのは
 やはり

 頭の錯覚かもしれない。
 そんなことを考えていたら、何故か銭形平次が
 やって来て。
 アンテナを見上げていた。
 ご用だ。
 ご用だと
 でも云うつもりなのだろうか。
 でも
 私よりも、ましだから、
 きっと何も言わない。
 そう思っていたら、
 ご用だ!
 そう言って
 十手を取り出したから
 驚いたと云うよりも吹き出した。
 すると、銭形平次は、そんな私の存在に気付き、睨まれた。
 でも
 宇宙の電波を捜す、アンテナにご用だって 何をしたというのだろうか。
 少しインタビューをしたくなったから、尋ねると
 此奴は人間を堕落したって云うんだ。
 堕落。
 夜空は見て楽しむもの。
 そうムキになっている。
 そうよねぇ
 江戸時代は
 そう言うと
 人間の分際で神の領域を汚すなんて許せない。
 そういうので
 何か云わなくてはト
 思うのだが、
 江戸時代の銭形平次に、このアンテナをどう説明したらいいのか迷っていると。
 天然パーマの小父さんが現れた。
 誰?
 と聞こうとしたが、聞く前に誰だか分かってしまった。
 それは、
 アインシュタインの

 小父さんだった。
 アンテナを見て感心するかと思ったら
 一言、
 大したことはないと
 偏屈だとは聞いていたが
 天の邪鬼に近い性格に呆れるばかり。

 でも、何故、過去の人間が現れるの?
 そう思っただけで、頭がクラクラしてきそうである。
 それでも過去からやって来たアインシュタインと銭形平次の二人の小父さんに接待をしなければならない。
 誰に云われたわけではないが、折角、わざわざ、二十一世紀にまで来たのだから、気持ちよく帰って貰った方がいい。
 だが、何を接待したらいいのか分からない。

 職業も時代も違う、お二人に、どう接したらいいのか迷っていると、
 銭形平次がアインシュタインに話し掛けていた。
 何を話しているのか、興味津々で近づくと会話がピタリと止んだ。
 そして二人で、私を睨み付けるのである。
 何の怨みがあるの
 そう叫びたかったが、
 その様な事を云ってはいなかったものから。
 黙っていた。
 つまりは、訳の分からない二人に振り回される羽目に陥るのは時間の問題だった。
   

 疲れる。
 一休みにお茶でもと
 進めたが
 どう見ても、銭形平次は日本茶で、アインシュタインは紅茶だろう。
 そう、見当を付けたので
 持ってくると
 何と
 銭形の親分は
 紅茶を
 アインシュタインは
 日本茶を飲み出した。
 不思議なこともあるもんだ
 そこで折角、二十一世紀まで来たのだから、なさりたいことはありますか?
 と聞いたら
 銭形のとっつぁんは
 火星に行きたいと
 おまけにアインシュタインの小父さんは
 木星に行きたいと
 呆れた。
 そう呟くと
 未だいけないのかイ
 そう二人が言うので、思わず頷くと
 二十一世紀も大したこと無いね
 と笑われた。
人は、それでも生きている。 鴻巣だりや

ガラスケースストリート
るるるぶ☆どっぐちゃん

 オメガストリートには今日も爆弾が降り注いでいるので綺麗だ。爆弾は最新式のもので、空間消滅弾という。詳しくは知らないが、どうやら強固なカプセルに小さな「負」の質量を持つ物質を入れて、落とす、そのようなものらしい。それで、また詳しいことは勿論解らないが、カプセルが開くと「負」の質量が周囲を、およそ一メートルくらいであろうか、を吸い込むように消滅させる。強く光る白い光であり、ネオンサインなどとは比べ物にならない、とても綺麗なものだ。この前の国連決議で承認された「人道的」な最新兵器である。無駄に大きな爆発を起こさないし、あくまで周囲の空間を消滅させるだけなので、汚染も無い。原料はウランであるが、原子力発電所からで核廃棄物から、非常な低コストで生産できる。この前まではレーザービーム兵器がよく使われていた。レーザービームっていったってガンダムが発射するようなものではなく、強烈な発光弾であり、その強烈な光で見るものの網膜を焼き切る。建物には一切被害が無い「人道的」兵器と喜ばれたものだったが対象者の視力を永久に奪うことから「人道的」では無いと判定された。そのような経緯からオメガストリートの住民はぼこぼこと穴が空いた、トムとジェリーに出てくるチーズのような建物に住んでいて、そして盲目のものが多い。基本的には彼らは風俗業をその生業にする。そして皆に大事にされて、仲良く暮らしている。きれいな服を着せてもらい、男も女も化粧をしてもらい、とても可愛がられる。うちの妻子もそのような商売をしていた。そしてわたしもそのような商売をしている。化粧を施され、ドレスを着て、わたしは部屋で待つ。たちこめる香の香り。やがてドアが開き、足音が聞こえ、わたしは抱かれ、キスをされ、立たされ、性器をくわえられ、そして性器を自らの口にくわえる。

内戦は長く続いているので対空砲も面倒になってきていて実にいい加減に撃つし、敵のパイロットも何か読書か、それじゃなければ日記でもつけながら飛んでいるのか、爆弾は適当に落ちてくる。住民のほうも慣れたもので、今日もよお降りまんなあ、なんてな調子でひょいひょい避ける。

 この国の成り立ちはなかなかに複雑で、解りづらく、そもそも内戦が長く続きすぎていて生活の一部になっていたので、当分の間、戦争は終わりそうに無い。

 国技といえるスポーツは野球。だが内戦という事情から国際試合には参加していない。というよりも、そもそもそういう行為には国民はあまり興味が無い。やり方も他の国々とはちょっと違っている。バッターはちょうど打ちっぱなしのゴルフ場のように横に沢山並んだバッターボックスの中に入る。そして同じように対面する相手ピッチャーの投げる球をとにかく打ちまくる。打って打って打って、打ちまくって、ボールは沢山の数が内外野を転がり、それを野手のものたちが拾いまくる。拾いまくって投げまくる。一応ベースも一塁、二塁、三塁、ホーム、とあり、改心の一撃を放って満足したら、あるいは打ち疲れたらベースに向かって走る。機を見てまた次の塁へ走る。前のランナーを追い越さないようにしなくてはいけない。各ベースにぎっしりと人が集まり、進塁の機会をうかがう。タッチアウトやダブルプレーも勿論あり、トリプルプレーや、華麗な守備からの百人プレイなんてものも成立する。ピッチャーはバッティングがしたくなったら交代してもらい、空いてるバッターボックスに立って構える。そして打ちまくる。打って打って打って、打ちまくる。ルールは一見あって無きが如くのようではあるが、一応チーム対抗戦であり、勝ち負けもある。監督はかっとばせ、と激を飛ばす。皆がかっとばす。他国のルールの野球にはこの国の人々は馴染めなかった。どうも解りづらくていけない。そのような理由で。そういえばこの国は内戦状態という理由もあるが、他国の文化にはあまり影響を受けていない。ケンタッキーフライドチキンもマクドナルドもデニーズも、セブンイレブンもトヨタもフォードもニンテンドーも、この国では受けなかった。マルチン・ルターやら孫子孟子にニーチェ、マルクス、ドアーズ、ローリングストーンズ、マンガ、アニメーション、ゲーム。いつでも他国のものはショッピングセンターに行けば並んでいるが、あまり人気が無かった。他の国の人々もあまりこの国に興味が無いらしく、ほとんど誰も来ない。一人だけ、この国に来た外国人を覚えている。いわゆるバックパッカーというものらしく、国々を旅行して回っているのだそうだ。カメラマンでもあり、いくつか賞を取ったことがあるらしい。伸び放題の黒髪を束ねていて、写真にはわたしはあまり興味を持たなかったが彼とは友達になった。一緒に野球を見て、おしゃべりをした。

彼はシャッターを切り続けていて。そして現像所を借りて暗室に篭って、沢山の写真を現像して。写真は忘れてしまったが、あの暗室の赤黒い光のことは今でも覚えている。

わたしが盲目になった後、彼がどうしているのかは、わたしは知らない。

 盲目になったものはたいていが風俗業に就くが、中には聖職を選んだものもいた。わたしの兄もそうだった。

 週末は家族皆で伴って、聖堂へ行く。歌を歌い、お菓子を食べ、説法を聞く。わたしの兄は白髪で長身で、美しい人だった。ドレスのような法衣を着て、聖者達が説法をする。皆がうっとりとその声を聞く。わたしもうっとりとその声を聴く。

 その後は庭園に広がる墓地へ、墓参りをする。皆に手を引かれて緑溢れる墓地を歩く。

 この国の習慣では、土葬も火葬もしなかった。

 亡くなった人々は特殊な手術を施され、永遠にその姿を保ったままガラスケースに収められて、墓地に並ぶ。土に埋めるのも火で焼くのもこの国の人々には躊躇われた。そんな可哀想なことを! そんなひどいことを! そんな悲しいこと! この国の人々にはそんなことは耐えられないのであった。

 今まで死んだ人たちを全て保存してあるので、墓地は広大であった。どこまでも続くガラスケース。

 ガラスケース。ガラスケース。ガラスケース。ガラスケースガラスケースガラスケースガラスケースガラスケース。

どこまでも続くガラスケース。

 先祖のガラスケースの前に立ち、備え付けられたボタンを押す。内臓のマイクで内側へと声を送ることが出来る。元気でやっていますよ。
最近暑いですね。寒いですね。雨が降りましたね。先祖はもちろん何も答えはしないが、この国ではこのような感じで墓参りが行われる。
幼少の時分は美しい少女のガラスケースの前で兄と二人で色々と声を送ったものだった。親類でも何でも無かったが、死者を悼む気持ちには変わりは無い。花が咲きましたよ。髪が伸びました。動物園に新しい動物が来るそうです。サーカスは楽しかったですよ。墓地は緑溢れる花園だった。花が咲きましたよ。髪が伸びました。動物園に新しい動物が来るそうです。サーカスは楽しかったですよ。

化粧を施され、ドレスを着て、わたしは部屋で待つ。抱かれ、キスをされ、立たされ、性器をくわえられ、そして性器を自らの口にくわえる。
頭を撫でられる。長い髪が顔にかかった。兄だ。白い髪の匂いだ。立たされる。キスをされる。今年も元気でやっていますよ。花が咲きましたよ。髪が伸びました。動物園に新しい動物が来るそうです。サーカスは楽しかったですよ。空がとても綺麗ですよ。
ガラスケースストリート るるるぶ☆どっぐちゃん

(本作品は掲載を終了しました)

行間
ごんぱち

 戦争が激しくなり、日本にも爆弾が落とされるようになりました。
 そんなある日、軍から頼まれた役所が、動物園に命令を出しました。
「爆弾で檻が壊された後に、動物達が逃げ出して暴れては危ないので、猛獣たちを殺しなさい」
 動物園の飼育係の人たちは、猛獣たちがどんなに人に慣れているか、安全に飼われているかを説明しましたが、結局命令には逆らえませんでした。
 多くの猛獣たちが――

「――お腹が空いたなぁ」
 コンクリートの狭い部屋で、ライオンは寝そべりながらため息をつきます。
「何だか近ごろ、ご飯が少ないよなぁ」
 ここに来る前は、ご飯がなくて彷徨う事もありましたが、それはもう遠い昔の話です。ライオンはお腹がいっぱいである事に、すっかり慣れてしまっていました。
「おじさん、忘れっぽくなったのかも知れないな」
 いつもご飯をくれる人間のおじさんは、思い起こせばかなりの歳なのです。
「人間はそもそもみっともない歩き方だけど、おじさんはその中でも一等よぼよぼしてるからなぁ」
 お腹がぐぅ、と鳴ります。
「ああ、お腹が空いたなぁ。おじさーーん、ご飯まだーーー?」
 がおがおと吠えました。
 しばらく吠えていると。
 聞き覚えのある足音がして来ました。
「おじさんの足音だ!」
 漂って来る匂いは。
「あっ、ご飯だ!」
 ライオンは檻の入り口へ駆け寄ります。
 そのまま扉を引っ掻いて開けたいところですが、この鉄の扉も、コンクリートの壁もとても固いし重いので、じっと我慢です。我慢をしていれば、ちゃんと開くのです。
「おじさーん、早く早くぅ!」
 反対側でかちゃかちゃと音がします。
 ライオンはじっと我慢。
 かちゃかちゃ。
 我慢我慢。
 かちゃかちゃ……。
 我慢。
 かちゃ……。
「遅いよおおお!」
 ライオンは怒鳴ります。
 何故だか分かりませんが、かちゃかちゃがとっても遅いのです。まるで、開けたくないみたいです。
 ライオンが吠えすぎて喉が枯れかけた頃に、ようやく扉が開きました。
「おじさん! おじさん! おじさん!」
 ライオンは大喜びで、おじさんの周りをぐるぐる回ります。
 おじさんの手にはバケツがあります。中からは肉と血の匂いがします。
「早く早くー!」
 でもおじさんは、何故だかいつもよりもゆっくりと動きます。
「もう、早くしてよー! お腹空いてるんだよ!」
 おじさんは、ゆっくり、ゆっくり、バケツから肉を取り出しました。いつもよりも大きい肉の塊でした。いつもみたいに、筋とか骨ばかりではなくて、ずっしりどっしりした肉の塊でした。
「わぁい、ご飯だ、今日はごちそうだ!」
 ライオンはごちそうを目の前にして大喜びです。
 ところが。
 いつもなら、ライオンをまっすぐ見つめて微笑むおじさんがに、今日に限って目を合わせようとしませんでした。
「わあい!」
 でもライオンは、おじさんの様子よりも、肉でした。
 それ程までに、お腹が空いていました。
「おいしい! おいしいなぁ!」
 肉をかぶがぶと食べます。
 血の香りと、肉のうま味、脂のどっしりした味わいに、喉を通って胃に落ちていく満足感。
「おいしいなぁ、おいしいなあ」
 瞬く間に、たっぷりの肉を食い尽くしました。
 久し振りにお腹いっぱい。
「あーー、おいしかった」
 ライオンは丸くなります。
「おじさん、ありがとう、またこういうの頼むよ」
 檻から出て行くおじさんの背中に、ライオンは声をかけました。
 おじさんは、一度も振り向きませんでした。

「なんか……おじさん、変だったなぁ」
 お腹がいっぱいになったライオンは、寝そべったままで考えます。
「ひょっとしたらお腹が空いてるのかなぁ――そうだ」
 遠い昔の記憶が甦ります。
「お母さんは、いつもご飯を僕たちにばかりくれて、ガリガリに痩せてたっけ」
 ライオンは床に残る肉の血の跡をぺろりと舐めます。
「だったら……ちょっとだけ、分けてあげれば良かったかなぁ。多分、おじさんは年寄りだから、自分でご飯はあんまり獲れないんだ」
 胸がちくりと痛みました。
「今度貰った時には、一口だけ食べさせてあげよう。おじさんは小さいから、一口食べたさせてあげたって大して減ったりしないよね」
 ちくり。
「そしたらきっと元気になるに違いないね。たまに嫌な事もするけど、やっぱりおじさんが元気じゃないと、イタズラしても面白くないし、それに――」
 ちくり、ちくり、ちくり。
「あ……あれ? なんか」
 胸ではありませんでした。
 胸よりももっと後ろの方。
「痛っ、痛い……なぁ?」
 お腹の中で、何かが暴れているみたいです。
「お、おかしいなぁ。お腹が一杯で気持ちが良い筈なの、に」
 ビクビクとお腹が震えます。痛みは少しづつ、けれど、確実に強くなっていきます。
「ははぁ、わかっ、たぞ、これは、何かの、病気だ」
 息が荒くなってきます。
「知ってるぞ、病気になると、おじさんが来てくれるんだ。あの苦いのと、チクッとするのをやると、ウソみたいに治るんだ」
 胃袋の中が激しく暴れています。まるで、望まない侵入者を追い出そうとしているかのよう。
「おじさーーん」
 ライオンは吠えます。
「おじさーん、ちょっと来てよーー」
 痛みがどんどん強くなって来ます。
「ねえ、おじさん、おじさんってばーー!」
 痛みが、強く。
「おじさん、早く気付いてよーー。痛いよぅ、治してよぅ……うぶっ」
 お腹の中のものが一気にこみ上げて来ました。
「ぶはああっ」
 ライオンはとうとう、食べた肉を吐き出してしまいました。赤い血の中に肉のカケラが散らばります。
「ああっ……もったいない」
 出てしまった肉を食べようとしますが、足に力が入りません。
「おじさん、早く来てよぅ、せっかく食べたのに、またお腹が減っちゃうよ」
 そのまま、ずるりと足が滑って横になってしまいました。
「吐き出した肉、食べていいから。ほら、こんなに血がたっぷりの、新しい肉、だよ」
 お腹の震えは、今や身体中に回っていました。
「おじさん、耳がなんだか、聞こえないよぅ」
 周りの音ではなく、身体の中の血と筋肉がビクビクと動く音だけが耳に響きます。
「おじさん、いないの? 声を聞きたいよぅ」
 ライオンの声はか細く、か細くなっています。
「目が開けてられないよぅ、おじさんが見えないよお」
 瞼も目も動かそうとしても動きません。涙に血が混じっています。
「おじさん、どこ? ねえ」
 息が薄く、薄く、なっていきます。
「おじさん、ねえ、助けて、苦しいよ……痛いよ、怖い、ねえおじさん、どうして気付いてくれないの」
 口の端からはみ出した舌は、上手く動きません。
「何してるの、どうして? おじさん、どうして来てくれないの? 病気なんだよ、痛いとこ、さすってよ。あれが、一番、痛いのなくなるんだ」
 呻きのような呟きが、よだれ混じりの血とこぼれました。
「どうしたの? どうしちゃったの? おじさん、今まで、ちょっとでも苦しかったら、すぐに来てくれたのに、すぐ」
 身体は、小刻みに震え始めました。
「いなく……なっちゃったの、おじさん? なんにもいらないから、なんにもしなくていいから、来てよ。おじさん、来て……」
 震えは徐々に小さくなっていき。
「おじさん……会いたいよぅ、寂しいよぅ、独りは、怖……い……」
 止まりました。
 ライオンの身体は、もう、二度と力が入る事はありませんでした。

 ――毒で殺されました。
 けれど、利口なゾウは――。
行間 ごんぱち

切り離された影
麻埒 コウ

 ユカリは窓の外を見ていました。とても強い日差しがふりそそいでいましたが、ユカリの真っ黒な瞳は光なんてうつさないといったように、どんよりと太陽を見返しています。
「なぜわたしはここにいるのでしょう?」
 カーテンをさっとひき、暗闇につつまれた部屋のなかでユカリは叫びました。「約束やぶりの油をひびわれた壷にそそいだのは誰?」
 ユカリがそういうと、壁にかけてある絵がガタガタとゆれました。
 時計のはりが左まわりにぐるぐると回りはじめました。
 お気に入りのイスがまるで獲物をねらう獰猛な肉食獣のようにはねあがりました。
 深い眠りに似た大きな黒い布がひらひら飛んできて、すっぽりとユカリの体をおおいました。
 ユカリのへやは大変なことになっています。幽霊がイタズラをしているのでしょうか? いいえ、なんてことはありません。これらはすべて、ユカリ自身がやっていることなのですから。
「ああ、おぞましき預言者、アルシア! お願いだから、わたしを今すぐ海へかえしてちょうだい。そうやって姿をかくしたつもりでも、あなたの笑い声はきこえてくるわ。あなたは――」
「静かにしなさい」
 ユカリのお母さんが腰に手を当てた格好で言いました。「ごはん、できたわよ」
 その言葉で、装飾品はあるべき秩序を取り戻しました。ユカリはしぶしぶと部屋を出て行きます。風がカーテンをたなびかせ、隙間から差し込む太陽の光がすべての闇と同じように、ユカリの部屋までも溶かそうとしています。

「痛いのはさいしょだけだから」
 私の股をひらき、男は言った。洗っていない肉の棒は雨の日の野良犬みたいなにおいがした。口で掃除しろと言われて嫌だとこたえたらたくさん殴られた。お前がいうことをきいてればお前のここを舐めて濡らしてやるくらいはしてやったのにお前が悪いんだからなお前が悪いんだ悪いのはお前だとぶつぶつ言いながら男は沈黙しか知らなかった私の唇を割って侵入してきた。私はそのとき引き裂かれ、二本の足をもつことになる。もう、人魚ではいられなくなったのだ。

「ユカリ。好き嫌いは駄目よ。魚もちゃんと食べなさい」
 食卓には鮎の塩焼きが一匹、手付かずで残っています。
「あなたは人の肉が食べれるの?」
「なんて言ったの? ユカリ」
「あなたは、人の肉が食べれるの?」
 ユカリはお母さんの目をじっと見ながら繰り返しました。お母さんはフゥとため息をついて、「親のことを、あなたなんて呼ぶものじゃないわ」と言いました。
 もっと他にひっかかるべきところがあるでしょうとユカリは声にならない叫びをあげます。しかし皿の上を空にするまでは部屋に返してもらえそうにありません。ユカリは目を閉じ、鮎にかじりつきました。魚の生臭い油が口のなかにひろがり、死の味がするとユカリは思いました。もし彼女が恋を知っていれば、「初恋みたい」と思ったかもしれません。どっちにしろ吐き気を催すには違いないという点で。
 舌にしみこんでいく海の臭いは懐かしくもあり、眠らせた記憶を揺り起こすのに十分でした。「帰りたい」とユカリは言いました。
「食べ終わったら、ごちそうさまでしょ」とお母さんは言いました。
 だから他にひっかかるべきものがあるでしょうこの売女めとユカリは叫びましたが、やはり声にはなりませんでした。彼女も本当は知っているのです。自分は目の前にいる人物の粘膜から生まれたのだと。事実は少女の妄想を許してくれません。過去ではない思い出の中でだけ、ユカリは人魚でいられました。

 男が放ったどろりとした体液は、汚染された海だった。私は男の欲望にしずめられ溺れていた。いくらもがいても逃れられないと思った。魚のからだを失ったときから私は泳ぎ方を忘れてしまったのだ。「小学生ってのはちぎれそうになるくらいキツイな」と男は言った。「だけどそれがたまんねぇんな」と男は続けた。雄弁を覚えた私の唇からは、精液と鮮血がまざりあい私の好きなイチゴ牛乳みたいな色になっていた。これで私はもう一生イチゴ牛乳を飲む気にはなれないだろうと考えていたら、もしかして私は不幸なのかもしれないとか思った。

 部屋に戻ったユカリはたなびくカーテンに釘を打ちました。ひらひらしないカーテンはもはやカーテンじゃなくてただの布だわと彼女は思いました。
ぴったりと張りついた光沢のない黒布をみていると朝ごはんで食べた鮎の目を思い出し、吐き気がぶりかえしてきます。ユカリは床にひざをつき前かがみになると、そのまま嘔吐しました。酸っぱいにおいが部屋を満たします。吐瀉物のなかには丸飲みした鮎の眼球が浮かびユカリを見上げていました。
「あなたたちはいくら哀しくても泣けないのよね。だから私はあなたたちの代わりに涙を流すの。夜の海にひびく私の泣き声は漁をする者を惑わし何人も溺死体に変えたわ。だってそれが私の歌だもの」
 ユカリは見えない音符を指でなぞりながら口笛を吹きます。くるくるとまわりながら吹き続けます。しまいには自分の吐瀉物で足をすべらせて後頭部から転んでしまいました。その衝撃で、まるで脳が脱皮したようにもう一人のユカリが現れます。
「因果を無視するアルシアよ! 結果を導く神託をくだすとはなんたることか!! 私の足はお前に引き裂かれてうまれた、破瓜の痛みをともなって!!!」

「だいぶうまくなったじゃねぇか」。男は私の頭を押さえつけながら笑った。「前はただのぬるぬるした穴って感じだったのによ。チロチロ動いて気持ちいいぜ」。
 男はペニスを洗わない。私に掃除させるのが好きなのだ。カリ首にこびりついた滓を、私は舌で舐め取っていく。舌じゃ取れないときは、軽く歯を当ててはがしていく。あんまり強く当てすぎると男は私を殴る。さじ加減が難しい。
 イクときには「お前は犬だ。バター犬だ。おれがミルクをあたえてやるから残さず飲めよ」と言って怒っているのか笑っているのかよくわからない声をだす。男のペニスはバターというよりチーズの臭いがした。

 ユカリは立ち上がり、釘を打ったばかりのカーテンを引き裂きました。光が差し込んできましたが、太陽でも溶かせない闇があるんだとはじめてユカリは気づきました。
 濡れた足をひきずって、棚に並べられた人形を両手にかかえます。二十体ほどいるでしょうか。人形の下半身には糸がぐるぐると巻かれていて芋虫みたいです。
 ユカリは歩きながら人形を床に落としていきました。打ちどころの悪かったものはぐしゃりと砕ける音を立てて着地しました。交通事故にでもあったようにからだが変な方向に曲がっているのもいます。すべて落としつくすと、ちらばった人形たちを見下ろしました。「魔方陣みたい」とユカリは小さく呟きました。
人形たちを纏っていた糸は落下の衝撃ではだけて下半身が露わになっています。人形の足は、ガラスでできていました。「集団レイプされたみたい」とユカリはさっきより少し大きい声で呟きました。
 ユカリは落としたもののなかで比較的無傷だったものを選び出し、拾い上げました。ガラスの足は日差しをさえぎることはありません。だから影もできないのです。ユカリは羨ましくなって自分の足元を見おろしました。
「あっ」
 驚いたことに、そこには自分を模った黒い染みはありませんでした。
 ただ、脱ぎ捨てられ絡まった人形たちの糸が、不完全な影のように、床にちらばっているだけです。