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3000字小説バトル

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3000字小説バトル
第84回バトル 作品

参加作品一覧

(2007年 12月)
文字数
1
ごんぱち
3000
2
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
3
るるるぶ☆どっぐちゃん
3153

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目には目王
ごんぱち

 その朝、四谷京作は、いつものように洗面台の鏡を覗いた。
「……ん?」
 左目が充血している。
「ものもらいか何かか?」
 四谷は左目をこする。
「痒くなって来たな」
 こすり続ける。
「何か……入ってるのか?」
 最初、遠慮がちだった四谷のこする勢いも増していく。
「ううーーーっ、たまらん!」
 四谷はこすった。
 ひたすらこすった。
 こすりまくるうちに。
 コトッ。
 ピカピカ光る、小さな王冠が落ちた。
「え?」
 四谷が瞬きをすると。
 どさっ!
 腰に剣を帯び、威厳のあるヒゲと髪を生やした恰幅の良い男が四谷の目からこぼれ落ちた。
「うおうっ!」
「む」
 男は洗面台に座り込んで辺りを見回していたが、すぐに王冠を見つけ、それを当たり前のように拾い、自分の頭に載せた。
「王……様?」
「いかにも。余は目王であるぞ」
 四谷が呆然としたまま、歯ブラシを口に突っ込もうとすると。
 歯ブラシが真っ二つに切り裂かれた。
「ほへ?」
 今度は四谷の歯から、黒い馬にまたがった、甲冑の男が現れた。
「む、覇王!」
「ほほぅ、目王か!」
 目王と覇王は、睨み合う。
「戦の準備だ!」
「返り討ちにしてくれるわ!」

 目王軍のカタパルトから石が無数に飛ばされ、覇王軍の騎兵の上に降り注ぐ。
「進め進め! 敵陣は眼前ぞ!」
 だが、覇王は石が落ちるより早く騎馬を進める。その姿は、黒い疾風のよう。
 たちまち最前線のカタパルト部隊に、覇王たちの第一軍が接する――。
「かかったな!」
 目王がにやりと笑った。
 同時に、地に埋め込まれていた無数の縄が姿を現す。
「うおおおああああっ!」
 縄に足を取られ、大半の騎兵は転倒、落馬していく。
 しかし、覇王は速い。柵を押し倒し、軽装のカタパルト兵を、騎槍で易々と貫く。
「お退き下さい!」
 だが、騎兵が覇王に鋭く声をかけた。
 覇王が振り返れば、そこに後続の騎兵はほとんどおらず、目王の歩兵が包囲を狭めつつあった。
「次こそは!」

「――元は同じ身体より出でし者達が、骨肉相争うとは非情なものだ」
 白馬に乗った目王の王子が、陣地を進む。
 カタパルト兵の死体と、騎兵の死体が折り重なっている。
「……我らが、口城を占領したとて、この争い終わるのだろうか」
 王子は何度目かのため息をついた。
 ――と。
 折り重なっている騎兵の死体が、僅かに動いた。
 王子は腰の短剣を抜く。
 研ぎ澄まされた刃は、四谷の部屋の蛍光灯を反射してキラリと輝く。
 そのままゆっくりと騎兵の死体へ近付くと。
「てああああっ!」
 騎兵の死体の下から、生きている騎兵が飛び出した。折れた騎槍を肩口にあて突進して来る。
「むっ!」
 王子は騎槍を紙一重でかわし、哀れな騎兵の首を貫こうとした。
 が。
 ヒビの入っていた騎兵の兜が割れた時、王子の剣は僅かにぶれた。
 兜の中から現れた長く艶やかな亜麻色の髪。
 騎兵は、覇王の姫だった。
 王子の一瞬の動揺を衝き、姫は王子の騎馬の脇腹を蹴飛ばす。
 激しくいななき暴れる騎馬を、王子が落ち着かせた時には、姫の姿はなかった。

 覇王軍は、騎乗したまま火矢を放ち、突進する。
 脂分の多い夕方の鼻に、火は次々と燃え移る。
「くっ、この時間を狙うとは!」
 王子は、煙にあえぎながら、兵達と共に匍匐前進をする。背負った弩には既に矢がつがえてある。
「げほっ、王子! これ以上は!」
「煙で前が見えません!」
「――めげるな!」
 脂が強く、煙が濃い鼻の脇沿いを敢えて選び、王子達は進んで行く。
 陽動の目王の部隊が、右頬で衝突する音が聞こえ始めた。
「急げ! 私たちの攻撃が決め手だ!」
「はいっ」
「おおっ!」
 王子たちは、煙に燻されボロボロと涙をこぼしながら、進軍を続ける。
 ――と。
 振動がした。
「!」
 振動は近くなって来る。
 顔を上げた王子たちの目に映ったのは。
 突進して来る覇王の姫の部隊だった。
「一番から撃て!」
 王子が鋭く合図をする。
 半分程の兵士が、矢をつがえたままになっていた弩を放つ。
「二番!」
 一番の斉射を耐えた騎兵に、再び矢が放たれた。
 姫の騎兵達は数を減らしつつも、怯まずに突進する。
「抜剣!」
 一瞬の後に、騎兵の突撃が、抜剣した王子たちの部隊に接した。
 騎槍の突撃に、王子の兵士たちが貫かれる。
 姫は兵士の刺さった騎槍を棄て、折り返しながら抜剣し王子に迫る。
「死ねええええええ!」
 馬上からの斬撃を、王子は受け止める。
 しかし、騎馬の勢いの乗った斬撃は、あまりに重い。
 二度切り結んだだけで、王子の短剣が砕け散った。
「屈辱、今晴らす!」
 姫は王子の首を狙い突進する。
 王子は刃折りのナイフを引き抜く。砕けた短剣を左手に、ナイフを右手に構えた。
 姫の剣を、王子は受け止め、そのまま絡めてへし折ろうとする。
「舐めるな!」
 姫が激しく剣を引いた。
 王子の短剣とナイフが激しい音を立て、へし折れる。
 姫の剣は、激しく刃こぼれはしていたが、折れてはいない。
「覇王軍の武器、流石に硬い!」
「覚悟!」
 姫が王子に突き掛かる。
 王子は、にやりと笑った。
「時が、来た」
 目王軍の兵士たちは一斉に這いつくばり、地にしがみついた。
 次の瞬間。
 周囲の火と煙が一気に消え、大量の水が、覇王軍たちを押し流して行った。
「――ふー、さっぱりした」
 四谷は、洗い終わった顔をタオルで拭く。
「邪魔をするな! この!」
 口まで押し流された姫が、四谷に怒鳴る。
「やかましい、顔は脂っぽいし、火まで出るし、煙はけむいし、これで顔を洗わずにいられるか!」

「目王の王子よ!」
 鼻の下の自陣から、姫が叫ぶ。
「貴様の武人としての腕前、しかと見た! 侮っていたのは我のようだ!」
 鎧の端々から水がこぼれる。
「だが、次はない! 覇王軍に二度の敗北はあり得ない!」
 水のしたたる髪は、月明かりを浴びて美しく輝いていた。
「次こそは、貴様の首級、必ず挙げてくれる!」
 それは女が男に向かって言う言葉ではないが、しかし、ある種の激しく好ましい感情がこもっていた。

「覇王の姫、取り逃がした屈辱、晴らさせて貰った!」
 頬の陣地から、王子が叫んだ。
「再び同じ手で勝てるとは思っていない。あなたは間違いなく恐ろしい武人だ」
 月明かりに浮かぶ王子の姿は、とても美しかった。
「私は一瞬の隙も、一切の躊躇いもなく、あなたを倒そう!」
 それは男が女に向かって言う言葉ではないが、しかし、ある種の強く好ましい感情がこもっていた。

 ベランダから、夜空を見上げながら、四谷は三本目の缶ビールを開ける。
「なあ、目王さんよ」
「なんだ」
 目の城で休でいる目王が応える。
「何だかんだ言いながら、あんたとこの王子と、覇王んとこの姫、ウマが合いそうじゃないか。政略結婚でもさせたらどうだ?」
「毒蛇を身内に飼うのは愚か者だ」
 四谷は月を眺める。
「覇王さんはどうだよ?」
「敵を打ち破ってこそ、覇王たる資格がある。政略で敵を懐柔したところで、いつかは別の政略で覆される」
 槍を振るい、鍛錬をしながら、覇王が応える。
「あのなぁ」
 空になった缶を、四谷はちょっとねじってから、縦に潰す。
「お前ら、大事な事を忘れている気がするから、一つ教えておきたいんだけどな」
「なにかな」
「なんだ」
「元々、顔はオレのものだ。お前ら、パーツのものじゃない」
「なんだと」
「横暴だ!」
「誰が横暴だ」
 四谷は窓辺から離れ、布団に入り、目と口を閉じた。
 四谷の部屋は、急に静かになった。
目には目王 ごんぱち

(本作品は掲載を終了しました)

キリギリスの腕
るるるぶ☆どっぐちゃん

 キリギリスの腕。
 バイオリン。
 バイオリンケースいっぱいに詰められた、五線譜。

 カセットテープ。ミサイルとしての音楽。ロケットとしての音楽。MD。CD。レコード。降り注ぐ弾丸の雨。降り注ぐ雨。降り注ぐ降り注ぐ降り注ぐ。雨。
 抱きしめあい、微笑みあう恋人たち。
 降り注ぐ五線譜。

「だから結局あなたは別に本物を必要としているわけじゃないんですよね」
「そうかもな」
 キリギリスの耳。
「ゆっくりとだが、少しずつだが、確実に、狂っていく」
「理想論ですね」
「年をとるってことはそういうことだ。正規分布だよ。お前ももう少ししたら解る。お前も正規分布だ」
「理想論ですね」
 正規布の五線譜。

 ところで新宿には花園がある。嘘じゃない。正確には花園神社がある、だが。
 路上で少女が歌っている。安っぽいカラオケマイクを安っぽいアンプに突っ込んで。キリギリス。ハイウェイの上のキリギリス。少女は楽しそうに歌っている。十人のバンドを引き連れて。少女は楽しそうに楽しそうに歌っている。たまに上着を脱いでその幼い胸部を露にしたりしながら、少女は楽しそうに歌っている。
 騒音罪やら何やらで少女たちは花園交番の警官たちに追われる。
 ロードムービー。
 最新SFXロードムービー。
「だから結局あなたは別に本物を必要としているわけじゃないんですよね」
 少女たちは楽しそうに走る。楽しそうに逃げる。バラバラと落ちていくドラムセットのパーツ。アンプ。カラオケマイク。コンピュータミュージック。降り注ぐ雨。降り注ぐ弾丸、ロケット、MD、CD、レコード、テープレコーダー。

 鉄板メタル装甲の戦車。戦車は普通五人乗りで、弾込め、操舵手、砲撃手、バンドリーダー、そしてギタリスト。バンドリーダーの役割は大切で、あれやこれやの指示やスピーカーがトばないようにイコライジングやら何やらでとても忙しくとても常人に出来ることでは無い。指揮棒を手にコンダクトして、ディレクションして、プロデュースまでして、さらにジャケットの絵を描いたりなんだり。鉄板メタル装甲の戦車の中に猫や羊などのペットもいたらなおさらだ。ちょっと前までは四人乗り、三人乗りの戦車まで作られたが、継戦能力や補給などの観点から、結局効率的、正規分布にのっとって、ということで、また主流は五人乗りに戻った。
 ギタリストは狭い鉄板メタル装甲の戦車の中で、チューニングがうまくいかないので機嫌が悪い。弦の張り替えなんて面倒で面倒で面倒なものだ。このギタリスト的にはチューニングなんて狂っていたって良いのだが狂っていて良いの状態にならないので大変機嫌が悪い。少女は楽しそうだ。狭い鉄板メタル装甲戦車の中でも楽しそうだ。膨らみかけた自分の胸部や、女らしさが出てきた臀部などが嬉しくて、少女はとても楽しそうだ。
 鉄板メタル装甲戦車は進む。進撃を続ける。ダブミュージックを響かせながら、ロンドンの街を突き進む。テクノミュージックを響かせながら、デトロイトの街を突き抜ける。途中途中に壊れたアンプが放置されている。ビルほどの大きさのアンペグのベースアンプが、ひび割れていて、傾いでいて、ノイズを発していて。歌うようなノイズを発していて。途中途中にバイオリンを見かける。ビルほどの大きさのバイオリンが、ひび割れていて、傾いでいて、ノイズを発していて。歌うようなノイズを発していて。途中途中に壊れた五線譜を見かける。ビルほどの大きさの五線譜がひび割れていて、傾いでいて、ノイズを発していて。歌うようなノイズを発していて。

 五線譜の上のキリギリス。

 少女は結局捕まり、花園交番へと連行される。
 少女は五人の警官に取り囲まれた。そのうち四人はロングスカートからちらりとパンツを見せたり、わきの下を見せてフェティシズムに訴えかけたりして簡単にどうにかなった。ただ、残りの一人はゲイでホモでオカマでネコだったので、簡単にはいかなかった。なるほど。こういう人も世の中にはいるんだなあ、と少女は思い、新しい知識を得たことで楽しい気分になる。

 少女は起訴され、結局死刑を求刑された。死刑を求刑されて彼女は有名になった。有名になることを、少女は嬉しく思った。

「五線譜なんて書くからですよ。だからキリギリスなんかに食べられるんだ」
「理想論だな」
「ははは。そうですよ、理想論です」

「チューニングなんてどうだって良いじゃないか! さっきからぐだぐだぐだぐだ! いい加減にしたらどうなんだ!」
 バンドマスターが怒鳴る。操舵手と砲撃手は心地よい陽気で居眠りをしていた。
「チューニングなんてなあ、どうだって良いんだよ! さっきからぐだぐだぐだぐだ! ぐだぐだぐだぐだ! いい加減にするんだ!」
「いや、これは、いい、加減、にして、すむ、はなし、じゃ、ない」
 ぼそぼそと答えるギタリストの言葉を少女は楽しそうに聞いている。
「これは、いい、加減、にして、すむ、はなし、じゃ、ない、よ」
「ふん、理想論だな!」

 少女の裁判は長期にわたった。長い裁判だった。長い長い時が経った。少女は少女だった。ずっと少女は少女のままだった。
「これはなに?」
 少女は少年に尋ねられる。
「これは、なに?」
 最近、雑居房で一緒になった少年だった。綺麗な顔をしていて、とても頭が良くて、お金をたくさん盗んで、お金を沢山騙し取った罪で、牢屋に入れられているそうだ。
「これは、なに?」
「それは、キリギリスの腕よ」
「これは、なに?」
「それはバイオリン」
「これは、なに?」
「これは、五線譜。うたを、うたう、ためのものよ。バイオリンを、ひく、ための、ものよ」

「理想論だな」
 ギタリストとバンドマスターがつぶやく。
 少年の乗った鉄板デスメタル装甲の戦車と相対峙して。ロードムービー。
 鉄板デスメタル装甲の戦車にはどんな攻撃も通用しない。核ミサイルでも傷一つつけられない。少年の乗るバイオリンケースの形をした鉄板デスメタル装甲の戦車には、どんな攻撃も無意味だった。降り注ぐカセットテープ。ミサイルとしての音楽。ロケットとしての音楽。MD。CD。レコード。降り注ぐ弾丸の雨。降り注ぐ雨。降り注ぐ降り注ぐ降り注ぐ。雨。ロケットランチャーの見る夢。
「悲しい夢だね」
「そうでもないよ」
「悲しい夢だね」
「もっと悲しいことはある」
 たった一年。たった十年。たった百年。たった千年。一万年。かなしいゆめだね。
 キリギリスの腕が、バイオリンを奏でる。
 かなしいゆめだね。
 もっとかなしいこともあるよ。
 最後の晩餐の上に描かれた五線譜。ラファエロの受胎告知の上に描かれた五線譜。ムリーリョの無限罪の御宿りの上に描かれた五線譜。自爆ボタンを押した鉄板デスメタル装甲戦車の爆炎の上に描かれた五線譜。かさかさと風に舞うキリギリスの腕が、バイオリンを、奏でる。奏で続ける。もっとかなしいこともあるよ。もっとうまくいかないこともある。チューニングを終えたギタリストのギターをキリギリスが弾く。ただのノイズだ。C、E、G。A、C#、E。ただのノイズだ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。ノイズ。

 世界はその後八回滅び、少女は一千万回死に、ハウリングが響き続ける荒野。ロードムービーがずっと映し出されている荒野。誰かが描いたサイン波が残された地面。誰かが描いた鍵盤が残された地面。正規分布が描かれた地面。
 少女と少年は戦車で旅を続けている。ロードムービー。少女はマリア・カラスの生まれ変わりで、少年はモーツァルトの生まれ変わりで、ピアノ型の戦車で旅を続けていて、その頃の紙幣には五線譜が描かれていて、そのお金で入った偽の花園の遊園地でうっとりしていて、そしてみなが歌を知っていて、みなが本当のことを知っていて、そうして、世界は、再び滅ぶ。