第9回3000字小説バトル結果
第9回3000字バトルチャンピオンは、
『アルパカ大行進』伊勢湊さん作に決定しました。
伊勢湊さん、おめでとうございます。
感想票をお寄せいただいた読者の皆様ありがとうございました。
- アルパカ大行進(伊勢湊)
- 23作品読まさせていただきました。今回、1000文字と並んで3000文字の作品も数多かったのですが、心に泌みたり、余韻を読後に引きずったり、深く感動したりする作品が極端に少なかった様に思います。
この作者のこんな作風もあったのかと驚かされるのも、幾つかありました。(これはマイナスの意味でです。)
そんな中で私の推薦する作品は次の4作品です。
「りんごジャム」一之江さん : いつもの作風とは違った淡々とした語り調が逆に悲しみを加速させます。単なる姉に対するジェラシーというよりも、この姉の婚約者が実はこの主人公の彼だったらどうなるんだろうと思いました。書いてはないけど、ふとそんな事を連想させる陰欝なものも感じさせます。
「アルパカ大行進」伊勢湊さん : 淡々とした語り調の中にあるシュールな世界が現実に起こってもおかしくないと思わせる不思議な雰囲気を醸し出しながら、そして尚正統な物語になっている。
自伝、推理、エッセイ、独り言、童話、寓話、SF、コメディーなどなどの作品の中にあって私は誤字を発見しながらも、この作品が唯一、小説していると感じました。
今回のいち押しです。とても好きな作風です。
「牛の背」越冬こあらさん: 途中で結末が見えてきたのですが見事な寓話の構成をもった作品です。計算された展開、この作者の文章力には、いつも感心させられます。秀作だと思います。
「正義の見方だサラリーマン」 太郎丸さん : パロディーコメディーだがこの作者の体温を感じさせます。素直に笑える作品ですが、逆にサラりーマンに身近な悲哀すらも同時に感じさせる秀作だと思います。不条理とは違った切なさみたいなものが、ビジネスマンになりきれないサラリーマンにはジ〜ンと沁みるはずです。
私を含めて。
- もっと整理して無駄な言葉遣いをなくしたならば、雰囲気を助ける文章になったと思います。
最初の奥さんの不安感などの表現も説明ぽく、もっとさりげなく表現したほうがよかったかなと感じます。
いったい何だったのだろうと、不思議な心地が楽しかったです。
- アルバカ……アルバカ?
毛足は長いらしいが、毛根は弱いらしい。リーダーは割と男気があるらしい。
想像の広がる設定と、フツーの主人公。
そこはかとなく面白い話でした。
- りんごジャム(一之江)
- 読ませますね。やっぱり。作品としてしっかりしていると思いました。
- 恋人にふられてしまった女性が内省しているという、それだけなんだけれども、なりたくてもなれないおっとりして控えめな姉が結婚できたことを羨み、そして嫌っているということや、細部の描写から小さな心の揺れ動きがわかって、単調でなくとても面白く読めた。
タイトルのりんごジャムの使われ方が、隠喩的に面白いと思った。(包丁の背でたたかれたり、ヨーグルトと一様に混ざり合ったり)
- 牛の背(越冬こあら)
- 今回、最終で2作品を迷いました。「よっちゃんのこと」と「牛の背」ですがどちらもなんとなく新しい表現に思い、内容も良かったし読んでいてとても気分が良かった。それで、どちらか?と考えた末に後者の「牛の背」を推薦します。映像が目に飛び込んできて情景が焼き付きました。ほとんどが語り口調なのですが、良いものがあると思います。
- 「喪失」と「滅亡」とは人の世の避けられない姿であり、それを象徴的に美しく描いている。淡々とした透明な文章もすばらしく、今回の参加作中で随一の完成度と思う。他には
『飾られなかった花』(Naoki氏)
具体的に書き込まれたモチーフが読ませる。
『群馬県前橋市』(佐藤ゆーき氏)
同上。幼い心にはこういう、何気ない固有名詞が残ることがあるものだ。
『りんごジャム』(一之江氏)
救いのない話を淡々と描いたという点では『牛の背』と似たところがある、地に足の着いた描きようでどこか鈍い明るさのようなものも感じられる。
の諸作に注目した。
他の作品については、評略。
- ヴィンテージ1945(やす泰)
- 導入からオチに至るまで、趣味のいい雰囲気をいやらしいものにする事無く書ききるのはすごいことだと考える。世界観や、その場の雰囲気なども上手く表現してあり、完成されたショートショートといえるだろう。
- よっちゃんのこと(海坂他人)
- 今回気にいった作品は、「よっちゃんのこと」「りんごジャム」「奇妙な絵」です。「奇妙な絵」については、上質のホラーで久しぶりに恐かったが、長い作品を削った様で、読者に想像させる部分が少し多すぎる感じがした。「りんごジャム」は流石に書き慣れている感じがするし作品としても問題はないのだが、読みなれてしまっていてこの作者は別格という感じがしてしまった。「よっちゃんのこと」は、小学生の作文の体裁をしながら、彼らの生活を子供の目を通してはいるのだが、大人の視点で拾い集めて表現している(違うかも)のが新鮮だった。
- 天使のあくび(さとう啓介)
- もしかしたら大変失礼な言い方かも知れないけれど、この作者はあまり努力せずともさらっと良い作品が書けてしまいそうな気がする。センスがある。天使自身の言葉である「僕」と天使に見守られている「君」との使い分けがうまい。「君」を主語とした二人称だけで話を展開させると天使の存在が「神」に近くなって重々しく感じられてしまうのだが、そこを一人称との使い分けでさらりと描いていて、読み終わると少し軽薄な天使の存在がきちんと浮かび上がっている。
- 隣人(紺野 れん)
- 越冬こあらさん「牛の背」とどちらにしようかなあと思いましたが、アイデアの面白さでこちらにしました。越冬さんは非常に文章が達者だったのが印象に残ったんですが、うーん、もう一つ欲しかったです。紺野さんは情報の省略が本当に巧かった。見習いたいです。他に印象に残ったのは海坂他人さん「よっちゃんのこと」、伊勢 湊さん「アルパカ大行進」等でした。
- 春という季節に(山森瑞穂)
- 静かな物語の中に確かな悲しみを感じることが出来て、共感しました。妻の残した最後の朝食を食べるという設定がすばらしいと思いました。
- スーパー清水くん(鮭二)
- 3000字というのは文章によってはまったく間延びした間抜けな話になる字数です。淀みのない迷いのない文章がありました。
- 飾られなかった花(Naoki)
- 少年心理を少年の観点で捕らえていてしんみりと心に沁みるから。
- 正義の味方だ。サラリーマン(太郎丸)
- 文句無く楽しめた。下品な笑いでもなく、ほのぼのとしながら、奇妙な味もあった。欲をいえばパロディでなくオリジナリティがほしかった。