第92回3000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1死に生く者達萩鵜あき3000
2ヤドリギの顛末村方祐治3000
3処刑師ごんぱち3000



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  エントリ1 死に生く者達 萩鵜あき


 地球のちょうど中心に位置すると言われている村。寂れているわけじゃないし発展しているわけでもない。ただ一つここには回りの都市と違う事があった。
 電気が通っていない。
 近代的なものが何一つないこの村は、いまだに土と木で家を造っている。
 なぜ電気を引かないのか? それは簡単。僕たちは電気が苦手なのさ。電気というか電気から生じる電磁波と呼ばれるものに、極端に弱い。だから家電製品はこの村には全くない。あったとしても電気が通ってないんじゃ、単なるがらくただろう。

 「それじゃ、僕らは間違っているっていうの?」
 「いいえ、間違っていない。ただ、考え方が成熟していないだけなのよ」

 立てられた家は密閉という防護壁がない。街は広いかと言われれば、大きな声を出すと街全体に広まってしまうくらいには、狭い。
 そうだ忘れてた。回りの街や都市から僕らの村をなんと呼ばれているのかを教えて上げよう。

 『エルフの村』だ。

 「僕らは何も全てを破壊したいわけじゃない。知識を深め力を高めたいだけだ」
 「それでも、あなた達の力では十全ではないのよ。まだまだ未熟。成熟しきっていないうちに、それも忘れられた呪文を覚えたいなんて。私は恐怖しか覚えないわ」
 女性は眉をひそめ肩をすくめる。しぐさからいって半分冗談のように、目の前にいる子どもを攻めないように、少々気を使っているらしい。それでも、大切な事だけは伝えようと語気を強めた。
 「今まで、忘れられた呪文を覚え使用し、幸せになったものなんて一人もいない」
 「でも僕らは違う!」
 「そうね、あなた達程の能力があるならそれも可能かもしれない。それでも」
 女性は身を乗り出す。
 「あなた達ほどの力を持った者が、今まで一人たりとも居なかったと思う?」
 目の前にいる少年は、臆す事無く次なる言葉を出そうと息を吸い込んだが、途中で諦めた。
 ばたん! と怒りに任せて扉を強く閉め、子供たちは外へと出ていってしまった。
 「ふぅ」
 女性のため息は、生意気な子供への疲れか。いや、そうではない。全くもってそうじゃなかった。

 「ミール」
 「・・・なに」
 「『死に行く場所』ってなんだろうな」
 「さぁ、私たちはまだ『習ってはいけない・知ってはいけない』事だからなんとも」
 「だよな。最近この村に能力に長けた者が生まれなかった。だけど俺達兄妹が才能を持って生まれてきた。それに合せて『死に行く場所』の活動が活発化した。多分、俺達に与えられた運命なんだよ」
 「カイルのびょーきがまた始まったよ」
 ミールは呆れて、まじめに話を聞いた私の間違いだったと肩を落す。
 その時、世界が動いた。
 いや、正しくは地面が大きく揺れた。
 この村に地震なんて起こることはめったにない。もしかしたら、これは・・・
 「カイル、ミール。今すぐ来なさい!」
 大きな建物の方から声がした。どこでもよく通る声。細いながらも重量がたっぷり含まれている声は、顔を見ずとも解る。長老だ。
 「「はい!」」
 カイルとミールは、まだ揺れが完全に収まっていない村を長老宅へと向かって全速力で走る。
 魔法を使うというものは、精神的疲労が伴う。だからこの村では魔法を使う為の基礎練習、それらは第一に体を鍛えることだと教えていた。
 健全な肉体は健全な魂を育むらしい。しかし、ミールは運動が極端に苦手なようで、いつも学校ではドンケツだった。
 カイルはそれを知っている。知っているからこそ、揺れで足下がおぼつかないミールを背負い、一気に長老宅へと走った。

 「長老、何でしょう」
 「予想外に早い展開でな」 
 「というと」
 「復活だ」
 何が? と聞かずとも答えは出ている。『死に行く場所』だ。
 「それで、僕たちは?」
 「お前達に『失われた魔法』を授ける。本当は後5年はかけてその力を育みたかったんだが」
 「では長老、僕たちはアレになるんですね」
 「そうだ。魔法を授けたときお前達は『死に行く者』と名乗ることになる」
 揺れが収まり喧騒が聞こえてきたが、僕たちを取り巻く空気は、ぐんと重くなった。
 カイルはゆっくりとミールを背中から下ろす。ミールは脅えた表情のまま、それでも目にはしっかりとした意志を湛えている。
 「ダメです長老!まだ早い」
 遠くから聞こえてきたのはエイミアの声だった。
 「「エイミア先生」」
 カイルとミール二人は同時に先生を見た。先生は今にも崩れてしまいそうな表情でこちらへ走ってくる。
 「黙れエイミア。コレは、これからの事は世界がかかっておる」
 「しかし長老。この子達はまだ若いです。なんとかできないでしょうか?」
 「エイミア、お前も解っているだろう。もう誰もいないんだよ。『失われた魔法』を使えるものが。だからこその『失われた魔法』なんだ。その極意だけは後世に伝え今も残っている。ただ、この子ら以外は誰も使えない」
 「でも、それじゃ・・・」
 見殺しじゃないですか・・・と、エイミアは言えなかった。事の大きさを、事態の深刻さを、エイミアも知っている。だからこそ、エイミアは自分を、魔法の才能の無い自分を責めた。エイミアは涙を浮かべ、しかし泣くまいと唇を血が出るまで噛む。
 「先生。私たち、先生がいてくれて嬉しかった。エイミア先生。私達、ちゃんと戻ってくるからね。そうしたら、また美味しいシチュー作ってね。私に料理教えてね、私に、編み物を教えてね」
 ミールはゆっくりとエイミアを抱きしめた。優しく、自分の母親に包容するが如く。
 エイミアはミールの言葉が終わった途端、泣き崩れた。どうしても止まらないものは『死に行く世界』だけじゃない。私は子供達を、死地へと送り込む。なんて残虐なのだろう。それでも、エイミアにミールは咎めるでもなく侮蔑するでもなく、愛を持って接してくれた。
 この子達を失いたくない。でも、今魔法を使ってしまえば・・・
 「エイミア先生、大丈夫。俺達二人の能力信じてないの?」
 信じて・・・
 「・・・」
 「そろそろマジで信じてくれてもいいじゃん。じゃじゃっと魔法使って、ぱぱっと終わらせて、ささっと帰ってくるからさ」
 それがエイミアには軽口だって解っていた。カイルとミールはとても頭が良く、これからどうなるかなんて、自分達にも理解できているはずだ。
 でも、少ない可能性でも、0じゃない。
 「な?」
 「・・・二人ともしっかり帰ってくるんだよ? 私、シチュー作って待ってるからさ」
 二人は静に、力強く頷いた。
 「それでは準備はいいか『死に行く者』よ。いや『死に行く者たち』よ」
 「「はい!」」

 (いい? 『死に行く者』っていうのは死ぬって事じゃない。死へと赴く者なの。死へと向かい、歩き、悩み、苦しみ、そしてその存在に飲み込まれそうになる)
 (それじゃ死ぬってことじゃないの?)
 (いいえ、死へと行くっていうことは、死から帰ってくることもできる。だから『死に行く者』という名前がついた。嘘で事実を誤魔化さないこと、勇者なんて偉大な名前で誉れ色に塗り固めないように、極めて原色に近い響きがあるように。そして)
 
 (帰ってきて欲しいと願っているから)

 長老に引き連れられ、カイルとミールが姿を消してから、エイミアは少し昔を思い出していた。そこで言った言葉は嘘じゃない。

 ちゃんと帰ってきなさいよ。
 『死に行く者達』   ・・・・いいえ、『死に生く者達』

○作者附記:天才少年カイルと少女ミールと師匠エイミアの心の動きのお話。
地震はエイミアの心の揺れを、地震の収束はカイルとミールの心の安定、決意を現しています。
最後にエイミアは、信じ続けようと決めるからこそ、二人の天才は戻ることを決意し、臆することなく『死に行く場所』へと赴くのでした。







  エントリ2 ヤドリギの顛末 村方祐治


やがて雪の白さが解けてゆく。現れた者は永遠に目を覚まさない。

言葉があふれ出してくるころでは、もう遅い。
ひとりぼっちのその者は肖像になって、歴史の中に紛れ込み、眠っている。
涙の粒が滴り墜ちてくるころでは、もう遅い。
北極星へ旅するその者は空想のなかで、ゆっくりと、着実に、いなくなる。

//

 夜はいまだにまろやかに重たく、膨大な空間を冷やしているのだった。睡眠をとるということはこんなに疲れることだったろうか。否―きっと夢のせいだろう。いやな夢、だった気がする。
 ―やがて雪の白さが解けてゆく。現れた人は永遠に目を覚まさない―
 冬が終わり、春になって現れる、「人」。まるで僕が死んでしまうみたいな……。こういう夢は、好きじゃない。早く暗闇から逃れたい。その一心でスイッチを押す。照明がまたたき、暗闇を追い払う。
 それでも、しばらくはじっとしていた。ただの夢だっていうのに。この体はどうしてこんなに反応してしまうのだろう。

 そこへ、こんと小さくノックの音。「春人(はると)、どうかした? ……眠れないの?」母の声だ。
 「ん、ちょっといやな夢見ちゃってさ。それだけだよ」
 「へんな夢。気になるねぇ。聞かせて頂戴」
 両親の心配性―特にぼくに関する―は昔からだった。変なこと言うんじゃないんだった、と後悔しながら、ぼくは仕方なく夢の記憶しているところを話した。
 扉越しに、妙に真剣な空気が伝わってくる。「あら、本当にいやな夢。何かありそうで怖いね……。危なそうなもの、全部片付けておくから安心しなさい」
 「え、いいよ、そんなの。だって、ただの夢だよ? ぼくだってそこまで臆病じゃない」
 「私が心配なのよ。春人に何かあったら。私のほうが眠れなくなっちゃう」
 (ああ、これでいつも通り、なのだ。話すんじゃなかったのに。本当にぼくはバカだ)
 「……まあ、止めないよ。止めても無駄だろうし」
 もう扉の外に母の気配は無いようだった。

//

 目をゆっくり開けていくと、じわりと朝日が入ってきて、目に沁みるようだった。
 「くぅ。朝め。もう来ちゃったのかお前は。もうちょっと遅く来てくれればいいのにさ」
 「……仕方ない。起きてやるか。今日はどんなかあいいこが待ってるかなぁ、俺のコト」
 自然と笑いがこみ上げてくる。長い間気づかないフリをしてきたけれど、やはり容姿がいいというのは(自分で言うのもなんだけれど)得なのだと思う。
 「さて、顔洗ってくるかな」と扉を開けようとしたちょうどそのとき、わきに張ってあるカレンダーが目に入った。
 「あ……今日学校休みじゃんか」
 なんだか何もかもがつまらなくなってくる。街に出て色を漁るのも悪くは無い選択だが、今はそういう気分じゃない。
 もうちょい寝るか、とベッドへと踵を返したとき、急に料理がしたくなってきた。
 扉を開ける。左手にある階段をととっと降りれば、そこはすぐにリビングだ。台所も、そこに隣接している。慎重に様子を伺う。
 リビングのソファでは父さんが、新聞を読んでいる。足音で気づいたのだろうか。こちらに視線を投げてきた。リビングには父さんだけみたいだ。扉を開けよう。
 「お、路貴(みちたか)か。休みなのに早いな」
 「おはよう、父さん。ちょっと料理でもしたいなーってね」
 「ああ、そうだ……。そのことなんだが」心なしか父の顔が俯けられる。
 「ん、何。料理がどうかした」
 「まあ、台所いってみりゃわかる」
 「はぁ……」
 何のことやら、と思いながら、台所に行ってみる。
 まず、火をつけたいと思った。実は毎度のことなのだ、というのも、火を見るとなぜか心がやすらぐからだ。そうして、ガスの元栓をひねり、コンロの点火レバーをまわすのだが、つかない。元栓ほかいろいろいじくって試行錯誤しても、つかない。どうやら、こいつは俺に炎を見せたくないようだぞ。
 仕方が無い。サラダでも……。と、ため息をつきつつ引き出しをあける。お目当てのナイフがない。どこにもない。ガスもでない包丁もない、だから料理ができない。ああ、父さんはこのことを言いたかったんだな。
 「これ、どういうこと」リビングにいる父さんに向かって、叫ぶ。
 「なんかな、春人が悪夢を見た、心配でいてもたってもいられない、とか母さんが騒ぎ出してな。家中の危険物どっかにしまい込んだらしい」眠そうな声だ。
 また兄さんか、と思った。いや、また母さんが、と言うべきだろうか。俺はあの二人をずっと前から嫌っていたし、兄さんは置いておくとしても、母さんはやはり俺をずっと前から嫌っていた。この家に、俺と直接血縁のある人間はいないのだ。俺はこの家では所詮、「父さんがかわいそうだと思って連れ帰ってきた、始末に困る子犬」に過ぎなかった。そう、俺はペットでしかなかった。
 俺は、リビングを後にすることにした。散歩にでもいこうかと思ったのだ。
 二階からは母さんの声が聞こえる。相変わらず、兄さん一直線だ。その声をBGMに、靴紐をしめる。扉を開ける。夏の大気が、ぼうっと体躯を包み込んだ。(扉がゆっくりときしみながら閉じていく)
 実は、そんなに散歩が好きというわけではない。むしろ、もしかしたら、嫌いかもしれない。外を歩いていると、いやな視線が俺の全身をさすのだ。母さんが立ち話の中で、兄さんを持ち上げて、俺を貶めていることは、わかりきっていることだ。
 その視線の矢の中を俯きながらかいくぐる。ようやく矢の襲来が納まってきたとき、ふと足元の植物に目をとらわれた。
 「A……」唇がかすかに動き、声がこぼれる。俺の両の手はその植物を大事そうに包み込んで、俺の両の脚は全てに満足したようにようようと踵を返した。

//
 
 眠気まなこをこすりながら扉を開き、廊下を2、3歩歩く。そのとき、母ちゃんがすごい形相でやってきて、「範都(のりと)、風邪薬持ってきなさい、今すぐ」ぶしつけに、怒鳴った。
 転がり落ちるように階段を駆ける。リビングの扉を開けると、そこには父ちゃんと路貴兄ちゃんがそれぞれソファと台所に、いた。
 ボクは台所に潜り込む。「兄ちゃ、風邪薬どこにあるかしらない」
 路貴兄ちゃんは無表情のまま、「ああ、今ちょうどあるんだ、風邪薬。ほい」なんか機械的にすら思えたが、まあ、風邪薬をもらったのだ、上へ行こう。ボクは階段を駆け上っていく。
 母ちゃんに薬を差し出すと、それをひったくった母ちゃんは、春人兄ちゃんの部屋へと入っていく。
 「薬もってきたよ。ほら、飲んだらきっと気分もすっきりするから」といいながら、ほとんど無理やり飲ませている。
 次の瞬間、「に」という一音節が春人兄ちゃんの口から破裂したように飛び出したかと思えば、ドクンと春人兄ちゃんの全身が脈打って、そのまま床にどうと倒れた。そうしてそのまま、泡を吹きながら、どくん、どくんと鼓動している。
 頭の中が真っ白になる。母ちゃんが獣の目つきでこっちを見ている。右手に頑なに握っているものを見たボクは、慌てて階段を下りようとして―
 そう、胸がひどく痛んだのだった、比喩ではなく。赤の最中に意識が明滅して、スパークして、飛びのくように、弾けた。

//

 踊り場のあたりが、光沢のある赤で彩られるのを俺は、ぼうっと見ていた。
 父さんが、こちらを見て、怪しくにやりとわらっている。やはり父さんは俺のことを誰よりもよくわかっているようだ。








  エントリ3 処刑師 ごんぱち


「――この者、グオツキは、己の職権を悪用し納められた市民の税を自らのものとし、ギスエ卿と市民の誠意と信頼を傷つけた!」
 処刑台の上で、ひょろりとした従士が、幾分抑揚の付いた語り口で観衆に向かって叫ぶ。
「この罪、間違いないな?」
 問われた罪人は猿轡を咬まされ喋る事が出来ない為、大きく頷いて答える。
「慈悲深いギスエ卿が下した審判は」
 一瞬の静寂の後。
「絞首刑である!」
 観衆は一気に沸き返る。
 罪人は絞首椅子に固定され、大柄な執行人が罪人の首に金属の輪をかける。
「それでは、ギスエ卿の名の元に、絞首刑を執行する!」
 執行人は、椅子の背もたれに設置されたレバーを回す。
 金属同士のこすれる耳障りな音が響き渡り、次第に金属の輪が絞まり始める。
 罪人は観念した顔をしつつも、その表情は次第に恐怖に歪んでいく。
「殺せ!」
「殺せ!」
「ころせ!」
「ころせ!」
「こ・ろ・せ!」
 観衆達の声が、リズムを刻み一つの旋律になる。
 声を限りに叫び、腕を振り上げ、足を踏み慣らし、義憤と、死を待ち望む期待に満ちた目。
 金属の輪が甲高い金属音を立てながら、徐々に絞まっていくに連れ、観衆の声も動きも大きくなっていく。
 罪人の顔は赤から黒に近くなって行き、そして。
 ぼきり、と、鈍い音が辺りに響き渡った。

 興奮した観衆達の絶叫やすすり泣きや万歳が響く中、従士や執行人が絞首椅子から罪人を外し、担架に載せる。
 そして汚れた布を被せ、持ち上げる。担架を持つ者は三人。執行人、罪状を述べていたひょろりとした従士、それから、観衆の中で様子を見ていたチョビ髭で帽子をかぶった背の低い従士。
 彼らは担架を持ち、そのまま罪人を城へと運ぶ。
「こちらへ」
 精緻な刺繍をしたチュニック様の騎士服を着た男が出迎える。腰には精緻な細工の施された剣を帯びている。
 城の狭い廊下を進み、階段を一つ降り、ドアを開け中に入る。
 地下室には、明かり取り兼空気穴の細長い穴のような窓があるだけで、相当に暗い。
 男はドアを閉め鍵をかけた後、灯火に火を灯す。
 従士三人は、担架を床にそっと降ろした。
「良いですよ」
 チョビ髭の従士が声をかけると。
 同時に。
「ふはーーー!」
 死んでいた筈の罪人が、布を跳ね上げ担架から起き上がった。
「あーーー、疲れた!」
 顔は土気色をしているが、間違いなく生きた人間の動きだった。
「まあまあだったな、ボウズ」
 罪状を読み上げていた従士が、従士服を脱ぐ。
「ボウズ言うな、クカノ」
 罪人――を演じていたニーは、布で土気色の化粧を拭き落とす。布の上でも、化粧はゆっくり変色を続けていた。
「姉ちゃんはどう思う?」
「クカノに同感だ。往生際が良すぎる」
 大柄な従士が胸当てを外すと、胸の膨らみが現れる。
「えー! でもさでもさ、罪人つっても今回は騎士だろ?」
「ルーの言う通りですな。騎士の死に際もそんなに格好の良いものではありませんぞ」
 チョビ髭を撫でながら、カンア・ミゼが頷く。
「カンア団長」
 ニー達を案内していた男が声をかける。
「ああ失敬、どうぞ、ダイラ様」
「世話になった、この処刑で市民の不満も和らいだろう」
 ダイラ・サダツは薄くのばしたこの地方特有の金貨を五枚差し出す。
 カンアはそれを受け取り、軽く明かりに透かす。ダイラの視線は、金貨にじっと向いたままだった。
「光栄ですが……不満は元を断たなければ解消――あー、いや、余計な口出しでしたな」
 すっとカンアは背筋を伸ばす。両脇にニーとキエモが、その両脇にルーとクカノが立つ。
「ダイラ様、そして町の皆様、本日は、カンア団の公演『悪徳役人の最期』をご覧頂き、どうもありがとうございました」
 カンア達は、芝居がかったお辞儀をした。
「では、我らは明け方までの間に去りますので、見送り等は一切不要、風の通り道だけ作っておいて頂きたい」

 日の出と共に、旅装束のニーとルーは門を出て海沿いの街道を歩く。
 朝日が、海面にきらきらと反射する。
「――おっ、ネブカキクだよ、姉ちゃん」
 ニーは道端に生える、花びらの多い丸い花を摘む。
 それから、茎をちぎって花だけにしたものを、左手に載せ、右手をかぶせて手を握る。両手を開いて見せると、花がなくなっていた。
「はみ出てる」
「え?」
 指に挟んで手の甲側に花を隠しているのだが、手のひら側にも少し花びらが出てしまっている。
「ありゃ……」
「貸せ」
 ルーは花を受け取り、ニーと同じように花を消して出して消して見せる。
 その大柄な体格とは不似合いに手先の動きは細やかで、明らかにニーを上回っていた。
「やっぱり凄ぇなぁ、姉ちゃんは」
「……世辞を言うヒマがあったら覚えておけ」
「魔法のとこは、ずっと姉ちゃんに任せたいよ」
「死ぬまでわたしと一緒にいる気か、お前は」
 その時、背後から馬の蹄の音が聞こえ始めた。
「ん?」
 ニーが振り向く。
 防刃用の厚手の胴着を着け、面当てをした騎士が、抜剣して騎馬突進して来る。
 騎士がすれちがう一瞬、ニーとルーは左右に散った。
 一撃目が外れたと見た騎士は、即座に騎馬から飛び降り、ニーに斬りかかる。
「ひょおおっ!」
 ニーは紙一重後ろへ飛び退き、刃をかわす。
 しかし、上着が裂ける。
「魔剣だっ!」
「野郎っ!」
 ニーはしゃがみ込んで、騎士の足を払おうとした。騎士の初撃からここまでが一呼吸。
 騎士は足をさばいてニーとの間合いを作り、剣を振り下ろす。
「うおわっ!」
 血が飛び散らせ、ニーは仰向けに倒れる。
「ニーを!」
 背後から突進するルーの首を横凪にしようと、騎士は振り向きざまに剣を振る。ルーは剣に向け腕を出す。腕一本、切れ味鋭い刃の前にひとたまりもない。
 ――筈だった。
 ルーは短剣を持っていた。逆手で持たれた短剣は、ルーの腕の陰になり騎士からは見えない。短剣は一撃で折れたが、あるはずのなかった短剣の存在は、次の隠し武器があるかも知れないという僅かな躊躇いを騎士に抱かせた。
「おらああっ!」
 瞬間、斬られた筈のニーが、騎士の足にしがみついた。
「にっ!?」
 ニーの倒れていた辺りに、血糊入りの袋が真っ二つになって落ちていた。
 同時に、ルーが騎士の腹に掌底を打ち込む。続く身体が浮き上がる程の連打。
「ぐ、ぶっ」
 悶絶してうずくまった騎士の顔から、面当てが落ちる。
 騎士は、ダイラだった。
「うー、痛っ、結構斬られた! 姉ちゃんは、平気か?」
「どうという事はない。集合時間に遅れる、急ぐぞ」
 ニーとルーは立ち去ろうとする。
「ま、待て! 止めを刺さぬのか! 我は、貴様らに支払った金惜しさに……命を、狙ったのだぞ」
「あのなぁ」
 足を止めずに、ニーが答える。
「処刑師が本当に死人を出したら、興行は失敗だろうが」

 数週間後。
「――団長ぉー」
 クカノが宿の二階へ戻って来る。
「どうしましたクカノ君。ニー君達と一緒だったのでは?」
 水鏡の前で、カンアがチョビヒゲの手入れをしている。
「海の民が攻めて来たらしいぜ。詩人がうるせえの何の」
「飽きませんね、奴らも。それで結果は?」
「その辺を守ってたギスエって城主は浪費癖の貴族趣味だったけれど、何とか言う騎士が、密かに貯めた資金で馬を揃えてたお陰で勝てたとさ」
「そうですか」
「騎士の名前……ええと、何だったかな」
「思い出さなくても良いですよ」
 カンアは、形の整ったチョビヒゲを撫でた。
「処刑師は、同じ町に二度行かないんですからな」










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