第98回3000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1ファット・アー・ユーごんぱち3000
2おばかさんとハサミドゥンガ鳥海2367



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エントリ1 ファット・アー・ユー   ごんぱち


 テーブルの上に積み重なった皿は、定食屋の店内の明かりを反射してギトギト虹色に光っていた。
「おかわり!」
 安達太司は、空の皿をまた一枚積み上げる。
 その肉体は脂肪を蓄えていた。分厚く弛んだ腹部、腕部、胸部、更に椅子を丸ごと包み込んでしまう程に弛んだ臀部。
 正に肉塊だった。
「なんだ、今日は妙に油臭えな」
 新たな客が入って来る。
 黒いサングラスにパンチパーマ、白いスーツ、黒いワイシャツに、竜の柄の入ったネクタイ。両脇には、柄のシャツを着た弟分が二人。昭和の漫画家が描いたような暴力団員だった。
「い、いらっしゃいませ、何を」
 中年の女の店員が、水を置く。
「何でも良い、特急で持って来い」
 スーツの暴力団員が言う。
「はひっ!」
 店員は逃げるように厨房へ駆け込むと、皿に盛られた唐揚げを持って来る。
「おお、早いじゃねえか」
「ちょっと」
 暴力団達の上に影が落ちた。
「それボクの――」
 間髪入れず、兄貴分は太司の顔面に頭突きをぶち当てた。
「おおっ、アニキのドリアンクラッシュ!」
「アニキは頭蓋にアダマンチウム仕込んでんだ、これで無事だった人間はいねえ!」
 しかし。
「唐揚げ、ボクの方が先に注文したんだよ、だからボクのだ」
 太司は軽く暴力団員達を振り払う。自動車事故さながらに、彼らは吹き飛び、壁に激突した。
「助けて、おまわりさあああん!」
 三人は骨折した四肢を引きずりながら、逃げて行った。
「……あんた、何て事してくれたんだ!」
 唐揚げを食べている太司に、店長の初老の男が駆け寄って来る。
「あれは、ここら辺を仕切っている金南会の若い衆だ! 金南会に睨まれたら商売なんて出来ねえんだよ! ああ!? どうしてくれるんだよ!」
「おかわり」
「出てけ! 暖房かけるぞ暖房!」

 店から追い出された太司は、呆然と立ち尽くす。
「ひどいや、お腹空いてるのに……」
 とぼとぼ歩き出そうとすると。
 トラックが三台、走って来る。
 荷台には、ブローニングM2重機関銃が据え付けられている。いわゆるテクニカルと呼ばれる簡易戦闘車両だった。
 ドライバーも銃手も、分かり易く暴力団員だった。
 すり抜けざま、テクニカルは発砲する。
 弾丸の筋が、太司を横切る。
「痛いっ痛い痛い痛いっ!」
 テクニカルは逃げようとする太司に追い付き、再び発砲する。
「痛い痛い痛いっ! やめて! 痛いっ、やめてってばぁぁ!」
 太司は、その体型からは考えられないスピードで逃げる。
 だが、テクニカルはまた追い付き発砲する。
 それが数度繰り返された後。
 機関銃が弾切れを起こした。
 テクニカルは、太司を轢き潰そうと突進して来る。
 その時。
 太司の前に一人の男が現れた。
 まだ若い男で、ダークブラウンのスーツにソフト帽、ステッキを持っている。
 一閃。
 テクニカルの前輪タイヤがバーストし、太司から逸れて止まった。
 続く二台は急ブレーキをかける。
「何しやがるこの野郎!」
 男に掴みかかろうとする銃手の指はなくなっていた。
「うひぃぃぃぃ! お、おれの、指があああ」
「私がシマを一つ増やす間に、金南会は幼稚園になったんですか?」
 男は仕込みステッキの刃を収める。
「長政の坊ちゃん!?」
 テクニカルから降りて来たドライバーが、目を見開く。
「君」
 立ち去ろうとしている太司に、長政は声をかける。
「なんだよ、お腹空いてるんだよ、早くご飯食べに行くんだから」
 太司は腹の脂肪にめり込んだ銃弾をほじくり出しながら、迷惑そうに振り向く。
「一つお願いを聞いていただければ、いくらでも食べさせて差し上げますが、どうですか?」
「……マヨネーズある?」
「はい、キャップの赤いヤツが」

 太司と長政を荷台に乗せたダンプカーが、峠道を走る。
 太司と長政は双眼鏡を覗き込む。
 街はバリケードが築かれ、身の丈四メートル程のロボットが立っていた。
「本田三四式自律重歩兵『憑黄泉』、ミニガンとレーザーカッターを装備し、多層セラミック装甲でボディを隙間無く包んだ、大戦中の戦闘ロボットです」
「テレビでしか見たことなかったよ」
 長政は日本刀を手に取る。仕込みステッキよりも数段質の高いものだった。
「刀では歯が立たないので、困っていたんです」
「うん、いいよ。前に倒した猪、あれぐらいあったし」
「ありがとうございます!」
 太司は傍らに積んであるスニッカーズを、口一杯に頬張る。
「じゃ、行くね」
「え? いえ、まだ、結構距離がありますよ?」
「下り坂は」
 走っているダンプから、太司は飛び降りる。
「僕独りの方が速いから」
 そのまま木々を薙ぎ倒しながら、斜面を転がり降りて行った。

 憑黄泉のセンサーはいち早く太司を捕らえる。
 分速三〇〇〇発の曳航弾混じりの七.六二ミリ弾が、レーザーのように太司に浴びせられていく。
「痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!!」
 流石の太司の脂肪も、僅かながら皮膚が破れ血が滲んでいる。
「痛いっ、痛いって!」
 太司はそのまま飛び上がる。
 射角外に出た太司に対応すべく、憑黄泉は間合いを取るが、太司のスピードは速い。
 瞬時に戦術を切り替えた憑黄泉は、レーザーカッターを振り上げる。
 腕の脂肪が一部切り取られるが、太司の勢いは止まらず、そのまま憑黄泉に突っ込んで吹き飛ばす。
 バリケードに叩き付けられた憑黄泉は、立ち上がって再び太司に対峙した。

「な……なんで、人間が憑黄泉と互角にやり合ってんです?」
 ハンドルを握る組員が、呆然と呟く。下りの峠道から、太司の戦う様子がよく見渡せる。
「そりゃあ、安達さんに質量があるからさ」
 荷台から助手席に移った長政が応える。
「いや、デブってのは、大体ノロマで弱いもんでしょう?」
「君、地球を倒せるかい?」
「は……はぁ」
「それと、もう一つ」
「は?」
「安達さんと憑黄泉は、互角なんかじゃない」
 今正に太司のタックルを喰らい、憑黄泉がバラバラに砕け散ったところだった。
「門が開きましたね、仕上げと行きますか」

 街に斬り込んだ長政が、血刀を下げ出て来る。返り血だらけだが、自分の傷は一つもない。
「あ、おかえりー」
 太司は座り込んでカロリーメイトを貪り食っている。
「組長と用心棒が意外に往生際が悪かったですよ」
「ふーん」
「じゃ、車に戻りましょう」
「うん。お腹空いたよ」
 太司はダンプカーへと歩く。
 その後を歩く長政は、音もなく踏み込んだ。
 刀が根元まで太司の背中に突き刺さる。
「すみませんね、旅の者の手を借りたとあっては、金南会の顔が立たないのでね」
 太司は、ゆっくりと振り返る。
「何するんだよお」
「に!?」
 振り向いた太司を、長政は袈裟懸けにする。
「痛いなぁ」
 斬られた傷もそのままに、太司は長政に突っ込む。
 体積の大きな太司に死角はない。
「うおおおああああっ! 何故死なない!」
 長政は滅多斬りに刀を振りまくる。
 太司に腹に無数の傷が付き、シャツの布や血が飛び散る。
 しかし、太司は止まらなかった。
 衝突した長政は、そのまま吹き飛ばされ、地面を転がり動かなくなる。
 ダンプを運転していた組員は、辛うじて長政を拾い、そのまま走り去った。
「あ……」
 独り残された太司は、呆然と立ちすくむ。
「もう、なんだよぉ」
 街の人々は、入り口を塞ぎ始めている。見張り塔から、何発も狙撃される。
「ここでもご飯、出してくれそうにないなぁ」
 溜息をついて、太司は走り去った。
「お腹空いたなぁ……」







  エントリ2 おばかさんとハサミ   ドゥンガ鳥海


健作と文太が仲良くなったのは、二人が小学五年生の時でした。
 文太がクラスの男子生徒たちにいじめられていたところを健作が通りかかり、助けたのがきっかけでした。
 文太は何をやらせてもからっきしダメな子で、テストも0点ばかりでした。テスト用紙に名前を書くのを忘れて0点扱いになるのもしょっちゅうだし、名前が書けていても肝心の答えが全て間違っているので結局は0点というのもしょっちゅうでした。勉強以外の他すべてにおいても鈍くさく、クラスのお荷物としていつも馬鹿にされていました。
 一方、健作はというと、やはり勉強が苦手で、そのうえ大口たたきのカッコつけ男だったので、学校中から嫌われていました。
 いじめられていた文太を助けたのも、多勢に無勢の弱いものいじめはゆるさん!というような正義感からではなくて、ただ、いいカッコがしたかっただけでした。
 それでも、助けられた文太にしてみれば健作はヒーローでした。
 この日以来、文太は健作の子分になることに決め、健作のことを「おやぶん」と呼ぶようになったのでした。
 何をやらせてもからっきしダメな文太は、子分としてはもう最低でした。
 「おやぶん、何かお役に立てることはないっすか?」と言うので、健作が雑用を言いつけると、大体しょうもない理由でドジるのです。
失敗して健作にこっぴどく怒られてへこみ、次の日になるとけろっとしてまた「おやぶん、何かお役に立てることはないっすか?」と来る。そしてまたしょうもなくドジる。
そんな毎日を繰り返しながら二人は中学校に進み、同じ高校にも進み、そしてこの春、高校を卒業したのでした。
高校卒業後、就職も進学もしなかった二人は毎日をブラブラと過ごしていました。
ある夏の日の昼下がり、健作は大慌てで出かける支度をしていました。急遽、就職の面接へ行くことになったのです。
毎日のように親から就職しろと言われ、その日も朝からうるさく言われていい加減うんざりだった健作は、求人を見て適当に電話をしたのでした。そうしたら、すぐに面接をすると言われ、大慌てで準備をすることになったのです。人生初の就職面接です。
健作は自分のスーツを持っていないので、父親のスーツを引っぱり出してきました。
着替え始めてすぐに重大なことに気がつきました。
ネクタイの結び方を知らないのです。
親は二人とも仕事なのでいません。
想像力を駆使して自分で結んでみましたが、何度やってもちょうちょ結びになってしまいます。
「ぐわぁー!全然だめだー!」
時間の余裕があまりありません。
健作が焦りと怒りでネクタイを床にバシバシ叩きつけていると、ピンポーンと呼び鈴が鳴りました。
このクソ急いでる時に誰だよ、と思いましたが、セールスマンや宅急便の人などの社会人だった場合、もしかしたらネクタイの結び方を教えてもらえるかもしれないと考え、大急ぎで玄関に向かいました。
ドアを開けると文太がいました。
「文太かよ!」
「チワッス!おやぶん、ヒマだからオセロでもしましょーよ」
「うっせぇ!このクソ急いでる時にオセロなんかやるかっ!帰れー!」
健作は、腹の底から込み上げてきた怒りにまかせてドアを力いっぱい閉めました。
「そ、そんなに怒んなくてもいいのに・・」
文太が立ち去ろうとすると再びドアが開きました。
「おい文太、まさかとは思うけど、お前、ネクタイの結び方なんか知らないよな?」
「ネクタイ?できるっすよ?」
文太の両親は、文太が大人になってから困らないようにと、小さな時からネクタイの結び方だけはキチンと教えていました。
文太はチョチョイのチョイと健作の首もとにネクタイを結びました。
「おお!できてる!すげえぞ文太!ナイスプレーだ!お前、子分として初めて大きな仕事したぞ!」
「えへへ、まかしてくれっす!それにしてもおやぶん、スーツなんか着ていったいどうしたんすか?」
「就職の面接だ」
「え!おやぶん就職するんすか?この前、会社作って社長になるって言ってたじゃないっすか!」
「社長は後だ。今は親が就職しろってうるせえから就職する。おっと!こうしちゃいられねえ、もう行かねえと!」
「履歴書は書いたっすか?」
「りれきしょ・・?履歴書!どわー!書いてねえ!」
「えっ!書かないとまずいっすよ!」
「履歴書なんか持ってねえよ!買いに行ってる時間もねえ!」
「おいら、前にバイトの面接で使った履歴書の残りが家にあるっす!急いで取ってくるっすよ!買いに行くより絶対に早いっす!待っててくれっす!」
文太はすっ飛んで家に帰り、履歴書を持ってまたすっ飛んで健作の家へ行きました。
「おやぶん、履歴書っす!」
「でかした文太!またもナイスプレーだ!今日のお前は神がかり的に冴えてるな!」
「ウッス!今日は調子がいいっす!」
文太のナイスプレーはまだまだ止まりませんでした。
履歴書の書き方が解らないという健作に書き方の指導をし、写真欄に七五三の時の写真を貼ろうとする健作に待ったをかけて証明写真を貼るのだと教え、証明写真を撮るマシーンは駅前にあるということも教え、写真を撮るのにお金が足りなかった健作に小銭を貸し、顔写真が四枚つながって出てきたので、手でちぎって貼ろうとして失敗して、残り一枚になってしまった健作に、大急ぎでハサミを買ってきました。まさに大車輪の活躍でした。
「おやぶん、ハサミっす!貼るためののりも買ってきたっす!」
「サンキュー文太!今日のお前はとてつもなく頼もしいな!今までのヘボいお前がウソのようだぜ!」
「今までのおいらは仮の姿っす!本当はこれくらい余裕でできるっす!」
健作がハサミをパッケージから取り出し、証明写真を切っていくと、切った写真のふちがきれいにギザギザになりました。
パッケージには『かわいく切れるよ!ギザギザはさみ!』と書いてありました。

        おしまい







 



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