500字挿し話バトル
  挿し絵を彩る挿し話 500字のメッセージ。

第4回 500字挿し話バトル

  • 小説・詩・随筆など形式は自由です。
  • 投票締め切り: 2011年 4月30日(締め切りました)

    結果発表ページ

課題絵(クリックで拡大します) 課題絵
(Illustration: 塔南光器)

千早丸
春はあけぼの

 逢魔が時、ってのは夕方だったっけ?

 冬の早朝出勤は気が滅入る。行きも帰りも真っ暗だからだ。日中も事務所に詰めて眺めるのはPC画面ばかりの穴倉生活。残業もざらという日常に、趣味でもない天体に詳しくなる。
 せめて日に一度は陽を浴びたい。ようやく最近は日の出が早まり、夜と太陽のグラデーションを楽しんで、しかし、今朝は残念にも明星の霞む薄雲が頭上を覆う。
 明るいない、暗くない、靄越しの薄日。
 綻びかけの桜と相まって、なんとも異次元だ。
 こんな出勤も悪かない、と思いかけていたのだが。

 道の真ん中に大判ビニール袋が、3個。

 何だこれ、今日はゴミの日か? でも捨て場は違うし、と首を捻っていると。
「あ、それ俺の」
 声に見上げ、さらに困惑した。薄い壁板上にチェシャ猫笑顔の若い黒尽くめ男が乗り上げている。
 泥棒か家出かと脳内が疑問符だらけで、対応できない。悪びれない男は軽々と「ぃよ」飛び越え、床体操のごとくポーズで「9.2」自己採点つき。
「んじゃねぇ」
 ビニール袋の山を抱えると(重そうじゃない)、手まで振って、足取りも軽く歩き去った。

 後日、あの家に何事があったとも聞かない。
 春の夜明けも、妙なモノだ。




幽霊桜

「あの家ね、桜の幽霊が出るんだって」
 小学生らしい三人は、目を輝かせていた。
 もう日も陰る夕方、路地裏で子供が挙動不審をしていて、つまり電信柱に隠れたつもりになっている彼等に「早く帰れ」声をかけたら一斉に「ダメ!」反抗、理由を聞いたらコレだった。
 どうやら近所では有名な怪談話らしい。昔に聞いたことあるなぁ、という薄い記憶があった。古い家の庭に大きな桜が出る。呪いだとか、前の家主の想いが残るとか、色々。
 決まった時期に、決まった時間に。なんとも律義な幽霊だ。
「あ、出た!」
 指差して見上げると、確かに桜があった。淡い光が透けるように、ゆらゆらと安定しない。幻想的で、さすが幽霊と納得してしまう。
「ほら電線に被ってるよ」
「シタイがあるんだ!」
「キレイだねぇ」
 三人三様の感想は連携が取れてない。けれど興奮度は同じで、甲高い声で騒いでいる。
「ほら、幽霊見れたんだから帰れ」
「リアクション薄いっ!」
 非難されたが、彼等は笑って路地を走っていく。

 溜息をついてもう一度見ると、そこは無骨なコインパーキング。家はなく、味気ない看板があるのみ。
 幻だ。桜も、彼等も。
 幸せだった時間で止まったままの、春の幽霊。




植木
桜を巡る話

 江戸時代末期、現在の東京都豊島区駒込で一本の桜が誕生した。今や桜の代名詞となったそれは、故郷の地名をとって染井吉野と名付けられた。
 この桜は種子では増えず、人の手を介して接木により全国に広まっていった。つまり同じDNAを持つという側面がある。同じ温度下で花開くことから天気予報で桜前線が毎年発表される訳である。
 昭和 3年、梶井基次郎はその著作「桜の樹の下には」の冒頭で《桜の樹の下には屍体が埋まっている!》と看破した。
 50年後の昭和53年四月、警視庁上野署管内にある上野恩寵公園の一画で殺人死体遺棄事件が起こった。事の起こりは前年の秋、ホームレス同士の場所の取り合いに端を発したものであった。殺害された男は裸にされ、死体の発見を恐れた容疑者により一本の桜の木の下に埋められた。仲間のホームレス達は事件に関係することを嫌がり口をつぐんでいたが密告により半年後、事件は明るみにでることになった。現場検証は花見の客や野次馬でごった返したという。当時、現場に立ち会ったベテランの鑑識官は顔なじみの記者に対して「ホトケの体中に根がからみついてすっかり養分を吸い取られたミイラみたいだったぜ」と語ったと云う。




小笠原寿夫
ある警官の思い

「桜の下にゴミ袋かよ」

 助手席に座る藤堂は鼻で笑った。運転席に座る平林は、黙っていた。

「おいおい、これが日本の風情か?」

 藤堂は、口を汚した。
 その瞬間、初めて、平林が口を開いた。


「私は、認めません!」
「えっ?」
 平林は、言葉を続ける。
「私は、昭和の風情とかに対して、然して興味はありません。だけど、黒猫にだけは思い入れがあります」

 藤堂は小首を傾げた。

「黒猫は、日本では、忌み嫌われる存在です。その黒猫がああして塀の上でくつろいでいる。それだけ黒猫に対して、理解を持っているという町という事なのでしょう。ただ、色が黒いからだとか、猫だからというだけで、社会から外された生き物が、くつろげる町を、私は愛します。更に申し上げますと、阻害されるべき生き物なんてこの世にはいないはずなんです!」

 平林は、涙目になっていた。
「何言ってんだ、お前」

 平林は、通りすぎた路地で、一旦、車を停めた。
「そんなことくらいで私は、この国を諦めたりはしません!」

 藤堂は、ただただ唖然としている。
「引き返します!」
 平林は、涙ながらにハンドルを切った。
「おい、平林!」

 桜の下で猫が荒らしたと見られるゴミ袋が散乱していた。




石川順一
秋吉さんと夏吉さん

 塀の上の猫に餌をやってはいかんと言うのはこの町内では常識だった。最初は一匹しかいなかったのに誰か彼か餌をやるようになってから猫の増える事増える事。にゃーにゃーみゃーみゃーうるさいので町内会総意の元に町内会長の通達により猫の餌やり禁止とあいなった。
 餌をやらなくなってから目に見えて猫は減りほんの数匹となって仕舞ったが残った2、3匹は相変わらず満開の桜を愛でる心があるのか塀の上にやって来ては昼寝をしたり、にゃーにゃーみゃーみゃー鳴いたりしていた。
 雲が積乱雲でも無いのに綿菓子の様なふくよかさで、春の空に呑気に浮いて居るが見るからに雨が降る様な雲で無い事は一目瞭然な、とある春の日に、相変わらず猫は塀の上へ来て昼寝をしていた。子供の中には邪険に猫に石を投げる者も居たが、数が減った後の猫はそれ程うるさくも無いので、無視して通り過ぎる人がほとんどだった。
 そこを秋吉さんと夏吉さんが通りがかった。秋吉さんは猫好きだが夏吉さんは猫嫌いで秋吉さんが猫に餌をやろうとすると夏吉さんは制止しようとした。
 制止しようとした夏吉さんをひらりとバック転でかわしつつ塀の上へ。見事秋吉さんは猫に餌をやったのだった。




重宗三郎
幸せの残像

 妻を信じる方を選択し、鍵は置いてきた。「泊りがけの予定だったが、相手方の都合でキャンセルになった」という在り来たりな言い訳も準備していた。
 家の門は、妻を安心させるために取り付けたものだ。仕事柄、家を空けることが多いため、代わりに守ってくれる存在が必要だった。鍵付きの頑丈な門と、モニター付きインターフォンを設置した。
 門は今、その役目を十二分に果たしている。鍵は、書斎の机の上だ。五分間隔でインターフォンを鳴らしているが、反応はない。午後九時と寝るには早い時間だが、室内から漏れる明かりもないようだ。

 見知らぬ男と腕を組み、ラブホテルから出てくる妻の写真。
 妻の名前でされていた温泉旅館の宿泊予約。同行者は、覚えの無い男の名前。

 たちの悪い悪戯だと思いたかった。三十年ローンで建てた庭付き一戸建てが、平穏な幸せを閉じ込めてくれるはずだった。
 その家は閉ざされ、侵入を拒んでいる。深い闇に押し潰されそうに、小さく見える。
 生温い風が吹き、小さい花びらに視界を遮られた。そっと見上げる。雪のようだった。
 一番美しい時期は過ぎた。満開を迎えた幸せは、あとはもう、散るだけだ。