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第2回6000字小説バトル Entry3

珍味

珍味屋



男はテーブルの上に四角い物を置いた。

百万円ってこんなあっけないかさなんだっと、民子は思った。



「本当にこんなもので良いんですか」

「ハイ、ぜひそれを頂きたい.」

男は喋り方も、抑制が効いて品があった。

「それでは採取させていただきます。よろしいでしょうか」



男はアタッシュケースから、出した大げさな器具を使って私の上唇に出来たかさぶたをうやうやしくはがした。

痛くは無かったが、ちょっと引きつれるような違和感があった。

「おお」

男は小声で言った。

「又新しいかさぶたが出来ます、すっばらしい。ぜひ大事に育ててください。」

「そだてる?」

「私どもはあなた様から採取したかさぶたを、あらゆる面で検討し、吟味したく思っております。

それで先方様が,気に入られて採用となれば、今出来つつ新しいかさぶたも私どもが買い取らせていただく事となりましょう。」


「は〜」



民子は貯金した百万円から二万円を下ろして、服を買った。

小さな鏡で全身を映して見ることは出来なかったが、ベージュのワンピースはなかなか似合っていた。

一週間後にそれを着て、男との約束の場所に行った。

三十分も早く行ったのに、彼は待っていた。

民子を遠くから見つけると、男ははじけるように席を立ち、会釈した。

「喜んでください。あなたの例のものは大変気に入ってもらえました。ぜひ年間契約を結んで欲しいと先方様のたっての御希望です。」

「ええーーつ、別に良いですけど、本当にこんなんでいいんですかー」

「年間契約を結んでいただければ、先方様がどれほど喜ばれるか知りません。
私も嬉しいです。
こんなに大きな契約が取れて・・・
ご覧下さい。

一年に最低五十個の上唇に出来たかさぶたを採取させていただければ、こちらの金額をあなた様に差し上げることになっています。

もちろん前金です。」

誇らしげに男の示した金額は,途方もない金額だった。



振り込まれた金額を何度も確かめてみた。

空恐ろしい数字だった。

おそるおそる全自動洗濯機を買ってみた。

七万五千円引き出しても、通帳の残高は、びくともしなかった。

本当にこんな金額が私のものになったのだ。

しかもかさぶたなんかで。

こんなところに出来るかさぶたがいやでいやで仕方なかった。

風邪気味になると、上唇がこそばくなり、そこに風の花が出来、かさぶたになった。

みっともない限りだった。

早くかさぶたを取ろうとするあまり、またかさぶたが出来てしまう。

マスクしたり、バンドエイドを張ったりしても、またもとの黙阿弥で、かさぶたが出来てしまう。

しかももとのより大きなかさぶたが、出来てしまい、がっかりする。

こんなものがお金になるなんて、半信半疑だったが、通帳のお金は紛れもなくある!

銀行に行くと応接間に通される。

お茶が出る。

やっぱり、お金があるんだ。

本当に私のお金なんだ。

民子は電話をしてバイトを止めた。

どぎまぎして電話したが、コンビニの店長はあっさり

「分かりました。」
とだけ言って、電話を切った。

キャッシュで買うといったら、マンション業者は、小躍りした。

中古の小さなマンションが易々買えた。


今日、男がかさぶたを採取に来る日だった。

民子は朝からどの服を着ようかと迷った。

通販で買った花柄のツーピースにしようか、ピンクのTシャツとジーパンにしようか迷った。

丁重にかさぶただけを除いて化粧をした。

男はかさぶたを採取し終わると、ちょっとあなたに言わなければならないことがあると言った。

民子は血が良い具合に盛り上がってきた新しいかさぶたを気にしつつも、胸の高鳴りを覚えた。

男は言いにくそうに話し始めた。

「私がクライアントの要望をあなたに話さなかったのが、いけないんです。

なんせ私はこの商売初めて日があさいもんで・・・・

まったくもって、若く美しいあなたには酷ですが・・・・

この場に及んで、いまさらお金を返すわけにもいかないでしょうし・・・

申しわけないのですが・・・

どうか心して守ってiいただきたい条件があるんです。」

男の額には汗が浮かんだ。

「つまりですねー。そのー、あなたが、男性の方と・・ですね。

交渉・・交接・・つまりですねー・・ええー-と合体?」

男は言葉に詰まって、口をつぐんだ。

「セックスのことですか?」

「そうそう、そうゆうことをなるべくと言うか、絶対なさらないで欲しいんです。

かさぶたにその・・・なんて言うか・・・悪い影響がでるっていうか・・・とにかく・・・味が落ちるんですって。」

「味って!このかさぶた!!私のかさぶたを食べているんですか?

食べるために、五十個のかさぶたを食べるために・・・あんな大金を払う人って何なんですか?」

「ああああー絶対他言なさらないでくださいよ。

あなたにはいずれはお教えしなければならないと思っていました。

そうあなたのかさぶたをお所望する御方は、シシリー島に住む漁師さんです。

もちろんそれは世の中の目を欺く仮の御姿です。

彼は大富豪であらせられます。

この世の中の事象のすべてが彼の欲望を満たさんがために起きているのです。

天変地異さえもです。

最近とみに聞かれるエルニーニョ現象、アレは彼の要望で起きています。

火山の爆発なんかの半分は彼の要望だと聞いています。

信じがたいとお思いでしょうが、そうなんです。

古くはジャネット・リンがオリンピックで大また開いてこけたのも彼の希望をかなえたためなんです。

最近では、日本の誰とは言いません、彼女の涙を見てみたいなどといったため、一連の騒ぎが、しかけられたのです。

びっくりですよね。

信じられないでしょう。

つまり、そうゆうすっごい人なのです。」

「そうゆうすっごい人がなぜ私のかさぶたなんかを?」

「彼は、御小さいときにご母堂様との別れを経験なすってから、かさぶたに執着する、なんてい言うか、変態じみた趣向をお持ちになられて・・・・」

「つまり、お母さんが私みたいにうわ唇に、ヘルペスが出来ちゃって、それがかさぶたになる人だった?」

「そのとうりです。彼はシシリー島の高台の掘建て小屋から見える夕日を眺めながら、スコッチを飲みつつあなたのかさぶたを舌の上に載せ、そのほのかな血の味を味わいつつ、お母様のことを思い出しながら、涙に咽ぶのです。

お母様は、弱冠十九で彼を産んで、彼が三才になるかならぬかの時に五十三の夫に離別を言い渡され、子供は取られるはで、世をはかなんでシシリーの海に身を投げて亡くなられてしまわれたのです。

あなたは今、22才でしょう。

お母様が亡くなられたのも22才なんです。

どんなに世界中が自分の思うとうりになっても、彼は可愛そうな人です。

あなたの上唇のかさぶたをなめてお母様のご無念を思い、夕日を見て涙するのです。

夕日が水平線に落ちて、あたりが暗くなるとき、咆哮のような彼の鳴き声が、島中に響き渡ると言います。」

 男は、目に浮かんだ涙をこぼすまいと目を見張っていた。


「お金がいくらあっても、満たされないものってあるんですね。」


「そうです、あなたもこの一年契約が終わったら、結婚するか、何か事業を始めるかした方が良いです。」

民子が男に切なそうな視線を送った。

男は逃げるようにマンションを出ていった。



民子は男をあきらめるにはどうしたら良いだろうかとばかり思って暮らした。

電話帳をめくって、探偵社を探した。



男がかさぶたを採取しにきた日に探偵を張り込ませた。



結果をしらせたいので、出向いてくれと言う探偵社からの電話で、民子は出かけた。

探偵社の応接室にとうされる。

「この方の身辺を調査した結果です。

まーなんと言うか、ありきたりな暇人ですね。

あなたのところに行く以外は、スーパーに買い物するか、保育園の送り迎えくらいしか外出しませんね。

奥さんが警察のキャリヤなので、旦那はハウスキパーみたいなことしています。

お子さんは二人、女のお子さんですね。

奥さんとの仲は・・・奥さんに頭が上がりませんね。

家が奥さんのお父さんの名義になっています。

彼の仕事の件なんですが、『珍味や』ってことだけは分かったのですが、いったいどんな仕事をしているのだか、さっぱり分からなかったんです。

不思議ですね。

会社に行くわけでもなし、給料はスイス銀行から年俸扱いで、かなりの金額が振り込まれていると言う所まで、分かったんですが、それ以上は突き止められなかったんです。

珍味やっていっても仕事をしている気配さえないんです。

それで大金の振込みがあるって、なんか謎めいているんですが、これ以上調べるわけいかなくなりました。

ある筋から、横槍が入ってこの調査を打ち切らなければならなくなったのです。」

「ある筋って?」

「申し訳ありませんが、これ以上の事は言えません。とにかく、調査費は要りませんので、どうぞどうぞお帰りください。」



お金がある。

ひまがある。

若さと健康がある。

好ましい男は、規則正しく訪れては、かさぶたを採取するのみだけで、帰る。

しかも一年の禁欲。



民子と男の恋心は燃えに燃えて,切なさは天井知らず,ギネスにのるかの勢いだった。

上唇のかさぶたをとる際の二人の鼻息の荒さ、脈拍の速さ、上気した顔は,見る人がいたら,その場でえ昏倒するくらいの色っぽさでした。

一年がたって,男はふるえる手で、五十コ目のかさぶたを採取した。

待ちに待った解禁。

二人は激しく抱き合い倒れこんだ。

が、あまり期待が大きすぎるのは良くないみたいで、すぐに別れてしまった。



三十三年後、民子は,偶然池袋で、珍味屋を見つけて声をかけた。

民子はあの金でレディース雀荘を開業して,全国展開していた。

お昼の名物番組の「そこのけそこのけ、女社長がいく」なんかにも出ていた。
ちょっとした有名人になっていた。

民子の外見は、先だってなくなった白塗りの女社長の黒塗りバージョンのようになっていた。

[あら,珍味やさんお久しぶり」

珍味やはなかなか民子のことを思い出さなかった。

民子は、上唇にちょうど出来ているかさぶたを示すと,男は大きく首を縦に振った。

「ああ、あなたでしたか!ひさしぶりですね。お元気でしたか。」

男はたいそう老けていた。


「今も珍味やさんをやってらっしゃるんですか?」

「ええーほそぼそとね。今はあの頃と違ってゲテモノが多くって,苦労してます。しかしあなたは、ご活躍で。この間もテレビに出ていらして、びっくりしました。昔とぜんぜんお変わりなくって・・・」

「あら、いやだ、お世辞がうまいわ。」

確かにお世辞がうまかった。

やっぱり年月が彼女を風化させていなくもなかった。

昔はどこも彼処もパツパツに張り切っていたが、今は水気がとんでいた。

その分、噛みごたえがありそうだし、エキスが濃縮しているようにも見える。

「そう,どこも大変よね.サーところで私,少し店を直したいんだけど,このかさぶた売れないかしら。」

「どれどれ。」

珍味やは、女のシワの寄った上唇に出来たかさぶたをけんぶんした。

「今,マイナーな好みが人気なんで,これはもしかしたら売れるかもしれない。」

男は,背中にしょっていたりっくからPCを取り出して、入力した。

検索かけた。

「アーいました、いました。

五十台から六十代、女性の上唇のかさぶた.単発で、三千円ですな。」

「三千円。ハハハッ」

「すみませんね、安くって。」

昔とかわらず、律儀に男は謝った。

「三千万位だったら,店の2件も改築できるかとおもたんだけど,そうは問屋がおろさなかったみたいね。」

「なんせこのデフレ景気がえらく響いちゃって。」

「そうだと思う.究極の贅沢だもん。」

二人は、飲み屋で話し込んだ。



「こないだ良い注文が、あったんだけど、ある有名女優の膝の裏のあかってやつ。

採取する過程のビデオ付ってやつなんだけど、あれを最後に大きな注文は、ないね。

あなたのかさぶた売っていたときは,ロマンがあったね。

今は,もうグロいもんよ。

欲望の歯止めってのは、ないのかね。

どこまで行くんだろうか。」

「お宅,結構良い暮らしして、ゆうゆう自適かとおもったのに、・・・」

「いや,この商売の危うさですよ。

女房に男ができましてね。女房は邪魔な私を国税局に売ったんです。

あんときゃ、きつかったですよ。

くさい飯十年食いましたから。」

「アラーそんなことあったんですか。それは、それは。それで今はお一人?」

「えぇまー、こんなむさいおっさん、だれも・・・

そこいくと、あなたはたいしたもんだ。ご活躍で、お幸せなんでしょう。」

「いいえ,私は事業なんとかやっては、いますけれど、あなたと別れてから,男運がありませんでした。

あの一年の禁欲期間に,私はありったけの性の幻想を使い果たしてしまったみたい。

どの男もどの男も気に入らない。物足らない。いろーんな男これもだめ、あれもだめ,み-んなだめ!気がついたら一人ぽっち、さみしいもんですよ。」

二人はおずおずと見詰め合った。

二人の肉が落ちて奥まった眼に、小さな火がともった。


「ねぇーこれを肴にスコッチ飲んでみない?」

民子は上唇のかさぶたをそうっとはがし,男に甘えた声で言った。

「ぜひ,お相伴にあずかりたいものですね。」

民子はかさぶたを半分に欠いた。

二人はかさぶたを口に含んで,スコッチを飲んだ。

「あっ!」

民子は、しゃがれた声を上げた。

「小学校のとき、鉄棒で逆上がりをして手を滑らせて、唇噛んだ時の想い出がよみがえったわ!私、体育得意だったの。」

男は黙って味わっていた。

「あなたは、どんな思い出がよみがえりました?」

「私はあなたとのはじめての夜を思い出しました。

あの不手際をです・・・・」

「あら、いやだ、も・・・」

「民子さん、敗者復活戦は、いかがでしょう?」



全国展開していたレディース雀荘を一軒,模様替えして珍味屋をはじめ、店の二階で二人は一緒に暮らし始めた。

表はまっとうな珍味やで,インターネットで例の妙な珍味も売っていた。

イブニング娘の珍味関連が好調で、二人してせっせ瓶詰め箱詰めをしている。


男と民子は店の奥で冗談をいいあっている。

「ふしぎだね。あんなに私が,ぴちぴちして,みずみずしくって食べ時だったそのときは、ろくに見向きもしないで。

フフフあなたったら、干からびて水気が無くなり,シワしわになり,固くなって、色も渋くなった今.この、カイヒモか貝柱みたいになってきたときに,クチャクッチャいつまでも噛みながら,味わっている。

フフフフあんたもわたしも、相当なへそ曲がりだわ。

変わった好みだこと。」

「ハイハイ,私は、なんせ珍味やですからね。」

「フフフフ」

言いなれた冗談を繰り返して言い.そのたび同じように笑った。

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