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1000字小説バトル
チャンプ作品
『ベルガール』アナトー・シキソ
オレンジ色した瞳の若いベルガール。
「お荷物を」
「いや、これだけだから自分で持つよ」
「お持ちします」
「うん。大丈夫」
二人でエレベータに乗り込んで、並んで立つ。
ベルガールが、8のボタンを押す。
ずっと上の方で、ガラガラ音がして、エレベータが上昇を始める。
「以前お会いしましたね」
ベルガールが、前を見たまま僕に言う。
「ここに来るのは初めてだよ」
僕は、階数をさす針を見たまま答える。
「私のこと、お忘れですか?」
僕はベルガールを見る。ベルガールは正面を見たままだ。
中学の同級生に似たような横顔の子がいたけど。
「知らないなあ」
エレベータが止まる。
赤黒い絨毯の廊下をつれられて歩く。
「こちらです」
ベッド、テレビ、冷蔵庫、そしてこちらがバスルーム。
タオルはこちらに。
この青いボタンで、フロントにつながります。
ベルガールは受話器を持ち上げ、耳に当てる仕草をしてみせる。
「うん」
ベルガールは、微笑んで受話器を置く。
「私のこと、本当に覚えていらっしゃらない?」
学生時代のバイト先の店長がこんな笑顔の女だったけど、違うよな。
「よそで会ったのかな?」
「いいえ」
ベルガールがカーテンを開く。
「窓ははめ込み式ですので、開きません」
窓ガラスに水滴が見える。
「雨か」
「いえ、屋上のプールの水が風に飛ばされて落ちて来ているだけです」
「屋上にあるの、プール?」
「はい。当ホテル自慢のプールです」
「マリアナプールだよね」
「よくご存じで」
「有名だから」
ベルガールはテーブルの上のリモコンを手に取り、差し出す。
「空調はこのリモコンで」
僕がリモコンを受け取ると、その手を取って、ボタンを指差し説明をする。
「冷房。暖房。この緑が除湿です」
顔を上げると、ベルガールの顔がドアップで目の前にある。
オレンジ色の瞳は、カラーコンタクトだ。
「まだ禁煙なさってないのね」
「タバコを吸って好きに死ぬさ」
「肺ガンは苦しいですよ」
「その時はネットで拳銃を手に入れるよ」
「あら、便利」
ベルガールが突然僕の鼻の頭を舐めようとしたので、とっさに身を引く。
「非常階段は、廊下を右に、突き当たりです」
「さっき、見た」
僕の方を見たまま、後ろ向きにドアまで歩くベルガール。
廊下に出ると、右耳のイヤリングを外して床に置く。
「私のことを思い出したら、返しにきて下さい」
そう言って、ベルガールはドアの向こうに消えた。
書類鞄を置いて、イヤリングを拾い上げる。
薬指に填めてみた。
ピッタリだな。
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