QBOOKS 第2回乱取バトル
落語バトル Q寄席


エントリ作品作者文字数
01チョコレート怖い漢字亭 鬱糞1576
02県警夜間通常業務酔亭志妖助1500
03孝行息子はんバーグ亭はん生(レア)1500
04三魂講閑良家まよっ太1500
05禅寺の花見丸須家梵天1627
06宝くじ笑亭よん太1500
 
 

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エントリ01  チョコレート怖い     漢字亭 鬱糞


「ひいいいっ」
「お前、何してんだ」
 声をかけられてアイドルのジュンが顔を上げた。
「ああ、ヒサメさん」
 貴公子然とした容貌を歪ませて、ジュンは先輩アイドルを見つめた。
「バレンタインデーのチョコだろ、怖いのか?」
「実は去年チョコレートを齧ったら、中からえたいの知れないちぢれっ毛が沢山……」
 ジュンはまだ売り出して間がないため先輩アイドルのように事務所が手分けしてチョコレートを開封してくれるような身分ではない。最初のうちは自分で開けて、決まり文句ではあるが数行の返事を書くことがこの小さな事務所の方針だった。
「それ以来チョコレートを開けるのが苦痛で……うううう」
 震える手で包みを開ける。見る見るうちに顔が青くなり、額から汗を流すジュン。我慢できず、包装紙を破る瞬間また彼はアイドルとは思えぬ悲鳴を上げた。
 面白そうにその姿を見つめていたヒサメだが、ふと傍らのチョコレートの数が自分よりずいぶん多いことに気がついた。


 その夜ヒサメはアパートで鍋に入ったチョコレートをかき混ぜていた。
「毎日不気味なチョコレートを送って奴を精神的に追い込んでやる」
 頭が切れて性格の悪いヒサメがにやりと笑った。
「さあて、闇チョコの饗宴が始まるぞ」
 

「ひいいいっ」
 バレンタインデーが過ぎても届く差出人不明のチョコのせいで、事務所にはジュンの悲鳴が毎日響くようになった。
 そのうち徐々に彼は変わり始めた。頬はこけ目を光らせてぶつぶつと何かを呟いているかと思えば、時折叫びを上げて机の下にもぐりこむ。
「大丈夫か」
 さも心配しているかのように声をかけるヒサメ。
 実はジュンがあんな状態なので、今まで彼に回っていた仕事が徐々にヒサメに入るようになっていた。
 そうなると、ますます気合が入る深夜のチョコレート作り。
 如何にして不気味なチョコレートを作るか、ぐつぐつとチョコを煮ながらカビに包まれた正体不明の残飯や、日干しになった虫をコーティングしてヒサメはほくそ笑むのだった。


 せいぜいサスペンスドラマの端役ぐらいしか仕事がつかなくなったジュンだが、いつの間にか、常軌を逸した役をやらせたら若手ナンバーワンだという噂がたち始めた。確かにもともとの美貌に加えて、そのエキセントリックな演技は誰も真似することのできない域に達している。
 程なく次々と仕事が舞い込んでくるようになった。
 一方ヒサメはアイドルの仕事が来ていたのも初めのうちだけ、すぐにその華の無い容姿と鼻につくコメントが嫌われて干されてしまった。
 そうなると暇にあかせてヒサメのチョコレート作りにはますます熱が入る。しかし彼の思惑とは裏腹に、ジュンの異常な演技は冴え渡りとうとう主役級の仕事が舞い込むようになってしまった。
 妙なことにジュンはいつの間にかあのチョコレートを追い求めるようになっていた。誰かが隠していても、震える手で片端から引き出しを開け一日中事務所を探し回る。
「チ、チョコ……ぎゃあああっ」
 ヒサメの送るチョコレートを見つけるとおそるおそる開け、事務所中に響き渡るような声で叫ぶ。中身をくわえて青い顔で嘔吐するジュンを介抱しながらマネージャーが嘆いた。
「病院行きますか?」
 ぎろりと睨みつけるその視線にはもう昔日のアイドルの面影は無い。
 マネージャーは慌てて口をつぐんだ。


 早く潰れればいいのに、しぶとい奴だ。
 しかしなぜ、あんなに演技を磨くことができたんだ。
 自分のチョコは精神と腹を壊すことはあっても、良いほうに働くはずが無いんだが。
 ヒサメは首をかしげた。


「放っていてくれ、このチョコさえあればいいんだ」
 事務の女の子の泣き声が聞こえてくる。
「だってジュンさん、チョコのせいでこんなに憔悴して……」
「そうかっ」
 とたんにポン、と膝を打って叫ぶヒサメ。


「ショウスイだけに、あいつ芸の肥やしにしやがったあ!」






エントリ02  県警夜間通常業務     酔亭志妖助


「兄さん、がんも頼む」
「あいよっ」
 屋台の若い主人が、がんもどきを森亮二の皿に置く。
(水商売に紛れてると思ったんだがな)
 森はコップに、受け皿の酒を入れる。
(警察の『夜間業務』をすり抜ける吸血鬼、か)
「こんにゃくと――」
 隣の老いた男が注文をする。
「焼酎を半分お願いします」
「あいよっ」
 老人は、コップ半分の焼酎をちびちび飲む。安っぽいスーツは、ホームレスの外出着に見えた。
(そうか、ホームレス……しかし血は?)
「すみません、焼酎をもう半分下さい」
(もっとも、吸血鬼は一年や)
「半分お願いします」
(半年……二年)
 森は首を横に振る。
(血を吸わないで平気だから)
「ええと、もう半分」
(半分だけ吸血……違うっ!)
「……あんた、さっきから半分だな?」
「ははは、お恥ずかしい」
 老人は酒に強いらしく、顔色は全く変わっていなかった。
「酒飲みってのはどうも意地汚いもんで、半分づつなら同じ金でも多く飲んだ気になるだろうと思いまして」

「キヨヒコは正直、ちょっと抜けてたとこがありました」
 ホストクラブの支配人は、言葉を選び答える。
「何人喰ったとか自慢してるけれど、商売女に引っかかっただけだったり」
「そうか」
 森は警察手帳にメモを取る。
「でも刑事さん」
 開店前の明るい店内は、壁や床の汚れやキズが目立つ。
「あいつが、女に殺されたとお思いで?」
「ヤツの皮膚から、少量だが口紅とファンデーションが検出された」
「ですが、キヨヒコは、柔道の有段者ですぜ? 女が銃でも持っていたならともかく」
(吸血鬼に格闘技が通用するか)
 森が声に出さずに呟いた時。
「森さん!」
 ドアが開き部下の佐伯が飛び込んで来た。
「網にかかりました!」

 廃業したラブホテル地下の、真っ暗なボイラー室の中を、防刃ジャケットに固定されたマグライトの明かりが照らす。
「森さん」
 ボイラーの陰には、人間が二人横たわっていた。
 森は血の気の全くない方の男の顔に視線を向ける。
「こいつは……」
 数日前に立ち寄った屋台の若い店主だった。首筋に牙の痕があり、息はない。
「吸血鬼の食堂、か」
「保健所入ったら一発アウトですね」
 次の瞬間。
 店主は目を見開き、森に跳びかかった。
 吸血鬼の手は森をかすめ、貯湯タンクを引き裂き、パイプを曲げる。
「む!」
「森さん!」
 一瞬遅れて佐伯がニューナンブを発砲した。
 吸血鬼の脇腹をかすめた弾丸が砕け、聖別された岩塩と銀の粉末が飛び散る。
 吸血鬼の回復力の増した肉体は、僅かなアレルギー反応を増幅する。
「ぎゃあああっ!」
 瞬く間に皮膚と肉が崩れ落ち、骨が露出した。
「怪我はあり――」
「油断するな、佐伯」
 森は、吸血鬼の頭と胸に弾丸を撃ち込んだ後、もう一体の死体にも発砲する。
 しかし。
 発砲から着弾の間に、死体は天井に飛びついた。
 森が天井に銃を向けた時には、既に壁。
「速いっ」
「オリジナル――ぐああっ!」
 催涙手榴弾を取り出した佐伯の腕はへし折られた。
「っ!」
 森は銃を捨て、佐伯の落とした手榴弾に手を伸ばす。
 吸血鬼はその隙を逃さない。森の背後から掴みかかり、首筋にかみつく。チタン繊維のネックガードに口紅が付いた。
 森は。
 しかし。
「かかったな」
 笑った。
 銃声が鳴り響く。
 無造作に投げ捨てられたと見えた森の銃は、佐伯の手にあった。
 銀と塩を内臓に撃ち込まれ、回復速度を超えた崩壊が始まり、急激に若さが失われていく。
「……顔色隠しの口紅が、コップにも付いてたぜ」
 崩れ落ちた吸血鬼は、ゆっくり頭を上げる。
 森が屋台で居合わせたあの老人だった。

 老人は崩壊していく手に付いた血をぺろりと舐めると、にやぁっと笑って。

「……もう半分」


※作者付記: ○原噺『もう半分』
参考:http://www.geocities.co.jp/Hollywood/6684/mouhambun.html







エントリ03  孝行息子     はんバーグ亭はん生(レア)


 えー昔から「生者必滅、会者定離」と申しまして、あの世に渡るのは、命あるものの定めとしてあります。何処のご家庭でも、ご親戚でも、別れは付き物ですな。しかし、年齢順にあちらに参ります分には、まあ仕方がないんでしょうが「逆縁」つまり、逆順にお弔いを出すなぞと申しますと、悲しみや無常観もひときわのようです。

 少しだけ長く生きるも親孝行

 子供さんに先立たれたご両親の悲しみは、たいへんに深いようで……。

「はい、今帰りましたよ」
「ああ、あなた、金坊がねえ……」
「おいおい、何だね。挨拶もなしに。いくら夫婦だからって、『お帰りなさい』くらい言ってから、本題に入るがスジだろう。それをいきなり『金坊がね』って。そりゃあ、あんな風に先に逝っちゃったんだから、お前が金坊を思う気持ちもわからないじゃないが、そういつまでも、金坊、金坊じゃいけないって、お医者さんも……」
「そうじゃないのよ、あなた。金坊がね、帰ってきたの。さっき帰ってきて、ご飯食べてるのよ」
「なにぃ」
 旦那さんが急いで居間に入ると、確かに死んだはずの金坊がお膳について食事をしています。
「あれ、まあ、何だい。おい、ちょっと。金坊がご飯食べてるよ。なあ、お前、来てご覧よ」
「だから、そう申し上げているんです。ですから、さあ、あなたからも金坊に何か言って上げて下さいな」
「何かって、お前、決まりが悪いなあ……ええ、金坊、どうだい、元気かい。向うはどうだい。みんな親切にしてくれるかい。そんなに急いで食べなくってもいいんだよ。あんな風に急に逝っちゃったもんだから、ずい分心配したんだぞ、なあ。いや、そのことはいいんだよ。ただ、三途の川とか、天国への階段とか、上手く渡ったり、昇ったり出来たかと思ってさ。あの渡し賃とかは六文銭で足りたかい。そう言やあ、賽の河原ってとこで、金坊みたいに先に逝っちゃった子達は石を積むんだろう。上手く積めたかい。なんかこう邪魔するらしいねえ、鬼が。金棒かなんかで、酷い奴だねえ、鬼は。あと、閻魔さんねえ。やっぱりあっちが本締めだから、盆暮れの挨拶なんかはちゃんとして、うまく付き合わないとなあ。あれで、閻魔さんなんかはやっぱり油の詰め合わせなんかが……」
「あなた、何を言ってるのよ。金坊は閻魔さんの近くになんかいませんよ。極楽浄土にいるのよ、ねえ。毎日、美しい楽曲を聴きながら、美しい花に囲まれて、長い箸で美味しいご馳走を頂いてるんでしょう。でも、お箸なんかはやっぱり短い方が良いんじゃないの、ねえ。でも、肝心なのはお味よね。どう、久々の母さんの手料理は。美味いかい。たんとお上がりよ。お代わりはたくさんあるからね。お魚も小骨があるところは残しちゃっていいよ。足りなかったら、すぐに買って来ますから、駅前の商店街から。昨日ちょうど特売日だったんだけど、大丈夫、今日も安くして貰うから。ほら、母さんは常連で、マイバック持参だから、特別ゴールドカードなんだよ。毎月の団体旅行も割引で行けてねえ。先月は焼津の方にバス旅行で……」
「おいおい、下らないお喋りをしてんじゃないよ。それより、お風呂とか、寝床とか、ちゃんと仕度して……」
 ご両親があたふたされている間、金坊はってえと、ご飯をたらふく頂いておりましたが、元来この世のものではございませんので、どうした加減か、すうっと薄くなって、消えてしまいました。
「あっ、きっ金坊、おや、まあ、どうしましょう。あなた、消えてしましたよ。ご飯を綺麗にさらえて、でも、まだお漬け物が、お香々が残ってますよ。ねえ、金坊」
「そうか、金坊の奴、また、コウコウを残しやがったか」
 はい、お後がお宜しい様で。






エントリ04  三魂講     閑良家まよっ太


 えー、お馴染みの八っつあんの登場ですが、ここンとこの不況でリストラされちまって職探しの真っ最中。ところが職安から帰ってみると、何だか家ン中が妙に騒がしい。
「おーい、ただいま。何だか物々しいね…おい葬式じゃねえか。亭主も待たねえでそんな大事なこと済ましちまうなんてお前、せっかちにも程があるよ」
「あ、あんた! ねえ、そんな呑気にしてる場合じゃないんだよ」
「まあいいや。俺も一ン日外だったからな。で、誰だいホトケは…何だいこの写真、ハードゲイコスプレじゃねえか。間抜けな面だねえ。これじゃあ浮かばれめえ」
「あんただよ」
「は?」
「鈍いねえ。死んだのはあんたなんだよ!」
「何だってえ?」
「ほら、よく見てみなさいよ」
 八っつあんがかみさんの剣幕に圧されて、顔の白い布を取ってじぃーッと眺めてみると、青白い顔して横ンなってるのは確かに八五郎その人に違いない。
「あれまあ、俺、死んでるよ」
「ほんとにそそっかしいんだから。死んだことも忘れてふらふらほっつき歩ッてんじゃないよ」
「そんなにぽんぽん言うねえ。それより、もっとましな写真はなかったのかい。仮にも亭主の葬式だろ」
「他に白黒のがなかったのよ」
「白黒じゃなくて黒レザーの衣装じゃねえか。なあお前、ちょっと聞くがよ」
「なんだい」
「そいつは確かに俺に違えねえが…ここにいる俺は誰なんだ?」
「そんな酷な事をあたしに聞くのかい? 幽霊に決まって…何? あっち?」
 八っつあんの指す居間の入り口をかみさんが見るってェと、何と、そこにまぎれもない亭主の姿がもう一つある。
「あ、あんた?」
「それだけじゃねえ、床柱の前にも」
「ひえー、三人も!」
「大安売りだ」
「ばかだね。何だってこんなことになってンだい」
「覚えてるくれえなら生き返ってるよ」
 そうして二人、いや四人して頭をひねっていると、居間の隅っこの方から陰気な影がすうーッと入って来る。頭からすっぽり灰色の布をかぶって、手には大きな鎌ってェいでたちだ。
「あんた、もしかして」
「ええ、死神です。八五郎さんの魂と引き換えに、おかみさんの生活を保障するって契約をしまして」
 死神が濁った色の紙をぴらっと出すと、それは魂を頂戴しますってェ起請文で、確かに八っつあんの下手糞な字で署名がされてるんだが、どういうわけだか同じものが三枚もある。
「だからあたしがいつも言ってたンじゃない。あんたは馬鹿正直で騙されやすいから、知らない人の話にうんうん頷いちゃだめだって。おまけに三枚も書いちまって!」
「そんな事言ってもよ〜」
って、八っつあんは三人して陰気なハーモニーで答える。
「書いたら記憶を抜くんですよ。普通は一枚書いたらすぐにぽっくり逝くんですがね。何を血迷ったか三回もあたしんとこに来まして。まあ、よっぽど未練があったんでしょうなあ」
「そう言われてみりゃあ〜仕事もねえし〜せめてお前と子どもに楽さしてやりてえって思ったかも知れねえ〜」
「だからって一つしかない命を三度もくれてやるこたアないんだよ…そうだ死神、魂は一人に一つ。三枚書いたら無効じゃないかい」
「そんな細かいことは気にしませんよ」
「ねえ、亭主の命がかかってンだからさ」
「そんなことは承知の上です。死神なんて言っても、所詮は歩合制の営業マンですよ。ノルマ達成できるまで、昼を徹して命削って働いてンです。成績のためなら何枚だって書かせますよ」
「夜だけじゃおっつかないってわけかい。苦労してンだねえ。でもさ、数が取れりゃあいいってもんじゃないだろ。そんなにたくさん起請文書かせて、どうしようってンだい」
「おかげでようやく休みが取れるンです。あたしゃ一度、ゆっくり夜寝がしてみたい」


※作者付記: 元ネタ・「粗忽長屋」「三枚起請」







エントリ05  禅寺の花見     丸須家梵天


 銭湯で上野の花の噂かな。貧乏な禅寺の噺でございます。
「和尚様和尚様、おしょ……なに寝てるんですかこんなところで」
「それは木魚じゃ。それに捨吉や、廊下はそうどたばたと走るものではない」
「走った方が速いやい―で、すごいですよ! お寺の前をすごい人が通りますよ! 花見ですよ!……楽しいんだろうなぁ、出店もいっぱいでるんだろうなぁ」
「これこれ、何か用があってきたのだろう?」
「ああ、上州屋さんが豆腐の寄進にみえました」
「なんじゃ、庫裏の権助はおらんのか」
「さっきからどっかいっちゃったい」
「じゃあ仕方ない……じきに行くからお待たせしておきなさい」
「はァい――まったく権助どんはどこ行っちゃったんだろうなァ。和尚だって和尚だい。こんないい日和なのに日がな一日座禅だってあぐらかいてばっかり。あれで檀家さんの御寄進で食わしてもらってるんだからいいご身分だよね。ああいうのをニートってんだ。
「ぼっちゃん、和尚はんはおいででしたか」
「えーと、上州屋さん……」
「亀吉だす。和尚はんは?」
「和尚はじきにおいでなさいやがりまします」
「けったいな坊や。自分とこの主人おいでなさりやがるやて。おかしなあ」
「笑いごとじゃないやい。ねぇ、亀吉さん、外の桜、すごいんでしょう」
「そらすごいのすごないのって、人やらぎょうさんおって団子やら甘酒やらの出店がブアーっとあってな?」
「だ、団子? 甘酒? うわ、いいないいないいなっ」
「あァ、坊はお寺の手伝いでいかれんのかいな、気の毒に」
「たでぇま、帰りやした」
「あ、権さんかえってきた!」
「ヴェ〜、花ァも様々散るもォ花ァ、コリャ」
「おやま、権助はん昼間っから機嫌よろしいなぁ」
「あんら上州屋の亀さんでねえの。んだらね、おらぁ焚きつけの薪さ買いに駿河屋さ行っだだよ。だべし、そこまでは何ァんもなかった。んだども、隣の法妙寺の坊様一同庭さ毛氈敷いて座ってっがら、なんだべと思っでみだらよ、その、ほ、花見さやっでるでよ」
「え! 妙法寺さんでも花見?」
「そうだすな、わてがここにお邪魔するときも、甘茶にかっぽれでどんつくどんつく、やかましくやっとられましたわ」
「んだ、庭の桜さえれえ綺麗でよ、おらぼうっとして見てたら、『おや、そこにいくは寛永寺の権助さんじゃないか。せっかくの花見日和だもの、これも仏心あがってらっしゃい』なんつもんだから、飲んでけっちゅうもん、断る筋合いねえべ? んで、ほれ、このとおりだぁ」
「あああいいないいな、いいなったらいいな」
「これこれ、玄関で何を騒いで……おや、権助は帰ってきたのかね? やっ、困った人だね、寺でこんなに酒臭くてどうします」
「ねぇ和尚様、おいらも花見に行きたいや。花見にいってお団子食べて、甘酒に甘茶の中からどじょう掬ってかっぽれかっぽれ――」
「捨吉は捨吉でなにをわけのわからないことを――フム、はあはあ、花見か。花見のぅ……いいじゃろう。たまには花見もよろしい」
「わぁ、やた、やった! じゃあ、これから準備しますね! 毛氈もって、食べ物なんかみんなお店で買えばいいから、ちょっと着替えて――」
「ときに捨吉、什麼生、禅の花見とはなんぞや」
「へ?」
「花見とは何ぞや」
「やだなぁ和尚様、花見ったら桜の花を見て宴会をすることでしょう?」
「あの、すんまへん、すんまへん。お取り込み中のところ申し訳ないですがぁ、豆腐の寄進だけさせてもろたら帰らせてもらおとおもうとりますねんけど」
「いかにも。花見とは豆腐である」
「まぁた始まっただよ、和尚様も酔っぱらってらっしゃるだか」
「酔っておるかもしれぬ。花が咲いているかもしれぬ。だがそれは豆腐のカビだ」
「ねえ、もうそういうのいいですからぁ、和尚さまぁ、一生のお願いです。隣の法妙寺の人たちだってお庭の桜で楽しくやってるんですよう。あたいだってござ広げて美味しいもの食べたいやい」
「無理を言うでない捨吉。考えてみれば向こうは法華でこちらは臨済。寺の宗旨(収支)が大きく違う」






エントリ06  宝くじ     笑亭よん太


 買わなきゃ当たらぬ宝くじ
 そんなノボリのある売り場で久しぶりに宝くじを買ったのは、パチンコが儲かり気が大きくなったからだ。
 買っても当たらぬ宝くじだが、こういうツキがある時に買うと当たるかも知れない。当たったら何を買おうか? やっぱ車かな。一等ならマンションも買える。な〜んつって、これが捕らぬ狸の皮算用って奴だな…。いや、いやいやこの考えは良くない。狸だとカラくじだ。古いギャグを思い浮かべ、ニンマリした顔を引き締めながら、俺は次のパチンコ店へ向かった。
 溜息と舌打ちをして小銭と宝くじだけになった財布を眺めながら、こんなの買わなきゃラスト千円で絶対に確変が来たのにとコンビニでおにぎり一個を買って、今月はどうやって乗り切ろうかと俺は暗くなった路地をアパートへ向かった。

 当たらないとは思っても、俺は宝くじ発表の新聞を広げ、3枚のくじを財布から出して新聞と見比べた。
 一番確立の高い6等は、カスリもしない。3枚じゃ…な。
 5等は下2桁13。で俺のは55、56、57。駄目じゃん。
 4等は下3桁555。俺のは455からの連番だっちゅうの。…しかし惜しい。もうちょっとだ。1桁違ってりゃ1万だ。
 3等は、組下1桁7。…あぁ関係ない。俺のは49組。
 2等は組が09、43、76。…だから49組だってば。
 舌打ちしながら、一応1等を見る。
 組が49。一緒で少しばかりの期待。で123456番。俺のは123456。
 やっぱ駄目だ。組が49で123456だろ。俺のは49の123456だ。…こっちが49の123456で、俺のが49の123456…。

 こっちが49組123456で、俺のが49組123456…。
 深呼吸三回。
 ちょっと待ってね。この宝くじは第○○回の△ジャンボで、この新聞は○○回の△ジャンボで…、合ってる。間違いない。
 で、1等は49組123456で、俺のは49組の123456。

 あたっ。あたっ。あたたたたた…。あたっ。あたったたたた。当たった…。
 連続している宝くじは前後賞まで付いて3億。引換えは1週間後からだ。

 都内に庭付き一戸建てが買える。駐車場付きの家も買えるかも知れない。海外旅行もしたい。豪華客船で世界一周も出来る。どこかに別荘を買おうか…。
 さてこの宝くじどうしよう。もし歩いて落としたら目もあてられない。混雑した電車にはスリもいる。俺は箪笥の抽斗に新聞と一緒に大事に仕舞った。その夜は眠れなかった。
 翌日はウトウトしながら会社へ行き、終業時間が終わると直ぐに帰宅した。仕事が残っているが構うもんか。その日も眠れなかった。
 家を出る時は異常な程に何度も鍵を確認した。家が火事になったら、泥棒に入られたら…。頭の中は3億円の事で一杯で食欲も無い。
 仕事が忙しくなっても頭からは金の事が離れず、能率が上がらない。
 換金出来るようになったら銀行に預けよう。それからゆっくり考えれば良い。それまでは金の事は忘れて仕事を片付けよう。…そう思っても駄目だった。

「おい。悩み事でもあるのか?」
「いえ」
 課長や同僚が心配し声をかけてきたが、俺は机に向かって仕事に集中しようとした。
 休みの日は食事もせずに宝くじと一日中見合いしていた。

 後3日。そうすれば金は口座に入る。
 でも…安心出来ない。寝不足と食欲不振は続きとても仕事をする状態ではなかったが、仕事を休める状態でもなかった。
 そして換金開始の前日、有給の申請をした。明日は休んで銀行へ行くんだ。

 鍵を何度も確認した玄関が、…開いていた。
 宝くじは無かった。

 はぁーっ。取られちゃっ…たぁ。無くなった…。

 これで、やっとゆっくり眠れる。