QBOOKS 第3回乱取バトル
ライトな乱取り・冒頭バトルっ

ライトはツカミ勝負、かもしれないという説にしたがって
「中編または長編のライトノベル」の冒頭を書いてみる……


エントリ作品作者文字数
01箱庭にいながら彼岸の渚みて3000
02カタツムリハウスにようこそ!鳥野 新3000
03唱え! ノム高合唱部ごんぱち3000
04ラブ酔い川島 聖人2702
05嵐が森棗樹3000
06神の見捨てた星の底千早丸2879
 


 



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エントリ01  箱庭にいながら彼岸の渚みて     葱


 かがり火に照らされ、うんざりした人々の表情が浮かぶ。ある者はすっかり冷えた酒を飲み、ある者は寒さにぐずりだした赤子をあやす。居眠りしている老人もいた。
「あなたもまた入るのです!」
  夕闇がせまり、石造りの床は凍てついてきていた。薄く星の浮かびはじめた天然の天蓋が、ささやかな場を囲んだ人々の頭上を覆う。ほぼ集落の全員が集まって も、まだ石の広場の空間は余っている。人がいない場所には、石のひび割れの隙間をぬって雑草が、あるいはどうどうと構造物を突き破って、針葉樹がそそり 立っている。森といっても言いすぎではない。
「僕は行きたいと! 言えません…」
 うんざりとした者たちの視線の先には、親子の言い争いがあった。冷たい床に我慢して座り込んでいる者たちにとっては迷惑以外のなにものでもなかった。
 親子は立って口論している。そのそばに、小柄な男が申し訳なさそうに立ったり座ったりしていた。
「穏やかなタギになってください。そして、それ。嬉しい。それが何であるかがわかりますか?」
 少年を見据えて、大柄でふくよかな女性が声を張り上げた。いかにも母親然としている。その言動と行動に一点の曇りもないという自信にあふれた立ち姿だ。
 タギと呼ばれた少年は、くやしさからか、喉に何かをつかえた口調で反論する。
「そのようなものがありますか! …僕は言うだけです、意味を」
「まずまず、何も、このような時……に」
 ずっと二人の口論を傍観するしかなかった小柄な男が、つい割って入った。
「ガンダテは静かになれ! 吉です」
「父、出て来ません!」
 でかい妻と勢いのある息子を前に、小柄な男は再び床に座る。どうやらガンダテと呼ばれた男は父親らしい。再び、男に人々の非難の視線が集まる。
 母親と息子の怒鳴り合いがしばらく続いたのち、人々のなかから、一人の老人が面倒くさそうに立ちあがった。どうも自発的に立ちあがったのではなく、筋骨たくましい二人の女に両脇を抱えられ、床から足が浮いているようだ。
 寝ぼけまなこで老人は、大声を張り上げた。
「ミサキ、煩わしくなるでしょう! ボケ!」
 親子の口論が止まった。人々も皆、老人のほうを振り向いている。赤ん坊が泣き出した。人々の視線を受け、再び老人はまぶたを下ろした。女に吊り上げられたまま。
「残念です。僕の、母の名前はナギサですが…」
 空気の読めないタギは、控えめに老人に抗議した。母親であるナギサは、気を削がれて口をもごもごさせている。
 老人の口からしゃがれた不快な声が漏れた。赤ん坊はいよいよ火がついたように泣きはじめる。
「ミサキ、分離が苦痛であることはよく理解します。しかしながら、息子のためです」
 したがって、それ…タギがまたも口を挟もうとして、母親に止められる。ナギサは頼み込むような視線を老人に向けて、言った。
「しかし、私が教えたことは愚かです。理解しないこと…」
「希望はあなたによって息子に与えられましたか? それは通らないでしょう。準備するのみ。しかしながら、単に与えられた人間はすぐに、それを失います。それで良いのです」
 人々の間に、潮気を含んだ風が通りぬけた。さきほどから少し風が出てきたらしい。かがり火が揺れ、火の下に置かれていた粗末な供物の陰影がぐらぐら動いた。
 突如、どこからか低音が鳴りひびいた。
 それは音というよりも衝撃で、人々の体を震わせた。
 人が寄り集まっている石畳の反対側、森の中に、白い無数の人影がちらついた。
 赤ん坊が泣き止んだ。それを合図にしたように、人々は姿勢を正し、酒を床に置いた。老人もようやく床に座らせてもらえた。
 父ガンダテが座った姿勢で、妻と息子に座れ座れと手で合図している。ナギサはすぐに従って、大きな体を屈めた。
  タギはすぐに事態が飲み込めず、森から体を背け、遠く水平線に目を映した。今にも日が落ちそうになっていた。水平線の付近に島の影が見えた。と思うまに、 大きな手がタギの頭を掴んで、床に組み伏せた。母親の顔が間近に迫る。ナギサの表情はさっきとはうって変わって,笑っているような泣いているような、微妙 なものに変わっていた。
 森の中に浮かんだ白い影が、石畳のなかに飛び出してきた。まるで獣めいて飛び跳ねる姿は、動物ではなく、白い老婆だった。老婆が森から溢れてくる。
 人々は、目を伏せて床を見つめていた。ナギサもガンダテも頭を下げている。
 タギだけがその光景を見つめていた。異常な数でてくるように見えた老婆たちも、よく見れば、三人だけだった。一人一人が、竹や木の皮で作った小さな楽器を持っていた。
 ビヨンビヨン跳ねる陽気な白装束の老婆の隙間、森のなかから、一際小柄な少女が出てきた。少女が小さくに見えるのは、やはり老婆も大柄なせいだろう。
「コトハ…」
 タギは、コトハになら通じるだろうという変な期待があった。コトハは、いつものセーターやジーンズ姿ではなく、薄い紙の着物を着ていた。奇妙な威圧感を受けつつも、タギは立ちあがるなり走り出した。
「あ、愚者、タギ」
 ナギサの静止の手も届かない。足にだけは自信のあるタギだった。あっという間に老婆の間を潜り抜け、自分と同じぐらいの背の少女の前に立つ。言葉をかける。
「眠ります、それを得ます、今、儀式をやめるためにそれができませんか?」
 間近で見ると、コトハの着物は異常に薄く、皮膚の色が透けて見えるほどだった。タギはどこを見ていいのかわからず目を背けた。
 二人の様子を遠巻きから見ていた人々は、ざわめいているがその場を動かない。それはタギの両親にしても同じだった。
 タギがまた何か言おうとした時、コトハはタギの脇をすり抜けた。まるで何も見えてないかのように。人々の間から安堵の吐息が、白く立ち昇る。
 呆然と立つ少年を無視して、コトハが三人の老婆とともに人々の間に立った。
 タギが振り向くと、老婆達が急に高い声で泣きはじめた。いや、楽器をいっせいに奏ではじめたのだ。幾つもの筒を重ねた楽器から、光のような音がほとばしる。音にのって、女たちが歌い出す。
 コトハがさらに乗り移るように、言葉を吐き出す。小さな体のどこにそんな音が隠されているのか、タギは気圧されれて動けなかった。
「そして浄化。様々の人のみそぎを実行しに来るのにきつい土へなど、偉そうに振る舞う、それを置いてください。そして浄化。様々の人のみそぎを実行しに来るのにきつい土へなど…」
 音楽と言葉の羅列がおさまるまで、タギはぼうっとコトハに見惚れていた。
 ふと気がつくと、両親がコトハのほうへ歩いていくのが見えた。コトハ後ろには、大きな木造の階段があった。かがり火は階段の中腹、踊り場に据えられ、供物もそこに供えられている。
 コトハは母と父を従えて、階段を上っていく。老婆は階段の下で待機している。
 踊り場で、母がふと振りかえり、微笑んだ気がした。コトハは踊り場に残る。
 母と父はさらに階段を上る。階段の向こうには、橋がある。橋の向こうには、彼岸と呼ばれる土地があると言われていた。
 今、集落の人々が集まる場所は、古い石造りの、植物に侵された高層建築物の屋上だった。屋上からは、巨大な木造の高架橋が海峡をまたいで伸びている。
 彼岸という土地には、幸せがあるとタギは教えられていた。
 日はすっかり落ちて、空に星が輝いていた。
 闇に紛れて、親が消えた。 







エントリ02  カタツムリハウスにようこそ!     鳥野 新


 謀国某所国境のはずれ、大根畑のど真ん中。
 赤い渦巻き屋根の建物がある。
 誰が呼んだかカタツムリハウス。
 そこは……。


「バーモントはどうした?」
 紅茶片手に日当たりの良いテラスにやって来たのはミストラル教授こと、もと詐欺師のジューク。彼は寝癖のついた黒髪をなでつけながら手近の椅子に腰掛けると、先客の若い男に尋ねた。
「政府の高官が面会に来たって、誰かが言ってましたけど」
 朝食後の一服を楽しみながらその青年、レイクは防テロ対策がなされた特殊ガラスの窓を長い指でこつこつとたたきながら答えた。
「何でもデフレの良い対策がないかどうか、指導を仰ぎにきたらしいですよ」
「全く、バーモントもおとなしくしていれば当世一の経済学者だったのにな」
「悪いことに、世間知らずも当世一……」
 ジュークは肩をすくめた。
 政府機関の経済顧問だったバーモントが愚かにもテロ組織にだまされた末、巧妙にプログラムした財政破滅計画を実行に移し国家を破産させてしまったのは記憶に新しい。
「国民すべてを路頭に迷わしちゃ、そりゃ無期懲役にもなるよなあ」
「しかし、理解できないのに採用する政府も政府ですよね」
「巧妙に仕組まれた経済プログラムで、最初は景気も良くなったが、後に突然激しく恐慌が来るようなものだったらしいな」
「おお、それは毒薬の世界にも通じるものがあるっ」
 急に話に割り込んで来たのは口ひげをケチャップで彩ったドングリ目の男だった。
「おはようございます、パリデッドさん」
 礼儀正しいレイクの挨拶に耳も貸さず、男はしゃべり続けた。
「最初は静かなさざ波のようにはじまり、そしてクライマックスには大胆に情熱的に、吹き荒れる嵐のごとくに狂乱の宴が……」
「ったく、このアホおやじ」
  そう言うとジュークはあわてて紅茶を飲み干した。中に何か入れられてはたまったものではない。この男は妙な毒薬を作って各国の要人に使う性癖があり、当局 が数年前やっととっつかまえたのだ。某国の大統領にもった自白剤がクーデターの原因になったり、独裁者が飲んだコーヒーに性転換剤を入れて紛争を引き起こ したり、とかく国家規模のもめ事を起こすやっかいな人物である。だだ一つの救いはその薬が決して人を殺すものではないということだけだが……。
「考えようによっちゃあ、もっとたちが悪い」
  ジュークは口ひげをふるわせて熱弁する小柄な男を胡散臭そうに眺めた。貧乏神の様な風体のこの男の首には総額にすると小国の年間予算くらいの賞金がかかっ ているし、裁判でも懲役数千年といった常識はずれな判決がくだっていた。裁判所もシンプルに死刑を宣告してしまいたかっただろうが妙に庶民に人気が高く、 減刑嘆願書が国際裁判所の広場を埋め尽くしたため司法も殺すに殺せなくなったという訳だ。
「こんな危ない奴と同居するはめになるなんてな」
 ジュークはため息をついた。
「人のことは言えませんよ、ミストラル教授」
 笑いながらレイクがタバコをもみ消した。
「あなたのした事に比べれば」
「うるさい、クローンを作ろうとしてパワーアップしすぎたマッドサイエンティストよりはましだ」
 そう言われて、レイクは急に青い目を潤ませると小さくため息をついた。
「食料危機をなんとかするための実験だったんです。あ、あの日パーティで酔っぱらいさえしなければ……」
  目の前のこの小心そうな青年があのクリスマスの大騒ぎを引き起こしたなんて今でも信じられない。イルミネーションきらめく高層ビル街に全長数十メートルの 大タコの大軍がうねり進む様を思い出してジュークは首を振った。国防軍とタコ墨の大空中戦は子供の頃見た劇画そのもの、中継映像は史上最高の視聴率を記録 した。ビルというビルにべっとりとくっついた墨がはがれず、あの町は今やタコ墨タウンと呼ばれているらしい。
「小さい頃から怪獣映画が大好きだったんです……」
 レイクはぽつりとつぶやいた。
「ああ、酒を飲んでから実験をするんじゃなかった」
 約束されていたきらびやかな人生を一杯のカクテルで棒に振った若い化学者は男にしては長すぎる睫毛を伏せて、次のタバコに火を付けた。
 とたん。
「あーーーっはははっははは、あーーーーっはっははは」
 レイクは金髪を振り乱し、椅子から転げ落ちて笑い始めた。
「人間暗いのはいかんぞ」
「……何したんだ、パリデッド」
 ジュークはレイクと、毒薬マニアを交互に見比べて静かに呟いた。
「タバコの先にちょいと笑い茸エキスをたらーりと、な」
「なんで、平穏に暮らしている囚人にそんなまねをするんだ」
 パリデッドは心外だとでも言うように目を丸くした。
「こんな安楽な生活に浸っていたら君達のせっかくの頭脳がふやけてしまうぞ。もっと緊張感を持たないとな」
「ぼけないように刺激を与えてくれたって訳か。ったく大きなお世話だ」
 ジュークは頭をかかえた。全くどいつもこいつも油断大敵。
「あーっははは、ひっひいいいっ、あーっははは、ひいっははははは」
 静かなテラスにレイクの苦しげな笑い声が際限なく響いていた。


「ジュークです、入りますよ」
 扉を開けると、そこにはすでにパリデッドとバーモントが座っていた。
「呼び出してすまない。まあ座ってくれ」
 所長に勧められるまま椅子に腰掛けると彼は長い足を組んだ。
「実はまた、君達に解決して欲しい事例があるんだ」
 赤ら顔の所長は机の上で無理に太い指を組んだ。
「ある国で、禁止されている生物兵器の大量生産が極秘裏に計画されている。絶海の孤島にその研究所があるのだが、諸君にその計画を潰すための手伝いをして欲しいのだ」
 所長は3人を値踏みするかのように見回した。
「何も君達をこき使おうって魂胆じゃない。ま、こんなところで安穏としていたら世界最高レベルの脳がふやけてしまうと思ってな」
「今朝も同じような言葉を聞きましたよ」
 うんざりしたようにジュークが言う。
 別に嫌がるでもない3人の表情に所長の顔が緩んだ。
「まず、作戦本部のあるロスに明朝飛んで欲しいのだ」
「だだし」
 ジュークが声を潜めた。
「レイクは置いていっていいですか。奴はまともに見えますが、実は天然ぼけだしマザコンで神経質すぎます。性格的に危なっかしくてこういう計画には……」
 ばーんっ。
 いきなり部屋の戸が開き、音を立てて壁にぶつかった。
「ぼ、僕をのけ者にしてこの刑務所から出ようったってそうはいきませんよ。蚊が医務室に来てすべて教えてくれました」
 そこには涙目のレイクが立っていた。
「蚊?」
 4人が同時に呟く。
「そう、改良して知性を持たせた蚊です。僕の命令しか聞きません」
 そういうとレイクは皆をにらみつけた。
「連れて行かないんだったら、こ、攻撃だあ」
 叫ぶと同時に所長室にフィーンという高い音がして、黒い風が吹き込んできた。
「何時の間にこんなに孵化させやがったんだ」
 蚊柱に襲われながら、4人が叫ぶ。
「わ、わかった、連れて行くっ」
「戻れ」
 号令とともにレイモンドの頭の周りをまるで光臨のように蚊が旋回する。
 遠くから見たら天使のようだ。
「僕をのけ者にするなんて、ひどい人達……」
 そのとたん、レイクの顔が歪んだ。
「わーっははは」
 のた打ち回って笑うレイク。
「ひひ、あいつのところに戻る蚊に笑い茸エキスを噴霧してやったんだ」
 隠し持っていたスプレーを見せながら、楽しくてたまらないといった様子でパリデッドが微笑んだ。







エントリ03  唱え! ノム高合唱部     ごんぱち


「ちょ、ちょっと待ってくれよ理事長!」
 北里誠一は、両手で理事長の机を叩いた。
「これは決定事項だ」
 白髪頭を指ですきながら、理事長・野村万蔵は冷たく言い放つ。
「合唱部は、本年度をもって廃部とする」
「そうか、俺たちに実績がないのが悪いんだな、分かった、今度の合唱連盟のコンクールでは必ずや優勝を……」
「違う、そうではない」
「だったら……まさか指揮者の日野が不祥事を!」
 音を立てて誠一は歯ぎしりをした。
「いや、そーでもねくて」
「皆まで言わないでくれ。俺が全て悪い、だが合唱部と日野のことは不問にしてやってくれ! 奴がカツアゲで近隣の方々に迷惑をかけたなら俺が謝る。柿泥棒をしたなら俺が買って返す。無灯火で自転車に乗っていたなら俺が二つライトをつける!!」
「日野君は音楽以外の成績は底辺だが、素行はいいし可愛いし人格も高潔だろうが」
「いやあ、理事長はあの女のことを知らなすぎる! 合唱指揮中のあの女は正に般若と化すんだ! 三度指揮台を踏み抜き、折れた指揮棒は数知れず……」
「落ち着け、君らの素行がどうこうという話ではない」
「だったら一体どういう?」
「金がない」
「は?」
 理事長室の中に、長い沈黙が訪れた。
「私立野村高校は、経営困難のため、部活の活動費を減らさねばならんのだ」
「っと待て! そんな理由で廃部になるのか!?」
「よく考えろー、お金は大事だぞー」
「って、節付けて言われても! そもそも、そんな事を言われておめおめと……」
「北里!」
 理事長は一喝した。真剣な眼差しで誠一を睨む。誠一も、その視線をしっかりと受け止めた。
 再び沈黙が流れたあと、理事長ははっきりと言った。
「長いものには巻かれろ!」

「……それで、あんたそのまま引き下がって来たわけ?」
 音楽室のグランドピアノの蓋を音を立てて閉め、日野夏美は誠一ににじり寄った。
 少々背の低い誠一と背の高めな夏美では、身長差がほとんどなく、髪もショートなので遠目にはどちらが男女か分からない。
「どうすんのよ! あたし他の部活なんかやる気ないよ?」
「安心しろ、条件を出させた。それを果たせば廃部はナシだ」
「そーゆーことは早く言え!」
「割と早く言ったと思うんだが」
「いやあお早う」
 その時、一陣の清風と共に、一人の男が音楽室に入ってきた。
 甘いマスクに柔らかな声、そしてその優雅な立ち居振る舞いは、半袖ワイシャツに黒ズボンという、なんの変哲もないはずの夏服さえも夜会服のように見せた。
「午後のひとときの男女の語らいは、もう少し優雅にすべきだと思うよ」
「そーゆーのどかな会話に見えたか、漆原。ええいっ、この薔薇ぁなんとかしやがれ!」
「おやおや、効果にまで文句を言われても困るね。薔薇を背負うのは優雅な男の義務さ」
「しぇからしかあっ!」
 すぱーん、と甲高い音を立てて、夏美がそいつ――漆原玄治をひっぱたいた。
「ははは、お邪魔虫は退散しようか」
 玄治はそのままグランドピアノの前に座ると、『展覧会の画』を弾き始めた。
「漆原、邪魔は邪魔だが、お前ぇにも関係のある話だ、聞け」
「なんだい?」
「理事長に、合唱部が廃部を宣告された」
「なんだって?」
 いつの間にか、玄治の曲が『トッカータとフーガ』に変わっていた。
「どうして」
「予算不足だとさ」
「納得行かないなぁ」
 また曲が変わる。
「『葬送行進曲』なんぞ弾くな、縁起でもない! 条件さえ果たせば廃部はないんだよ!」
「それで、その条件ってのはなんなのよ?」
 話の腰を折られたままだった夏美が、食いつくように怒鳴る。
「うむ。原因は元から断つということで」
「元?」
「自力で予算を確保出来るなら、廃部はナシだと」
 一瞬の間が空いたあと。
「どあほー!!!」
 音楽部一杯に夏美の怒鳴り声が響き渡った。
「し、指揮やってる割に、発声疎かになってないな」
「あんた、うちの校則知ってるでしょうが!」
「ええと、観光客をからかわないこと」
「ちっっっがーう!」
「あるじゃん」
 誠一は生徒手帳を開いて見せる。
「今はそーゆー話してないの」
「生徒心得第四章四項『アルバイトは原則禁止とする。但し、家庭にやむを得ぬ金銭的事情が存在する場合に限り、職員会議の承認を経て許可する』」
 ピアノを弾きながら、玄治が校則をそらんじる。
「あんた、よく細かく覚えてるわね」
「ふふ、当然だよ。ピアニストに必要なのは、明晰な頭脳、芸術センスそれにわずかばかりの指の力だからね」
「チャップリンのパクリだろうけど、見る影もないな」
「パクリじゃないよ、インスパイアさ」
「一体どこから金を出すっての?」
「それは……」
 誠一の表情が固まる。
「まさか予算分を自腹で払う気? あんたそんなに金持ちだった? 去年の定期演奏会の繰越赤字十二万円、あんた払える?」
「そりゃそんな金はないけど……」
「まさか親にたかる気じゃないでしょうね?」
「馬鹿にするな! 痩せても枯れてもこの北里誠一十七歳、親から遊ぶ金以外をもらったことはない!」
「そーでしょうが。あたしだってそうだよ! それをあんたは軽はずみな約束しちゃって!」
「だが、金がねえって言い切られたんだぞ。他にどう言える?」
「それにしたって、よりによってどうしてうちなのよ? 活動してるかも謎な弱小部なんてもっとあるでしょう?」
「……合唱はマイナーだから、だそうだ」
「マイナー? なんで? どーして? 誰がそんなこと!」
「見せたくはなかったが」
 誠一は、バッグから紙の束を取り出した。
「理事長がアンケートを取った結果だ。七割の保護者の方々が合唱のマイナーさを認めている」
「なになに『合唱はマイナーだと思いますか(はい/いいえ)』『合唱部一つの予算でアフリカの子供たちを五万人救えるだけのワクチンが買えますが、合唱部を存続させるべきだと思いますか(思う/思わない)』――ってなによこれ!」
 夏美は紙の束を床に叩き付けた。
「誘導尋問じゃない!」
「ええっ?」
「ええっ、じゃない! これは元々、合唱部から予算をぶんどるために作ったアンケート用紙だよ!」
「ぐぬぬぬ、言われてみればそんな風に見えないこともない……」
「ったくもう! このばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばか!!」
「は、肺活量あるな、お前」
「合唱部なら当たり前!」
「でも、どちらにせよ、だ。理事長が予算の問題で合唱部を潰したがってるのは事実だ。原因が片付かねえ限り、どうあがいても合唱部は潰されるだろう」
「横暴だよ! 何の権利があって、そんなことを!」
「権利ならしっかりあるだろ。合唱部は学校の一部で、理事長はオーナーなわけだし」
「ぬぐぐ……養われているうちは、子は所詮親には逆らえぬか」
 怒鳴り疲れたのか納得したのか、夏美の声は和らいだ。
「でもどーするのよ? 自力で予算を確保なんて」
「なんとか合法的に金を稼ぐしかねえだろう」
「うーん、それしかないかもね……」
 夏美は大きく溜息をついた。
「ここで喧嘩しててもしょうがないか」
「ああ。予算分十五万、何とかして手に入れようぜ!」
「おっしゃ!」
 誠一と夏美は、がしっと腕を組んだ。
「しかし、校則を破ってアルバイトをするって選択肢を、カケラほども考えないところが微笑ましいねぇ」
 笑いながら、玄治はピアノを弾き続けた。






エントリ04  ラブ酔い     川島 聖人


セイコのことを水商売のオンナだって一度も思ったことは一度も無かった。
でも現実は違った。
水商売のオンナには、オトコをその気にさせる媚薬がある。
しかもそれが自然にできるオンナがセイコだった。
―確かにいいオンナ 確かに! 
オトコってその気になるとオンナの幸せを願う。
「服が欲しい」とか「記念に何かペアーで買わない」とか微妙なお誘い。
躊躇していると最後の極めつけのテクニックは、「お買い物に付いてきて」
そして某デパートの2階の高級ブティックへ拉致
「これ似合わない」「ダメかな」と微妙なバストラインで迫ってくる。
気になるのは値札の数字。
―しまった!
値札の微妙な長さに気がついたら
「これにしようかな? どう ダメ」とおねだりポーズ。
「お似合いですよ」
「綺麗ですね」
更に横で店員が拍車をかける。
―こいつらグルだね。
もうここまでくれば観念するしかない。お財布から10枚抜き出して残りの枚数を確認。
「ありがとう」 
たった5文字で10万円って1文字で2万円。
―馬鹿な瞬間
これって理性で考えたら本当にムカツク。
好きな時ならいいけど別れてしまったら後悔、懺悔 そして恨み。
水商売のオンナって美人ほど怖い 皆さんそんな経験していませんか。
素直になりましょう。見栄はやめましょう。それが防御策です。

―着信アリ
何故か心に響く微妙な振動。
―俺の取り越し苦労?
―恋は独り舞台。心を壊す麻薬。
最後はいつも
―ザセツ、コウカイ、アキラメ、イラダチ
毎日がネガティブな渦の中、それでもセイコは無視する。
今日は酒に溺れた。
でも何故か酔わない。ストレートで琥珀の液体を流し込む。
喉が焼けるように熱い。自虐的な時間が虚しく過ぎていく。
既にボトルが一本空になった。
馬鹿な俺を笑って頂戴。
本当はセイコの店で飲みたかった、最低限のオトコのプライドが許さない。
ただ飲むしかない。
―あえて無心!今日は無心!
でも、心が痛い。
こういう時、皆様どうしていますか?
まぁ恋に心を痛めるような馬鹿な中年オヤジなんて希少価値だから。
昔から恋愛依存症だった?成長ナシ、しかも純情だからバカ丸出し
なんでセイコはメールも電話もしてこない?今から道が二つに分かれると思った。
―違うかな。
その先は幾重にも分かれる迷路だろうな。
頑張ろうと思っても、一歩を踏み出そうと思っても、怖がっている俺は否めないんだよ。
だから今少しでも応えてもらえる方に進みたい!
やはり、弱いオトコかな、打算的かな。
やはり俺っていつも楽な道に逃げてしまう。
五年前のノブコの時もそうだった。
三年前のヒロコの時もそうだった。
―また同じ繰り返しかよ。
ノブコに傷ついた時、ヒロコに会った。
タエコに傷ついた時、セイコに会った。
でも何故か誰もいない。
何が幸せだと思うか。
何が愛であるのか。
四十歳台もあと少し。
誰か教えてくれないかな。俺の生き様。俺の確かな幸せ。

恋は、何故かいつも駆け引き。
「ただいま帰りました」と言っても部屋には誰もいない。
今日は、飲み会でした。
セイコの知り合いのホステスがいた。ここぞとばかりに情報収集に励む俺。
「え? 彼女?ヤリ友?」
なんてクダラない質問をしてくるからシラをきり通した。
「やっていませんよ! それどころか手も握っていません!」
「俺の片想いさ」
最後は開き直りの結末、でもこれは真実。
そのホステス、口軽すぎそう。まるで俺の不幸を楽しんでいる感じ。
お酒って怖い。怖すぎる。どんどん口が軽くなっていく。
見事に心の中まで裸にされちゃった感じだ。可哀想にというより馬鹿だね。

オンナを選べよ(笑)
いやいや、笑っている場合じゃなくて。
知らぬが仏だったかもしれないな。黙っていればいいのに何故。
誰でもいいから 聞いてもらいたかった!この苦悩をね。
でも何にも解決にはならなかった。
恥じの上塗り、馬鹿丸出し。
―んんん…。

恋愛上手なオトコならここで駆け引き!
なんだろうけど、俺は直球勝負。
投げられないよね、カーブとかフォークをね。
そんな器用なオトコだったらこんなにネガティブな世界に嵌っていねえよ。

『今から会わない』
セイコにメールしました。
特技が逃げのセイコからは返信なし。
こういう時って、皆どうしてるんだ?
何故か今夜は、オンナが欲しかった。
タエコに電話したら留守電にされたし(たぶん故意に!)。
―タエコにもオトコの影かよ…。
まあ無理もないな、3ヶ月も知らない顔をしていたら。
さてこの苛立ちをどうするか。

誰か駆け引きを教えてくれ。
まぁ、駆け引きなんかできるようなら恋じゃないけどな!
なんて考える俺はまだまだ子供なのか。
こんな日は、帰って寝るに限る!
もう一度 携帯の着信を確かめてタクシーを止める。

俺には休む場所なんかないのさ。
― あ〜! もやもやする!
仕事じゃ冷静で理性的なのに自分のことはいつまでたっても無理なんだよな。
―早くオトナになれよな。馬鹿オヤジよ。
―くそ〜 ! 馬鹿オンナ! 
心の叫びは何故か虚しい。明日は晴れだろうな。晴れ、晴れ、晴れてくれ!

自宅で目を覚ます久しぶりの朝。
ホテルとは違った感覚、見慣れた景色の無音の朝。
東京の上野の狭いホテルの一室とは違った安心感。
でも何故か切なく寂しいこの感覚…。
8年前に一人暮らしをはじめたあの頃によく似た感覚。
何度も妻に電話をしようとした。
会社も辞めて、実家に帰ろうと何度考えたことか。

懐かしい、もう8年も前なんだ。
なんだろう、この心に響く寒さがこの感情を呼び起こしたのだろうか。
この寂しさにいつの間にか慣れていた。
いや、正確に言えば忘れるようにしていただけかもしれない。
毎日を何かと戦うように過ごし、暇をつくることが怖かった。

昨夜は、自宅で時の流れに逆らうこともせず惰眠をむさぼった。
俺は、休むが嫌いだった。
一人の世界になってしまうから。
否応なしに沸き起こる、何故か知らないこの寂しさ。
多分8年前に妻子が家を出て行ってから消えてない。
ただそれを無理して隠しているだけだった。

思い出した、初めてノブコとの時間を。
ノブコと知り合ったのは当時の妻とうまくいってない時だった。
自棄を起こして酒で心の痛みを鈍らせようと必死だった。
その時のホステスが妙に優しくて、美しい瞳が何故か俺を夢中にさせた。

それからだ。
オンナに依存することをおぼえた。
あの頃の俺は、お酒よりも精神安定剤みたいにノブコに会っていた。

こんな日は会いたくなる友達がいる。
こんな日は会いたくなる家族がいる。
それが正常なおじさん的な生き方。
でも何故か俺はノブコに会いたかった。
でも何故か愛する人に会うことが怖い。
永遠がないことへ感じる寂しさ、結末のない陳腐な愛を求める俺には、
ただ破滅的な時間と空間しかないのさ。



※作者付記: ただ感性のまま淡々と書きました。小説かなって少し疑問。







エントリ05  嵐が森     棗樹


 鉛の板で二重に覆われた貨車の中は昼間は死にそうに暑く、僕とチン・ジは、チン・リーから贈られた植木鉢を交互に抱えていた。たっぷり水を吸った素焼きの鉢はひやりと冷たく、抱いているあいだだけ、暑さはほんの少しましになった。
 モニターによれば、僕達の乗っている貨車は、砂と岩石だらけの平原をひた走っている。
 かつて、黒々とした広大な森と青い湖があったというその場所は、いまは白い灰にまみれた不吉な土地のひとつにすぎない。そういう場所は大陸のいたるところにある。三百年前に起こった大規模な戦争のせいだ。
 戦争が終結したのちも、降り続ける灰を避けるため、人類は地下に潜った。現在は五つの地下コロニーがあり、それぞれ自動運転のオートトレインで結ばれている。人口は大幅に減少し、平均寿命も22.4歳と短い反面、200歳を越える長命を保つ人間も稀に出現している。
  コロニーのあいだでは、年に一度、その年十三歳になる少年を交換している。限られた生存空間の中で、遺伝子が偏ってしまうのを防ぐためだ。K5と名付けら れたコロニーで育った僕達は、隣接するコロニー・K1に送られる。僕達の息子はK2に、その息子達はK3に送られるだろう。十三歳になる少年が貨車に詰め 込まれて熱い砂漠を横断していくこの光景は、何世代も繰り返されてきたものなのだ。
 男だらけのむさ苦しい貨車で未来への行進を続けるあいだ、外 の世界を直接見る機会は与えられなかった。目にしたのはモニターに映し出された白い砂と岩山だけ。幼い頃から聞かされた地上は何もない死の世界だという話 を、このツアーのあいだに、僕達はもう一度の脳細胞に刻みつけられるというわけ。
 それでも僕はモニターに映し出される世界を見つめずにはいられなかった。
 空は一日中灰色の雲か霧に覆われ、太陽が上っている時刻にはその部分だけうっすらと光った。
 チン・ジと親しくなったのも、モニターで水饅頭のように頼りない太陽の映像を見ていた時のことだ。
 誰かがツアーの管理者を捕まえて、地上では夜に月が見えるのかどうかを尋ねるのが聞こえた。
「月だって?」
 少年の質問に、管理者は耳たぶが肩につくほど首を傾げた。
「三百年前からこっち、そんなものは存在しないんだ」
 管理者のまわりで笑い声が起こった。
「月って何だよ?」
 みんなに豚と呼ばれている、何かにびっくりしたような顔つきの少年が立ち上がり、素っ頓狂な声で聞き返した。
「食えるのか、そいつは?」
 豚少年と長身の少年のあいだにいた連中がどっと笑い出し、調子に乗った誰かが口に両手をあててどなった。
「そいつは食えるのかよ、チン・ジ? お前の妹みたいに」
「もういっぺん言ってみろ!」
「何度でも言ってやる。このシスコン野郎!」
「持ってろ」
 チン・ジは僕に向かって持っていた植木鉢を放り投げ、妹とのことを当てこすった少年につかみかかった。僕は慌てて鉢を受け止めながら、呆気に取られていた。僕とチン・ジはそれまで十五時間も隣に座っていながら、一言も口をきいていなかったのだ。
 僕が口を開こうとしたとき、チン・ジは振り返り、落とすなよ、と瞳で念を押した。
 次の瞬間、チン・ジは、相手の少年のまだ滑らかな喉に飛びつき、長い腕で締め上げ始めた。僕は鉢を抱いたまま、彼の背中を見つめているしかなかった。
「なに、あいつ?」
 僕はそばにいた少年にたずねた。
「チン・ジっていう、K5きってのアブネー奴」
 彼はそう答えると、管理人に向かって叫んだ。
「管理人、とめろよ!」
 管理人は動かなかった。そればかりか、チン・ジの腕の先にぶら下げられた少年が、白目を剥き涎を垂らすまで、にやにや笑って見ていたのだ。
「おい――」
 たまらなくなって叫ぼうとした僕を、その少年が制した。
「やめとけ。あいつ、おかしくなってる」
 管理人は二十一歳。平均寿命に到達するにはまだ間があるが、死への恐怖から発狂寸前だった。コロニーではたいして珍しくないことだ。
 チン・ジを挑発した少年にラッキーだったことに、管理人はまもなく正気を取り戻し、人前でつがう犬に対して行うように二人に煙草の煙を吹きかけ、簡単に引き分けてしまった。
 殺気をそがれたチン・ジは、荒々しく息を継ぎながら、僕の傍らに戻ってきた。
 僕は黙って鉢を差し出した。彼もまた無言で受け取り、目の上に掲げて植物を丹念に調べ始めた。それは過去十五時間のあいだに何度も目にした光景だった。
「よっぽど大事なものなんだな」
 僕は恐る恐る話しかけた。
「妹がくれたんだ。形見だな。もう二度と会えないだろうし」
 意外なほど素直に、チン・ジは答えた。
「そんなものを、どうして僕に渡したりしたんだ?」
「人工的に育てられている植物は三つのことしか言わない。熱い、苦しい、さみしい、だ。こいつはお前の側で熱いと言っていた」
 それがどういう意味なのかよくわからなかったが、さっきの少年のように喉を締め上げられてはかなわないと思い、僕は慌てて立ち上がった。
「僕が邪魔なら、あちらに行っているよ。どうも失礼した」
「いいんだ、ここにいろよ」
 チン・ジは僕の袖をつかんで引き留めた。
「植物の言葉は人間のとは少し違うんだ。熱いってのは快、苦しいは不快、何ともない状態ではさみしい。つまり、自分が生きてることを漠然と感じ過ぎてるってことさ」
「君は植物の言葉がわかるのか?」
「全部、末の妹の受け売りだ。あいつにはわかるんだ」
「それがチン・リー?」
 言ってからしまったと思った。チン・ジの瞳は一瞬白く光ったのだが、彼はすぐ凶暴な感情を引っ込め、膝の上の鉢に視線を落とした。
「他に二人妹がいたが、二人とも死んだ」
「うらやましいな。僕は生も死も、誰とも共有したことがない」
 チン・ジは怪訝な表情を浮かべた。
「僕は一人っ子なんだ。妹がいるっていいよな」
 チン・ジは殴るか肩を抱くか決めかねた様子で僕の顔を眺めていたが、やがて、僕に向かって鉢を突き出した。
「そういえば、名前をまだ聞いてなかったな」
「シンラだ。よろしくな」
「ああ」
 そして、僕達はチン・リーから贈られた鉢を交互に抱くようになった。

 二日後、貨車はK1のゲートに到着した。貨車を降りた僕達の背後で、ゲートは厳重に封鎖された。
 地上からやってきた者は、三日間検疫所で足止めを食らうきまりだった。さまざまな検査やオリエンテーションのあいだ、僕とチン・ジはどちらかが伴侶を得るまでのあいだ、ルームメイトになることを決めた。
 最後の日、ツアーの管理人――K5に戻れる唯一の人物――が僕達を整列させ、残る者のための訓示を始めようとしていたところだった。
「最後に――」
 その瞬間、両手を脇にぴったりとつけたまま管理者は倒れ、地面にうつぶせ激しくけいれんを始めた。
 列の最後尾から駆けてきたチン・ジがかがみ込んで管理者の口に拳固を突っ込んだが、もはやその必要はなかった。倒れたとき既に彼は大量の血を吐き、ほとんど死にかかっていたのだ。
 仲間は皆落ち着いていた。誰にとってもいつか見た光景だったからだ。
 父の時とはだいぶ様子が違っていたが、僕も死者を前に怯えたり取り乱すことはなかった。これも老衰死の形態の一つだとわかっていたからだ。
 解剖の結果、管理人の死は自然死と判定されたが、死体に触れたチン・ジは安全確認のため、もう二日余分に検疫所に留め置かれた。



※作者付記: 第49回1000字バトル参加作品「嵐が森T」とあわせて読んでいただければうれしいです。







エントリ06  神の見捨てた星の底     千早丸


この星は、神に見捨てられた。
人々は憎み、妬み、殺しすら躊躇わない。

だから「ソレ」は、仕方ない。


   ◇


 趣味の悪い宇宙港だ、と思う。
 規模としては、たかが7億程度の人口しかない田舎惑星に不釣合いな、軌道エレベータ4機と搭乗口30ヶ所、ヨット(個人用宇宙船)ハーバーは100隻強、往復シャトルは15分おきのフル稼働という、どこぞのリゾート惑星か、という豪華さだ。
 しかしこの惑星セーラフの主要産業は工業と情報である。
 工業惑星らしく、宇宙港の内装はシンプルだ。随所に天然緑植物が飾ってはあるが、その高価さに見合う注目は集めていない。この待合フロアには、植物より高価で、大きく、インパクトのあるモノがあるので。
 コロニー3層ぶち抜いて飾られているのは、大画面。音量はかなり抑えた、しかし何故かPOPソングだったりする。
 出発待ちの客たち大半は、それでも興味たっぷりに画面を見上げているが。
 そこに映っているのは戦闘シーン。レーダ画像の中でピンポイント攻撃されていたり、無人機やロボット兵器、対象を識別する地雷、など等。大画面では、それらが「実際に」使われているシーンを詳細に流し続けている。
 それらを時間待ちの客は熱心に見上げ、ある意味でセーラフの主要産業は観光かと、そう思わなくはないが――
「悪趣味だねぇ」
「ジン隊長は嫌いですか?」
 呟いた独り言に、柔らかな声が返す。左隣を見れば、同じベンチに腰掛けて携帯のペーパーディスプレイで何かを読みふけっている、少女がいる。
 年齢は16歳と聞いた。髪は中途半端に長い。都市なら「黒髪のストレート・セミロング」だろうが、野外で風に吹かれれば邪魔そうだ。肌は宇宙焼けも日焼けも縁遠そうに生白い。細い指はデータ入力以外に使わないだろう。
 その都市生活者特有の少女は、クルリと繰り人形のように俺を見る。瞳はくすんだ緑。
「嫌いですか?」
 声は柔らかく、整った顔立ちに控えめな微笑をのせる。可愛いと大半の男なら言うだろうが、印象に残るのはぶっきら棒で唐突な動作の方かもしれない。
「……アレ見て、楽しむヤツの気が知れない」
「一般的な答えですね」
 微笑んで、またクルリとディスプレイへ向き直る。
 俺は大画面を見上げた。爆撃される人影、戦車に撃ち倒される人間、地雷に足を吹っ飛ばされる人間。それは高度な科学かもしれない。しかし画面右上の「LIVE」表示は、惑星地表での生放送、現実に起こっている殺戮。
 セーラフの主要産業は、つまり兵器開発とデモンストレーション。要は自国の商品を殺し合いで披露している。それを群がって見学し、技術のみ驚嘆する。一般的に「悪趣味」と呼ぶは役不足な表現だと思うが。

 と、インカムが振動する。
『隊長ぅ〜』
 情けない声音が聞こえてきたが、全部を聞く前に通信を強制終了させる。アイツの喚きそうなコトなど見当がつく。
「準備完了です」
 体勢を変えずに少女へ言う。彼女がクスクス小さく笑うのが聞こえた。
「実弾を撃たせろって騒ぎませんでした?」
 2度しか会ってないくせに、もう隊員の特徴を把握している。
 まぁアイツの場合、分かり易くはあるが。
「いいタイミングです。来ました」
 ディスプレイを見ていた視線が、向こうを透かしている。
 正面入口から御付を5人も連れた、風体は青年ビジネスマンな男が入ってくる。スーツのセンスのいい女性と並ぶ当人の歩調は軽いが、御付3人はSPか。この宇宙港の身体検査はアテにできない。こりゃ荷が重い。
 隣の溜息など気にしてないらしい少女はスクッと立ち上がる。そのままスタスタ一団へ歩いていく。俺がついて来るかも気にしていないのは、肝が据わっているのか、警戒心がないのか、どちらだろう?
「失礼します。DKEのポーツスト社長でしょうか?」
 物言いは丁寧。態度はSPを警戒させるほど不躾。
「あなたは?」
 女性が前へ出る。秘書らしい。もしくはSPを兼ねているか。
 ということは4人が相手か? ますます荷が重い。
「失礼しました。003小隊司令を任された者です」
 社長、と呼ばれた男は「ほう?」俺を見る。惑星外の傭兵風情が、と目が正直に言っている。ので、俺も正直に言う。
「司令のグレイス・ソーヤ嬢です」
 あ、なんかクセになりそうだな。男も秘書も、目を瞬いて瞬間俺と子供を見比べ、真面目にもう一度少女を見る。所要時間0.5秒。即座に表情を立て直すのは外面の良さか。SPは偏光タイプの色眼鏡が邪魔で分からなかった。
「……失礼。司令がこれほど可愛いお嬢さんだとは」
「ありがとうございます」
 社長は「お嬢さん」を強調したが、少女、ソーヤ司令は聞き逃したらしい。
「それで00ナンバーの精鋭小隊の司令殿が、何の御用でしょう」
 さすが武器商DKEの社長様ともなると、惑星セーラフのシステムを知っている。
 00ナンバーの隊は、あの大画面で殺し合いをしてる軍隊と毛色が違う。「依頼」を受けて独自に活動する。今回の場合、依頼主は……
「惑星セーラフ政府より通達です。条約7条違反によりポーツスト氏、およびサット技師の身柄を拘束します」
 御付最後の5人目がビックリ箱のように飛び上がった。
 見てくれはバイトの冴えない大学生、だが、条約に引っかかるほどの技術情報がこの頭に詰まっているという。
 平たく言えば、技術も商品も売るがドル箱の人材は渡せない、とケチ臭い条約である。
 が、若社長は嫌味で爽やかな仕草で「困りましたな」手を広げる。
「従いたいのですが、ここは宇宙港で」
 指先で示すのは壁代わりの強化ガラス向こうの宇宙。何機もの快速艇が停泊し、レーザーラインが点滅している。
「ご存知でしょうが、星間宇宙港は連邦法の適用範囲で」
 直訳は「シャトルで宇宙港に付いた時点で国外逃亡は成立している」となる。
 下(惑星)の発着場で身柄を押さえたら「付いてきてもらっただけですよ」とかほざくんだろな、と思いつつ、インカムで単発パルスだけ発信する。
「存じていますが、それは星間宇宙港が機能している場合で」
 ソーヤ司令は一歩退く。小さな背中を俺が支える。
「閉鎖された場合は限りではありません」
 ニッコリと、大半の男なら可愛いと思う笑顔で、瞬間。

 ドゴンっ!

 横殴りの衝撃。床が太鼓のように踊る。社長は秘書と技師を押し倒して尻から落ち、SPの2人も倒れ、残る1人も他人を助ける余裕はない。フロアは赤い非常灯と阿鼻叫喚で満たされる。大画面はノイズが吹き荒れた。
 外を見て、原因の快速艇が火球となっていた。1艇ではなく、見える範囲全部。強化ガラスは糸屑のようなヒビで覆われ、すぐに隔壁が降りてくる。
『事故ガ発生シマシタ。オ客様ハ速ヤカニ――』
 人口音声がやかましい。
 その中でソーヤと俺だけは平気で立っている。髪を乱した社長が怯えたように見上げ、気付いた司令はテストを親に見せるように笑った。
「閉鎖の場合は、惑星法によります」
 100点満点の、笑顔だった。

 ソーヤは黒髪の、大半の男なら可愛いと言うだろう。けれど印象に残るのは、悪魔的な無邪気さかもしれない。