←前 次→

第16回詩人バトル Entry89

消しゴム

その知らせを聞いた僕は打たれるように走り出した
その消しゴムを持って、僕は走り出した

街は白く光に満ちていた
電車の音がだかだかと鳴っていた
男の人が歩いていた
女の人が座っていた
子供が走っていた
年寄りが寝ていた
その全てを蹴散らして、僕は走った
花を踏み散らし
螺旋階段を真っ直ぐに突っ切り
びしょびしょとみぞれの降る街を
それこそ曲がりくねった弾丸のように
僕は走った

家に着くと大勢の人がいた
知ってる人もいた
知らない人もいた
その全てを蹴散らして、僕は父の元へ向かった
僕は父の強さを知っていた
僕は父の美しさを知っていた
僕は父を包む影に
優しいとさえ言えるその影に
消しゴムをかけ始めた

消し屑が宙を舞う
そして落ちる
消し屑が宙を舞う
そして落ちる
その繰り返しの中で
僕は色々な事を知った
強さと、それに伴う弱さとか
嘘と、それに伴う本当とか
消しゴムで消せないものとか


時は流れる、とか



夕暮れに、母の泣き声が揺れる


僕はその時
やっと父の死を理解した

←前 次→

QBOOKS