第10回高校生1000字小説バトル
Entry5

ア・ストレイ・キャット

作者 : 彩霞
Website : wormwood forest
文字数 : 965
 『にゃあ』
 それが今のあたしの名前。

「おい、にゃあ」
「にゃあ」
 君はそれまで抱えていたギターをたてかけて、あたしの頭を撫で
た。
「今日は出かけないのか?」
 雨が降ってるし、別に出かけたって何もないからね。
「暇だろ?」
 あそんでくれるからヒマじゃないよ。
「…お前には分かんないんだろうなぁ」
 そんなことないよ、ちゃんと分かってる。
 君はため息をついてあたしの狭い額から手を離した。あたしがオ
レンジ色のギターの匂いをかいでいると、ひっかくなよと言ったき
り黙り込んでしまう。
 あたしは退屈だから、投げ出されたジーンズの足の上に座った。
裾のほころびを引っかいた。
「猫はいいよなあ」
 苦笑いして君は言う、いつものように。そして続く言葉も決まっ
てる。
「気楽でさ」
 それが最近の君の口ぐせ。
 でも、猫にだって悩みはあるの。あたしだってつらいの。
「にゃぁ」
 君が好き。
 君がぼろぼろに疲れてるとき(そういう日はあたしの夕ご飯も忘
れてる)。電話でケンカしてるとき。服にふんわりいい匂いがつい
てるとき。あたしはいつも思う――あたしじゃ、電話の向こうのひ
との代わりにはなれないのかな、と。
 あたしはあわてて前足で顔を洗った。猫が涙を流すなんて、病気
かもしれない。
「どうした?」
 そう言って君があたしを抱えあげたから、思わず上目遣いにつぶ
やいた。
 どうしてみんなは君にわがままなんだろう?
 あたしは、嘘つかないよ。
 あたしは、約束も破らないよ。
 それで、それで、えっと…えっと、ずっとそばにいてあげる。
「…だいすきなのにゃぁ」

 細い雨が降っている。雨の中を歩くのはキライだけど、大好きな
君の言いつけだから仕方ない。きっと戻ってきたら、いつもみたい
にタオルでくるめてごしごしっと拭いてくれるから、別にいいや。
 首にくくりつけられた変な紙切れがちょっとだけ気になるから、
こっそり読んじゃうことにした。意味は分からないけどひらがなな
ら少し読める。あは、えらいって褒めてくれるかな。
 『か・わ・い・が・っ・て』…
 先が折り込んであって読めなくて、引っかいてみたら少し破れて
しまった。
 『や・っ・て・く・だ・さ・い』
 …どういう意味なんだろう。でも、君が書いてくれたことだから
いい意味には違いないよね。

 まだ君の部屋はまっくらのまま。
 早くみみをなでてほしいなあ。 






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