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第2回高校生1000字小説バトル
Entry7

物怪と女

作者 : 彩
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文字数 : 986
闇の中、随身、牛飼、網代車が続く。春になったばかりのまだ冷え
る夜である。大柄な男に抱きかかえられるようにして、女は座って
いた。怪訝な面持ちであった。武骨そうな男は気付いていないよう
である。そのこと自体、女には不満である。実際、「恋仲」だと思っ
ているのは男の方だけなのだ。
辻にさしかかったときである。突然、物怪が躍り出た。暴れる牛も
随身も牛飼もばくりと一呑みにされた。物怪は男もまた一呑みにす
る。男の烏帽子が吸い込まれるように物怪の足元の闇と同化した。
破れた車から女が出てきた。鮮やかな紅色の袿を被き、凛と立って
いる。西に傾いた三日月が仄かに女を闇に浮かび上がらせていた。
「女、怖いか」
地響きのような声。物怪は口から随身の太刀をつまみ出した。
「怖いか。俺はお前の男を喰ろうたぞ。お前も喰ろうてやろうか」
物怪は女に再度問いかけ、にたりと牙を剥き出した。女は怯えも取
り乱しもせず、眼前に迫る物怪をじっと見ていた。
「別にお前なぞ怖くはない。この男も、そろそろと思うていたとこ
ろ。……同じことぞ。妾とて、な」
その赤い小さな口唇が動いた。
「女、お前はこの男を好いておらなんだのか」
毛むくじゃらの手で腹をさする。女は月を仰ぎ、静かに言った。
「所詮は戯れ言よの。そうよな、自分で自分に呪をかけたのよ」
「呪……。呪とな」
物怪は小さく繰り返した。牙の間から生臭いにおいが漏れる。遠方
から烏の啼くのが聞こえた。
「下手物も良いかもしれぬと思うたがの。好いておるやもしれぬと
思うた時に、呪にかかってしもうたのよ」
しばしの沈黙の後、女は言った。また烏のが聞こえた。近づいてき
ているようである。
「結局、一人よりもまし。その程度じゃ」
女はふふっと口元だけ笑った。そして被いていた紅色のをばさりと
物怪に投げつけ、幾ばくか自嘲気味に言った。
「妾は誰も愛してはおらぬ。愛せぬのじゃ。つまらぬ女なのじゃ」
春の夜の細やかな空気が女の頬を撫でる。物怪を迎え入れるように、
女はゆっくりと両手を広げた。そして女は高らかに言った。髪が揺
れる。
「物怪よ、存分に喰うがよいぞ。陀羅尼なぞ携えておらぬ故、安心
おし」
「はははは。面白い奴よの。実に面白い」
満足気に喉を鳴らした。そして、確かめるように物怪は言った。
「女、お前は今ここで俺に喰われるよりも、これからを生きていく
ことの方が怖いのだな」
女は答えなかった。もうすぐ、月が沈む。






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