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第9回高校生1000字小説バトル
Entry1

なごり雪

作者 : 彩霞
Website :
文字数 : 980
 雪だ。
 私は窓から手を差し伸べて、ひらりと落ちてきた粉雪に触れる。
「ママ、雪」
 ふと呟くと、そうね、と興味無さげな答えが返ってくる。私は雪
が手の上で溶けるやいなや、コートを着て外へ飛び出す。
「ちょっと、どこ行くの?」
「学校」
 …もう一年前から学校へ行っていない私。ドアをばたんと閉めて
言った言葉は、もちろん嘘。
 空は妙に薄明るく、きんと澄んでいる。ため息が凍りそうなほど
冷たく、三月にしては寒い。赤いコートをわずかに白くする雪を見
て、積もるかな、と期待した。
 私はここからはかすかにしか見えないあのマンションに向かうと
ころ。

 
 屋上からの風景は、邪魔なものが全部見えないから好きだ。
 このまま雪が積もって、灰色の空もビルも全部真っ白に消してし
まえばいいだとか馬鹿なことを考えながら、私は目をつぶってコン
クリートの床にあおむけになる。
 体に雪が降り積もっていくのがはっきりと分かる。
「このまま雪に埋もれていったらキレイだと思う?」
 聞いてみた。
「…馬鹿」
 苦笑気味の聞き慣れた声がして、思わず私も笑う。裕だ。
「おはよう」
「ん。おはよう」
 私は目も開けずにそのまま返事をした。
「何やってんの?」
「…死体ごっこ。」
 笑いながら聞いてきた裕にふざけて返すと、少し怒った声をされ
た。
「馬鹿」
 笑う私を無視して、裕がばさばさと私に積もった雪を払う。雪の
冷たさを感じなくなって、私は裕が傘をさしているのだと気付いた。
「裕、こんな話知ってる?
 その年最後の雪の日にはねぇ、いなくなったコイビトが帰ってく
るんだよ」
「何それ?初耳」
「信じないなら良いけどね」
 目をつぶったまま微笑むと、冷たい手で軽く頭を叩かれた。
「…そういえばお前、学校行ってんの?」
「秘密」
「あのな…まあ、お前がそれなら良いけど」
 言葉と一緒に私の好きな骨ばった手がすっと離れて、淋しくなる。
「俺、もうそろそろ戻る。風邪引くなよ」
「うん」
 手が、声が、裕が遠ざかる。
 そのスピードが速すぎる。
「じゃあな」
 …『待って』なんて馬鹿な事は言わないでおこう。
「またね」
 最後まで残っていた足音も、雪にまぎれて消えてしまった。

 涙のあとがうっすらと凍ったらしい。ようやく目を開けると、そ
こには黒い傘だけが残されていた。
 私は傘を差して、空を見上げて微笑む。
 来年もまたいなくなったコイビトが帰ってきてくれますように。






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