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第15回中高生1000字小説バトル Entry3

中田君と私

 ある日、隣の中田君が鳥になっていた。
「中田君」
 隣の席の中田君は英単語帳を取り出して、灰色の羽毛をページに挟み予習をしている。
「何?」
「鳥になってる」
 えっ、と小さく呟いてから、彼も私を見て驚いて言った。
「…永瀬さんは猫に見える」
「猫?」
 私は自分の手を見た。いつもの手だ。それに私は『犬と猫どっち派?』と言われると迷わず犬と答える犬好きだ。猫になりたいなど考えたこともない。
 中田君が鳥、私が猫…。
 私はクラスを見回した。他の人達には何も変わった様子はない。皆同じ、人間の顔をしている。
「…なぜだろう?」
 問う中田君に返す前に英語教師が来て、小テストのプリントを配り出した。『信じられない』…beyond beliefという中田君の唯一の間違いを直しながら、その単語を自分の中で反芻した。


 中田君は器用に嘴から缶のお茶を飲んでいる。嘴の端からこぼれそうでこぼれない。素早くまばたく彼には、私がメールを打つ姿も猫に見えるのだろうか。
「…でも他の人には人間に見えるみたいね、私たち」
 落ち付いてるなあと、呆れたのか感心したのか分からない調子で中田君は言った。
「気にしないだけなんだけどねえ」
 個性的だね、と彼は言う。否定されないことは嬉しい。こんな性格のせいか私には友人は少ないのである。
 脚:オレンジ色で細い。首:あるのかどうかわからない。
 私は彼を観察した。日記でも書けそうだ。
「誰にでも同じ物が同じに見える保証はないでしょ?」
 そりゃそうだけど…、と中田君は肩を落とした。私は鳥がしょげる様子を初めて見た。面白い。
 私は笑顔も見たいと思った。
「中田君、今度映画見に行かない?」
「え?」
「好きだって言ってたじゃん、映画」
 突然の申し出に彼は驚いた顔をして、にっこり嘴を曲げて笑った。こういう風に笑うのか、と私も笑った。


 電車の横の席でこっくりをしている中田君を見ている。彼は眠る時目をつぶらない。はねた羽毛を直してやる。大きい手羽先が美味しそうだ…などと考えて、やはり私は中田君の言うとおり猫なのかもしれない、と思った。
 鳥の、いや中田君の色々な表情がもっと見たい。猫はどういう風に笑うのだろうか。鏡を見てもわからない。私には、自分の姿は人間に見えるのだ。
 今度中田君に訊いてみようと思いながら私は彼の肩に頭を預けた。途端に起きて緊張した彼の横顔を見て、また日記に書く事が増えたと私は寝たふりをして微笑んだ。

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