第20回中高生1000字小説バトル全作品一覧

#題名作者文字数
1会心の一撃CLUB4271000
2この想いは伝えない。詩音999
3太陽消毒蔦手1000
4飲み込む子供関口葉月781
5棘のない花瓜生 遼子1000
6「心 イコール 体」か。明斐観也子1000
7Cキラー空風972
8バイバイキャットくぬぎ化小径1000
9幸せになりたい実験犬。水姫マリィ959
10過去の過ちを乗り越えて佐藤 愁945

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Entry1

会心の一撃

 勇者は、最終面の最終、ラスボス手前の、長い廊下をひた走っていた。
 嫌らしいくらいに暗く、おどろおどろしいBGMで、セーブポイント無し。
 装備は万端、パラメータも十分に伸ばした、と佐腹太司は考えていた。
 今、自分の部屋でゲームをしている。
 散らかった部屋の所々にチョコやコーラの空き缶が落ちている。これは生活習慣病の必需品。
 佐腹太司は、その名前に相応の体型をしていた。お菓子で形成された人種である。
 脂ぎったコントローラーは今にもその手から落ちそうだ。
 そして、勇者は扉の取っ手に手をかけた。重苦しい音と共にゆっくりと奥が見える。
 おそらく勇者と戦うのであろう魔王は不敵な笑みを浮べていた。
 上等だね、と太司は思った。こっちには剣士が一人と魔法使いが二人がついている。
 「よくぞここまで来たな。命知らずめ。この私に勝てるとでも思ったか。フハハ」
 きっと、この魔王は、勇者のレベルが何であろうとこの言葉を口にするのだろう。
 試合開始の音が鳴った。

 「勇者の攻撃!魔王に76のダメージ!」
 「魔王の攻撃!魔法使いに153のダメージ!」
 「勇者はヒールを唱えた!魔法使いは89の回復!」
 事は太司の考える悪い方向へ向かって行った。
 魔王は勇者より早く攻撃力アップに徹した為、魔王の一撃が痛烈なものとなった。
 只今、魔法使いが一人死に、攻撃役の魔法使いが回復をし、勇者が攻撃している。
 だが。その魔法使いも魔王の拳の前に倒れてしまった。これはピンチである。
 しかし、魔王のHPもそろそろ底をつくはずだ。もうすぐ倒れるはずだ。もう一度攻撃できれば……。
 「魔王の攻撃!」
 頼む。外してくれ。お願いだ。勇者、回避してくれよ……。
 「魔王の攻撃は外れた!勇者は攻撃をかわした」スカッ、という拍子抜けする音。
 「やった!」これは太司の声。
 だが。

 ドスッ

 何かの音がした、と思ったらそれは頭に何かが当たった音だった。何か頭が湿っている、と思ったらそれは太司の血だった。頭が痛い、と思ったら太司の頭は割れていた。目の前がぼやける、と思ったら太司は死んでいた。太司の防御は効き目が無かった。

 鮮血が太司の部屋を静かに染める中で、ゲーム画面だけが、けたたましく鳴っている。
 ディスプレイにはこう表示されていた。
 「魔王の攻撃は佐腹太司に当たった!佐腹太司に370のダメージ!佐原太司を倒した!」
 経験値は獲得しなかった。


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Entry2

この想いは伝えない。

「聞いて、聞いて。昨日ね、大地がね。」
朝から”おはよう”の言葉より先に彼の話をする恵美。
私の親友である。
「どうしたの?昨日はデートだったんでしょ?」
しょうがないから、おとなしく話を聞く事にした。
「聞いてよ〜。大地ったら15分も遅刻するんだよ!」
怒りながら言ってるけど、顔はとても幸せそう・・・。
「それで?」
「待ってる間に3人にナンパされちゃった☆」
「へぇ〜すごいじゃん♪」
「で、困ってたら大地が”俺の彼女に触るな”って追い返してくれたの♪」
「さすが宮沢君。やるね〜☆」
「でも、ナンパしてくれた子かっこ良かったからちょっと残念。」

どうして、あなたはそんなに欲張るの?
あんなにやさしい彼を手に入れたのに、どうしてそれ以上望むの?
私は、どれだけ望んでも1つも手に入れる事が出来ない。
なのに、あなたは私の隣でたくさん手に入れる。
知ってた?私、あなたの彼の事好きなんだ。
毎日のように、あなたから彼の話を聞いてたら
いつのまにか自然に私の目は彼を追っていた。
好きになっていた、
駄目だって分かってた。でも
「実はね。私浮気してるの。」って聞いてから私の考えは変わった。
あなたから彼を奪ってやる。
だって、かわいそうでしょ?
あなたが浮気をしてる事も知らず、あなたの誕生日プレゼントを
用意する彼を見てたら・・・。
”あなたの彼女は浮気してるわよ。”って彼に言いたかった。
でも、真剣に私に
「恵美の誕生日プレゼント何がいいと思う?」って聞く彼を見てたら
言えなかった。

好きだから・・・悲しむ彼の顔を見たくなかった。
恵美・・・今すぐ浮気辞めて?彼はあなたを真剣に愛してくれてる。
だから、あなたも彼だけを愛して。
私も彼の事が好き。
でも、あなたとも友達でいたいからこの想いは封印するね。
その分、彼を幸せにしてあげて・・・。
ごめんね。あなたの彼を好きになって・・・。
この想いは、あなたにも彼にも伝えない。遠くであなたと彼の
幸せを願っている。

「いつも、グチを聞いてくれてありがとう。」
想像もしなかった恵美の言葉。
「・・・・・。」言葉が出てこなかった。かわりに涙が出た。
「皐月?どうしたの?」
ごめんね。私はあなたから彼を奪おうと思ってた。
そんな事も知らず恵美は私の事を友達と思ってくれている。
心配してくれている。
彼が恵美を好きになった気持ち分かったよ。
幸せになってね。

私は、これから2人を見守っていく事を決意した。
私にとって2人とも大切な人だから。


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Entry3

太陽消毒

 プレハブの部室棟の二階、新聞部前の通路になぜか置かれているパイプ椅子に腰かける。たぶん、過去にも私と同じく〆切り前の空気に耐えられないヒステリックな先輩がいたんだろう。あのねっとりとした空気から抜け出しただけで、沈殿していた心の澱が循環を始める。浴びている腕がじりじりと痛くなるほどに強い西日。まだ梅雨入り前だというのに、真っ直ぐに突き刺さってくる。長い影を落とした小さな倉庫を挟んだ向こう側では、風に土煙を舞わせているグラウンドが広がっている。いつもはラグビー部が転げまわっているけれど、今日は誰もいない。
 勝手に落胆してしまう心に苦笑して、ふととなりの地学部室を見やる。モスグリーンの少し汚れたスニーカーと、デニム地のコンバースのハイカット。少しはにかんだようにつま先を寄せ合っている。
 循環しだしたばかりだった胸がぎゅううっと音を立てて、体中の空気を押し出していく。

 そうだよね、今日はバスケ部もオフだって言ってたし。なかなかオフが重ならなくて、いつもは部活が終わった後にちょっぴり会う程度だから。二人っきりで過ごしたいよね。

 紅い光が目を射して、いたい。一度大きく深呼吸をすると、締め付けられていたものは少し弛んだ。動悸はまだ少し残っているけれど、前に比べればだいぶ収まるのが早くなった。半年前、二人がつきあい始めたことを知った頃よりは。
 ラグビー部なのにピアノが弾けて、シャイで、でも彼女の前では本当にうれしそうに笑う彼。バスケ部なのに折れそうなほど線が細くて、天真爛漫で、だけど人の気持ちを人並み以上に思いやる彼女。とてもとてもお似合いで、誰もが祝福してきた二人。そして、非の打ち所もないような彼女を妬んでしまう、私を冷たくあしらう彼を恋うてしまう、私。それでも、目をそらしながら笑顔でおめでとうを言った私。

 赤い太陽は最期の一瞬までこの世を燃やし尽くそうと光を放つ。私は汚い私を燃やしてもらおうとその光に身をさらす。となりの部室から、ころころと高く笑う彼女と低くて優しい彼の声が漏れてくる。彼がその無骨な手で弾く、驚くほど繊細なキィボードのメロディが流れてくる。短く息を吐いて、ぎゅっと目を瞑って、眉間に力を入れる。瞼の裏に、灼け付くような紅い太陽。

 ワープロを叩く音が響く部室のドアを開ける。
「あ、くまちゃん、これ校正してくれる?」
「うん、わかった」
だいじょうぶ。また笑顔を作れた。


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Entry4

飲み込む子供

ママに言いたいことがあった。
でも絶対に真面目に聞いてもらえないから黙ってた。

「なんて顔をしているの。言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」

言ってみた。
まっすぐ、自分をぶつけてみた。

「私に言ったって仕方ないでしょう。聞いたって楽しくないから話さないで」

………………おいおいおいおいおい。
言えって言わなかった?
はっきり言えって。あなた言ったよね?

「………………」
「すぐにそういう顔をする!言いたいことがあるなら言いなさい!」

言ったって、どうせまた同じ台詞で拒否するだけなんでしょ。
どうせ聞きゃしないんでしょ。あたしの話なんか。

ママが聞いてくれないのに誰があたしの話を聞いてくれる?
あたしを産んだママでさえ聞いてくれないのに。

ゴクン。

詰まった喉の奥であたしは空気を飲み込んだ。
喉が痛い。

「何よその目は!」

『 だ っ て マ マ が バ カ な こ と を 言 う か ら じ ゃ な い 』

ゴクン。
あたしはまた空気を飲み込んだ。
言葉と一緒に。

だって言ったら怒鳴られるって解ってるもの。
だって言ったら叱られるって解ってるもの。

どうせ聞いちゃくれないって、解ってるもの。

ゴクン。

あたしは言葉を飲み込んだ。
傷つきたくないから。
痛いのは嫌だから。悲しいのは嫌だから。

だから、それはあたしがあたしを守るための手段だったの。

ゴクン。

現実逃避なんて、わかってるけど。

ゴクン。

こんなことしてても何も解決しないなんて、わかってるけど。

ゴクン。

それでも…

ゴクン。

こうしている間は、これ以上胸が痛むことはないから。

ゴクン。

飲み込んでいくんだ。
多分、これから、ずっと。

ゴクン。

違和感はあまりなかった。
これから何度もこれを繰り返すのだろうな、と
あたしはそれを自然なことのように思った。

ゴクン。

…空気だけ飲むのは痛いなぁ。


あたしは、大して欲しくもない水を大量に飲むようになった。


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Entry5

棘のない花

 明日は結婚、やっと家から出れる…私は私に向かってそう呟いた。正直長かった、辛かった。
 私の親は22年前に離婚した。そう珍しい話ではない。けど、ハハは弱く、だんだん私に絡んだ。ハハの苦しみも頭では分かってた。でも、この感情は止めれない。そんな自分が悔しく、ハハと仲のいい姉さんがうらやましかった。
 そんな時、あの人に出会った。丁寧な言葉遣い、ゆったりとした動き、彼の周りだけ時間がゆっくり流れてるみたいで、ほっとした。
 いきなりのベルの音。ふと我に帰る。
『もしもし大橋です』
受話器をとると彼だった。名字にさん付け。それが似合うのが面白くって笑ってると、向こうから困惑した声が聞こえた。胸が暖かくてほこほこした。

 とうとう来た結婚式当日、純白のドレスに身を包む。
「梓、これ。病院の同僚の飯塚 幸司。」
姉さんが言った。どうも…と大きな男が一礼する。
「祥子さんにはいつもお世話になっています。」
ハハが、お久しぶりね、と言った。姉さんの彼氏か、と呟くと、あんた私の彼氏だったの?と姉さんが言って笑った。マタ ワタシダケノケモノ?
 ふと気づくと後輩たちが話をしていた。
「ほら、藤川先輩って何も言わないけどォ、お局的人でしょ。彼女がいなくなって、風通しがよくなったわよ」
ワタシガイナイト ナンニモワカラナイノニ。
 部屋に帰って一人になると、なんだか怖くなった。
『オマエダッテ ワカッテルダロ?ケッコンナンテ デキヤシナイッテ』
これは私の心の声?
 椅子に顔をうずめてると、ドアが開いた。
「そろそろですよ」
……嫌よ。こんな気持ちで結婚なんて…。
「結婚しない。出来ない…」
「え…?」
私はいつの間にか泣き出してた。
 ハハ以外の人が外に出た。ハハが久しぶりに私の髪をなでた。
「母さんは祥子ちゃんのほうが可愛いんでしょ?」
呟くと、母さんの手が一瞬止まった気がした。
「母さん、何だかほっとした。あんた昔から、棘のない花みたいだったから」
母さんが笑った。久しぶりに母さんの顔を見た気がした。
 部屋の外で、皆が心配してくれていた。
 何を恐れていたの。心の奥底へ涙の代わりに暖かいモノがパァッと入ってきた。
 大きな拍手と歓声が私を包み込む。この拍手が嘘でも、中には本物もある。それだけで満足できた。
 私の棘のない花を見てもらうより、本当の花を見て欲しい。だから私のままで生きていこう、この人と一緒に。
 幸せが6月の花嫁を包んでいた。


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Entry6

「心 イコール 体」か。

【私の手は骨張っている。
あの女独特の、滑らかさ、そして柔らかさ。
それが、私にはないのだ。

『何故?』

鏡の向こうに映る私へと投げかける。

短く整えられた黒髪。
鋭角的な輪郭。
そして喉の…、

「喉の…」
そこで私の思考は停止した。

混乱の中、私は自分の平たい胸に、震えるその骨張った手を寄せる。
しかし次の瞬間、その無意識の行動に、私は堪えきれず唇を噛んだ。
意識したくはなかったのだ。

この手と、そして胸の存在を。

15をとうに過ぎたというのに、この胸は何だろうか。
何の膨らみもなく、硬く平たいだけの胸。
そしてこの手は…
直線的でいて、無骨ささえ漂うこの手は…。

私は、
意識、したくないのだ。

―――自分が…、「私」が「男」であるこの事実を。

私の求める体は、この男の体ではないのに。
しかし私の体は決して女ではなく、歴とした男なのである。
この事実を、私は受け入れることは出来ても、納得することが出来ないのだ。

なぜ?

それは私が男でありながらも女として男を求め、そして愛したいと願うからだ。
同性へのこの思いを、人に言うことも出来ず、ただ自分が男であることの苦しみに震えている。


―――私は何なのだろう。


『秋雄』

そう名前を呼ばれる度に、苦しくなるのだ。

「それは私の名前じゃない」

そう言えたらどんなに楽だろう。

しかし、秋雄という名はやはり私の名前で、私が私であるというアイデンティティなのである。
私は秋雄として他者に認識され、そして私自身も秋雄であるという自覚を持っている。
なのに…なのにこの不安に心は何なのだろう。

男らしくと願う両親の気持ちを知らないわけではない。
しかし私は、男らしくどころか女性として生きたいと願っている。
両親の願いは叶えてあげたい。しかし女として生きて行きたい。

この矛盾をどうするべきなのか。


―――自分に素直に生きることは…なんて難しい。


もしも私が姿を変え、名前を変えたなら。
果たして両親は何と言うのだろう。
私のこの性癖を薄々と感じ取り、「病気」だといつでも身を固くさせている両親が…。

この難しさを…この困難を、突破できるほど私は強い者なのか。

ああどうして…。

私は、私では駄目なのか。
家庭で、外で、「俺」として生き、そして一人の時にのみ「私」として生活して行かねばならないのか。

病気なのならそれでいい。
ならば治してもらいたい。

女を愛す男に。

しかし願わくば…

男を愛する女に…。】


そう苦悩していた日々が、今では遠く懐かしい。


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Entry7

Cキラー

 山下中学校三年六組。窓側の後ろから三番目の席。
 篠山千秋の席には、透明なガラスの花瓶に入った菊の花が飾ってあって、机には油性のマジックで「Cキラーのご冥福をお祈りします」とお世辞にも綺麗だとは言えない字で書いてある。
 朝、チャイムが鳴るギリギリの時間に登校してきた千秋の、その幼稚で馬鹿げた嫌がらせに対する反応を見て、嫌がらせの張本人たちは満足そうに笑っている。
 下らないな、と神崎隼人はそのやり取りを見ながら思った。
 本来、笑っている加害者を叱るべきであり、被害者である千秋を慰めたりするべきなのかもしれない。
 でも、はっきり言って隼人にはどうでも良いことだった。
 クラスメイトだって四十二人いる。
 その全員と仲良く装うこともないのだ。
 もっと言えば、取り分け仲の良くもない千秋を助ける義務は隼人にない。
 多分、今この教室の中で、傍観者のクラスメイトはそう思っているに違いない。
 関係ない、そう誰もが思っている。
 それを示すかのように、千秋に声をかける者も、助ける者もいなかった。
 誰一人。

 千秋はポケットから出したハンカチを取り出すと、ぐっ、と何かを耐えたような目で机の落書きを拭き始めた。
 ただ拭くだけで消えるわけはないのだけれど、千秋はひたすら机を擦った。
「Cキラーのご冥福をお祈りします」
 文字は消えない。
 Cキラーと言うのは、千秋のあだ名だ。
「猫殺し」の意味から来ているらしい。
 千秋のイジメの主犯格、相沢忠が飼っていた猫を千秋が殺した。
 そう言う噂が二年の終わりに流れていた。
「猫」のCと、「千秋」のCをかけて「Cキラー」
 なかなか洒落た考えたあだ名だ。
 隼人は思った。

 千秋は文字を拭き続ける。
 でも、文字は消えない。
 油性だから、当たり前だ。
 隼人は心の中で思う。
 誰か言ってやれよ。そんなんじゃ消えないって。
 言ってやれよ。

「畜生っ!」
 突然、千秋がハンカチを放り投げて叫んだ。
 会話が止み、笑いも消えた。
「畜生っ、もう嫌だ!畜生っ!」
 千秋がまた叫んだ。
 四十一人の視線が、全て千秋に注がれる。
「お前ら絶対許さないっ!」
 もう一度千秋が叫んで、そして飛んだ。
 勢い良く、何の躊躇いもなく、三階の窓から。
 静寂、轟音、そして悲鳴の順番だった。

 この瞬間から、Cキラーは四十一人になった。

「ご冥福をお祈りします」


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Entry8

バイバイキャット


 セミの音、鳥の歌。木々のざわめきに、遠くを流れる小川の、ちゃぷちゃぷという不思議な音色。
 広がる水田、ちょっと遠くには峻険な峰。
 遠くから伸びる細い、舗装さえされていない小道。
 林越し随分遠くまで見渡せる。
 目の前のそれは、そういった情景にあまりふさわしくないようで――そう思っているのは、おとつい越してきたあたしだけみたい。
 猫。
 「名物だよ」
 「なぶーってんだ」
 昨日知り合いになった男の子たちが、口をそろえて言う。
 「名物って……」。
 猫は嫌い。気まぐれだし、突拍子もないことをするもの。
 デブ猫だ。
 毛並みふさふさのライトグレイ。ふよふよ宙に浮かび、亀みたくゆっくり前進している。あたしのことなんて、障害物にさえ思っていない間抜け面だ。
 「非常識だと思うの」
 空飛ぶ猫。
 本来なら、もっとファンタスティックな感動があるはずなのに、この猫はどうも生活臭くて、そういう「うわー」感とか「すてきー」フィールとかが、絶望的なぐらい欠けていた。
 猫を突付いた。暖かくて、やわらかかった。
 デブ猫は、突付かれてもまったく気にならないようだった。そこがさらに腹立たしい。
 「まぁ、名物だから」
 「名物は温泉饅頭だけで十分!」
 「にゃーても、ここ温泉ないしなぁ」
 男の子の態度はふにゃついている。
これだから田舎ってのは。と毒づいて(よくわからないね)猫を見た。
 猫は、ちょっと進んでいた――どうやら、小道を道なりに進んでいるみたい。空飛んでるんだから、もっと便利な飛び方すればいいのに。
 猫は速度を上げた。
 「あっ、まちなさいよ!」
 あたふたと追いかける。妙な意地で捕まえてやると手を伸ばす。
 猫を捕らえるその瞬間、猫は、進行方向を直角に変えた。
 突如スローリィなペースから一転しジェットの如く天空へと駆け上っていく。
 『ばひゅ〜〜〜ん!』てな感じだ。
 そして猫は点になった。その点も、太陽の中へ消える。
 呆然。
 猫を見送るあたしの横で、男の子がつぶやいた。
 「猫は、きまぐれだからなぁ」
 ……そういえば、この子の名前知らないや。

 その夜。
 あたしは何をとち狂ったんだか、家の2階からお空へ飛んだ。
 なんか、飛べるような気がして。
 結果はお約束。足を折って入院した。父親はやっぱり都会に帰るといっ て、母親は土地まで買ったんだからといった。
 どうでもいいけど、入院中あの猫が来た。
 本当にどうでもいいけど。


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Entry9

幸せになりたい実験犬。

 神さまはボクに試練を与えてくださってるんだ。
 これを乗り越えたらボクはきっと幸せになれるんだよ。
 きっと誰より幸せになれるんだ。


 だからボクは毎日辛抱しているよ。
 最初は怖くてたまらなかった白い服の人間たち(ボクを見ても目が笑わないんだ)のことだって、もう慣れちゃった。
 だけど、今でも檻から出されて、怖い部屋に連れて行かれて痛い目に遭わされるんだって思うと、ボクはぎゅっと固まっちゃうんだ。

 だけど、きっと神さまはこれを乗り越えたボクに一番の幸せをくれると思うから、ボクはどれだけでも辛抱できるよ。
 もしかしたら、あの白い服を着た人間が神さまかもしれないね。ボクがどれだけ我慢強くて幸せになるのに適した犬か試してるんだ。
 だからボクは我慢するよ。白い服の人間に足を折られたって、切られたって、歩けなくさせられたって。

 まわりには幸せになれる候補の犬が他にもいるけど、みんなボクほど我慢強くはないんだ。試練に耐え切れなくて死んじゃった犬もいる。でも、ボクは負けないぞ!

 白い人間たちはボクらのことを「ジッケンドウブツ」なんて呼んで、食べるものもろくにくれないし(ボクはまだ食べ盛りの子供だぞ!)痛いところだってほったらかし。知ってる?傷を放っておくとそこから虫が生まれるんだ。おかげで痒くて痛くて仕方ないよ。ところで、「ジッケンドウブツ」ってどういう意味なんだろう?幸せになれる犬のことかな?そうしたら、ボクは一番の、とびっきりの「ジッケンドウブツ」になってやる!





 だけど、ボクはもうずっとここで神様の試練に耐えてるのに、ちっとも幸せはやってこないんだ。それどころか、どんどん不幸になっているみたいだよ。もしかしたらボクはこのまま死んじゃうかもしれない・・・・怖いよ、痛いよ。誰か助けてよー・・・。



 そうしたら、やっとボクに幸せがやってきたんだ!ボクが冷たいおりの中で眠っていたら、きらきらひかる幸せそうなものが僕のところに来たんだよ。それでね、ボクに向かってにこっと笑ってくれたんだ。ボクの心の中がすっごく幸せな気持ちでいっぱいになったんだ。きらきらひかる幸せそうなものが、ボクを明るい光で包んだら、ボクの体中の傷や痛いところが全部治っちゃったんだよ!


 ボクはやっと幸せになれるんだ!誰よりも一番幸せになれるんだ!!


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Entry10

過去の過ちを乗り越えて

 何もかも失わせて、何も生まなかった戦争。

 それは…それはひどいものであった。仁義なき殺戮と虐殺が限りなく行われ、それが更に憎悪と怨みを呼び覚まし、新たなる殺戮と虐殺へ繋がる。薄暗い暗闇の底から現れ出でる果て無い臭気。魔の罠に落ちた人間の慟哭。
 その赤黒いヴェールに包まれた事実。
 人は何度も争いを繰り返してきた。過去の人間は、そうすることでしか自分を否定する相手を納得させることができなかった。少なくとも、それ以外の考えは浮かばなかった。血と、憎悪と、熱気と、そんな狂気に満ちた空間をも正当化し悲惨な結果を齎した戦争。人は何と業の深い生き物であろうか。それさえも正義の名の許に行うことができたのだ。それさえもその時は悲惨と感じなかったのだ。
 幾らの命が散ったろう。自ら命を絶った者もいるだろう。多くの者に看取られた者もいるだろう。誰も知らない辺境で、誰も知らない死を迎えた者もいるだろう。死さえも気付かず、死神の顔を拝む猶予さえ与えられず戦死した者もいるだろう。
 誰が一番幸せだったか? いや、誰しも同じように戦争を憎み、死んだだろう。自らにどんな咎があったのか、その矛盾に苛まれ生涯を閉じただろう。
 戦争が散らしたのは命ばかりではない。その被害者たる者達の心。戦争という名の正義の死神は、血の鎌でそれを切り裂き、月夜に捧げたのだ。打ち砕き、陵辱し、白日の許で曝したのだ。二度と治せないように、完全に。

 何もかも失わせて、何も生まなかった戦争。

 しかしそれは青白いヴェールに隠され、20世紀、平和の時代として過去の戦争の過ちを振り返り、二度とこうした悲劇が起こされないように、人々は平和を誓い合った。そう、これが世界の絶対真理。戦争は間違っていた。戦争放棄。国際平和。平等と自由と協調が生み出す明るい未来。

 何もかも失わせて、何も生まなかった戦争。

 20XX年。
 その言葉が今、改竄されようとしている。
 戦争を省みて、国際平和を唱えていた20世紀は何かの間違いだった。
 平和主義時代から富国強兵時代を見るように、国際平和も一時の偏見の集合体でしかなかった。

 何もかも失わせて、何も生まなかった戦争。だがそれでも、人類にそれ以外の道はない。

 私は明日、戦場へ赴く。



 Please forgive us,God...

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