第26回中高生1000字小説バトル作品
投稿締切/12月末日迄(〆切りました)
作品発表/1月7日
投票締切/1月末日迄
結果発表/2月7日予定


INDEX
エントリ作者題名文字数
1 本作品の掲載は終了しました。
2蒼 unvollenete 999 
3水葉けい 太陽の嫁入り 1000 
4関口葉月 祝辞 1000 
5加賀 椿 片目の犬 1000 
6フウソウアカネ 進路希望 943 
7相川拓也 眼 784 
8南 那津 ムンクの叫び 942 
9佐藤 愁 幸運の黒猫 1000 
10九夜司 餞─Death is always at your side─ 975 


訂正などによる作品投稿の重複が多く、誤掲載や漏れなどの怖れがあります。
訂正、修正等のお知らせは、掲示板での通知は見逃す怖れがありますので、必ずメールでお知らせください。



バトル結果はここからご覧ください。


Entry1

※本作品の掲載は終了しました。ありがとうございました。


Entry2
unvollenete


文字数999

 私の鼓動を聞くように胸によせられていた耳が、頬が、離れていく。痴呆の老人のように一心にその短い髪を撫でていた私は、どちらのものかもわからないぬくもりの代わりに二人の間に割り込んできた冷気に悲しくなる。見上げるように覗きこんでくるとろとろの眼に私がどんなふうに映っていたのかはわからないけれど、唇をかすめるように触れ合わせると照れくさそうに背中を向けて服を整え始めた。その背中にまた悲しくなってしまってじいっと見つめてみたのだけれど、それが習性のようになってしまっていることにすこしの腹立たしさを感じて私も服を整える。お互いの恥じらいが今更ながらに伝わってきて、何を話して良いのかわからなくなる。最中には身体の中からどうしようもなくまろび出て来るようだった吐息や声は何処にもない。私たちはいつもこうなのだ。もう両手両足の指を使っても数え切れないほどに互いの身体を求め合って、重ね合わせているのに。長い沈黙といつまでも慣れることのない互いの感触と、すこしの罪悪感と。それでも欲しいと思う。いとおしさにくちづけて、倒れこんで、いつかふたりがひとりになる幻想を追って。
 このひとはいつもこうだ。ベッドの端に座った、大きくて武骨なのに猫背ぎみの背中。この背中を見るたびに、このひとは私としたことを後悔しているんじゃないかと思う。沈黙を続ける背中に悲しさよりもつらさが募って、迷子になった幼稚園児が母親を見つけた時にするように抱きついてしまうのもいつものことだ。
 肩越しに頬をよせて、やっぱりこのひとがいとおしい、と思う。ようやく私を受けとめてくれたあたたかな背中にぴったりと胸をつけて、腕を回して。ほんの少しの時間も惜しくて、もどかしくて、私の身体に直接触れるときのこのひとの熱さとは違う。これはほんとうに“あたたかさ”だ。
 器用に身じろぎをして体勢を変えて、何の芸もなくいつまでもくっついている私にくちづけると、やんわりとわらう。コンタクトのせいでうるんだ眼はとろとろになっている。この眼だけは私のものだ。悲しさも辛さも不安も、ぜんぶとろけさせる眼。もう一度唇が触れる感触に瞼を閉じて、口内に感じる柔らかさとどうしようもなくふたりを引き寄せる惑星の引力に倒れこむ。見た目よりもずっと筋肉質な胸のなかでこのひとの匂いをすいこみ、泣きそうになる。いとおしくて、いつまでもこのままで、と、詮のない願いを抱いて。


Entry3
太陽の嫁入り

水葉けい
文字数1000

 さっきからの、沈黙が重い。

 一緒に丘の上にいるのは、いつも一緒にいる幼なじみで。
 自分達は、いつものように会っているだけなのに。

 
「……お嫁に行く事になったの」

 沈黙を先に破ったのは、しずの方だった。

 
「……は?」

 声がかすれた。
「お前、何言ってるんだよ。お前まだ十五じゃんか。女学校卒業してないじゃんか」
 咳払いをして喉の調子を整えてから、一気に質問を浴びせる。
「そうよ、まだ卒業してない。まだ十五。だけど、十五で結婚なんて、女にとっては当たり前なのよ?」
 明るい調子でしずは言うが、その表情は暗い。
「でも、なんでいきなり……」
「お見合いよ。私も昨日初めて聞いたの。写真も見たけど、案外素敵な男性だったわ。実業家で、エリートなんですって。歳は離れてるけど」
「ちょっと待てよ、しず。お前ソイツの事好きなわけ?」

 しずが、俺をじっと見つめた。

「……好きじゃなくても、お見合いっていうのは絶対なのよ、静太ちゃん」

 
 その目に浮かぶ諦めの色は、本当は嫁ぎたくないと、物語っていた。

「……小さい頃さ。お前、俺の嫁になるって言わなかったっけ?」
 しずは、はっとしたように目を見開いた。
 覚えていたらしいことを確認してから、しずの横にすとんと腰をおろした。
 
 いつまでも一緒に遊びたいからという単純な理由で交わした、口約束。
 だけど、守り通せる気がしていた。

 再びの沈黙。自分から破ろうとは思わなかった。
 いっそのこと、このまま時間も一緒に止まればいいと思った。

「……女性って、月なんですって」

 口を開いたのはまたもやしずだった。
「……へぇ」
 顔も見ずに、相槌だけをうつ。
「男性がね、太陽なの。昔っから言われてるんですって。で、大正になった今でも」
 穏やかな口調で、しずは続ける。
「……男性は自分で輝くの。だけど女性は、その男性を受けて、初めて輝くんですって。私、この話を聞いたの小さいころなのよ。私も、輝きたいなぁって思ってた」

 いきなり、しずが立ち上がった。

「その次の日よ。静太ちゃんと、約束したの」

 風が、俺達の間を吹きぬけた。

 それからひと月も経たぬうちに、しずは嫁いだ。
 その花嫁姿を、俺は遠くから見ていた。
 きれいだと思った。
 しずは、輝きたかったと言った。おそらく自惚れではなく、俺によって。
 だけど、しず。

 お前は、俺にとって月じゃなかったよ。
 

 いつも綺麗に輝いている。

 ……太陽だったんだ。


Entry4
祝辞

関口葉月
http://haduki0.fc2web.com/ JackpoT
文字数1000

「あたしさぁ、結婚しようと思うんだ」

その言葉に、一瞬だけ指が凍りついた。

「…へえ」

短く答えて、彼はコントローラーを握り直した。
いや、だって驚いたけど、今ボス戦だし。休めないし。
ドカドカと効果音が鳴る部屋を、彼女はそれ以上何も言わず出て行った。
彼はその気配を背中で感じながら、何も言わなかった。
頭の中から何かが欠落していたけれど、指は乱暴にボタンを連打していた。
ボス戦には負けた。

「………」

『ゲームオーバー』の文字が並んでいる画面を、彼は無感動に眺めていた。
結婚。
姉が、結婚。

「…ありえねーし」

何がだよ、と自分で突っ込みながら呟いた。
最近口癖になった言葉は、なかなか扱いづらい。

「………」

結婚、か。
もう一度、口の中で繰り返した。

姉の『彼氏』には、何度か会ったことがある。
穏やかな雰囲気の、姉より少し大人びたヒト。
予想していなかったと言えば嘘になる。
そんな雰囲気も、家の中になんとなく流れていた気もする。

「姉ちゃんが結婚…ねえ」

どうにも、実感が湧かないというか。
やや短気で、口より先に手が出て、感動映画を見て泣いたりして。
そんな姉が、結婚。

「………」

別に。
反対する来は、毛頭ない。
社会人である二人の判断に、
まだ学生である自分が口を出すというのもおかしな話だし。
相手の男に、それなりの信頼のようなものもないわけではない。

ただ。

ただ?

「………」

色々、思い出した。
小学生のとき、喧嘩に割って入ってきた姉。
受験生のときには勉強を教えてもらった。
初めて女の子と付き合ったとき、それとなく相談したり。
プレゼント、選んでもらったり。
…色々、思い出した。

結婚。
姉が。

「あれ、何あんた。まだここにいたの?」
「え?」

風呂上りの姉が背後に立っていた。

「…姉ちゃん、出かけんの?」
「うん、まあ。」

…彼氏のトコか。
思いついて、何も言わず肩を竦めた。
仲がよろしいですねー、なんて言いながらゲームの電源を落とす。

「んじゃ俺、部屋戻るわ」

記憶。ただの記憶。
それ以上でもそれ以下でもない。
オメデトウ、って、笑って言えるはず。

「行ってらっさい、お気をつけて」
「うん、行ってきます」
「………ん」

『おめでとう』の言葉は。
口から出なかった。

…大丈夫。まだ本番じゃないから。
自分にそう納得させた。

すれ違った姉から、微かに甘い香りがした。
彼女の気に入っている、苺のシャンプー。
何故か悔しくて、少しムカついた。

「…ちッ」

せいぜい幸せになれよ、バカ姉貴。


Entry5
片目の犬

加賀 椿
http://members5.tsukaeru.net/rayna/ 朝凪村
文字数1000


 大学へ行く途中、気が付くと片目の犬が僕を見ていた。何処からかは分からない。とにかく僕はその瞳に引かれるように、前へ歩いた。赤茶色の瞳だった。
 車のクラクションが耳に入った。

 知らないうちに夜になっていた。空は雲に覆われているせいでぼんやりと明るく、何時ごろなのか分からない。
 夜の細い砂利道を、僕はふらふらと歩く。何だか見覚えのある場所だ。
 突然、犬の吠え声が辺りに響いた。心臓が止まるかと思った。僕は、すぐ横の空き地をきっと睨む。鎖に繋がれた大型の犬がそこにいた。
「うるさい!」
 叫んだのは僕ではない。いつからいたのか、僕の少し前にいる小さな少年だ。犬に向かって悪態をついている。
「君、ぶち殺すなんて言っちゃ駄目だよ」
 それに夜中にほっつき歩くのも駄目だ。でも小学生の頃は、僕も夜出歩いてたっけ。声を掛けると、少年は驚いたように僕を見た。今まで僕に気付いていなかったようだ。
「違いますよ。ぶち殺すではなく、撃ち殺すと言ったんです」
 目をすっと細めて彼が言う言葉は、妙に丁寧で無気味だ。彼は手に持っていた物を見せる。それはエアガンだった。
 動物虐待――そんな言葉が頭に浮かんだ時、僕はふいに思い出した。昨夜、家の玄関で足にまとわりついて来た猫を蹴り飛ばした事を。野良猫だったが、近所の人に餌をもらっていたので僕からももらえると思ったんだろう。
「これ、ちゃんと弾入ってるんですよ」
 少年は口元に笑みを浮かべると、エアガンを犬に向けた。
 忘れかけていた出来事を、僕は思い出した。そう、この子は小学生の頃の僕だ。そしてあの犬はブル。この夜、僕はブルの目を撃ち、苦しみもがくブルを見て恐くなり、鎖を外したんだ。あの後ブルがどうなったのかは知らない。
「やめろ!」
 僕は大声で叫び、昔の自分に抱き着いた。その途端、辺りの景色が変わる。

「意識が戻りました」
 聞き慣れない声に僕は目を開ける。何故かベッドの上に寝かされていた。体が動かない。体中に管みたいなのが付いていて、それは機械と繋がっていた。看護婦の姿が見えるから、ここは病院なのだろう。
 どうしてここにいるのか訊きたかったが、声が出なかった。察したように看護婦が言う。
「車にひかれたのよ。危ないところだったわ」
 そうだったのか。でも助かったんだ。ほっとして僕は天井を見た。途端に機械から出ていた規則正しい音が変化する。
 赤茶色の瞳が一つ、僕の視界を覆った。


Entry6
進路希望

フウソウアカネ
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ango/5009/ 少女的扇動者
文字数943

「ふざけてる場合じゃないんだぞ!」
居心地の良い、職員室の温度が一気に2,3℃下がったような気がした。
アタシは担任に怒鳴りつけられ、肩がピクッと跳ね上がる。
そんなに怒鳴らなくてもいいのに。
只、アタシは進路希望調査の〔将来の夢〕という欄に、
『でっかくなりたい。』
そう書いただけなのだ。
アタシにしたら切実な願いだし、みんなだってでっかくなりたいって思ってるに違いない。
どうせ先生は、何々になりたいのでどこそこの大学に入って何々を勉強したい。って書いて欲しいのでしょう?

「斎藤、希望調査に書いて良い事と悪い事ぐらいわかるだろう。」

そう言って先生は大きなため息を一つ吐き、ギギー、と椅子の背もたれに悲鳴を上げさせて、ゆっくりよしかかった。

「分かりますけど…私、大学に行きたくないんです…」

大学に行きたくない。だってアタシは大学になんて興味が無い。
じゃあ、なんでアタシが普通科に入ったか、なんて聞かれると困る。
ただ、高校ぐらいは出ておかないといけない、と言うこの出来上がった社会に流されて入っただけなのだから。
アタシは、でっかくなりたい。普通に人生を終わらせたくない。

「でもお前、前までしっかり大学を希望してたじゃないか。」

いきなりこんな時期になって如何したんだ、と先生は呆れ顔で言った。
やっぱり自分には嘘をつけないんです、先生。
今まで友達にも黙ってきたけどアタシにはやりたいことがあるんです。

「本当は行きたくないんです。他にやりたいことがあるんです」

先生は少し驚いていた。
其れは多分、アタシは今まで先生の目を見ないで話していたけれど急に真剣な眼差しで先生を見たからだと思う。

アタシは普通に大学に行って、就職して、結婚して、子供を生んで…なんてもう出来きったシナリオに沿って生きたくなんてない。
無難なんてものは何処にも無いけどきっと其れは世間では何よりも良いとされているんだ。
親だって喜んでくれるに違いない。

だけど違う。アタシが求めているものじゃない。

もしもぶつかって崩れ落ちたなら其の程度の夢だったんでしょう。
才能だって無いかもしれない。それでもいい。やってみないと分からない。
アタシにどうかぶつからせて欲しい。
アタシはすぅ、と大きく息を吸って、先生を真直ぐに見た。

「先生、アタシ歌手になりたい」


Entry7


相川拓也
http://hp.vector.co.jp/authors/VA018368/ iKawa's Telescope
文字数784

 蛙が潰れている。
 人通りの少ない道路を、冷たい雨が叩く。蛙も叩かれる。肌に艶はない。生気の失せた蛙の亡骸。

 蛙は数奇な運命をたどった。
 生まれたのは川。川か。左右も下も、固く閉ざされ、水の流れは微々たるもの。蛙は、これを川だと思って育った。
 唯一開かれた水面から、陸へ上がるようになった。壮絶な騒音に肝を潰した。橋の上を闊走する鉄の塊。地を均(なら)しているように見えた。時折鳴る、銃声。塀の中から、聞こえた。
 河原には、見覚えのあるものがいろいろあった。薄くて透き通った袋や、固い筒を見ると安心した。特に固い筒は気に入った。中で鳴いてみると、鳴き声がはね返って幾度も響いた。
 外の世界は蛙にとって、大きすぎた。河原から上に行こうにも、固められた崖が邪魔をした。道はあった。遠い。行った。

 そして登った。辺りは暗くなる。寒い。本能は眠りを命じる。場所がない。
 世界は、もう蛙にとって何の価値も持たない。全ては破壊された。蛙は蛙ではいられない。全てが不都合になった。

 蛙は独り、その場に眠った。動かず、死んだようだった。夜が更ける。蛙の頭の中には、地上で見た奇怪な物たちが巡っていた。騒音、崖、高い塀、鉄の塊。

 翌朝蛙は目覚めなかった。雨。周りの音たちは消えていた。
 少女は傘をさして蛙を見ていた。蛙は醜かったが、少女が目を離すことはなかった。蛙の、もう動くことのない口から、行き場のない呪詛(じゅそ)が漏れているように感じたからだ。
 雨は小降りになった。珍しく、演習場の銃声はなく静まり返っていた。雨が傘を打つ音は次第に小さくなった。静寂----長くは続かない。

 何事も始まりは唐突である。装甲車はけたたましい騒音をたてて、少女を蛙と同じくした。秩序の崩壊は速い。蛙の見た世界は、荒れ果てた廃墟のようなものだ。征服者は、自らに都合の悪い世界を、知らず知らずのうちに築く。


Entry8
ムンクの叫び

南 那津
文字数942

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。竹岡は西田に貸したジュース代(百二十円)を返してもらわないと、生命が危なかった。今日の食料は購買のパン(百五円)の予定だったからだ。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。校庭で佐古とお弁当をつま見ながら話していた真野は、つまんでいた黒豆を落としてしまった。隣の佐古を横目で見る……見られてなかったなと、元の話に戻る。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。合唱部のピアノを弾いていた坂上は突然笑いがこみ上げてきたが、集中して弾ききろうと心に誓った。しかし、一小節飛ばしていたことを横河に指摘される。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。トイレで頑張っていた松内は景気がよくなった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。屋上でこっそりとダンスの練習をしていた井之山は汗が目に入って気持ち悪かった。汗は塩水だった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。坂井はシャープペンの芯の詰まりを直していた。シャープペンの先にシャープの芯をつっこみ、詰まりを直そうとしていたが、シャープの芯が小さな悲鳴を上げた。簡単に言えば、折れた。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。エロ本をこっそりと読んでいた桐戸は、思わず閉じた。そしてまた読み出そうとしたところで、養護教諭(女)が通りかかった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。輪になって話していた中尾、長谷川、松原、鈴木、金沢の五人は、知っている男子の名前が聞こえたことに、鈴木を除きそろって笑い出した(鈴木は西田に一度振られていた)。おかげで、一人がつい××をしてしまったことに誰も気が付かなかった。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。定期テストの採点をしていた藤見は一つ多く丸を付けてしまった。一週間後、そいつは最下位から二九九位に上がったことを、以後語り継いだ。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。大都会を歌わされていた神谷は、あぁ〜、の段階で音程がはずれていたことに気づく人はいなかった。理由、竹岡の叫びもあるが、歌わせておきながら誰も聞いていなかったからだ。

「西田ァ」
 竹岡の叫び声が学校中に響き渡る。残念ながら、西田は風邪のため欠席だった。


Entry9

幸運の黒猫

佐藤 愁
文字数1000


 それは、ある夜の出来事だった。

「こんばんは、シホ」
 その夜私は、自分の部屋のベッドでぐっすりと眠っていたけれど、そのくっきりとした呼び声にぱちりと眼をあけて、身体を起こした。
 少し明るかったのは、窓から月明かりが差しこんでいるから。
 正確な円形に盈虚した月が、星々を連ねて青みがかった黒の絵画の中央に鎮座しているのだ。
「だれ?」
 私は身体を起こして、月明かりを頼りに、真夜中の訪問者をきょろきょろと捜した。
 声は答えなかったけれども、その小さな影はすぐに見つけることができた。
 小さな黒猫が、私の枕の脇にちょこんと座っている。
「私を呼んだのは、あなた?」
 黒猫はこくりと頷き、
「そうだ。夜分遅くに申し訳ない」
 と子供のような声で、神妙にのたまった。
 全身が黒に覆われているのに、その瞳だけは藍碧に輝いている。
「突然なので驚かないでほしいが、僕は神の使いだ。君の願いを叶えにきた」
「私の、願いを?」
 私は首を傾げた。どうして猫が喋るんだろうか、とは、不思議にも思わなかった。
 黒猫も、さも当然とばかりに続ける。
「そう。君はこれまでの行いがよかったから、特別にひとつ、願いを叶えてあげようと、今年度の神界の会議で決まった。望みを言ってみなよ」
 少し時間をかけて、黒猫の言いたいことを何となく理解した。
 常識外れだ、とは思わなかった。ただその言葉の意味だけを受け止めた。
「何でもいいの?」
 黒猫は鷹揚に頷いた。
 私は少し考えて、自分の一番叶えたい願いを吟味する。
 幸運にもそれは、すぐに思い当たった。
「…じゃあ、お父さんに会わせてくれる?」
 黒猫は頷いた。
「いいとも。お安いご用さ。今すぐにでもやれるよ」
「ほんとう?」
「本当だとも。さあシホ、眼を閉じたまえ。次に君が目覚める時は、父親がそこにいる」
「うん…」
 私はそれにしたがって、眼を閉じた。
 黒猫が何やら、静謐に言葉を紡いでいく…。

 眼が回るような感覚がやってきて、やがて全身の力が抜けていく。
 どこかわからない河を渡って、見知らぬ門をくぐり、広遠な晴朗の花畑へと辿りついた。
 そこで確かに、慕い続けた父の姿を認めた。
 胸が何かで強く満たされていくのを感じて、思わず、抱きついた。そして見上げた父の顔は、なぜだか、悲しげに見えた。

 翌朝、シホはベッドの上で死んでいた。
 その死に顔は、とても幸せそうだったという。
 彼女の父親は、既に他界していたのだ。


Entry10
餞─Death is always at your side─

九夜司
文字数975

 彼岸花は地獄に堕ちた人間の、血の色だという。

 射し込む夕日よりも赤い、数本の彼岸花。
 それに水を遣る男の背に、彼は声を掛けた。
「綺麗ですね」
 男は振り向かない。ただそっと、一本の彼岸花に手を伸ばす。
「女房が好きなんです。女房が……」
 愛しさで満ちたその口調に、彼は何も言えなくなった。
 男が、ゆっくりと振り返る。
「どうぞ殺して下さい」
 吹きすさぶ秋風の中。その言葉は、しかしはっきりと彼の耳に届いた。
「……宜しいのですか?」
「ええ。…例え一時であれ、この夢は覚めないと思えたのですから」
 悔いはありません──男が、緩やかに目を閉じる。
 彼は忍び寄る夜闇から、支給されたばかりの鎌を取り出した。 
「三条竜介。死者の魂を許可なく留めた罪に──報いを」
振り下ろした鎌に、その身を貫かれる直前。男は小さく、だがはっきりと呟いた。
「あかね…………」
 ザシュッ
 男の体が、彼岸花の中に崩れ落ちる。その顔はそれでも、酷く幸福そうで。
 彼は、思わず呟いた。
「本当に、これで良かったんですか?」
「──はい」
 女は頷き、彼の横を通り過ぎた。二度と動かない男の側に座り、そっとその頬に手を伸ばす。
「私はもう、疲れてしまいました」
「……死してなお、この地に繋がれていたことに、ですか? それとも」
──『死』という道理を曲げてしまう程強い、彼の愛に応えることですか──
「両方です」
 女はしかし、飲み込まれたもう一つの選択肢も察したのだろう。穏やかに答え、彼の方に向き直る。 
「私も、裁いて下さい」  
「……貴女は被害者とはいえ、竜介氏の罪を黙認していました。よって彼と同様、地獄に堕とされることになります」
 良いのですね──尋ねると、女は晴れやかに笑った。頬に一筋、涙の跡を残して。
「それがこの人を永遠に愛せなかった、私の罪ですから」
 女が目を閉じる。彼は再び、鎌を振り上げた。
「三条あかね。許可なく死者の魂が留まっていたことを黙認した罪に──報いを」
「あなた──」
ザシュッ
 
……ずっと殺していた溜息をついて、彼は視線を落とした。
 女を愛し、その魂を繋いでいた男と。
 解放されることを望みながら、それでも涙を流した女。
(僕にはまだ、どちらの気持ちも解らないけれど)

「炎よ」
 彼は浄化の炎を喚び出すと、その火を彼岸花に落とした。
 それが。
 彼に出来る、たった一つの餞だった。