第34回中高生1000字バトル

エントリ
作品作者文字数
ぼくの彼女Louis1015
ストック歌羽美空1000
月の裏側志月1273
幻影Crescent Moon1000
水蜜桃サユキアヤコ1009
BOX549
愛はうっとおしい勘梨絢太1110
誘いユタ953
秋翳相川拓也1000
10運命のボタン男挫折1000
11僕と、僕を支配するもの南 那津1000
12float紅花花屋本舗1108

バトル開始後の訂正・修正は受け付けませんので覚悟してください。

バトル結果ここからご覧ください。




エントリ1 ぼくの彼女 Louis


 私は彼女の生き生きした目が嫌いで嫌いで仕方なかった。だから私は、会うときにはずっと彼女の手の甲を見つめているのだった。彼女は目が見えないので、そのことに気付かない。ただ、ぼくが来たときには、天井にあらぬ視線を向けながら、いらっしゃい、と言うのであった。
「今日は、何時までいられるの」
 彼女は、いらっしゃい、とつぶやくように言うと、いきなり尋ねた。
「それより、体の調子はどう」実は、すぐに帰るつもりなのだ。
「だいぶ」
「だいぶって、どう」
「だいぶよ。結構、少しずつ」
「わからない」
「わたしも」
 なるほど、と私がつぶやくと、彼女は泣きだした。
「いま、笑ったでしょう」
「いや、そんなことないよ」言いながらも、微笑んでいた。
「見えたのよ。私には見えたのよ」
 また始まったか。私は少しうつむいて、いいや、そんなことないよ、と繰り返した。
 いつもこうだった。彼女はふたで、私は底であった。どちらも、相手が無いと困るくせに、両端で一度もふれあうことができない。そのふたが開けられるまで。
「ドロップス、欲しい?」
 彼女はにこにこしていた。
「いらないよ」
「欲しいって言って」
「欲しい」
「ごめんなさい、今無いのよ」
 また泣き出した。
 目を上げると、もうガラスの向こうは夕方であった。帰らなくては。
「だめだよ。泣いちゃ。みんなを困らせるよ。僕がいないと、どうしようもなくなるじゃない」
「そうなの。どうしようもないの。だから」
「だから?」
「だから? って何よ」
「だから、って君が言うから、何かその後に続くのかと」
「だから、だからなのよ。わかる? 単に、『だから』」
「……ようやく、わかったような気がする」しない、しない。
「でしょう」
 彼女はけたけた笑って、もう帰れ、と言った。
「帰れ。早く出てけ」
 どきっとして、彼女の口元を見ると、まだ歯に矯正具をつけていた。まだ、終わらないのか。
「そんな、ひどい」
「うるさい、死んでしまえ」
 あはは、と言うのである。
「よし、じゃあ、死んだらもう来られないぞ」
「死んでも来てね」
 彼女は私を澄んだ目で睨んでいた。きらきらしていた。私はとっさのことで目をそらせず、あ、と声を出してしまった。
「どうしたの」
「なんでもないよ」
「そんなに、嫌い?」
「え?」
「そんなに、私の目、嫌いなの」
「誰がそんなこと言ったんだい」
「あなたの目が」
「もう帰るよ。明日また来る」
 僕は椅子を軋ませて立ち上がった。もう六時半なのであった。私はまだ例の、「だから」の意味を考えていた。
「そうね。明日はドロップス買ってきて」
「あれば持ってくるよ」
「じゃあ」
「さよなら」
 スキップして廊下を去る。病室のにおいは嫌いなのだ。にもかかわらず、明日のこのデートのことを考えると、今から胸がときめいてくるのであった。



エントリ2 ストック 歌羽美空


クローンなんてもんができた。

人々は口々に便利だとか、助かるとか言ってた。
最初は羊。だんだん牛、犬、猫、猿とどんどん作っていった。
そしてとうとう、人間のクローンすら作ったんだ。

それが今じゃどうだ。

人間は死すら恐れない。
人々は何かあるたびに簡単に自殺する。
だって、あとはもう一人の自分が人生を負ってくれるしね。

「今日はA−1384Bを連れて来てくれ。」
「はい。」

無機質な声は俺に指令を出した。

そうそう、話を戻すよ。

そこで政府は方針をとった。2つね。
ひとつは、クローンは7体までしか作れない。
ま、7体も作れるのは、政府のお役人くらいだけどね。
もうひとつは、人口のためにつくられた法。
クローンは人口が増えるから。
だって、クローンは作った当時のまま保存されるから、誰もかれもが若いんだ。
年寄りは、クローンなんて作ろうとしないだろ?
遅かれはやから、死ぬんだから。今の技術じゃ、若返りは難しいしね。
だから、1ヶ月に一回。
無差別に抽選で80人を選出して、その人間のクローンを消していく。
ただ、それは本人には教えない。
極秘に、極秘に進められる。

後は、本人が絶望に打ちひしがれて死ねば。
もう終わり。その人は生き返ることはない。

そして俺はクローン抹消係なのだ。

それにしても、A−1300番からは政府関係者のはずだ。
それも、かなりの重役。

そんな奴でも、消滅させるんだな。

そう思いながら、俺はA−1384Bの冷凍倉庫に立った。
ちょっと顔を見てやろう。
冷凍庫で眠っている6体のクローンのうちの、ひとつの顔をそっと覗き込んだ。

凍りつきそうだった。
俺の顔。俺の顔だった。
俺は重役なんかじゃない。
何故だ?何故だ?
考えたら、ひとつしかなかった。

俺が、クローンなのか??

「君は、オリジナルだよ。」

無機質な声は言った。

「君はクローンじゃない。それは言っておく。
しかし君は、表の世界がいやになった。
だから、クローンに表を任せ、自分がクローンとして生きるといったのさ。
ま、そのときに記憶は消したがね。だから、ここで働かせていたのだ。」
「俺は、俺は・・・」
「残念だね。君はいい働きをしたクローンだった。」
「俺はクローンじゃない!俺は・・・」


パンッ



『えー、臨時のニュースをお伝えします。
現在J党の党首Y氏が、暗殺されました。
しかし、Y氏は、鑑定の結果クローンらしく、
現在オリジナルを捜索中です。』


もう、そんなもんいねえよ。
ストック切れしたんだから。



エントリ3 月の裏側 志月


玄関を開けると母が出迎えてくれた。
靴を脱ぎながらいつもの声で「ただいま」と言った。
「コウキ、お帰りなさい。」
母の声を背中に受けながら冷蔵庫の中から麦茶を取り出しコップに注ぐ。
テーブルの上では母がお客様用の皿に今日を作ったらしいチーズケーキを装っていた。
「誰か来るの?」
コウキはランドセルを背負ったまま母の隣に並んだ。
「ショウちゃんのお母さんよ。一緒に食べるからランドセル置いてきなさい。」
「ショウちゃんも来るの?」
「来るわよ。手もキレイに洗うのよ。」


コウキは階段を勢いよく駆け上がった。
ランドセルを机の横に下げてまた勢いよく階段を駆け下りた。
そして肩で息をしながら手を洗う。指を一本一本順序良く、丁寧に。
「ショウちゃんが来る。」
そっと口にしてみる。するとその言葉は意志を持ち、鈍く光った。



ショウちゃんは3歳のお隣さんだ。
ショウちゃんは喩えればサザエさんに出てくるイクラちゃんだ。
別に外見が似てるわけじゃない。
ただ、同じ様な雰囲気があるのだ。
時折見せる子供らしからぬ表情に。



チャイムが鳴って母が「いらっしゃい」と声をかける。
コウキは身体がビクッと大きく痙攣したのを振りきり、母の元へ走った。
母の後ろに立ち、そっと様子を窺う。
ショウちゃんは抱っこされていた。
そしてコウキを見つけるとゆっくり笑った。
コウキはもう一度母の後ろに隠れた。
「ほら、コウキ挨拶は?」
「こんにちは。」
母に急かされて挨拶をする。ショウちゃんのお母さんは、
「ケーキ食べ終わったら、ショウちゃんと遊んであげてね。」と言った。
コウキは目を見開いて、頷いた。
そしてなるたけゆっくりケーキを食べた。
余りにもゆっくりだから4歳年下のショウちゃんが食べ終わっていた。


コウキは小さい子が嫌いなのではない。
それにショウちゃんが嫌いなわけでもない。
ただ、怖いのだ。


コウキは積み木で遊んでいるショウちゃんに目をやった。
ショウちゃんはただひたすら高く積んでいた。
「すごいや、ショウちゃん。こんだけ積めたら天才だね。」
するとショウちゃんはさっきよりも何倍も早いスピードで積み始めた。
6、7・・・・・・・10。
あっという間に積み木はショウちゃんより高くなっていた。
そして椅子を持ち出したショウちゃんはそれに上りまたまた積み上げていく。
そしてやがてそれは、コウキをも追い抜いた。
そして全部の積み木を積み上げた。
「これだけ積んだら神様かな。」
ショウちゃんは椅子の上からコウキを見下ろして冷ややかに笑った。
ショウちゃんの冷たい瞳に耐え切れなくなって、コウキはいつのまにか叫んでいた。
「お母さん!!」
その声に驚き弾き飛んできた母親たち1m以上積み上げられた積み木を見て
「何なの、コウキ驚かさないでよ。でもよく出来たわね。」
とコウキを褒めた。
コウキはすがる様に母を見上げた。
けど母はショウちゃんのお母さんと話している。
『僕じゃない、僕じゃない』
喉元まで出掛かっている叫び声を飲み込んで、母親に抱き上げられるショウちゃんを見る。

ショウちゃんはコウキにしか見えない様に冷ややかに笑った。
片端の唇を上げてまるで蔑むかの様に。



エントリ4 幻影 rescent Moon


午後五時三十分。彼はほとんど人のいなくなった教室を出て、階段を下り、校舎から三百メートルほど離れた自転車小屋へゆっくりと歩いていった。

自転車小屋には、数台の自転車しか残っていなかった。彼の自転車は、うすいメタリック・ブルー。たくさんの自転車の中でも目立つし、色合いが良いので、彼は気に入っている。

彼は並んでいる自転車に目を走らせた。
(まだ残ってた。)
鮮やかなオレンジ色の自転車。彼女の小さい身体にピッタリ合った、周りから見てもふた周りも小さい自転車。

彼はオレンジ色の自転車の持ち主が大好きだった。激しく恋していた。こんな気持ちになったことなど、それまでになかった。普通の男よりかなり遅い、彼の初恋だったのだ。夜ベッドの中で目を閉じるたびに、彼女の顔がまぶたの裏に浮かんできた。

彼は彼女の何もかもが好きだった。授業の始めと終わりに一人だけちょっと遅れて立つ様子も、列の一番前にいて「前にならえ」で腰に手を当てる様子も、体育の後にせわしなく髪の毛をいじっている様子も、そして、オレンジ色の小さい自転車に乗って家に帰っていく後ろ姿も。何もかもが。盲目的な恋だった。

告白しちゃえ、という親友の冗談めいた一言で、彼は告白に踏み切った。これ以上激しい恋心を弄びながら毎日を過ごしていくより、思い切って吐き出してしまいたかったのだ。

しかし      。

彼は失恋した。もちろん始めての失恋だった。
彼女に恐怖の宣告を下されたとき、彼はあまりショックを感じなかった。へえ、ふられるってこんなものなのかという妙な印象だけが残った。

三日くらい経って、始めて未練が残っていることに気づいた。学校でアイツの姿が目に入る度に、視線は自然とその姿を追い続けてしまう。どんなに忘れようと努力してもダメなのだ。心は頭に勝ってしまう。

そして今では一ヶ月ほどになる。

      まだ好きなんだ。

思いっきり、こう叫びたい。
でも、今では彼女に話しかけることもできない。
その代わりに、彼は毎朝毎夕オレンジ色の自転車に心の中で話しかけるのだ。まるで幼稚園生のような、情けない言葉で。誰にも届かない、二度と届かない、想いで胸を焦がしながら。

(かわいい、かわいい自転車。)
 いとしい、いとしい自転車。
 大好き。)


彼は、メタリック・ブルーの自転車に乗り、誰もいない自転車小屋を出たところで、ふと空を見上げた。

泣きたいほど綺麗な、オレンジ色の夕焼けだった。



エントリ5 サユキアヤコ 水蜜桃


 普段より早い下校時間の帰り道。 今日は真夏日で酷い日差しだった。

私は本屋への道をと歩いていた。ワイシャツが汗で濡れ背中に張り付く。

すると前に通った時には空いていた空間に幾つかの段ボール箱が積まれていた。そして会議に使うような机が立てかけてあった。机の隙間にはプラスチックの果物籠が無造作に挟んであった。


私はこの状態を見てとても興味がわいた。
遊びの途中に戻ってきたみたいに。

私はただ暑い中立ち尽くしていた。

ゴトっと箱が揺れる。自転車の走行音が近づいてくる。
キッ。
自転車は立っていた私の真後ろに止まった、この状態を残していった人物か?

「何してんの」
私は声をかけられとっさに振り向いた。
「えっ。」
驚いた。
大人の自転車に縛っていた小型のダンボールを下ろそうとしていたのは私の胸にも背がとどかない小さな男の子だった。
私は背が大きい方ではなく背の順は昔から真ん中より前だった。


「ここ俺の店なんだ。ちょっとどいててくんない。」
「わかった。」
店・・?何なのこの子・・。

男の子はてきぱきと慣れた手つきで机を立て籠を並べていった。運んできた箱から一つずつ丸いものを取り出す。
桃だった。綺麗なピンク色。
男の子は痛んだ部分を器用に隠し積み木を積むように籠の上に桃のピラミッドを作っていった。

値段を書いた札を置いて行く。
1個500円って高くない? デパート並。
男の子は野球帽を目深に被り言った。
「お姉さん。どう?これ甘いよ。」
桃を差し出す。
「今お金持ってないんだ。」
私は優しく言った。
「ちぇ。何だよ。」
男の子はダンボールを蹴った。
「聞きたいんだけど。」私は隣に座った。男の子は笑った。
「名前は。」「多分零。」「多分?」「俺見かけは子供だけどホンとは大人だったんだ。」「ふーん。」
半分信じていなかった。子供のいうことだし。
「零くんはさ、何で桃売ってるの。」「訓練。」
「何の。」「人らしく動けるか。」
人らしく?
この子には好奇心と恐怖が入り混じったものを感じた。
「ねえ・・。」「駄目、もう質問は。」
とても狂おしく寂しい顔をした。どう見ても若い男性だった。一瞬だけ。
私はその時初めて彼を男の子のなかに見つけたらしかった。

「これあげるから。」桃を手渡された。
「えっ待って。」

男の子は追いかけたのに何処にもいなかった。
次の日そこを通ったときには跡形もなく机達は消えうせていた。

あの子はいったい何者だったのだろうか。
私は何週間経っても腐りもしない桃を見ていた。



エントリ6  BOX


「いいながめだ。これが完成するまでにあとどれくらいだ?」
「はっ、日があと百五十七回のぼるころにはもう、完成しております。」
「なに!あと百五十七回だと!遅すぎる!もっと、速く作れ、速く。」
「はっ。」
こういう会話が、高い山に囲まれた盆地のちょうど真ん中にある塔の下で交わされていた。
 この塔を造ろうといい出したのは、さっき会話をしていた背の高いほうの人物、この国の王だった。その王は、山の向こうに何があるか見たくてしようがなかった。だから、こんな塔を造れと、命令したのだった。王が宮殿に戻ってからも工事は休みなく続けられた。山の向こうは相変わらず見えなかった・・・
 遂に塔は完成した。もうだれの目にも山より塔が高いことは明らかだった。一番に王はその塔のはしごに登った―家臣を何人も引き連れて―。だが、それでも山の向こう側は相変わらず見えなかった・・・
 丸い建物、四角い建物、色々な乗り物、他にも奇妙な物がたくさんある。西暦二千五十年度の万国博覧会が始まった。その作品のうち一番人気があったのは『ちいさな人間型ロボットによる世界』だった。直径三十センチメートルほどの半球径があり、それを上ののぞき口から見ると、高い山に囲まれた盆地の真ん中に塔が見え、そのてっぺんには王らしき人がこっちを見返していた・・・



エントリ7 愛はうっとおしい 勘梨絢太


「嫌いになったわけじゃないよ。でも、少し距離をおいてみよう」
そんなありきたりの言葉が彼の口からこぼれるのを恐れながら、私は待っている。彼とは付き合ってもう3年になる。きらいではない…側にいて欲しいと思う。できるならば毎日顔をあわせていたいとも思っている。
でも私は彼と一緒にいて、何も得ることができない事に気づいてしまった
    
中学三年の夏だった。受験を目の前にして部活も引退し、毎日の塾通いでフラフラになっていた私を、少し悪ぶったたかしはゲームセンターやカラオケ。なんていった中学生は行ってはいけないところに連れ出した。
最初は先生に見つかったらどうしようという事ばかり考えて「塾に遅れちゃうよ」などといってすぐに帰ろうとしていた。そんな私を彼は引きとめ、☆ぢ間に合うように送って行ってやるからここにいろ・ぢと、いって決して帰らせてはくれなかった。(実際、塾には一度も遅刻しなかった)聞いた事もみた事もないようなまぶしいライト、鳴り響く爆音。私は普段なら軽蔑していたそれらに引き込まれ、癒されていった…コレが私のもとめていたものと、思った。

それから私は、地元の進学校に進学した。彼もやはり地元の実業高校へ通い、将来はプロのミュージシャンになるといってバンドをくみ、暇があれば仲間で集まってバカ騒ぎをしていた。
「いっしょに歌おう」そういわれて「うん。」とうなずきはしたが、実際はライブを一番前のー彼の取ってくれた特等席からー眺めているだけだった。ライブの時の彼は私が見たいつの彼より、輝いて見えた。彼からの告白で付き合いをはじめていた私は、少し、彼のことを誇らしく思った。高校が違うのでたまに会うとたわいもない学校の話や、まだ分からない将来の話なんかをしていた、しばらくすると、キスも、それ以上のことも。
付き合い始めてからのたかしは私に毎日必ず愛の言葉をメールで伝え、喧嘩して私が悪くても謝ってくれた。
"世界で一番好き・ぢそんな言葉も、特別ではなくなった。
私よりまめにメールを入れ、こっちが恥ずかしくなるほど私を愛し、甘やかせ、なぐさめた。

そんな彼に私は、はじめ愛だけを感じ、私も答えようとしていた…
が、次第に彼の事を(愛してもいたが)うっとおしく思いはじめた。
実業高校で好きな事をして、部活にも入らず、毎日の時間を持て余して暮らしている彼は、勉強に追われ、将来性もなく成績は低迷気味で中学の時のような希望も夢も失っていた私とあまりにもかけ離れていた。

私は悪者になりたくない。
私は彼と永久には別れたくない。
だから求めた。少しおびえた表情をしながら。
"嫌いになったわけじゃないよ。でも、少し距離をおいてみよう・・
彼からの催促はまだ、ない。



エントリ8 誘い ユタ


 雄太が私の袖を引張りながら、外を指差した。
 私が、外に出たいのかいと言うと雄太は小さく頷いた。
 お昼までもう少し時間がある。私が重い腰を上げると、雄太は先回りするかのように玄関へと走っていった。
 私が玄関で外用のスリッパを履いていると、理絵子がエプロンで手を拭きながら声を掛けてきた。
「ちょっと御母さん、そんな格好でどこ行くんですか」
「なあにすぐそこまで」
 私は三日前から洗っていない上着を少し捲り、両手を腰の後ろへと回した。雄太は今か今かと足踏みしている。
「そんな格好で人前に出ないでくださいよ」
 理絵子はそう言いながらも、心は台所のあんこ餅へと気が向いている。餅が柔らかくなりすぎないように、と。
 誰にも会いやしないさ。みんなお盆で家にいるだろう。ほら雄太、お母さんにいってきますはしたのかい。雄太は何も言わず、開かれた戸から外へ飛出していった。
「じゃあ理絵、いってくるよ」
 理絵子は、私が戸を閉めるのを最後まで見届けぬうちに台所へと帰っていった。

 歩いて一〇分もすれば海が見える。私は眼前に広がる海に、心休まるのを感じた。
 雄太は砂浜をもろともしない駆足で海まで走る。私はスリッパに砂が入らないよう、丁寧に歩いた。
 ふと気付く。何かがいつもと違うことに。
 砂に熱さを感じない。塩の香がしない。波の音が聞こえない。
 雄太は無邪気に波と鬼ごっこをしている。前に見たときがある光景。
「雄太、海へ入ってはだめ」
 咄嗟に出た一言の後、思い出した。そうだ、雄太はもう、いない。雄太は一昨年の夏、海で亡くなったのだ。この海で。
 雄太は立尽している。波が雄太の足を濡らすことはない。
 雄太が手を差伸べた。屈託のない笑みを浮かべている。いや、屈託がないのではなく、知らないのだ。
 私は一瞬だけ、手を差出そうとした。もう充分生きた、これ以上生きていても楽しいことはない、と。
 そのとき、エプロンを付けたままの理絵子が目に入った。砂浜を隔てているコンクリートの上で叫んでいる。
「御母さん、もうみんな来ていますよ。お入りになってください」
 足に砂の熱を感じた。鼻に塩の香がした。耳に波の音が聞こえた。久しぶりにあんこ餅でも食べたい、と思った。
「今行きますよ、理絵」
 雄太はどこにもいなかった。私は一度だけ、海に頭を垂れた。



エントリ9 秋翳 相川拓也


 まだ暑い九月の、人の気配の消えた住宅街、太陽の光まぶしく、写真のように静止する。遠くには表通りの喧噪、近くには夏を懐かしむ蝉の声。
 角曲がり、辺鄙な街並みに新築の超高層マンションの、サイボーグ風コンクリートが自己主張する、そこの門から自動車一台、背後でパーキングロットが地下に沈む、ニジュウイッセイキ。涼風そこに颯と吹く。

 赤い空、鰯雲染める中、木々の風に揺れて音を立てる、山の上から眺める下の世界も紅。下りの径、未舗装の道ほくほくと、色づいた葉が落ち、自然の絵画描かれたカンヴァス、秋の夕の陽を浴びる。
 高くない山の麓、広がる稲穂の村、夕暮れに人影見えず、ただ秋の風に穂の揺れる音がするだけ、だんだんと遠くへ、伝わっていく、どこまでも。蜻蛉音もなく、つィと空を滑る、そのシルエットが斜陽に照って、稲の上に影落とす。

 バラックのような家の小さな窓、食事の煙立ちのぼる、中からは包丁とまな板と、かまどの燃える音。幸福な、小さな時間。漂いくる香は空へ吸い込まれて、消えてゆく、少し遠くにも点在する家居、幸せの香り立つ。
 向うの家から、子供の泣く声、食事の仕度の音に絡む、それから、ほれ、泣かしちょし、母いさめて、兄ちゃんが松ぼっくり取ったと妹訴え、返したと兄答える、謝ったのけと母聞くと、ごめんと兄は言い、ひくひくと妹さくる。日はいっそう斜め、小さな食卓を囲む声、村の家々から漏れ、秋の一日暮れゆく。

 村はずれ、静かな広野は蜻蛉が舞う、周囲の木々から、季節外れの蝉が夏の夢を昔語る、チゝッと飛び去って、虚空に没し地に堕ちる。夏の幻影が時折顔をのぞかせて、秋の色に染まる、時、あはれ。

 広野から振り向けば、ほっくりと低い山、紅に染まって、その向こうには太陽が沈みゆく、背後の空、ただ、ただ真紅、輝きがこちらへ向かってくるよう、二つの紅が重なり、彩、豊かに、陽の光、一瞬サッと閃いて、山の後ろに消える。彼方の空はまだ赤い。
 一方広野の上の空、紫に染まり夜を呼び、一番星、高い空で心細げに、光を放つ、遠くから、家々の、小さな食卓を囲む幸福の音、かすかに風を伝わって聞こえてくる。なにもない、秋の一日、温かく、少し肌寒い。

 ふと目の前は高層マンション、見上げても見上げきれない、高い高い塔、同じ扉、何枚も並ぶ。暮れかかる空、街灯の下、時折走る単気筒の音、かすかに交じって、鈴虫の音、響きゆくニジュウイッセイキ。



エントリ10 運命のボタン 男挫折


 スイッチを押すとそこは別世界だった。
そこには見た事の無い生き物というかなんと言っていいのかわからないがとにかく生命体が生活しているみたいだった。  生命体が俺の事に気がついたみたいだ。攻撃なんてしてこないだろうな。
「お前どこから来た?」
ゴチャゴチャととても長い文章を喋り続けてやっと聞き取れる言葉がこれだった。もしかして全ての国の言葉を喋ったのだろうか?
俺は自分の国の説明とどうやってここに来たのかの説明をした。
「そうか、地球人だな。太陽系に生命体は火星人以外いたんだな」と不思議生命体は言った。
と、ということはここは地球とかいう話じゃなくて太陽系のどこかの惑星でもないということなのか。
「まぁ、ゆっくりしていけ。俺達歓迎する」
そう言うと不思議生命体は村らしき場所に帰っていった。
俺は突如出現した丘の上のような場所でその不思議生命体の行動を目で追っていた。歓迎するといわれてもどうすればいいのだろうか。というかあまりにも自分の冷静ぶりに驚きだ。もっと混乱してもいいのではないのだろうか。いや混乱しすぎて逆に冷静になってしまっているのかもしれない。とにかく村へ行ってみよう話はそこからかもしれない。

 村に訪れるとさっきの不思議生命体が出迎えてくれてこっちに来るようにと俺を誘導した。付いていって見るとそこには家らしきものが建っており今日からここが俺の家なんだそうだ。彼かどうかわからないがとにかく彼が言うにはここには俺みたいないきなり飛んできたみたいな人々が仕方なく自分の運命を受け止めて生活しているらしい。彼は俺の前に飛んできたらしく新人は次に来るであろう新人の世話をしなければならない決まりらしい。
「この家、前に俺が暮らしてた星でとっても頑丈だと言われてたきっと気に入る」と彼はとても誇らしげに言った。
「はぁ、そ、そりゃどうも」

 それから地球の感覚で1年ぐらいだろうたっただろうか。突如どこかの空から耳が痛くなるような轟音が鳴り響いた。俺はシャケモイさんとエヤヤクァさんと一緒に食事をしている所だった。
「もしかして来たんですかね?」と共通語にしていたヤンヤン語で聞いてみた。
「ああ、この音は間違いない新人だ」とシャケモイさんは言った。

「やぁ、君どこからきたの?」ととにかく知ってる星の言葉を全て喋ってみた。
「シャミオ星からだけど一体ここはどこの星なんだい?」

 そして俺は石造りの家をプレゼントした。



エントリ11 僕と、僕を支配するもの 南 那津


 君はロボットなんだ。
 初老の医師は自慢げにそう言った。疑いようのない証拠を提示され、僕はその事実を受け止めた。
 亡くなった伸という人間の代わりとして生きて欲しい、と言われた。そう生きるしかない、医師の言葉をそうとしか聞き取れなかった。

 僕が再び目覚めたのは病室のベットの上だった。
 そこには中年の女性、伸の母がいた。泣きついてきた母に、母だと知っていたけど、どなたですか、と言った。言葉を失う母、罪悪感が込み上げてきた。記憶喪失です、フリをするのは簡単だった。半年ぶりに目覚めた伸はひどく歓迎された。
 母が一番に知らせたという、千世と言う女の子が現れた。記憶喪失です、千世は目を伏せながらでも笑ってくれた。千世はあなたの恋人、そう千世が言った。邪険には思わなかった。なんだか嬉しかったし、伸という人間に安心した。
 千世はそれから毎日やってきた。花瓶の花を替えたり、お菓子を作ってきてくれたり、そのたびに千世は伸という人間と千世の思い出話を聞かせてくれた。千世はいつも、早く記憶を取り戻してね、と言った。僕は、思い出すフリをした。千世を騙していることになるけど、僕は伸なんだ。僕も千世のことが好きになった。早く伸になりたかった。
 数日後外出を許可され、千世に連れられて初めての街に繰り出した。僕の知らない数々の思い出の場所達。千世はとても楽しそうだった。それだけ伸が好きだったのがよく伝わった。
 千世が言う一番の思い出の場所に着いたとき、そこで千世は僕にキスを求めた。そうすれば思い出すかもしれない、そう言う千世の瞳が僕を見据えていた。そんなかわいらしい話に、伸として僕は受けようと思った。
 とたん、僕は千世を突き放していた。千世は、とても悲しそうな目をした。千世は本当に伸しか見ていない事実に、遅かれ気づいてしまった。だから、違う気がした。僕は伸であって決して伸ではない、なれない。思わず千世にすべてを話した、僕は千世が本当に好きになっていたから。
 千世はしばらく悩んで、それでもかまわないと言ってくれた。素直にうれしかった。でも、ごめん、僕がだめなんだ。千世の問題じゃなくて、これは僕の問題なんだ。僕が僕になるまで時間が欲しい、と言った。

 一ヶ月後、僕から千世に会いに行った。千世は僕を、ロボットくん、と呼んだ。それで十分だった。交際は断られたけど、僕はそれで十分だった。僕は僕を手に入れたから。



エントリ12 float 紅花花屋本舗


 川は流れる。誰に押されるでもなく、ただ流れる。
 僕は一人、その川を眺めながら草むらに寝転んだ。川の側で流れる風が涼しい……と風の流れてきた方に顔を向けると、そこには見慣れた彼女の顔があった。
「ゆうき、あんたまだ悩んでるの?」
 そんな事をいう彼女を、僕は直視する事はできず、両耳にイヤホンを押し込んだ。
 僕は彼女の顔を見ないよう、そのまま目を閉じた。彼女が溜息をついたような、そんな気もしたが、僕はそのままイヤホンから流される音に意識を集中させていた。
 

 イヤホンから、ラジオのニュース放送が流されていた。

「昨日、川の辺りで遊んでいた幼児が川に転落し、何とか救助されたものの、病院で死亡しました。 亡くなった幼児は埼玉県坂戸市……」
 
 その悲惨な事故を、僕は目の前の川を使ってイメージしていた。
 昨日、その地域では一昨日の豪雨で川が増水していたらしい。となると、その次の日ではまだ増水が収まらず、流れも激しかったのではないだろうか。
 そんな川に幼児が落ちてしまえば、普通なら沈んでしまうはず。それを何とか救助されるまでもたせたということは、恐らく幼児は生きようと必死になっていたのだろう。
 一瞬、僕は自分の考えてる事に悪寒を感じ、すぐに考えを止めた。また、ラジオに耳を傾ける。

「今日、昼ごろ。多数決の取り方を国家単位で定める、多数決法が可決されました」

 聞くだけで馬鹿にしたくなるような名前の法が可決されたらしい。
 元々、今までは多数決で賛成多数であっても、反対側の意見も尊重しようという考え方だった。しかし、『そんな曖昧な判断を続けててはいけない』と一人の議員が言い出した事で、この法案が作られた。この法案が通った以上、少数派の意見には全く耳を貸さずに強行していい、という事になる。
「強い者が勝って、弱いものが負ける。 至って普通の流れ方だよな」
 僕はそう思った。しかし、その時ふと、さっき考えていた子どもが、生き様と必死になって抵抗する様が浮んだ。

「流されるのと、それに抵抗するのと。 どっちが正しいんだろう」
 僕は、つい口に出して言ってしまっていた。
「どっちが正しいかは分らないけど、私ならかっこ良く行きたいな」
 彼女は、僕ではなく、川を見たままそう答えた。
「流された方が楽かもしれない。 でも、幸せも願いも、どれもこれも楽な道には落ちてないんじゃないかな、て私は思うよ」
 彼女が、僕のほうを振り向いてほほ笑んだ。


「やっぱり、僕もお前と同じ高校を受験するよ」
 僕は、そう決心した。
 偏差値や、学校の常識に流されないよう、彼女の手を強く握って。