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第45回中高生1000字バトル

エントリ 作品 作者 文字数
オリジナルとコピー品。 神風夜月 1000
告別 相川拓也 1000
人魚になれなかった土偶 花村 彩邪 999
原子物語 歌羽深空 1000
夕焼け色の雫 岩城孝佑 1000
ミルキーロード 雪雀 1000
悪夢 神崎現 1000
I have a friend. 芦野 前 1000
まなざし 桜也乃 679


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エントリ1  オリジナルとコピー品。   神風夜月

 西暦二千五十年六月一日。
 午前七時。
 テレビの中のアナウンサーは「天皇陛下のご子息が誕生されました!」と嬉々としてニュースを伝えていた。
 へぇ、それはよかったわね。
 嘲笑と一緒にバターをのせたトーストを噛み砕く。
 でも、見かけはクールにふるまっていても、内心もそうとは限らないのよ。
 貧乏ゆすりとかしちゃってる時点で十分イラついてる、とよく言われるけど、私的にはクールなの、これでも。
 ヒステリーを起こしかねない私の様子に、母がため息をつくような目を向けてきたけど気にしないわ。
 もう、うんざりよ。
 貧乏ゆすりをやめ、重い腰を上げてテレビの電源をブチッと切ってやる。
 ああ、自由だ。
 やっと私はアナウンサーの白々しい演技から解放されたのだ。
 自由ってすばらしい!
 テレビを背に、うーんと背伸びする。
「なんだ。消しちゃったの」
 母が残念そうに言った。
「大人の茶番は嫌いだって知ってるでしょ」
 私が顔をしかめて返すと母は苦笑した。
「だって、あの赤ちゃんクローン人間なのよ。クローン技術が合法になってから、たった十年しかたってないじゃない。十年前まで他の国がクローン創ったらバッシングの嵐だったのに。それが何? 今じゃ掌返したように、こうやって喜んで。おかしいわよ!」
「でも、十年ってそれだけ重みのある年月じゃない?」
「ちがう! 偉い人が許可したかなんだか知らないけど、人間が人間を創るだなんて神への冒涜よ」
「そうね。自然の摂理に反してはいるわね」
「……本当は全然そう思ってないでしょ?」
「思ってるわよ。多少はね」
 母は小さく微笑んだ。
 この人と話しても時間の無駄だ。
 わかってる。
 私と母のクローンに関する話し合いはいつも平行線で結論はでない。互いの立場がそうさせる。
 でも、言い争わずにはいられないのだ。クローンとして生まれてきた子供のことを考えれば、なおさらだった。
「もういい。行ってきます!」
 私はランドセルを背負い、ドアの前にある全身鏡を一瞬だけながめて、それを合図に勢いよくドアを閉める。
 鏡に映った私の姿が、母の若い頃の生き写しだったのは否めない事実だ。まるで、髪の毛からつま先までコピーしたかのように。
 冷たい冬空に息をハーって吐いたら、太陽に向かって、震えて消えた。
 さぁ、学校へ行こうか。
 たとえオリジナルの仲間にはなれなくとも、コピーされた人間にだって多少の人権くらいあるんだから。




エントリ2  告別   相川拓也

 老女が一人、縁側に座っている。手に持ったうちわがゆっくり上下する。夏らしい陽ざしがくっきりした影をうつし、南風に風鈴がゆれる。遠くに川の音がする。まるで時間の止まったようである。
 空をさえぎるものは何もない。まぶしいほどに青い空の向こうに、雲がいくつも重なっている。その下には緑の山々と田園が静かに広がっている。老女には懐かしい景色だった。
 軽トラックが一台縁側の前に停まって、中から年老いた男が降りて来る。
「ああ、あなた」
 老女の呼びかけに、男は少し悲しそうな顔をする。
「今日は暑くて、疲れましたよ」
 男は女の隣に座る。
「もう、汗が次から次へと出てきてどうしようもなくて。風がふいても熱風しかふかないんですよ。昔はこうして縁側でしのげたものですけどねえ。すっかり暑くなって」
 女は穏やかに語っていく。男は黙って聞いている。と、不意に口を開く。
「克秀は元気か」
「ええ、もう、立派になって。すっかり世話になりましたよ」
「そうか」
「向こうの方もずいぶん変わりましたよ。道路も立派なのができて。でも、やっぱりこっちの方が落ち着きますよ」
「ん」
 さっと風がふきぬける。ちりりり、と風鈴が慌ただしく鳴る。風がおさまると、また一面静けさを取り戻す。夫婦は黙って座っている。妻の持つうちわだけが、相変わらず動いている。
「そういえばあの日も真夏日でしたね」
「うん?」
「お義母さんのお葬式の日」
「そうだったか」
「ええ、特別暑い日で。式の後、こうして二人で縁側に座って、話しましたでしょう?」
「ああ」
「あのころ真夏日っていったら、特別でしたのにねえ」
「ああ」
 しばし会話が途切れる。沈黙の中に身を泳がせる。うちわは二人の間で揺れている。二人の眼はそれぞれの過去を見る。夫の方から口を開く。
「お前も弱くなったなあ。昔は風邪ひとつひかなかったが」
「もう潮時なんですよ。それに、ああ暑くちゃあ、ねえ」
「暑さにはかなわんなあ」
「時代は変わるんですよ」
 んん、と夫は息まじりの声をもらす。西の空が真赤に染まっていく。幸せでした、と妻がつぶやく。
「でもまだ少し残念な気もするわ」
 妻は加えた。
「行こうか」
 夫は立ち上がる。ええ、と妻も立ち上がる。二人は軽トラックに乗る。トラックはたくましい音を立てて動き始める。ゆっくりと西へ向かって走る。ごとごとと川にかかった橋を渡る。

 火葬場から煙が静かに立ちのぼり、仄明るい空に消えていった。





エントリ3  人魚になれなかった土偶   花村 彩邪

 好きじゃなくなったはずなのに。どうして、どうしてなの?
ささいなことにヤキモキする私を、冷静には見れないもう一人の
自分がいた。
 
 今日のプールの時間だ。"哲平のこと、もぅ好きじゃなくなったから!"
ついこの間友達に宣言したばかりのことだ。なのに哲平を見かけると、右手の奥がジーンとしびれだす。もどかしい…だって、姿・形は見えるのに
この手に入らない、喋れない。私を普段ひやかすミチコとユカリでさえ
いとも簡単に近づくのに。
 哲平は体型が良い。もちろん、私に言わせれば顔だってかっこいいと
思う。だけど感動したのは、水泳の授業で初めて知ったその体型だ。背は割と高く、肩はガッチリしていて、ソフトマッチョだ。バランスのとれたその姿を見て、やっぱりジーンとしびれる。
"部活のおかげかな?"何気なく思う。
 とにかく泳ぐのも速い。最後に泳ぎ始めたはずが、友達を抜かし、1位になるほどだ。スゴイ、スゴイけどそうじゃなければ…と願う自分がいた。だってユカリも泳ぎが得意だから。
その上、スタイルが良くて水中に潜れば人魚に見えるくらい。
泳げない私は、嫉妬してしまう。
 
 プールはいつも水球というGAMEがある。水中ポートボールみたいなもの。
哲平はいつもゴールを死守する側だ。そして、ユカリは戸惑いも無く哲平の
隙をついてゴールしようと肌が触れる位に接近する。
 「オレ、味方だよ、味方!」
 「えー嘘だぁ」
こんな会話のやりとりと、六月にしては珍しい熱い太陽を反射させた
水しぶきが飛ぶ。
  "なんて楽しそうなんだろう"
  "哲平、普段は女子と喋らないじゃん"
  "ユカリが好きなのかな"
いらない想像、したくもない想像が頭をよぎる。
 
  "私も人魚になれたらなぁ"

 プールの端と端という、遠い距離に打ち負かされたユイの顔には、
太陽の熱さを抑えるかの様に静かに涙が流れた。
 もし私が人魚なら、あの場へスイスイと泳いでいくだろう。言葉が話せないならこの目で、この手で、想いをぶつけるのだろう。だけど、今の私には何もかもがありすぎて何から行動すればいいのか分からない。

 ピピーッ授業終了の合図だ。人魚になれなかった私は水面から出て
ビックリした。自分がこんなにも重いのかと。こんなにもどっしりしていたのか、と。いや、私だけじゃない。ユカリも人魚から人間に戻る。哲平も
無表情で、まるで他人の様になってしまった。

 それなのに、私から見た二人はこうもまぶしかった。





エントリ4  原子物語   歌羽深空

「桐宮さん、まだまだ来ますよ。」

藤田がそんな事を言ったので、俺は溜息をついた。しかし俺の溜息なんかお構い無しに、ダンボール箱はどんどん送られてくる。

「国民が政治に無関心だ!なんてテレビじゃ言ってますけどそんな事ないですね。」
「まぁな。ほら、こっちの方も頼む。」

ダンボールの中身は、全て同じ内容のものだ。来年建設着工予定の次世代燃料中間貯蔵施設「ひかる」への、反対の手紙や署名の束である。

「『ひかる誘致反対!』『俺達のマチを守れ!』ねぇ。」
「あーあ、俺悲しくなっちゃうな!」
「は?なんでまた。」
「俺の1歳になる子どもの名前ね、ひかるっていうんですよ。俺の家族の事じゃないと思っていても、やっぱり悲しくなっちゃうんですよ。」
「おい藤田、『俺の家族の事じゃあない』なんて言うな。これは俺達の国の問題、市の問題、そして自分達の問題なんだぞ!」
「……。」

藤田は黙り、この部屋に静寂が訪れる。俺達は署名や手紙の名前を記録し、それが終わった後シュレッダーをかけていくだけ。耽々とした作業ではあるが、それを毎日何千、何万とやる方の気持ちにもなって欲しい。それはもう、気の遠くなる作業なのだ。

と、突然藤田が話し始めた。

「桐宮さん。どうしてこんな事するんでしょうね。」
「さぁな。」
「そ、そりゃあ!燃料がそろそろ底をつき始めているのはわかってるけれど!」
「仕方ないじゃないか。」
「仕方ないって……じゃあ、もし桐宮さんの家族が被害にあってしまったらどうするっていうんですか!」
「……運が悪かった、そう思うしかないさ。」
「そんな事って……!」
「俺達は、役所の人間さ。こうするしかない。さ、仕事を続けろ。」
「……ハイ。……ねぇ、桐宮さん。」
「なんだ。」
「桐宮さんも、ここの出身、ですよね。」
「そうだが。」
「……僕達は、結局こうやって自分達を育ててくれたこの土地を、母のような存在を、汚してしまうんでしょうか……。」

俺は、藤田に何も言う事が出来なかった。

200×年、M県で次世代燃料中間貯蔵施設「ひかる」応対部の市役所職員2名が県庁を襲撃。2名は即射殺された。これにより「ひかる」の始動延期が決定。

20××年、M県S市に住民からの反対を受けながら次世代燃料中間貯蔵施設「ひかる」完成。同時に政府は抽選で国民の階級化等を憲法で制定する事を決定。
憲法公布後階級の低いもの、また建設中に反対をしていた者とその家族から、順に燃料となる予定。





エントリ5  夕焼け色の雫   岩城孝佑

人の考えていることとは、分からないものだ。
三日に一度くらい、規則的にやってくる夕立の音を聞きながら、潤一は思った。
自分の目の前では、姉の美穂が時代劇の再放送を見ていた。
しかし、今日の美穂はどこかいつもと違う。
やっぱり、まだショックなんだろうな・・・
潤一はそう思った。
時代劇が終わると同時に、夕立も終わった。
蒸し暑さの残るなか、美穂は立ち上がった。
「潤一・・・行くわよ」
ダイニングテーブルの上に置いてあった花を掴むと、潤一は、何か不思議な感じに襲われた
もう、両親はいないんだと・・・
一週間前、両親は交通事故で亡くなった。
生まれつき、感情表現の乏しい潤一が泣くことはなかったが
美穂は涙で世界を破滅に追い込むつもりか、というくらい泣いていた
だが一週間たった今の自分の気持ちは何だろう・・・
胸が痛む・・・生まれて十六年間、親には何一つしてあげれなかった気がした。
夕焼けに顔を染めて、自分を待っている美穂も、自分と同じ事を思っているのだろうか・・・
美穂の頬に一筋の雫が流れ落ちた。
「潤一・・・泣いてる・・」
美穂が自分の涙を拭い微かに笑いながら言った。
ふと自分の頬から雫が流れ落ちた。
何年ぶりに泣いたのだろう・・・
床に雫が落ちた。
夕焼けに染まった雫。
自分の体内にある雫が、明日の夕焼けに染まっていくような気がした。
潤一も美穂も、しばらく夕焼けに染まっていく雫を見ながら、黙り込んでいたが
雫が暗闇に染まったとき、急いで外へ飛び出した
着いた霊園には、もう誰もいない。
だが潤一には、誰かいるような気がした。
「潤一・・・」
突然、母の声がした。
潤一は、急いで後ろを振り返ったが、誰もいない。
「潤一・・・」
次は、父の声。
だが、やはり誰もいない・・・
暗闇の中、潤一は一人でうずくまった。
すると突然、目の前に光が飛び出してきた。
あまりの眩さに、潤一は思わず目を瞑ってしまった。
だが、必死に我慢して何とか目を開けた。
「母さん・・・? 父さん?・・・」
目の前にいる父と母が、微笑みかけてきた。
暗闇の中、体内の夕焼けに染まった雫が溢れてきた。
もう、このままでいたい。
「潤一、潤一!」
美穂の呼ぶ声がしてくる。
潤一は、このままでいたかったが、体が反応してしまった。
もう一度、両親の顔が見たかった。
だが暗闇の中にあるのは美穂の顔だけ・・・
「どうしたの、大丈夫?」
美穂が心配そうな声で聞いてきた。
暗闇の中、潤一は夕焼け色の雫を流し続けていた。





エントリ6  ミルキーロード   雪雀

空が、重い。今日は晴れだ。雲、一つない。
今日は新月。月も、無い。
一面の、とまでいかないものの、キラキラと輝く星が、星座を描く。
こんな日は、ふらりと、足の向くまま気のままに、散歩にでも行くとしよう。
 
 足に任せて、ふらふらと、歩く。同じ世界の中にある異世界。昼間の世界と夜の世界は、まるでそんな感じだ。自動車が往来する音も、犬が吠える声も、小学校から聞こえる合唱も、今は聞こえない。昼間から夜に移って、明かりの消えた家の中で眠りについて、どんな夢の扉を、開けるのか。
(夢が現なのか、現が夢なのか…。)
何かの本で読んだ言葉が、頭に浮かんだ。今、ここに歩いている自分は現か夢か、ちょっと分からなくなった。
 
 ふと、明かりが途切れ、暗闇が体を包んだ。今まで、2メートル置きくらいにあった街頭に頼って歩いていたが、それが無くなったのだ。
完全の、闇。
自分の耳が聞こえなくなったのかと思うほどの、静寂。
2メートル程後方には街頭があるのに、その明かりは、手を伸ばせば届きそうなのに、とても遠くに感じる。明かりと自分の間に見えない壁があって、まるで、世界を両断してしまったかのようだ。
そろそろ引き上げようか、どうしようか、そう考えて、何気なく空を見上げた。
暗闇の中、上にぼんやりとした光を感じた。そう思った。そんな気がした。
空に川が流れていた。星の川だ。白い、というよりも鈍い銀色の光を放つ、どこまでも続いていそうな、長い川だ。
ミルキーロード。
都会では滅多に見られないだろう。
数分、いや、実際は数秒もなかったかもしれない。ただ、その瞬間をとても長く感じた。自分の周りの空間だけ、時間がとても遅くなったか、止まってしまったかのような、そんな感覚。
五感が全て断たれ、魂だけがその場に取り残された。
頬が濡れるのを感じた。
それを合図に感覚が戻った。
雨かと思った。違った。いつの間にか涙が流れていた。自分で自分に驚いた。何かに感動して、涙を流すなんて、久しぶりだった。
しばらく、そのまま涙を流した。
 
 どのくらい経ったか分からない。流す涙の枯れる頃。少し、首が痛い。
足が歩いて、その場を去った。見えない壁を超えると、明かりが戻った。全てが夢の中のような気がした。
でも、その夢こそが、本当は現実なのかもしれない。
どちらにしろ、本当のことは分からない。
でも、それでもいい。
 
 空が重い。明日も晴れたら、散歩に出かけてみるとしよう。





エントリ7  悪夢   神崎現

 絶対にそれは部屋に居る。だけど、誰も信じてくれない。
 だからバスケで疲れてるんだと思っていた。
 なのに今、それが喋った。
 いや、話しかけたのは私だけどね。
「ねぇねぇバクさん」
「バっくん。」
 君付けが良いのか。私は全然驚かなかった。
 きっと、幻覚だし。
「バっくんはなんでここに居るの」
「お腹すいた。」
「何が食べたいの」
「夢。」
 夢喰いバク。なんてメルヒェン。
「私寝るから、食べたら帰ってね」
 ベッドに倒れると、必死な声が聞こえた。
「寝ても夢みない。」
「起きてたら尚更見ないって」
「みせる。」
 言うなり、私の鞄を漁りだす。慌てて掴み上げたら、ずるずるとケイタイも釣れた。床に下ろしてやるや否や、ぺたんと座って右の前足でケイタイを耳に押し当てる。
「夢みないの。うん、そう、鳥。」
 バっくんは急にぱっとケイタイを放り出した。通話口から小鳥が飛び出す。テッペンカケタカと囀り、ごほごほ咳をしながら、小鳥は窓から飛んでいった。
 床に点々と血が落ちている。
「今の何」
「卯月鳥。」
「誰にかけたの」
「上司。」
 バっくんは上司にリダイアルした。
「夢見鳥、送って。」
 今度は蝶々だ。窓へ舞うのを眺めていると、バっくんが鋭く言う。
「追って。」
「ここ二階だし」
「大丈夫。」
「どこが」
 渋々私は窓から夜の暗闇の中へ跳んだ。
 案の定、ものすごい勢いで落下した。どすんと尻餅をつく。意外と痛くなかった。地面が柔らかいからなのか。
 目を開く。辺りは昼のように明るく、地面はふわふわと白く揺れていた。白いのは、たんぽぽの綿毛みたいだ。
「あ、待て!」
 綿毛と一緒に風に吹かれて、蝶は気ままに逃げようとしていた。
「素手じゃ無理だな、網が欲しい」
 ふと見ると、綿毛の中にバスケのゴールが鎮座していた。
 私はもう疑うことも忘れ、ゴールネットをむしって蝶に被せた。
「捕まえた!」
 目の前にはバっくんが居て、そこは私の部屋だった。手には何も無い。
「……夢?」
「うん、そう、夢。」
 バっくんは落ちていた綿毛をつまみ、ぱくりと食べた。
「ごちそうさま。」
「少食だね」
「うん、そう、少食。」 
 バっくんはいそいそと窓に向かった。そして窓枠によじ登り、私を振り返る。
「帰るの?」
「うん、そう、帰る。またね。」
 バっくんの小さな体は、すぐに外の闇に飲み込まれて見えなくなった。
 夢も幻覚もこれにて終了。
 ほっとして窓にもたれた腕が、不意にぬめった。
 あ、血。





エントリ8  I have a friend.   芦野 前

「だからさ、アヤは考えすぎなんだよ」
 サクヤが飲みかけのジュースにストローで息を吹き込む。
 汚いからやめろといつも言うのに、ちっとも人の話を聞こうとしない。
「もっと視野を広く持ちなよ、地球に男が何人いると思ってるの?」
 油とタバコの臭いでむせ返る地下のマック。
 その中で下品に笑う男たち。
 こんなのを男というのなら、私は二度と恋なんかしない。
 黙々とシェイクを片付ける私を見て、サクヤは大きく息をついた。
「アヤは頑固だね」

 あの人と二人で一つだった日々は終わった。
 私は新しい時間を、まだ踏み出せずにいる。

 湿度をはらませて、小雨が窓を覆う。
 エアコンもつけずに、私は携帯を打つ。
 宛先のないメール。

『お元気ですか
 あれから二ヶ月しか過ぎていないのに
 ずいぶん時間が長く感じられます
 今 あなたの隣には誰がいるのですか……』

 そこまで打って、自分が惨めになってやめた。
 携帯を部屋の壁に投げつけ、ワインのグラスをあおる。
 テーブルの上には皿に剥いた白桃と、もう一つ魅力的なものがあった。
 ふらふらと、何かに導かれるように、私の手がそれを掴む。

 カッと光が鳴り、空が吼える。
 反射的に頭を抱えてしゃがみこむ。
 手の中の果物ナイフが床に落ちるのと同時に、カギのかかっていないドアが勢いよく開いた。
「アヤ!」
 そういえば、カミナリが苦手だと、アパートの隣室のサクヤにはバレているのだった。
 わずかに血の滲んだ手首を見て、サクヤは状況を理解したようだ。
「何、してるの」
 怖い目。
 私の周りの男はいつもこの目をして私を殴る。
 父も、あの人もそうだった。
 サクヤも私を傷つけるのだろうか。
 目をぎゅっと閉じて体を縮める。
 ……だけど、長い沈黙の後に私の頬に触れたのは、あたたかな指だった。
「だからさ、アヤは視野を広く持つべきなんだよ」
 恐る恐る目を開く私の頭をくしゃっとなでて、まるで何でもないことのようにサクヤは言う。
「たとえば僕を好きになってみるとかさ」
 視線がまっすぐにぶつかる。
 またしばらくの間があいて、サクヤがふっと笑う。
「なーんてね。僕たちは、ずっと親友だから」
 それでもその声は、私に愛していると告げていた。
「そうね」
 ありがとう。
 これが、私に言えるせいいっぱいだった。

 元気を出さなくちゃ。
 私の大切な親友が、安心して私を見ていられるように。
 そう、まずは視野を広げることから始めてみようか。





エントリ9  まなざし   桜也乃

私はもうすぐ、この家をでなければならない。今年が約束の年だ。
私はとにかくこの家を出たくて、この家に来たときにこういった。
   「18歳になったら、この家を出ていく」
それを聞いたら、まるでほっとしたかのように、みんなの顔に笑みがこぼれた。
私には、14になるまで本当の家族がいなかった。親戚のうちで暮らしていた。
それを知ったのは、14の夏頃だ。いままで、とても親切だった叔母や叔父が急によそよそしくなった。そして、ある日私は本当のことを聞かされた。いや、聞いてしまった。電話であいつと話している叔母さんの声を・・・・。
    「いきなり、電話しといてなんなの?あんたにあの子を育てられるの?
無理でしょ?無理だから引き取ったんじゃないか。それを14年も断っていまさら
「うちの子だ」なんて言われても。無駄だよ。絶対にあの子は渡せないからね。」
叔母さんの言葉が嬉しかった。「ちょっと」
  夏休みに正式にその事を聞かされて、すんなりと受け入れられた。
でも、次の日。おばさんはこういった。
  「ごめんね。あんたのお母さんが、裁判するって行って来たんだ。
あんたは養子じゃなかったから、裁判でも勝ち目がないんだ。嫌だけど仕方ないんだ。」行っている意味は分かったけど、納得できない。納得しなきゃいけない。
わかってるけど・・・・。
4年前のことを思い出しながら、身支度を始めた。
だれも、見送りになど来ない。私を本当の家族と認めていないのだろう。この4年間がはやくすぎてほしいと願っていた。がちゃっ。
ドアを開けた。私の目は高いところを見つめていた。
誰かのまなざしをまねするかのように。