第51回中高生1000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
んー。 千希 1000
ビート・ザ・戯言 暇 唯人  890
父の剥く林檎 芦野 前 1000
天地想像論 香月 1000
白の空間 花村 彩邪 1087
いなばのしろうさぎ 天霧 1000
刹那的永遠 香坂 理衣 1084
倖せは死神とともに 瓜生 遼子 1000


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エントリ1  んー。 千希


ああ、空がきれいだ。
歩いてみて、立ち止まって、空を見上げる。
空は青くてきれいだった。

「どこ行ってたの?」
「んー」
「んーじゃわからないでしょ」
「んー」
「…もういいわ」
あらら。またお母さんにあきれられちゃった。
まあ、いっか。
「ごちそうさま」
「はいはい」
お腹一杯になった。
もう寝てしまおうかな。
宿題あるけどなぁ、寝てしまおう。
んー…………。
んー……。
んー…。
だめだ。寝られないや。
宿題やろう。

起きた。
朝。6時30分。
ぼおっとしながら制服着た。
スカート折り折り。
朝ごはんはホットケーキ作ってみた。
おいしい。
お弁当も作った。ふたりぶん。
今日は鮭が入ってるの。
「いってきまあす」
返事はないけどね、お母さんまだ寝てるし。
暫く歩いて、電車に乗って。
降りたら、歩く。
「おはよぉゆめ」
「んー?」
「いい天気だな」
「かずちゃんだ、おはよぉ」
背中があったかいなぁって思ったら、かずちゃんがいた。
かずちゃんはおっきくてあったかい。
「かずちゃんー」
「ん?」
「歩きにくいよ」
「ん?まあいいじゃん」
「そうなの?」
「そうなの」
「じゃあいっか」
「じゃあいいよ」
「うん」
かずちゃんがそう言うから、じゃあいっかって思った。
学校に着いたら、かずちゃんは隣のクラス。
ちょっとだけ淋しい。
授業はいつもの通りだった。
「ゆーめ、飯たべよ」
「あ、かずちゃん」
屋上に行った。
コンクリに座ってお昼ごはん。
「かずちゃんのぶんもあるよ」
「ん?」
「かずちゃんのぶん」
「あっそーか、俺のか。わりーないつも」
「うん」
「じゃあたまにはおごっちゃる」
「んー?」
かずちゃんは走って行っちゃって。
仕方ないから、鮭を口の中に入れてみる。
…おいしい。
…………。
んー?
首が冷たい。
ひやひやするよ。
「はい、カルピス」
「んー?」
「カルピス」
「ありがとー」
「ん」
冷たくておいしいな。
「ゆめー」
「んー?」
「ちょっと貸してー」
お箸持ってかれた。
そのまま私の手が帰ってこない。
「かずちゃん」
「ん?」
「ご飯食べれない」
「まあいいじゃん」
「いいの?」
「いいの」
「そっか」
かずちゃんの手はあったかい。
空を見上げたら、ほんとにきれいだった。
「かずちゃん」
「ん?」
「空、きれいだね」
「うん、綺麗」
「かずちゃん」
「ん?」
「あったかいね」
「うん、あったかくて幸せだね」
「うん」
空は青くて、
かずちゃんは隣にいて、
私はなんだか、
とてもとてもしあわせです。
「かずちゃん」
「ん?」
「今日、いっしょに帰ろうね」
「うん」





エントリ2  ビート・ザ・戯言 暇 唯人 


「 ……――よりよい学校にしていくために、僕は――…… 」
今、生徒会会長の座が掛かっている演説の順番を待っている。
私は用意されたパイプ椅子に座っていた。一騎打ちとなった相手の演説が始まり、皆彼の方を向いている。
講堂にはマイクを通った彼の声だけが響いていた、それはまるで沈黙という激しい鍔迫り合いを見るかのような静かなものだった。
「 ……――先生や生徒1人1人の意見を取り入れ――…… 」
――演説。それは自分の想いや情熱を語り、より多くの人の心を掴む物。私はそう考えている。
決して曖昧な表現や偽善が溢れるような言葉を言ってはならないと思う。
それは演説に聴き手に嘘を言っているのだから。
「 ……――必ずこの学校がいいと言える――…… 」
どうやら、この相手もその方に分類されるみたい。
もし彼がこの生徒会会長の座を取り、この、たった今言っている事を聞かせるとどう思うだろうか?
本当にこの通り上手くいくのかと問い詰めると、はっきりとした答えが返ってくるだろうか?
当たり前だ。
この時にとゴールを決めないと、そんな質問には答えなど返ってはこない。
「 ……――最後になりますが――…… 」
私は拳を握りしめていたことに気づいていなかった。
すぐに解いた。
掌にかいた汗が少し気持ち悪かった。
何度も推敲し直した原稿を見る。 それで少し心が落ち着いた気がした。
硬くなる必要はない。 練習通りにすれば、必ず掴むことができる。
「 以上、生徒会会長・立候補者の杉浦隆君の演説でした。 ……えー、次は同じく生徒会会長・立候補者の秋野こずえさんの演説です。 」
「 はい。」
コツ、コツ、コツ、と私が教壇へ歩む足音だけが聞こえた。 そして、全校何百人もの視線を浴びたのを感じた。
いつものように歩いたつもりだったが、他の人にとってはまだ十分に歩くことの出来ないロボットのように見えていたかもしれない。
そして教壇へ到達し、その何百人の視線と目を合わせた。
――練習通り……頭でイメージした通りに……。
マイクのスイッチを切り、教壇の右前に出た。
口で少し多めに息を吸い込んだ。
そして、ヴィクトリー・ロードとなる演説の一声を放った。

○作者附記:弟の学校が今の時期が改変の時期なのでかきました。





エントリ3  父の剥く林檎 芦野 前


 凛子さんが図書館から帰宅すると、リビングからは団欒の声が聞こえてきます。
 今日は気温も下がり、雨は雹になりました。
 ヒールのある先のとがった靴を履いていった凛子さんは、足先がすっかり凍えて、すこぶるご機嫌ななめです。
「ただいま。何やってるの」
 リビングのパソコンに接続されていたのは、凛子さんのデジカメでした。
「これは浅海ちゃんだな? 最後に見たときよりずいぶん痩せたじゃないか。次は……こりゃなんだ」
(まって、本当何してんのこいつら)
 思わずお父さんを押しのけてマウスを奪います。
 大きなデスクトップの画面いっぱいに映っているのは、「からっぽの教室」でした。

 凛子さんが学校に行かなくなって、もう半年がたちます。
 休みはじめのころはうるさかった携帯も、今ではすっかり静かになりました。

「リン、これは一応お父さんが買ったデジカメだから、な」
 ちょっとだけすまなさそうなお父さんの声。
「だから何!? 貸している間に人が撮った写真まであんたに見る権利があると思ったら勘違いもいいところだし!」
「そんな言い方はないだろう。みんなリンを心配して」
「るっせえ黙れよハゲ」
 凛子さんはイライラして、大きな声を出しました。
「凛子」
 昔から、お父さんは怒ったとき、凛子さんの名前を略さずに呼びます。
 正確に発音されたそれは、凛子さんをとても不快にさせるのでした。
「凛子!」

 わざと大きな音をたてて階段をあがり、ふすまを閉めます。
 カギの代わりに、凛子さんは適当に雑誌を束ねて「つっかえ」を作ります。
(なんで「登校」ができなくなったのかはよくわからない)
 紐をきつくギュッと縛りながら、涙をこらえます。
(でも、未練がないわけじゃなかった)
 凛子さんは、冬休みに学校の写真を撮ってきました。
 ついでに、教室の壁に貼られていた「友達」の写真も写してきました。
 それは、凛子さん自身も二度と見ることなく、大切にデジカメの中にしまってあったのです。

 涙のひっこんだ頃、控えめにふすまを叩く音がしました。
「林檎、たべるか」
 お父さんのお母さんは毎年長野から林檎を送ってくれます。
 それよりおいしい林檎を、凛子さんはまだ食べたことがありません。
(学校は、ダメだったけど)
 同じ間違いは二度しちゃいけないよな、と凛子さんは考えます。
 重い重いつっかえを外してふすまを開けると、お父さんの情けない顔と、蜜のつまった林檎が見えました。





エントリ4  天地想像論 香月


人間どもは、地球上に生きるものの中で「もっとも知能が発達している」などとのたもうているが、

我は人間こそがもっとも不能な生き物だと心得る。

なぜに猿は進化などしたのだろうか。

そのようなことをしなければ、幸せでおられただろうに。

人間ほど自尊心の強いものはいない

己の誇大すぎるそれゆえに他者を傷つけ

他者と異なる自分の虚像を作る

あぁなんと愚かだこと

近頃の人間は「平等」だの、「差別撤廃」だの、騒いでおる

男女平等?

黒人差別撤廃?

一体なにをぬかしておるのか

力の強いものが権力を握る、それが生き物の摂理

お前らの本能

それに従うのが定めであろう

だのになんだというのだお前らは

まるで自らを動物と認識していないようだな

馬鹿めが

こんなに馬鹿な生き物はお前らだけだ

どうやら人間は愚かな方向にだけ知識が発達してしまったようだ

力ではどうやっても他の動物には及ばない

だからお前らはその無駄にでかい脳を使った

余計なものばかり作りおって

お前らのせいで地球は薄汚れた

何が「地球は青かった」だ

そんなものただの空言にすぎない

ほら、よおく見てみぃ

あの濁った水はなんだ?

真っ赤な大地は、戦争を行っているのか?

何も我は戦いをやめろと申しているわけではない

頂点・支配者を目指し争う

それはしかたのないことだからのぅ

だがお前らは弱い

そこいらの小さな虫ころよりも、ちっぽけだ

お前らに本気で命を捨ててまで権力を奪う覚悟はあるのか?

無かろぅ

ほら、行け、チャンスだぞ、

相手の喉下を噛み千切ってやれ

なんだ、できないのか?

なんと情けないことだ

自分と同等のものが怖いのか?

小さいものばかり甚振りおって楽しいのか?

浅はかじゃのぅ

お前らはいつでも他人本意だ

右みて左みて同じ事を繰り返す

そういうところは猿の頃から変わっておらんな

ついにお前らは「神」などという存在を作り出しおった

それが我だ

お前らはすべてを我に託し

我に責任を負わせる

なんと身勝手なこと

そんなお前らはもはや哀れでならない

だから我は最後に幸福な罰を与えることにした

お前らが世にいう「天罰」とやらだ

案ずるな

ただ、消えるだけだ

なにもかも

我はきっかけを作るだけ

あとはあいつらがやってくれるであろう

汚れた水よ、飲み込んでしまえ

真っ赤な大地よ、焼き尽くしてしまえ

自らの愚かさを悔いるがよい

あるいは

消えることへの幸福感に満ちるがよい

ただ、お前らがいなかったときに戻るだけだ

地球はきっと喜んでおるぞ

けらけらと

真っ青なすがたになって





エントリ5  白の空間 花村 彩邪


例え扉があってもその場所のは開けちゃいけない。絶対に。もし開けたらその時は……

 ここは何処なんだ、ある男が言った。声色の様子から動揺している事が伺えた。
 周りを見渡すとこの部屋は男が知っている部屋ではなかった。ただ、何もない空間だったのだ。地面を見れば四隅を確認できる正方形の部屋だった。地面も壁も天井も、一面真っ白に塗られたその空間はどろっとした不気味ささえ男に感じさせた。何も無い、それだけのことに男はひどく強張り、何故俺がここにいるんだ、と声を荒げたりぼそぼそと呟いては同じ台詞を繰り返した。
 男はこの空間を落ち着き無くぐるぐる、何回何百回と同じ方向に回っていた。背中はやけに曲がっており、そして震えていた。手からは既に血の気が引いていた。
 この部屋には二つの出入り口があった。その二つは対極に位置しており、一つは人間が自由に出入り出来る大きさでもう一方はゴミを捨てれるかどうかの小さな穴だった。男はその扉と穴、両方に気付いてはいたが噂が邪魔して何故か開けて出ようとはしなかった。
 とうとう恐怖に打ち勝てず男が大きな扉を開けて出ようとした、その時だった。その何とも重く感じる白い戸を押し出した向こうには男が想像した世界は無く、またこちらと同じ真っ白な空間に男が一人佇んでいた。全身黒い衣服に包まれたその男は白い空間の中で異物として存在を持て余している。
 手には電動ノコギリを持っていた。スイッチが入ったのか、ヴィィィン、と大きくけたたましい音が無の空間に轟いた。
 止めてくれ!男は何回も黒ずくめに懇願した。黒ずくめは懇願される度に口の端を上にあげ、男に一歩ずつ歩み寄った。
 グキッグニャ…鈍い音が、鮮やかな赤が、無の空間を彩った。肉や骨やと分けられるその度に白い壁に血がパシャと滴り落ちた。全ての作業を終え、まだぴくぴくと動く臓物などを手に掴み小さな穴へと放り込んだ。小さな穴からは救いの色を見せない分厚い雲だけが広がって見えた。
 黒ずくめはすぐにホースで繋がれた水をまき、壁にこびりつく血を水圧で落とそうとした。その次に雑巾を持ってキュキュと力強く拭いた。最後に白いペンキでまた無の空間に仕立て上げた。その間、黒ずくめはとても楽しそうに笑っていた。

 ここは何処なんだ、また見知らぬ男が入ってきた。噂通りだ、どうやらこの男も噂を耳にしているらしい。男が苦悶の表情を浮かべつらつらと泣いている中、外ではカツン、カツンと足音が忍び寄っていた。黒ずくめはノコギリを手にしながらドアの前まで来るとにたりと笑って開かれるのを待った。

もし開けたらその時は……死神が待っているからね





エントリ6  いなばのしろうさぎ 天霧


「どうしても、いきたいんだ」
 いつものように、定期券を自動改札機の中に入れようとしたとき、私の腰あたりから声が届いた。平日の朝、8時。ラッシュでざわめく駅の中では、他人を意識していても、その声を聞くことは難しい。どうして気付いたのだろう。
 平均的な女性のところより、やや高いところにある頭を回して、あたりを見回しても何もない。スカートが引っ張られる感覚を感じて、私はようやく気付いた。じっと私を見つめる、1人の男の子がいた。でも、「子供」に関する知識の欠如した私にとって、その男の子が何歳ぐらいなのかは、予想もできない。
 学校に行く途中の私は、これ以上足止めを避けたかった。内部進学先の大学は、遅刻にうるさい。今月無遅刻無欠席なら、「改善された」と大学に報告しよう、という担任の言葉が、思い出された。実は既に、電車を1本乗り過ごしている。
「ごめんね、おねえさん、これから学校にいかなきゃいけないの。お母さんは? ――迷子になったの?」
 改札から少し外れたところまで、男の子の手を引っ張って歩く。保育の授業を一生懸命思い出して、とりあえず、足をまげて子供と目線を合わせた。にっこり。高校3年間で作られた私の猫のお面は完璧……遅刻以外。
「おかあさんは、いないよ。おねえちゃんがいかせてくれないなら、ぼく、ほかのひとにきくよ」
 言葉はきちんとしている。会話も成立する。幼稚園児ぐらい? もしかしたら小学校低学年ぐらいかも。よかった。会話が出来なかったら、……できても、ちょっとかまっているヒマはナイ。ああっ、駅員さん、どこ!
「でもね、君みたいに小さい子は、大人がいなくちゃ、どこにも行けないよ。駅員さんにきてもらおうね」
「ぼくおとなだも!」
 立ち上がろうとした私の片手を、男の子がぎゅっと握る。手が震えている。私は両方の手で、男の子の手を包み込んだ。
「君の手はまだ、小さいよ」
 そう言って手を緩めた。にっこり、と微笑むと、男の子は私からはなれていった。なんですか、私が丸め込めないと思ったら、他の人ですか。へーへーそうですか。一瞬でも母性に目覚めるかと思った自分が馬鹿だったわ。
 そう思ってふてくされた。手に、あるはずのものがないことに気付く。――定期券。嫌な予感が頭をよぎり、カバンの中を探った。お財布もない! 携帯は無事と息をついて、画面を見つめて私は硬直した。
「あのガキ!」
 私の遅刻は確定していた。





エントリ7  刹那的永遠 香坂 理衣


 別にね、いいんだよ。君がこんな僕の下手くそな愛情表現を忘れようと、そんな事は一向に構わない。ただ、僕は君のその脳内に名前位は残して置きたいんだ。時折思い出す程に、形跡をこぼして置きたいんだ。

「永淵 孝です。」
突然同じクラスの男子にこんな事を言われて、彼女は少なからず驚いた。それも割と仲がいい男子に。わざわざベタに中庭なんかに呼び出されてだ。
「は?…知ってるけど。」
そう言うと彼女は苦笑した。はっきり言って狂っているとでも思っているのだろう。しかし僕は少なくとも手足が震える位には真剣だった。
 この場の空気が静寂を帯びる前にさっさと「好き」の二文字を言ってしまいたかった。しかし僕は勿論そんな言葉を言い慣れてはいない。そうこうしているうちに彼女は「何?」というような視線を向けた。
(早く、早く言うべきなんだ。)
何にしろ今はまだ冬で、外は寒い。こんな所に彼女を長居させる訳にはいかないと、しがないながらも僕は思った。
 いつまでも「好き」というたった二文字の言葉に口内を犯されきっていて、なかなか行動に出ない僕を見ながら、彼女はかなり積極的に言った。
「話は何なの?」
強い口調だったが、不快感や怒気を孕んだものでない事は解った。ただ本当にはっきりして欲しそうではあった。僕は単刀直入に言うのはやめにした。
「あのさ、多分長谷川は卒業したら僕の事を忘れるだろうと思うんだ。」
彼女は怪訝な顔をした後、「失礼じゃない?」と笑った。
「まあ、うん。でもさ、君には名前だけでも覚えていて欲しいんだ。何ていうか、大それた事でもないけど。」
そう言った時点で告白しているようなものだと思いはしたが、僕は本当に言いたい事を吐き出しているだけだ。その中でも最高位に位置する二文字だけは、言えないままだったのだが。
「とにかく、君はそのままでいいんだ。だけど、だけど…。」
「解った。」
どもりながら懸命に主張していた僕の言葉を遮って、彼女は答えた。
「あたしは、あんたが好きだから、絶対に忘れたりしない。」
その言葉は、僕が最も聞きたかったものだったが、自分があまりにも情けなく思えて、僕は泣きそうになった。そしてただ、「ありがとう。」と言い続けた。更に情けなさは肥大しているようだったが、気にしなかった。
 僕達は、もうすぐこの装飾された箱庭から抜け出さなければならない。そして、生まれる前のように、孤独に殺されるのだ。それでも、その時に、彼女が傍らに居てくれれば、なんて無駄な事を考えた。
「好きなんだ。」
別にね、いいんだよ。君がこの言葉を忘れても。
 触れた頬が、微かに卒業の花と同じ色に染まった気がした。

○作者附記:ついこの時期は卒業を書きたくなります。自分もそうだからかもしれませんが。桜を卒業の花と表現したのは、ただの偏見です。(汗)





エントリ8  倖せは死神とともに 瓜生 遼子


「こんにちは」
 と、ヤツは言った。賑々しい夜の街、道路の上にぷかぷか浮いて、人畜無害に笑う。誰に声をかけているのか、と、俺はそいつの綺麗な顔を見つめた。

「キミ、いつもこんなところから家に入るの?」
 責めているようにヤツは言う。自室の部屋の窓から入る俺のあとをついて入るヤツに、嫌なら入るな、と言おうと振り向くと、ヤツはすでにソファーの上を陣取っていた。
「ご飯は?客にお茶も出さないの?」
 3人用のソファーの上でエクササイズをしながら、ヤツは言う。
「普通の客だったら出すがな」
 冷たい目線もなんのその、飄々とした顔で、そいつは笑う。
「僕の何処が普通じゃないっていうの?」
「自称死神が普通か?」
 まだ信じないの、と笑うヤツを尻目に、俺は床に腰を落ちつけた。
「俺はいつ死ぬんだよ?」
 そいつは小さくニヤリとした。
「知らなくていいよ。普通は死神なんて見えない筈なんだ。見えないつもりでいなよ。―――それよりご飯は?」
 見えないつもりでいろ、と言う割には要求がましいヤツだ、キャットフードでも食わしてやろうか、と思いつつ、その要求を無視する。
「もう寝る」
 高々と宣言し、俺は床の上に寝そべった。えーっという、自称死神の叫びをBGMに、俺は眠りに落ちた。
 俺の朝は早い。ご長寿老人の朝より早い。家は面倒なので、家族が起きる前に家を出る。
 今日の朝は特別早かった。寝床が硬かったせいかもしれない。死神なんて夢だろうと思いつつ伸びをし、目をあけると、ソファーの上の風景が、俺にそれは現実だと知らしめた。ヤツが起きる前に出かけるか。俺は窓を静かに開けて、外へと飛びだした。
 キキィッ……
 車の急ブレーキ音、走り去る爆音。それを俺は、ぼんやりとした頭で聞いた。手足の力が抜け、冷たくなる。冷凍庫に入れられた魚の気分はこんな感じだろうか、なんて考えてしまう。
 いつの間にかヤツが目の前にいた。あぁ、冷凍庫に入れられる前に魚はもう死んでいるか、と考え直し笑った。
「起きたのか」
 掠れ声が空気を震わせる。
「……死神だっていっただろ」
 ふふっと俺は笑う。死神は俺を抱き抱えた。
「泣くなよ」
 ちゃんと言えたのか言えなかったのか、俺の意識は混濁していて分からず、ただタイヤの跡と冷たい黒猫の亡がらを見て、家族は泣いてくれるだろうか考えた。淋しくて悔しい。死神のぬくもりが倖せで哀しい。意識が途絶えるその瞬間、俺は死神の涙を感じた。