第53回中高生1000字小説バトル

エントリ 作品 作者 文字数
1君には、まだ。千希1000
2予知の予感石井伸太郎1000
3リアリティーフィクション香坂 理衣1000
4守りたい。一緒にいたい。水音1000
5君に触れる方法亜高釉芽1000
6隕石衝突BOX1207
7二つのさよならと、観覧車芦野 前1000


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  エントリ1 君には、まだ。 千希


 ああ、そうか。
 君にはまだ、わからないね。

 ああ、そうか。
 君にはまだ、少し早かったね。

 いつか、わかる日が来るよ。

 いや、一生わからなくて良いのかもしれないね。

「さよなら」

 *

私には、恋する人がいる。
死んでしまった人だ。
それでも今も恋している。

 *

小さい頃、いつも一緒に遊んでくれたお兄ちゃん。
話しかけるのが苦手で友達のできなかった私に
優しく笑いかけて、ブランコの乗り方を教えてくれたお兄ちゃん。

ある日、私はいつもの公園に行く途中、
お兄ちゃんの背中を見つけて後を追った。
お兄ちゃんは声をかければすぐに優しい笑顔を向けてくれるから、
だからそれを見たかっただけ。

灰色の、薄汚れたビル。
立ち入り禁止の柵は錆びてぼろぼろ。
お兄ちゃんが蹴っ飛ばしたらすぐに倒れた。
お兄ちゃんはそのまま、ふらふらと灰色の階段を登って行く。

暗いビルは奥が見えなくて足元は枯れ葉や空き缶や
なんだかよくわからないものでぐちゃぐちゃしていた。
壁のスプレーの落書きの鮮やかな色まで灰色っぽく汚れていて、
一歩入っただけで足音が響いて、別の世界みたいだった。
怖かったけど、お兄ちゃんが行くなら怖い事はないと、
そう思って私も階段を登った。

屋上で、お兄ちゃんは振り向いた。
私の小さな足音に気付いて振り向いた。
フェンスも乗り越え、その狭い縁の上でお兄ちゃんは。
笑った。

 ああ、君か。

身の竦むような、表情だった。

声もでない私に彼は笑いかけた。

 どうしたんだい?
 ああ、僕を追ってきてしまったのか。
 悪いね、もう遊んであげられなくて。

ぺたりと尻餅をついた私を見ながら、
彼は冷たい晩秋の風に嬲られ赤くなった頬で言った。

 僕はね、もうダメなんだよ。
 好きで好きで好きで好きで好きで、好きでしょうがなかった人がいたんだ。
 その人が僕を好いてくれないなら、生きていたって意味ないんだよ。

当たり前のように言って、彼は空に目をやった。

そして、ゆっくりと空へ吸い込まれて行った。

 ああ―――。
 君には、まだ……

翼のように手を広げ、笑みを浮かべて。
私は、彼のその姿に、恋をしたのだ。

 *

「ね、お兄ちゃん。
私、分かったよ。恋ってなんなのか」

触るだけで崩れそうに朽ちたフェンス。
私はお兄ちゃんが飛び下りたその場所で。

「お兄ちゃんのいない世界じゃ、生きててもしょうがないね」

ああ―――。
私は、あなたと同じ場所で死に、
あなたと同じ所へ行くのだ。

鳥のように、あなたのもとへ。







  エントリ2 予知の予感 石井伸太郎



  そう。あれは雪の降る寒い日の昼下がり。私は彼に出会った。

  その日はひどく風が強く、舞い散る雪もこの日ばかりは迷惑に感じられた。

  その日は何をするでもなく、ただ街中をひとり、歩いてみた。
 休みというのに、人通りの全く無い路地。その向こうにただ一人。
まるで、彼がいる場所だけ時間が止まっているような違和感さえ感じられる。

 誰もが彼を「今」という時間から排除している。意識せず、触れることなく。

  私もそうなのかもしれない。
 無意識下での行動は罪には問われない。
そんな言葉に甘えて、重大な過ちを私は今、ここで・・・・・・。

  でも、やっぱりそんなことは嫌だ。
 自己満足かもしれない。でも、私が「私」であるために、
彼を何とか「今」という時間へ戻さなければ・・・・・・。

 そんなことを考えていく間にも、時間は無常にも絶えず、過ぎ去ってゆく。

  「どうしたの?」
 唐突に話し掛けてみる。この場所にきたのは2時ごろだったから、
かれこれ3時間も過ぎてしまった。決心してからも、私の中では迷っていた。

  「・・・・・・何を見てるの?」
 先ほどの返事はまだされていない。どうしようもないので、質問を変えてみた。
彼の瞳はどこか、遠い世界を見つづけている。今度の質問も返事は期待できない。

  「・・・・・・・・・・・・明日。」
 彼は一言そういうと、視線を私に向けた。
少年を感じさせる茶色の小さな目。それは、どんなものでもきれいに映りそうな。

   「お姉さん。明日は晴れるといいね。」

   「えっ、・・・・・・そ、そうね。」

   「きっと、明日のデートはいい思い出になるよ。」

   「・・・・・・そうだといいなぁ。」

  なぜか、私は彼が言うことを初めから知っていたような気がした。
    澄んだ声はいつまでも私の中でこだましている。

 その後も、そんな簡単な会話を交わしていると、辺りはすでに真っ暗になっていた。

    「そうだ、いい事教えてあげようか。」

  そう言うと、彼は私の後ろにまわって、

       ・・・・・・・・・・・・

 彼からのプレゼント。それは今私が望んでいたものだった。

       「それじゃ。」

  そう言うと、彼は私に背を向けて、冬の白い夜に消えていった。

     私は彼が消えるその前に一言。

      「明日もまたこの場所で。」

  ・・・・・・・・・今年の冬は、何かが起こりそうな予感がした。








  エントリ3 リアリティーフィクション 香坂 理衣


 例えば脳みそが灰色になって、そんな外見的には何も変わらないのにふと健康診断を受けた時にそれがばれて差別されたりしたらどうするだろう。それでもきっと世界は一繋ぎになって僕の味方なんて家族位しかいなくなるのだろう。そう考えるとぞっとして、また僕は眠れなくなった。

「馬鹿みたいに聞こえる。」
 僕の目の前の彼女が、眉をひそめて僕を見る。彼女はよく空想にふける僕を馬鹿にするのだが、この間そんな男と付き合っている君も馬鹿だよと返したところ喧嘩になったのでやめておいた。
「ありもしない事を考えるのは勝手だけど、それで眠れなくなるなんて。」
 もう一度本当に馬鹿にする様にこちらを見て、「現実見なさいよ。」と罵られた。
「いやでもね、災難に遭う人々は皆そんな事微塵も思っていなかったよ。」
「あんたは病気とか実際ある災害とかじゃなくて、突拍子もない想像するから理解出来ないのよ。」
 それはあるかもしれない。僕の不眠症の大概は、ファンタジックというかSFチックというか、そんな想像から生まれたものだ。
 そろそろ病院にでも行こうかな、と冗談で言うと、彼女はいたって真面目に「行けば。」と言った。
「黄金の脳みそなんかじゃなくて良かったよ。」
「灰色でしょ。そんな高価な脳みそあんたが持ってるわけないじゃない。」
 いちいち突っかかってくる。どうしてこんな女と付き合っているのだろう。いや、逆にいちいち現実を思い知らせてくれる彼女こそ、僕のベストパートナーなのかもしれないが。
「空想も大事だよ。まあでも僕だって、君のような人と付き合う事は想定出来ていなかった。というか、空想で想定出来た事なんて何一つ存在しないんだけどね。」
 少しばかり皮肉が交じっていたのはスルーされたらしい。彼女は尋ねた。
「じゃあどうして大事なの?」
「ある意味夢を見る事と同じだからね。白昼夢っていうのかな。結構頭が飛んでる時間って気持ちいいんだ。」
「…変態みたい。」
 彼女の言葉に、僕は苦笑する。狂った人間の様に、僕は下らない夢を見る。そのお陰で本来の夢が見られなくなったが、それもまた良し、と何となく思える様になった。
「なあ、美佐。」
 おもむろにそっぽを向いていた彼女の名前を呼んだ。今度は何だと振り返った彼女に、また馬鹿な事を呟く。
「僕がもし本当に狂うか脳みその色が変わってしまったりした時には、君が僕を殺してくれないか。」
 いたって真面目に。これはある意味プロポーズに近い言葉だ。少なくとも、僕の感覚では。
「あんたみたいな男にこれ以上付き合えない。」
 ああ、やっぱり。
「でも、あんたみたいなどうしようもない奴を殺してくれる女もあたししかいないじゃない?」
 そう言って、彼女は苦笑する。彼女は僕の言葉の意味を、解らないと言いつつ理解出来ている。そして、現実へと連れ戻してくれるのだ。
「ありがとう。」今日、これが夢だと錯覚してまた眠れなかったらどうしよう。もう現実も空想世界も、区別がつかない。

 不本意にも泣きそうになって、僕はふと顔を背けた。








  エントリ4 守りたい。一緒にいたい。 水音


道徳の時間

「もし、明日地球にいん石が落ちてきて、みんな死んでしまうよって言われたら
 みんなは最後の時間を誰と一緒に過ごしたい?」

くだらない質問。どうせほとんど全員が家族っていうに決まっ―――

「俺は、・・・好きな人と一緒に過ごしたい・・・」

低くぼそりとつぶやかれた一言に、教室がどっと沸いた。
みんなにやにや笑って騒いでた。
でも私は、笑う余裕なんてなかった。

さっき問題発言をした男の子の声を聞けば、いつも胸の辺りが幸せな気分になったのに、
いまは、きゅっとしめつけられてるのが分かった。

(うそ・・・。江口くん、好きな人いたんだ・・・。)

男子たちが冷やかす声も それに照れくさそうに笑う江口くんも 全部くしゃくしゃに丸めて、いん石のとびかう宇宙にほうりだしてやりたいと思った。

ある日のこと。

無駄に長い授業が終わって、私たちは理科室を出ようとしていた。
私のすぐうしろに江口くんがいることに気づいていたけど、私は気づかないふりをした。

ちょうどドアお近くまで来た時、
ゴーッという音がしたかと思うと、がたがたという大きな音とともに、床が小刻みに震えだした。
トラックでも通ったのかと思ったけど、廊下をトラックが走るはずがない。
それでも、床も天井も窓も机も、そして私もぐらぐらゆれている。立っていられない。
だんだん大きくなってくる。

・・・・怖い・・・!

みんな混乱して、あたりがざわつき始めた。

「地震・・・?」

誰かがつぶやく。先生は、それを聞いてやっと我に返ったらしく、こう言った。

「地震だ!騒ぐな、机の下に…」

先生が叫んで、何人かは机の下に隠れたけれど、ほとんどの人が恐怖で動けなかった。

まだ揺れている。棚からビーカーが落ちてぱりんと音を立てると、パニックでざわつきが大きくなった。

私は、混乱して体が動かなかった。

すると

すごい力で腕をつかまれ引き寄せられ、気がつくといつの間にか誰かにしっかりと抱きしめられていた。

きつく、きつく。息ができないくらいに。

地震の揺れが止まってからも、その腕は私を離そうとしなかった。
まだカタカタと震えている私を、その腕はゆっくりと離し、私の頭を撫でながら、

「大丈夫・・・?」

と問いかけてきた。

そのとき、やっと私を守ってくれた人が分かった。
 
#NAME?
  ねえ、江口くん。あなたが地球最後の日に一緒に過ごしたい女の子って、もしかして―――――――――








  エントリ5 君に触れる方法 亜高釉芽


 田中君は音楽が好きだ。高校への道のりはヘッドフォンで閉鎖された世界に守られながら軽く消費し、授業中もこっそりイヤフォンを耳に詰めてやり過ごす。でも、音楽の授業は本人曰く自分に協調性がないから向いていないらしい。
 私がそんなことを知っているのも、田中君のことが好きだからだ。

「ねえ」
 放課後の静かな教室で、田中君は一人でヘッドフォンを被っていた。私は彼の世界に触れてみたかったが、どうすればいいのかわからなかった。
「何?」
 彼は、手元のポータブルMDプレーヤーのリモコンに触れた。ヘッドフォンから漏れるシャカシャカという音も小さくなる。
「何聴いてるの?」
「音楽」
 その声には邪魔だな、という感情も十分にこもっていた。このままでは、彼はまた自分の世界に潜ってしまう。
「どんな感じ?」
「甘くて、すかっとしてる」
 田中君は、自分が聴く音楽の表現には味覚を使う。彼の日常も音楽を食べて、栄養補給しているようだ。
「何て曲?」
「モラトリアム」
 知らないな、と言いかけて、慌てて口をつぐんだ。私はいつもそう言って、彼の世界から離れてしまうのだ。田中君はリモコンに手をかけたまま、引き戸の前で立っている私の次の言葉を待っていた。
「聴きたい」
「……いいよ。来なよ」
 私は田中君の前の席に座った。彼はわざわざヘッドフォンの片方を外して、渡してくれた。私はそれを恐る恐る耳に当てる。アップテンポな曲が鼓膜を震わせた。田中君の方をちらりと見遣ると、片耳でも満足そうに聴いている。彼はきっと私と同じ音を聴いているのではなく、噛み砕いて味わい、飲み込もうとしている。そうやって、満たされる彼に私はただ触れてみたいだけなのだ。
「これが田中君にとって、甘いものなの?」
「うん」
 ボーカルの爽やかな声が届いた。私には彼の感覚と同調することはできない。でもこれが彼にとっては甘いのだ。
「田中君にとって、辛い音は、酸っぱい音は、苦い音は、何?」
「色々あるよ」
「今度聴かせてよ。……全部聴かせて」
 音の味を理解するのは難しくて、到底無理だとしても、彼と同じ音楽を聴くことならできる。同じヘッドフォンを伝わる小さな振動を分けてもらうことはできる。きっと、それが私の彼の世界への触れ方だ。
「いいよ」
 彼は私から片方のヘッドフォンを取り上げることもせず、MDに録音した音楽が全て終わるまで黙って聴いていた。ときどき私の方を見て、曖昧に笑いながら。







  エントリ6 隕石衝突 BOX


その巨大な岩塊は、暗黒の宇宙を背景に、巨大なる光源――太陽――に向かって落ちていった。高速で、しかも、確実に。

夜空に、ぼんやりとした光――最近起こった超新星爆発――があった。その下の高原では、二人のアマチュア天文学者が望遠鏡を覗き込んでいた。
「なんだこれは!?」
アマチュア天文学者のロバート・ブラウンが望遠鏡を覗き込みながら叫んだ。
「おい、見てみろよ。何の星か分かるか?」
ロバートは仲間のスチュアート・ウォールに言った。
「なんだよ、一体・・・どうせたいした物じゃないんだろ」
スチュアートはそう言いながら、ロバートの望遠鏡を覗き込み、首を傾げた。
「ううむ・・・これは・・・」
スチュアートが言葉を濁した。
「どうだ、分からないだろ」
ロバートが勝ち誇ったように言った。
「一体なんだろう・・・」
スチュアートはしばらく考え込んだが、突然。
「そうか!分かったぞ!」
と叫び、ハハハハハ、と乾いた笑い声をたてた。
「何が分かったんだ」
ロバートが訝しそうに聞く。
「あれは小惑星さ、多分新種のね」
「ああ、そうか、何でそれを考えてなかったんだ?」
新種の小惑星はさして珍しいものではなく、毎年何百もアマチュアの手で見つかっている。
「それでは、知り合いの天文学者に連絡して、その小惑星に僕らの名前をつけてもらいましょうか」
スチュアートが言った。

デイビット・ネスコス博士は、コンピューターの前でショックを受けていた。
やはりそうだ、なんど計算しても。その小惑星――スチュアート=ロバート小惑星――は地球への衝突軌道を書く。
デイビットは気力を振り絞り、電話機を取った。
「こちらデイビットです。緊急事態です、副大統領閣下」
「どうしたんだ!?いつになく慌てて」
「結論からいいますと、あと3ヶ月で、地球に巨大隕石が衝突します」
「なんだって!?間違えないのか!?」
「はい、99パーセントの信憑性があります。6回も計算を繰り返した結果です」
「衝突したら、やはり、人類絶滅か?」
「その通りです」
「どうして、君、こんなに発見が遅れたのだ!?」
「すべてはあのいまいましい超新星爆発のせいですよ、あのおかげで天文台という天文台は全て遠宇宙の方を見ていてしまったんです。どの天文台も、近くの宇宙、特に太陽系内を見てないんですよ」
「それで、どうすればいいんだ?」
「もっとも有力な案は、ミサイルで木っ端微塵にするという方法です。もっと早く発見できていたら宇宙船で軌道を変えるという確実な方法が取れたんですが、今はもう・・・」
「しかし、やるしかない」

と、いう訳で、大量のミサイルがその巨大な岩塊にぶつけられ、大爆発を起こした。音一つたてず、呆気なく、小惑星は木っ端微塵になった。

しかし、それで人類が助かったというわけではなかった。なぜならば、その小惑星の残骸は地球を覆い、太陽光を奪い、長い、長い、氷河期を起こしたのだから。
その氷河期では多くの生物が絶滅した、人類もその一つだった。







  エントリ7 二つのさよならと、観覧車 芦野 前



「俺の名前を呼んでくれないか」
 男が口を開いたのは、沈黙が五分ほど流れたころだった。
 少し曇った観覧車の窓からは、ビルの光がチラチラと入ってくる。
 その奥には深く、吸い込まれそうな黒い空。
 そこに星なんて見えない。
 でも、見えなくていい。
 今の私には、ステキな夜景なんて必要ない。
 別れ話なんてとうに覚悟していたし、あの人は私が思っていたよりもずっと優しかった。
 それがわかったから、今日はここで一人で泣こうと思った。
 なのに、なのに。
「おい、聞こえてんの?」
 私は何もこたえない。
 明日からまた仕事が始まるし、悲しみに浸れるのなんて今だけなんだから。
 そもそも観覧車のあいのりなんて、聞いたことがない。
 ……まあ、日曜の閉園間際にひとりで滑り込む女も、充分聞いたことがないが。
「なあ、頼むよ……」
 頼むよ、リエ。
 低くかすれた声が震えていた。
 私はそこで初めて、目の前に座る男の顔をまじまじと見た。
 目が合うと、男は眉根をきつく結んで目をふせた。
 乗ってからずっと、私の顔をジロジロ見ていたくせに。
 ずいぶんとしわのついた服を着ている。
 この人も何か忘れたいことがあって、ひとりでここに来たのかも知れないな、とぼんやり思った。
「名前、なんていうの」 
 声を聞いて、男がはじかれたように顔を上げる。
「……とうご。北上、冬吾」
 ふーん、と呟く。
「リエってだれ」
 顔を歪め、男はまた下を向く。
 さっきよりも辛そうな顔をして。
「私に似てるの?」
 もう、返ってくる声はない。
 観覧車の中は、とても静かだ。

 だんだん地上が近づいてくる。
 十五分なんてこんなものだ。
 私はため息をつき、立ち上がる。
「俺の名前を、呼んでくれないか」
 すがりつくような声だった。
 私の右腕は、痛いくらいに男につかまれていた。
 暗い室内で、私は彼をまっすぐに見下ろす。
 頼むよ。
 男は同じ声で言った。
 ……、頼むよ。
 その瞳があまりに真剣で、気がつけば私はささやいていた。
「……冬吾さん」
 それを聞くと、彼は目から大粒の涙をひとつ、ゆっくりと落とした。

 十年経った今でも、ふとあの日のことを思い出す。
 結局さよならも言わなかったけれど、今でも目を閉じると浮かぶのは寂しい涙ではなく、
 線香の匂いを漂わせ、喪服に身を包みながらも別れ際に見せた、彼のつよい微笑みなのだ。
 きっと私たちがどれだけ悲しくても明日はきて、観覧車はまわり続ける。